24 馬車と豚
人間の国まではここから歩いて5時間くらいかかる。普段から町中を歩いている獣人なら楽勝で歩ける距離だが、私たち人間にとってはは厳しい道のりとなる。私の足も家に着くころには棒となっているだろう。
獣人の国から少し歩いて森に差し掛かった時、彼が慌てた様子で声をかけてきた。
「あ、そういえば!ちょっと待て!」
そこで素直私は足を止めた。
「どうしたの?」
振り返ると、珍しいことに彼が言いにくそうに口をもごもごと動かしていた。さっきまで楽しそうに離してた姿は一瞬で消えてしまった。
「ちょっと言いにくいんだけどさ、帰りは、えと、近くに馬車があるんだ……そっちに乗って帰る予定だったんだ本当は」
気まずそうに指をゆっくり上げ、自信なく来た道を指した。
私は「あるの!?」と大きな声が出てしまった。なぜ国を出るときに言わなかったのか、という責め立てる気持ちと驚きが混ざった驚嘆だった。
彼は私が何かを言う前に慌てて付け足した。
「ごめんて!あまりにもマンダが急ぐもんだから、そっちに気を取られたんだ」
「ん、あぁー……それはごめん」
私そんなに気迫みたいなものを出していたのだろうか、と疑問を持ったものの、どちらにせよ私が悪いようなので、その部分はとっさに謝っておいた。
「じゃあその馬車乗って行くのか……ところで、馬車はどこに停まってるの?」
「城門を出てすぐ左にある1本だけ立ってる棒のところ」
「……まじか」
そんなのもあったような、と思い出す。すでにここまで歩いてくるのに20分かかっているし、何故か速足で来てしまったため足が疲れ始めてきてしまっていた。
あちらに行くころには足が棒になっているかもしれない。
「仕方がない、戻るしかないよ」
「ぐ……足がしぬう」
「来た時よりはましでしょ……あんな早歩きで」
彼は小声で私に聞こえないようにそういっていた。
私は、足をわざとらしくたたいて痛いというアピールをすると、彼はまた冷ややかな目で見てきた。だが私は諦めず、足を触ってアピールを続けた。
いつもはスルーされるのだが、今回は違った。
「はぁぁぁ~~~~~……ここまで来たのも俺がほぼ悪いし、そのツケか……」
珍しく私の欲求が通ったのだ。とても嬉しくなって足の痛みなどすっかり消えた。
大きくため息を吐いて、ぼやきながらも背中を向けてしゃがみこんだ。それを見て私は「おんぶだ!」と察して目が輝いた。
「乗って。」といった瞬間に私は飛び込んだ。そのうれしさをつい込めてしまって勢いよくその背中に飛び込んだ。背中かから首をガっとつかんだ瞬間、私の体が宙に浮いたような感覚になった。立ち上がっただけなのになぜ浮遊感を感じたのか少し理解に遅れてしまった。
「しっかりつかんだな。よし、行くぞ!」
そして私の返答も待たずに彼は走り出してしまった。
その勢いはすさまじく、まるで風を切り裂いているようだ。最初は彼の体をつかむのに必死であったが、だんだんと慣れてきて余裕が出てくると、ダッダッダッと1歩ずつの足音が聞こえていた。力強く土を抉っていく音。その音がなんだが好きで、少し落ち着いてきた。
やがて気分までも風になっていった。
彼の体をつかんでいて、改めてがっしりとした力強い体形をしている、と再認識をした。方も岩のように固い。特に首がやはり人間とは少し構造が違うのか、折れそうなくらい細いのに安定感があった。鉄パイプでもつかんでいるようだ。
やがてものの7分ほどでその馬車の発着所についた。彼の言った通りに棒が1本立っているだけであった。ちょうど遠くの方から馬車が近づいていて、タイミングもばっちりだ。
「着いたー!」
彼の背中を飛び降りた。ずっとつかまっていて、腕や足の筋肉をだいぶ使っていたようで、飛び降りた瞬間足がしびれ始めてその場で動けなくなってしまった。
「ひぎぃ!」という情けない声を出しては足をポンポンと叩く。しびれが早く治らないかと願いながら。
「……貧弱だと大変だな」
彼が嫌味ったらしく言う。
体力がないからってそんなに怒ることもないじゃないか、と思ったが口から出かかったところで何とか止まった。まずこれまでの仕事上外に出る暇もなかなかないというのに……。また今は病み上がりであるので余計に足の体力はない。
そのほかいろいろと思うところがあるが、全部心の奥底にしまって自然と消えていくのを待つとするか。
やっと足のしびれが治った時にちょうど馬車が発着点についた。その馬車の荷台に「1往復10ルース」と獣人の言葉で書かれている木の板がついていた。
10ルースなら持っているだろうと財布の中を漁り取り出そうとした。だが彼が先に行って門番の人にも見せた優遇券を見せると、親指を荷台の方に向けられ「乗れ」といわんばかりに視線を送ってきた。
「あれ、ここも大丈夫なの?」
「優遇券の効果だ。街中じゃああんまり使う機会はないけど、町間の行き来くらいならほぼ無料でできちゃうよ」
「……行きもこっちでくればあんな大変な思いしなくて済んだんじゃないの?」
「そこがややこしいんだよな……事情は後で説明する。」
彼は眉をしかめた。これはきっと何かあるに違いない。と私まで不安になってしまっていた。
その馬車に乗るのは、私たち以外に3人ほどが乗っている。全員獣人なので、まるで私が場違いみたいでなんだか気まずい。
私たちは馬車の一番後ろの椅子の部分に座って景色を眺めていた。
つい1時間くらい前まで国の中でにぎわいの中にいたので、やけに周りが静かに感じて、自分の発する声も比例して大きく感じた。
そんな中彼がさっき話していた問題について話し始めた。それと同時に、手綱ではたく音がした。馬車出発の合図だ。
馬が鳴き、馬車がゆっくりと回転してきた道を往復していった。
「この馬車は山を登っていくんだけど、その頂上辺りに村があるでしょ」
彼が外を覗き指をさした。その方向をよく見ると、森の中に一か所だけ穴が開いてるように見える場所があった。おそらくあそこが言っている村だろう。山頂にあるのでわからないが、小さな村のようである。どんな人がいるんだろうか。と気になってそこを見つめていると、彼が付け足して話し始めた。
「あそこの村は先代当主のヤツが、人間にいろいろとひどいことをさせられ、必死で逃げてきたらしい。その話が今の時代にまで語り継がれて、あの村の中では人間は避けるべき存在である。という伝承として残っているんだって。けど俺もあそこにはいきたくない。なるべくならね」
「なんで?」
「住民の性格がちょっとだけひねくれてるってのもあるんだが、それに加えていろんな物事に敏感すぎるんだ。すぐに勘違いして物事を勝手に解釈する人が多い。つまりはめんどくさいってコト。」
なるほど、と私はうなづいた。勝手に解釈するのは私もしたことがあるが、彼に嫌われることはなかなか無かった。そんなにめんどくさい人たちなのか、と少し怖く感じた。
「あの村かい?」
すると、私たちの話の間に入ってきたのは、豚の男であった。皮の服を着てぼろい恰好をしている中年男性的な人だ。だが顔つきは朗らかであって、優しそうな人であった。
「失礼しますね急に。えと、あの村の住民だったゲーシュと申します」




