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21 身体検査

 彼に怒られて大人しく立ち上がり、少し落ち込みながらベッドに戻ると、すでに竜人さんがそのベッドにいた。どうやら慌てていて、顔も青ざめてあたふたしている。

 私に気づくとすぐに駆け寄ってきた。

「あぁ!そちらにいらっしゃいましたか!」

「は、はい。……あ」

 そういえばトイレに行くという置き手紙も全くしていなかったな、とその時気づいて慌てて謝罪をした。動けるのにどうして

「ごめんなさい……急いでトイレに駆け込んでいったので」

「いえいえ、いらっしゃるならよかったです。このあと身体検査なので、お隣の部屋に後ほどよろしくお願いします」

「わかりました」

「身体検査か。」

 私の後ろから彼があとから入ってくる。竜人さんは胸を撫でおろして、そのまま失礼しますと言って部屋を出ていった。彼も竜人さんに誘導されて、そのままついていった。

 ついに身体検査の時だ。

 ただ水晶に触れるだけといわれたものの、なぜかドキドキが抑えられなかった。もしも水晶に触れている間に怪しいことされたらどうしよう、そこで捕まって誘拐の前振りだったらどうしよう、などの感覚センサーが働いてしまうのだ。試験を受ける前のあの感覚に近いが、若干違う、微妙な感じ。

 だが、その身体検査というのは私の想像通りではなかった。


「すぐに終わります。その水晶玉に触れてください。」

 そこには、薄い木材で囲まれた人間よりも少し大きな空間があり、目の前の四角く小さい机の上に、透明で硬そうな玉があった。それが奥まで透けるほどの、指紋一つないきれいな水晶だ。

 てっきり受付のようなところでやるのかと思いきや、こんな狭い空間でやるとは。

 水晶をみつめ、私はつばを飲み込む。

 何が起きるかわからずにこわかったので、恐る恐るそれに触れた。すると手のひらの表面が水晶内に食い込んで、固定された。まるでぬるま湯に手をつけたように生暖かい感触が手全体に伝わる。

 その後玉の中心部に光が宿ってきた。水晶の中に手から出ている光が中央に向かって動いている。その時には手から何か吸われている感覚がして、とにかく不思議で体感したことのないものであった。

「こ、これって……」

「冒険者ギルドにある、身体能力を調べる水晶です。あと少しで結果が出ますよ!」

「喧嘩!?」

「結果です!」

「あぁなんだ……」

 隣の部屋からこちらに聞こえるように誰かが大きく言った。おそらく竜人さんだろうか。

 だが空間が狭く聞こえにくい。空耳が聞こえて自分が少しおかしく感じた。またそれにより、その部屋の上に空間があることに気づいた。

 それと同時に「冒険者ギルド」という文字を聞いて私は少しギョッとした。

 エーテルにはないのだ。冒険者ギルドというところが。彼から聞いたファランの話によって知った。

 まさか本当にあるとは、という驚きと、冒険者ギルドではこんなに怖いことをしているのか、と戦慄した。人間の文化との違いもあるだろうか。

 正直過去の彼の話からも、冒険者ギルドは物騒なことが多く、あまり関わりたくはないなぁ、と思った。例えばモンスター討伐途中に全滅とか。考えるだけでも恐ろしい。

 そんなことを考えながら触れていると、光がだんだん収まってきていく。そのあと、水晶玉の中に赤、青、黄色の3つの光が出てきて、回りながら混ざり、やがて合わさって白くなった。そして全部なくなると、手はゆっくりと解放され、自由になった。だが表面が水にしばらく漬けていた時のようにふやけている。

 あちらからまた声がする。

「終わりました!もう水晶から手を離して大丈夫ですよ!隣の部屋に来てください」

 その後すぐに横の部屋からざわめき声が聞こえてきた。さっきまで静かだった廊下がなぜこんなに急に騒がしいのだろう。

 ドアを開け廊下を覗くと、ドアが開いていた。そこがざわめきの元のようだ。

 ゆっくりと部屋を覗くと、みんなが天井から吊り下げられているパネルを見ていた。ほとんど獣人で見えないが、とても大きく、小さい人間なら一人収まりそうなほどだ。

竜人さんに彼に清掃係さんに、おそらく病院の人たちも。

「なんで今まで「翻訳家」なんかやってたんだか……」

「魔法のスキルすごいな……」

「興味深い」

 私はそこに入りづらい空気を感じて恐る恐る閉じる。私のどこが悪かったのだろうか?と訳もわからずドアの横でざわめきが静まるのを待っていると、彼が私のことを察知して振り向いて来てくれた。

 そしてばれないように静かな声をかけてくれた。

「どうしたんだ、こんなところで止まって」

「あっ、えと……なんでだろ?」私は癖で小首をかしげる。

「なんでだろって……まぁいいか。」

 私は思考が正常に働かなくなっている。硬い口を何とか開けながら、肩を少しだけ上げてわからないと体でも意思表示をした。今は自分が緊張しているのかもちょっと曖昧である。

 そんな私を彼が手招きしてきた。

「とりあえず入りなよ、廊下は少し寒いでしょ」

「いや私はいい」

「いいから!」

「わぁっ!」

 私は彼に腕を引っ張られ、中に無理やり入らされた。

 そこは正方形の部屋で、壁が仮設したような薄い板で隣の部屋としきられている。

 目の前に大きなパネルが表示され、なにか数字と文字が表示されていた。顔写真はなかったが、誕生日だとか年齢だとか色々と明示されていた。魔力部分だけがなぜか一桁だけ飛んでいる。

 それを見ていたのが彼らだが、中には知らない獣人まで紛れ込んでいた。たぶんこのホテルのスタッフさんであろう。と思ったがやけにナース服の人が多い。

 なんだか自分の秘密を見られているような恥ずかしい気分になり、足がすくんでしまう。

「な、なんでこんなに人が?」

「しらない、なんかさっき急に走って集まってきた。」

「え?」

「気づかなかったけど、隣が病院らしくて、その人達が来たんだって。一体どこで伝わったのやら……」

「は?」

 あまりにも突然のことで驚きすぎて、腕を下げて、まさに開いた口が塞がらない状態になっていた。ドアが閉じられてもそのまま棒立ちでいた。

 彼もその病院から来た集団に呆れていたようで、わかりやすく頭を抱えていた。

 するとそのうちの一人が「すごいですね!いつの間にこんなスキルを?」と私に気づいて近づいてきた。そこからその獣人に続いてぞろぞろと他の人達もこちらを振り向き、興味ありげに私の事を見てきた。質問の内容や今やっていることから、なんとなく見た目ではなく、中身を赤裸々に見られているようであった。

 答えがでず口ごもり、しどろもどろしている私をみかねて、彼は体にぶつからない程度に私を引っ張り寄せた。その瞬間、ふわっと良い気分になる香りを感じた。なんだろうこの匂いは。彼からは嗅いだことのない匂いだが、なんとも落ち着くいい匂いであった。

「すみません、まだ状況を飲み込めて無いようで……少々お待ちください。」

 彼がそう言うと、その馬の獣人は「あっ、そうなんですね、すみません」と言って素直にそそくさと帰って行った。他の獣人も残念がりもせず同じようにパネルへと戻っていった。

 彼の顔を見て、すごい、と私は心のなかで感心し、改めて彼の心強さを認識した。

 過ぎていった獣人たちを笑って見届けた終わった後、私の方へ眼を向けて、いつもの呆れ顔に戻った。

「いつまでぼーっとしてるんだ?そんな緊張することもないじゃないか。」

「う、うん。だよね。でもなんか……すまん」

「謝ることはない。それに俺にはわからなかったが、なんだかあんたはすごいらしい。えへへーっていつも通り照れればいいじゃないか。」

「私もわかんないし、そんなわざとらしい照れなんて私しないでしょ……」

 彼は冗談だったのか、ハハハ、と薄目ではぐらかすように笑った。

「……とりあえず細かいところまで見ればわかるんじゃないか?何かは」

「何かって……見たほうがいいかな。」

「せっかくやったんだし、その方がいい。」

 彼に背中を押されて勇気が出てきた。やっと前に1歩踏み出すことができた。

 その看護師さんたちに近づくとまた質問攻めされそうで怖かったが、なんとかそれも乗り越えてパネルが細かく見えるところまで来た。

 そこには、冒険者っぽいいろんなスキル?技?とか状態、能力などがところ狭しと並んでいた。いつもこんな個人情報ダダ漏れになりながら能力を診断しなくてはいけないのか、とまずはこの町の冒険者のことを感心していた。

 それにその下に上のパネルの情報が小さくなっていると思われる青いカードもあった。その内容はよく見えなかったが、大きな文字でHP、MPと書いてるのだけ見えた。

 よくわからないのでそれ以降は特に気にしなかったのだが、明らか一つだけ異様なオーラを放っているスキルが私の目についた。それは「操作」。一見ただの特別感もないスキルに見えるが、なぜかそれだけかすかに白色が強くなっているように見えた。

「操作……?」

 呟いてみるも、何もそのスキルに覚えはなかった。今まで本を漁ってきたが、ない。

 それ以外は私の興味をひくものはなかったのでそこで退散をした。

 ところで、その看護師さんたちが重要視しているらしきところは「MP」という文字の横にある数字だった。一つだけ桁が飛びぬけているので一瞬きになったものの、わからないので飛ばしていたところだ。

 後ろの方で待ってくれている彼の元へ戻り、操作って言うスキルがあったことと、そのMPというものを聞くと、必死に記憶からひねり出し、「魔力保有量」と一言呟いた。

魔力保存料なら獣人の本で見たことある気がする。たしか魔法を使うのに必要なエネルギーの数値?であったはず。その保有量が多いほど魔法が使える量も多いし、確率も上がるらしい。

彼にこのことを伝えると、顔をしかめた。いつも彼が参考書を見る顔と同じだ。

「そ、そうなのか。……よくわかんないが、胸を張って良いんだぞ。」

 そしてその後うんうんとうなづきながら、腕を組んで嬉しそうに口角を上げていた。

「……なにそれ。そういえば、今日やけに優しいね。」

「まぁなんかすごいらしいから、そりゃね。」

 彼が腕を組みながら、ふん、と鼻を鳴らし胸を張る。それにこちらに横目でそうだろう?と訴えてきてもいた。

「鼻鳴らせる事じゃないでしょ……」

「そりゃそうだな、すまんわざとだ。」

 やはりわざとか。と私はため息を吐いた。

 さっきは彼が彼じゃないような気がしてならなかったが、やはり嘘だと聞いて少し安心した。

「とりあえずこの空間から早く出よう。」

「そうだな、とその前に。」

 彼は人ごみの中に入っていった。そしてさっき見たパネルの下にある青いカードを取ってきた。ずいぶんと出てくるときは腕や足が引っ張られて痛そうであった。

 出てきたら体中を叩いて埃を落とした。

「よいしょ……ふぅ。ほら、これが身分証明書だ。持ってるといろいろと便利だ。」

 一仕事終えたような顔つきで渡してきた。

 そのカードはあれだけの人ごみを潜り抜けても、傷や折れ目一つ無い状態を保っていて、とんでもなく硬い素材で出来ているのだろうか、と気になった。

 私はそのカードを眺めながら、ドアを開けて彼と部屋を出ていく。

「身分証明書か。ファランで作ったものだけどエーテル(人間の国)に持って帰って怒られないかな?」

「いや、ないな。それはとっても重要なものだ、断るなんてしたらファランのことを敵に回すくらいにな」

「わあ、そんなに高価なものなの?」

「そりゃそうさ、だってファランの住民表みたいなもんだし、特別な素材で作り上げられてるからね。」

「そーなのか。」

「絶対無くすなよ」

「わかってるよ!」

 彼にそう言って肩で軽く体を押す。

 それからそのカードを改めてみると、試験を受けて合格したときの証書のように誇らしいものだと感じられた。


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