22 思考を巡らせて
だが、……こんなことがあって良いのだろうか。
私はその気持ちが心の中でモヤモヤとしていた。
つい私は、廊下に出た瞬間から、病室のベッドへと一直線に向かった。少し早足になりながらも、彼はそれについてきてくれた。
そして私はすっかり元気なはずである体で布団へと戻り、彼はその横に昨日の夜と同じ位置で座った。
すると、急に涙が目から垂れてきた。
心の中でひそかに疲れていたのだろうか。私の中で複雑な気持ちが絡まりあっている。
「大丈夫かい?どこか痛いのか?」
彼が肩に手をかけて優しく声をかけてくれた。
「なんか、逃げちゃった……ごめんね」
「逃げた……?」
彼が首をかしげる。別に傍から見ればそんなに逃げている様子もなかったのかな。
少し落ち着きを取り戻し顔を見ると、すぐに目線をそらされ、ため息をかけられた。
口角は上がっていたが、その死んでいるようにみえる目を私は心配した。
たぶん疲れきっているのだろうと思うが、もし私に何か思う節があるのか、とつい考えてしまう。すると彼の感情がわからず怖く感じ、私はそれ以上話す気にはなれなかった。
そのあと、沈黙がしばらく続いた。
その間私は考えていた。さっきの検査結果のことについてが主だ。
MPが高い、とみんな言っていたが、きっとそのせいで魔術師になれとか誰かから言われるのだろうか?もちろん私の意見もいくらか聞いてくれるだろうが、それでも「ならない」と言ったらみんなは悲しむだろうか?
今の私の仕事は国交異種族交流長なので、国をまたに掛けて行動する。なので、十分魔術師と兼業することも可能だろうし、むしろその方が得ならことが多いのかもしれない。
例えば、ファラン以外の言ったことも無いくらい遠い国と交流をするとき、冒険者の役割を減らすことができたり、人数を削減できるかもしれない。そうすればお金が増える。盗賊の襲撃とかもあるし私は忙しくなることだろう。
よく言えば「今までにない活躍出来る。」
悪く言えば「今まで以上にこき使われる」だろう。
そんなのやだ。だるい。と心のなかできっぱりとその考えをやめてしまった。あまり深堀してもいいことがないことは一旦後で考えるのだ。いつかそのときが来るのだから。
なんにせよ、私はこの能力をどう思っているのだろう。悪いことだろうか、それともいいことなのだろうか。あまり自分の心の中がわかっていなかった。なんの効果があるのかもまだわかっていないのであり、どちらとも言えない状態であったためだ。
あまりにも無知である。
魔法使いになるとしても、どんな魔法が使えてどんなメリットに反映されていくのかがわからない。
あまりにも、無知である。私自信が無能かと思えるほどに。
私は気がつけば頭を抱えてグシャグシャに髪の毛をかき乱していた。
「大丈夫か?」
さすがに彼が沈黙を破り、心配そうに声をかけてきた。
そこではっと気づき、少し心配をさせてしまっていたことに気付き我に返った。すぐに申し訳なくなってうつむき、手のひらを見る。髪の毛がいくつか抜けて、手のひらについていた。よほど激しくしていたのだろう。
「ごめん、ちょっと取り乱しちゃった。」
彼は頷き、肩に手を置いた。
「うん……なんとなく、落ち着かないのもよくわかるよ。俺だってあんなの見て正直戸惑ってて……気持ちは同じだと思う」
彼は急に語り始めた。肩から手を外し、いつも通り身振りを使いながら話している。
私は膝を抱えてその上に顎を置いて、彼の話に耳を傾けていた。その時だけは、外のお祭りのようにも聞こえる商店街の音は聞こえなくなり、雑音がすべてなくなってその彼の声だけがはっきりと聞こえてきた。
そして私は察した。真面目で真剣であり、本音の時の彼である、と。
私はそのまっすぐな彼をしっかりと見た。
「……俺は、MPがあんたにたくさんあるとわかった今、仕事が増えて会う機会が少なくなっちゃうのでは?冒険者のような仕事をもし君が引き受けてでかけてしまったとしたら?とか色々な疑問が頭の中に渦巻いているんだ。いつ死んじゃうかわからなくて、ただ、仕事もろくにできなくなってしまうと思うくらいには心配をしているところもある。嘘みたいだけど本当さ。それくらい心配なんだ。(彼はここで深く息を吸った)……その状態になれば引き籠って、3日もすれば廃人になっているだろうな。うう、それでも仕事はしなくちゃいけない時だってある。そのときは体を奮い立たせて、君のことを思っているよ。もし、もしだが、冒険者みたく護衛とかついて遠くに行く時には、私のことを忘れないで欲しい!ただ私には君以上の人がいないのだから!それと」
「ちょちょちょちょっとまって!!なんか別れ話みたいになってる!!」
「え……………………あ」
彼がヒートアップしてきて涙を流すくらいに必死になって訴えかけてきていたので、 これはまずいと慌てて制止してしまった。
彼はすぐに自分の発言を脳内で高速で振り返り、やっと気づいた瞬間顔が引きつった。
今さっきの彼はまるで病みとデレを繰り返す「ヤンデレ」のようで、あまりにも愛が強すぎていたのだ。目がハートにもなって、こちらにも前のめりになろうとしていた。
私はそのあとなにか言おうと思ったがなにも出なかったし、出せなかった。
「……ごめん」
耳を手で畳んで塞ぎ、自分の言動を悔いていた。少しの沈黙があったあと、深呼吸をして彼は続けた。
「ごめん、ちょっと取り乱した。どうしても妄想が進んでしまうな、ハハ」
彼は頭の後ろを書きながら笑った。顔が赤くなって恥ずかしがっている。
「妄想って……ははは。」
私はその笑顔で緊張感が解け、そこで気が抜けて体の力も抜けた。
ため息を吐き、そのままベッドに横になった。不思議なことに、何か塊が取れたかのようにすっきりとした。
リラックスして深呼吸をする。彼もそれに合わせて同じように深呼吸をしていた。
胸が膨らんでいるのがよく分かる。彼の姿はとても筋肉質で、少しぼろい上着がよく似合っていた。
「たまにそんなことあるよね、そんな感じでどうしても妄想しちゃう瞬間。」
ついぼそっとそう言った。
それは今思ったことなのか、ずっと思っていて話せなかったことなのかはわからない。だが、長い間心のなかに引っ掛かっていて、なんとなく話したくなったのだ。彼を落ち着かせるため。
「ああ」とだけ彼は返した。その声には色々な感情が重なっているように見えた。
そこに、病院の人がノックをして来た。さっきの竜人さんとはちがい、今度は猫獣人だった。
「あ、あのさっきお渡しし忘れてしまいましたのでこちらを……」
少し気まずそうになにか持ってきたようだ。その手の中には1枚のカードがあった。木製だがやけに固く、叩くと金属のような音がした。
さっきの彼が持ってきたのとは違うカードだ。
そのカードの表面は、ピザのように端っこが額縁のように飛び出ている。そこに青い光が出てきた。そこに私の名前と、顔写真と、カッコで囲まれたスキルとステータスがあった。
しばらく眺めている私に猫獣人が笑顔で説明をした。
「それは冒険者が使われるギルドカードです。今回の検査でできたもので、数に限りがあるので大切に持っていてください。いろんなところで証明書にもなりますよ」
「なるほど、ありがとうございます」
「それでは失礼しました」
私はそのカードを置いて挨拶をするとそのまま猫獣人は去っていった。
ドアがパタリと閉じた瞬間にじっと彼をにらむ。もう1回さっき取ってきたカードをしっかり見ると、数値は000と明らか無い数値が書かれていた。
彼は誤魔化すようにしていた。
「……すまん。」
その私の視線を感じて身震いをし、素直に謝ってきた。すぐに私は満面の笑みで返した。
「大丈夫だよ。見た目同じだし勘違いしやすいし、ね」
励ましのことばをかけると、今度は少しずつ笑顔になっていった。 安心しているのだろうか。
またカードを見てみると、すぐに彼も興味ありげに覗き込んできた。きちんと数字がバラバラではあるが、ほとんどはあのパネルと同じものであり、違うところもなさそうだ。またそれに触ると、その触った部分の詳細が出てくる。HPならHPの残量など。MPなら残量や使った魔法までわかるとか。スキルなどの画面に収まらないほど多いものは画面を上になぞると下に進んでいく。
それを見て私は彼と一緒に関心して、しばらく無言でいじっていた。
しばらくすると、彼が「もっとみたい」と言ってそのカードを取っていった。私は快く渡した。
「それにしても、獣人国で冒険者デビューした人間か。初じゃないか?……あ、それにこりゃあ人間と交流することができるのを証明するチャンスじゃないか?」
「あ、そういえばそうだった」
「そうだったって、まさか観光気分でいるわけじゃないよな?」
「観光気分だった!ごめんて!」
ごまかすように舌を出して手を合わせて、その後ウインクをし、許しを請う。すぐに鼻息で大きな返事が返ってきた。呆れのため息だろうが許してくれたのだろうということにする。
王様の話を聞きに行くときまでは覚えていたのだ。これは本当である。
私たちの本来の目的をここで再度思い出すと、王様との面会と、獣人国での暮らしを観察し、その様子を人間の王様に届けるというものだった。
決して王様から依頼はされてないが、私のこの仕事の使命である。……いつでも彼の気の配り方は尊敬するしかないな、と改めて感じさせられた。
「でもこれ持っていって怒られたりしないかな?」
国に持ち込んで、「まさかお前獣人側についたのか!?」などと疑われたら私の命はお陀仏になりかねないところまで行ってしまう。
想像するだけで恐ろしくなった。
すると彼が、記憶を辿っているのか、顎を抱えて黙り込んだ。私がおとなしく待っていると、何か思い出したようで、すらすらと話し始めた。
「たしか、王様は「人間に影響のないものなら」持ってきてもいいって言ってなかったか?」
私はそれを聞いて思い出し、うんうんとうなづく。確かにそんなことも、ファランとのいつかの交流で言っていたはず。
「このギルドカードには何もエーテルに影響はないし、それどころかファランの技術やイメージを人間に布教できる時じゃないか!?」
「確かに!天才か!」
私は驚きで目が大きく開く。
彼の言っている通りに、エーテルにはむしろ得になりえる者を手に入れたのだ。これは確実に王様に喜んでいただける交渉材料である。私たちは気分が有頂天に達した。それにまるでさっきまで落ち込んでいたのが嘘のように流暢にしゃべる彼を見て、私はおかしく思って軽い笑いが出てしまった。
正直彼がずっと嘆いて長文を吐き捨てたときに何を言っているか一言くらいしか覚えていないが、まぁこれは言わないでおこう。
私は彼からカードを取り返し、目を凝らした。そのスキルというところを押すと、たくさんの<>かっこで囲まれた文字列があった。勉強家、知能補助、操作……色々漢字ばかりで見にくいのが多少の難点だった。
その画面を左から右に指を流すと、最初の画面に戻った。
「でもこれ……どんな仕組みなんだろ」
画面に触るだけで検知する仕組みはどうなっているのだろう。できたとしてもこんな小さな薄いカードにどうやっていれているのだろうか。色々と疑問が湧き出ては消えていく。
物体の解析は私の専門業ではないので特に興味は湧かない。だがなぜかこのカードだけは気になる。
彼が息を整えると、「またみたいところがあるからカードを見せてくれないか?」と言ってきた。
私はすぐに承諾をした。差し出すとすぐに画面をなぞり始めた。
……いったい何をしているんだと怪しく思い、彼の手から目を離さなかった。
上下に指を払ったり、画面を押したり、いろいろなところをくまなく見ている。カードに目を近づけて細かいところまでしっかりと見ていた。ほんとにどこか気になったところでもあったのだろうか。
すぐに返してくれたが、彼は少しくもった表情をした。
「どうしたの?」
「……なんでこんなにスキルが多いんだろうか。って考えてまた怖くなってきた」
彼はスキルの欄を開いたままカードを返していた。その数は36個あるのだが、あまりスキルというものには関わりがなかったので、多いのか少ないのかわからなかった。彼の反応から見るに、普通のスキル数からは逸脱しているのだろう。
その後考えても考えてもわからなかったため、後回しになった。
「あ、そういえば、カイラのギルドカードは?」
たしかギルドカードは必須だったはずであった。だが彼と出会ってから、初対面の時以外には一度しかそのカードを見たことがない。彼のはいったいどこにあるのだろう。
「家にあるよ。私は顔で通るから必要がないんだ。特権というやつだよ」
彼は自慢げに胸を張った。……すっかり元のカイラに戻ったようで安心して、くすりと笑った。
しかし彼にそっくりな人がいたら一体どうするのだろうか。
そう不思議に思ったが、静かに口をつぐんだ。




