2
思っていたより時間が余ってしまったので、服を鏡を使って整えてから、私の杖の整理をし始めた。
朝起きて出てきた部屋の前を通り、その奥の反対側の部屋が杖専用室だ。杖はとても繊細なので個別に管理する必要があるのだ。
太陽の光が射し込んでいない薄暗い部屋の中に杖たちは置いてあり、私がカーテンを開けると見違えたように部屋の中が明るくなる。
朝までずっと暗くしないと杖たちが休まらないのだ。人間も明かりがあると深く眠れないのと同じように。
そこにあるベットに座り、杖を1つ手にとって軽く磨き始める。その杖は専門店でただ綺麗だからと思って買った杖、ちょっとお値段が高くつくのが気に入らないが……。
そして座っているこのベットは彼と出会う前に引きこもっていたとき使っていたものだ。
夜にこの杖をこのベッドで磨いていると、未だそこで寝落ちしていることもあるので置いてあるのだ。そろそろ変えたいが、思い出ものを捨てるのがちょっとなぁ、と悩んでいた。
今日持っていく杖は、護身用に電気魔法の魔法石がついている、先のとんがった長めの杖である。そのまま杖としても使えるが、剣のように抜いて戦うことだってできる優れものだ。
「きれいだね~お前はなぁ~」
そう子供にかけるような甘い声をかけてあげる。もちろん返事は帰ってこないが、優しくしてあげるとその杖に愛着がわいて、石の魔力と自分の魔力が合致したような感覚により近づけられるのだ。
魔力の合致は練り消しのようで、練れば練る程混ざって一色になるように、褒めれば褒めるほど力が混ざって魔力が私のものに近づいていく。
ピリッと手先に静電気が走る。
いたいと思ったが、なんとなくこれが杖の返事だと感じ取って、つい嬉しくなってしまう。
「……不思議だなぁ、生きてるみたい」
どの杖も、たまにわたしの言葉や感情に返事をしめしているように勘違いをすることがある。ただの偶然なのか、それともほんとに「命」を持っていたり?
ただの石にそんなことあるわけがない。だが、あったらいいなぁという気持ちで目の前の杖を見た。
現状知っている「命を持っている杖」は、伝記の中にある「トコシエの杖」というやつで、これは誰かを守りたい、と強い願いをした者が何かをしてなることのできる杖であり、全属性の最強の能力を使えるという世界の常識的をぶっ壊す代物だ。
使用していたのは獣人属、彼とはまた別だが同じような種属で、当人によると「私の愛人なんだ。」と杖を撫でながら言ったのだとか。そのせいで友人ら意外には頭おかしいと思われよく避けられていたらしい。
部屋のドアを、着替えた彼がちょっとだけ開けてくる。彼がノックするとドアが壊れそうになるのでそうしてるのだ。
「入っていいか?」
「いいよ。」
いつもは一度入ったら何も言わず杖を勝手にさわるのでなかなか許可はしないが、今日は気分がいいので入らせてみた。すると彼は部屋に入ってくると、わたしの横に座った。
彼の服装は珍しくスーツだ。結構ゆるく余裕のある、まさに紳士的な服だった。
いつもは薄い上着に足首だけきゅっと締まった長ズボン、ローブみたいな薄い布を羽織る、という服装だ。
彼はその杖を指差し聞いてきた。
「雷電の杖か?」
「そう。今日はこの子にしようかなと思って。」
「……ちょっと貸してくれないか」
「だめ、すぐベトベトいじるじゃん」
「いいから。」
私の目をまっすぐみてきた彼は、信じてほしいと目で訴えているようにも見えた。
なにか良いことでもあるのだろうか。いつもはそう期待しないのだが、今回は期待してしまった。
「ん?……どうぞ?」
私がその杖を彼に渡すと、立ち上がって少し正面に進み、日差しの下に来て太陽の方を向き、杖を大陽に向けてあげた。
「は……」
その杖は見るからに元気になったかのように、きれいに光輝いている。
彼の瞳と太陽の光、そして杖の輝きがリンクするようだ。
「どうだい?この方が"美人"だろう?」
「うん、スッゴい綺麗。」
「やってみる?」
「うん!」
私も窓の日差しの前に行き、その方に杖を向けて当ててみた。
すると杖とわたしの意識が繋がったような感覚がした。ひっかかりが取れたような気持ちの良い感覚だ。
――愛しているよ。ご主人様。
どこから声がする。
頭の中に響いたような、とてもはっきりとした声だ。
だが、彼の言葉とは全然違う幼稚な声だし、それに私のことをご主人様なんて呼ぶのはあり得ないことだ。
大抵いつも彼は何も言わずに視線か、「マンダ」と呼んでくる。それに彼は誰のこともご主人様など絶対言わない。今回も目が合うと、私の心を少しだけ読んだように見えた。
私は恐る恐る聞いてみた。
「えと、なんか言った?」
「いや?何もいってないが?」
彼は肩を軽くあげるだけで、
「そっか……声聞こえたんだけどな……」
「気の所為じゃない?」
「そうかな。」
言われたまま、あまり気にせずもう1回日差しに透かした。
やはり、綺麗だ。
彼が立ち上がり、服を整える。首の襟を正し、肩についた少しの埃を払い、尻尾の毛並みとホコリを確認した。
「よし。じゃあ行こうか。もうそろそろ行かないと約束の時間に遅れてしまう。……」
彼によるとここから30分ほどの喫茶店で待ち合わせをしていると言う。そこは私にもお馴染みなところで、たしかいつも休みのときに行っている所だ。
あそこのエスプレッソっていうのが好きで毎日通いたいくらい美味しい店だ。私は心がはずみ、立ち上がる時ちょっと体が浮かんだ。
「杖よし、服装よし、帽子よし、予備の服……よし!」
私は指を指しながら、バックの中の必要な荷物があるかを確認する。全てあったのを確認すると、それらをいれていたバックにまた詰め込む。
それを持ち上げると、重さで後ろに倒れそうになった。
ちょっと入れすぎたかな、と体制を立て直しながら思った。
「おっと……」
「大丈夫か?」
「うん。大丈夫。
私はなんとか前屈みの安定した姿勢を見つけ、少し深く呼吸した。
「よかったら持つよ」
「大丈夫!このくらい行けるから」
「心配だなぁ……」
目も心配そうに見つめる彼を安心させるよう、体に力を込めてしっかりと体制を安定させた。わたしも彼に頼らずにしっかりしたいのだ。といわんばかりに彼に胸を張ってみせた。
家を出る時、持っていた鍵を取り出し、電気が消えても太陽の光で満ちている家の中へさようならと言うように手を振った。
ガチャリと音を立てて、その家は静寂に包まれた。
「さあ、行こうか。」
「うん、仕事内容は知ってる?」
「知ってるよ。君のことが気になる人がいるから、その人と対談だ。詳しい内容はわからないが……まっ、君を奪おうとするなら、例えそれが王であれ、殺すよ。」
その目付きは優しかったが、屈託のない笑顔はそれが本気だと感じさせられた。
こういうときは、対価を求める顔をする。彼はメリットがないとほぼ動かないのだ。
「なに急に?なんかしてほしいことでもあるの?」
「いいや、最近君のことを守るとか、旦那らしいこと言ってなかったなぁって。」
「え?」
顔がボッと破裂して赤くなっていく。なぜか私は照れていた。これじゃあまるでデレデレの仲良しカップルじゃないか。
重いバッグを背負いながら、軽く彼のお腹をポコポコと叩いた。
「……今じゃない!」
「何が今じゃないの?くっw」
「今じゃない今じゃない今じゃないの!」
「あはは!ごめんてごめんて!」
彼は私をからかうように、今度は無邪気な笑顔を作った。その笑顔で、私は彼の言葉に踊らされていたことを知って、悔しく思い唇を噛んだ。
「くっそぉ……」
「まあまあ、ちょっといじっただけじゃないか!……ふっ、ハハ!オモシロ!」
「笑うなー!!」
何故今、彼があんなことを言ったのかはわからないが、イラつく以外にはとくに彼に言うことはなかった。むしろちょっと嬉しかったくらいだ。
彼の笑顔を見ると、私の心もイラつきながら暖かくなっていくのを微かに感じていた。
ずるいよ。と私は文句を心のなかで言った。




