1 猫紳士
「ご飯ができたよ。」
「んー……あと5分」
「飯!」
「ん!」
「めー!しー!」
「めーめーヤギ!うるさい!」
「誰がヤギだ!」
「あんた!」
「寝ぼけてないで起き……はぁ」
日差しが差し込む薄暗い部屋の中に、古くさいベットに寝転んでいる私と、それを見てため息を吐いて呆れている彼がいる。
布団を奪っても私は起きないことを察していたのだ。
私の名前は、「テューラ・マンダ」だ。マンダとみんなからはよく呼ばれている。
仕事は言語学者。
未解明な言語を翻訳するのが仕事だ。といってもまだ2言語だけなのだが。
何?すごいって?そんな甘い世界じゃないよ。この世界にはどんな言語も翻訳できる人がいるんだから、それよりはまだまださ。
肩まである長い茶髪に、人より少し大きな赤色の目をしていて、いまはミノムシのように寝巻き一枚だけを着て布団にくるまっている。
とにかく起きたくない。
猫の獣人である彼の名前は、「テューラ・カイラ」。
私は「カイラ」と呼んでいる。(文章中は彼という。)
いつでもやさしい私のよき夫だ。もふもふだしかわいいし怒りんぼ。
私は名前で呼ぶのだが、町の人からは執事猫の方が呼ばれることが多いらしい。
猫の獣人特有のキリッとしているとがった顔つきで、頬には横に伸びた茶色の三角模様が特徴の長くふわふわな毛並みをして、目はいつも細い。
布団に差すポカポカと暖かい日差しは、私を心地よさへと閉じ込めてしまっている。
ベットの上から柔らかい肉球がせっせと揺らしてくる。うざったく思い寝返りを打ち軽く振り払うが、それでも止まない。
その力は揺するごとに強くなっていく。それに彼の爪があたってちょっと痛い。
「おい、おい!起きろ!」
「うるっさいなあ起きるよ!はい起きた!ばさっぁ!!」
「効果音つけんな、早くしろ!」
「あーー!」
彼が少し声を張り上げると、私も対抗して大きな声を出し、足をあげて下ろす反動で体を起き上がらせる。
彼のしかめっ面なふわふわ丸顔を見てはっきりと目が覚めた。
同時に、ヨレヨレになってしまっている服が胸元までずれ落ちた。
「やっとか」というように彼はため息を深く吐き、腕を組んで後ろを向いた。その時私の胸元に視線を一瞬だけやったのが見えた。
それに耳がひょこひょこと動いている。彼がいつも気を紛らわせようとするときによくする行動だ。一体どこを見ているんだか。このエッチネコ!
私は大きく体を伸ばしてあくびをする。
「おはよ」
「はやく他の服着て居間にこいよ」
「ふぁあーい……はぁ。ねっむ」
私は2回連続であくびをすると、ベットの上で気だるさを払うため足を叩いた。ぺちぺちと間抜けな音がする。
そして立ち上がり、リビングへと歩いていく。
歩いている途中は時間が遅く感じて、いつも「あのふわふわな顔に抱きつかれてめちゃくちゃに……」などと考えている。
そしてニヤニヤと気持ち悪い笑顔を彼に見られるのがいつもの日課みたいなものだ。
やっべ、これじゃあ彼と同じだ。
燦々と照らす太陽はやはり私を眠らせにきている。つい廊下の窓の前にいると寝てしまいそうだ。
だが今寝たら彼に怒られる。あの柔らかい肉球と手でで髪の毛をぐちゃぐちゃにされる。それだけは絶対に辞めさせなければ。
あれは天国に見せかけての地獄だ。息ができなくなる。
重い足をなんとか動かして居間へと着くと、すぐにトマトの匂いと卵のこんがり焼けた匂いが漂ってきた。醤油の匂いもご飯の匂いもない。
「目玉焼き?それと、パン……?」
私は目をこすり、その机を見た。彼がエプロンを着て朝食の準備をしている。
予想通り朝御飯は目玉焼きとパン、それにトマトスープの煮込みだった。
「今日は付き合ってもらいたいことがあるんだから」
「また国王様の話?」
「よくわかったな、当たりだ。」
少し感じていた朝の気だるさが一気に戻ってきて、体が重くなった用に感じた。
「うえぇ〜?先月もそうだったじゃん!」
「先月は国王だろ?今回はこっちの国王だ。」
「えっ、獣人の国の?」
「そうだ。」
そう彼は平然と言う。私は驚きと混乱で髪をぐしゃぐしゃにかきあげた。
「ふぁ、ファラン?」
「だからそうだって。」
そこでまた寝てしまおうかと現実逃避をしようとしたが、国の話ならたぶん重要なことだろうし、断ることなんて絶対できないんだろうなぁ、と落ち込んだ。
今回はいつもより大きな厄介事になりそうだ。
「……え?」
ところで、私の仕事を紹介してはいたが、詳細には言っていなかった。
表向きでは「言語学者」だが、本当の職業は「国交異種族交流長」別名「国商人」をやっているのだ。
今住んでる国、「エーテル」に政治的な何かトラブルがあったら駆けつけて国王様の代わりに、相手国の様子を知って上手いこと解決策を考えたり、国王の補佐などいろいろな仕事を掛け持ちし、種族も跨いで友好的な繋がりを作るのが主な仕事である。
つまり国と国をつなげるサポート役だ。
(言い方変えれば国版コールセンター)
最近できたばかりの職業なのだが、極めて重要な仕事だ。だがその仕事への責任感が重すぎるのと、めんどくさがりが多い偉い人たちはみんなやりたくないと駄々を言っていた。
その仕事を誰に任せるか偉い人の中で会議があり、私にその標的が向いたのか、「向いているんじゃね?」という国王様身勝手野郎が申した理由だけでなんとなくなってしまった。
そのとき拒否権はなく、泣く泣くその仕事についてしまった。
それはそう、今日のように突然と言い渡された。
未だにあの時の衝撃は忘れない。
それに、彼と出会ったきっかけも、その仕事であった。
★
初めて就任したときから、なんだかんだこの仕事を続けてきて3年近く経つ頃に、今の夫である彼と出会った。
出会ったきっかけは、外交だ。
私はその場に通訳係として居た。主に、獣人族という種族を国にどう受け入れるか、などの大事な商談があったのだ。
そこに来た獣人側のリーダーが彼だった。
その時見せてくれた紳士のような笑顔に、私は商談している内に一目惚れしてしまったのである。
会議が終わり、結果は「獣人族を招き入れ、影響が無いかどうか監視する」となった。
見事彼の説得が功を奏し、国王様がお互いがお互いを支えあえると確信し、そのおかげで契約内容が決定した。
そのことは今回は関係ないので割愛させていただく。
その後パーティーが開かれた。
王様はパーティーがお好きなのだ。パーティーをやらなければ万事解決にならない。と宣言するくらいだ。
もちろん今回は、相手国の獣人族も一緒にパーティーをし、万事解決したのも祝うことが表だ。
なのだが、もっとお互い仲を深めていこう、という宣誓の目的が大きい。
そこで私は彼と踊り、その後私の巧みな会話術によってなかよくなり、そのまま静かなベランダへ二人だけで行った。
城の灯りと輝く月明かりに照らされながら向き合い……
「好きです。」
と一言だけ言った。
彼と出会ってからずっと練習した言葉。獣人がお付き合いを提案するときに使う言葉だ。
獣人族の言語はある程度知ってはいるのだが話すのは下手であり、それに昼まで翻訳の仕事をして疲れていたので、舌を噛みそうになったのを覚えている。
未だに彼の赤く火照った顔を覚えている。
耳が倒れ、毛が逆立ち、目が丸になり、口を押さえて尻尾もピンとして可愛かった。
美人で紳士なのに、その時だけは可愛かった。
「……よろこんで。」
その告白を、彼は快く受け取ってくれた。
拍手喝采はなかったものの、私たちにとっては最高の瞬間であった。
月明かりがやけに明るく見えて、私たちにスポットライトを当ててくださっているようでもあった。
★




