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18 静かな夜

 「は」

 その瞬間、目が覚めた。

 あまりにもはっきりとした目覚めで、自分でもびっくりするほど覚醒している。まるであれが夢じゃないかのように思うほど、夢の内容をはっきり覚えていた。

 目を開いた瞬間見えたのは私の腕の中に抱きかかえられている杖だった。いつも磨いて愛用している杖が、なぜこんなところに……一応バックの中に入れておいたはずだが、寝ている間に彼が持ってきてくれたのだろうか。

「ん……なんでこんなところに?」

 私はその杖を持ち、また再度抱きかかえた。その杖には、かすかだがぬくもりがあった。

 とても静かだ。外ではなにやら慌ただしい足音が聞こえる。

「マンダ!」

 その温もりを遮るように彼が走ってきた。私が起きたのを察知したのだろうか。

周りを遮っていたカーテンを開け、私の顔を覗き込むと、すぐに安心していた。無意識に出たため息が顔に当たる。

「カイラさん!寝ていないとまた怪我が悪化しますよ!」

 医者っぽい竜人さんの注意すら聞かず、私を見ては安心して、布団に顔を埋めて崩れ落ちていった。

 心の底から安心したようで、大きく息を吸った。

胸が見るからに膨らんで、顔色が青くなっていく。彼は肋骨を抑えてずきずきと痛みを耐えているようだった。そしてまた息を吐き出した。

医者は半ば怒っている口調で注意をした。

「だから言ったではないですか!あなたは肋骨が折れているので運動とか疲れて息が早くなることはなるべく控え「ああわかってるわかってる!」……」

 医者も心配でこれ以上病状が悪化するのを見越しているのだろう。

彼の肩を抱えて体重を支えようと手伝ったが、彼はその体をつっぱねた。

幸いその拳は体のどこにもあたることはなかった。なぜかイライラしているようなので、医者さんに申し訳ないと私が思ってしまった。共感性羞恥心というやつだろう。

おそらく彼も、私の心配をしてわざわざ自分の痛みを我慢してきてくれているのだろうが、あの対応は正直、少しひいてしまった。

 突っぱねたときに振り上げた腕をゆっくり下げている途中、また同じ箇所を押さえ始めた。

「うっ……」

「カイラ!」

 私は彼がベッドの横に手を置き、無理やり立とうとしている姿を見て心が苦しくなった。

 彼の私への感情がわかるが、さすがに体を無理してまでこんなことしてほしくない。彼の中にもいろいろな気持ちがあるのだろうが、そのことももういい。

 私の本望は、休んでくれ、というだけであった。無事だった、と思う行動とかは

私は立とうとする彼の頭に手を置き、彼の頭を撫でた。

「は……」

 すると彼はピタリと止まり、顔をあげてこちらを一点見つめて驚いていた。

 私はそのまま優しくなで続ける。

目は円に見えるほど瞳孔が見開いていて、だんだんと顔から耳の先まで赤くなっていくのがはっきりと見えた。そしてその気持ちを感じ取った。

彼は、やはり私のことを心から心配してくれていたのだ。疑惑が確信に変わった。

ただ、今は心の底から出てくる心配だけを考えて行動している。焦っているのだ。

 そうして二人の時間が止まった後、彼は泣き出してしまった。

「うっ、うう……ああ、ホントに、本当に無事でよかった……」

 それは、人間の言語であった。まだ拙いところも残っている、人間の国内だけの言葉。

 彼の涙はしたたり落ち、ベッドに染み込んでいく。その水滴と同じように彼は顔をベッドにうずめ、静かに鼻をならしながら泣いていた。

 やっと詰まっているものが取れたかのように、彼が泣き止むことはなかった。

 その姿に私は申し訳なく思ったが、不思議私からと涙は出る様子もなかった。

 心があったかくなって、心地よかった。

 一緒に涙を流したいとも思えた。だが、涙が不思議と出なかった。

 なぜなのか、わからなかった。


 ――――――――――――――――


 どうやら、あの後私の肋骨にヒビを確認したらしい。

 しかしそれもあせる必要はなく、数日すれば治るものであった。

 そんなことでなぜあんな昨日は泣きじゃくっていたのだろう?


 もうすっかり夜も更けてきた頃、私はベッドの横で本を読んでいた。

 この下の図書館にある本を彼が借りるときに、私にも持ってきてくれたのだ。

 中身は、イソップ童話集。森の中にいる動物たちが探検や捜索をしている短編がいくつも書かれている。執筆者はとある商業人で、いくつもの山を超えてきた中で、リアルで起きたことをどこかに伝えようとして書かれたのがこの本である。ジャンルは児童文庫らしく、人間の国で言うと子供向けの本だ。

その内容には教訓が必ず入れられていて、その教訓がなんとも不思議なものだ。「子供は親に愛情を貰わないといけない」だとか、「大人は大変を楽しむ生き物だ」とか、だいぶ偏見強いものまである。

 だがそれが、いかにも彼らしい本のチョイスであった。

 キャラは成り立っていないが、こういう大事なところだけはしっかりとしている所とか。

 内容は明らか子供向けの本である。この本もそうだが、図書館には子供向けの本が多いらしい。


 そもそも読書という文化自体は、人間のものである。そのため、まだ獣人は子供向けの本を読む方が多いのだとか。難しい専門書などはレベルが高すぎて獣人の中に読める人が誰もいないという事態にもなったそうだ。

 なんだか獣人をバカにしているように思えるかもしれないが、未知の言語の専門書を読んだってわけがわからないのと同じだ。

 だがしかし明確に違う点があった。それは獣人特有の言い回しやネタがあることだ。それがなんとも奇妙に感じる。「生肉を噛みしめるような喜び」や「空気の匂いが鼻腔の奥底まで貼りついて本能をそそる」など。意味は分かるが、案外難しくないか?と私は思った。


 それにしてもとても静かだ。

 彼が隣にいるのに、なぜか孤独を感じてしまっている。寂しさともいうべきか。

 私は彼の尻尾に目をやった。ふわふわで細長く、先端が丸く整えられているしっぽ。

いつもは全く気にならないが、今回はこちらに向けられて目の前でゆらゆらと揺れているので、気にせずにはいられなかった。

「……尻尾揉ませて」

「ん?いいよ。でも優しく触ってね」

 あっさり許可をもらったので遠慮してしまいそうになったが、それよりもお言葉に甘えて触らせてもらおう、という欲が勝った。

 揺れている尻尾に狙いを定め、素早く優しくそのふわふわな尻尾をつかんだ。手が思っているよりも埋まり、ホントに毛量が多いのだと実感する。

 つかんだ瞬間は、その毛の多さと硬さを感じ、少し撫でるとその柔らかさを感じた。その尻尾を私の頬に当てると、ふわっと頬に細かな毛の感触が伝わってくる。最初と同じく、硬い毛が柔らかくさらさらと肌に当たる。

「ふわふわだあ……」

 そう呟くくらいに彼の尻尾は気持ちよかった。枕以上の抱き心地だ。先端だけでなく尻の付け根までを満遍なく撫でまわしたい。そしてそのまま眠りに落ちたらどれほど極楽なのだろうか、と想像してしまう程であった。

 ふと、本を読んでいると思っていた彼が、チラチラとこちらを見ているのに気が付いた。

「……」

「ん、どうしたの?顔が赤いよ?」

「……なんでもない。」

 そういってはいるものの、彼の顔は赤くなったままだ。

 そろそろ嫌がっているのだろうと解釈した私は、その尻尾を離した。

 離すと、その尻尾はゆらゆらと揺れていた。私が触った部分がわかりやすくへこんでしまっていた。

 彼はその離した尻尾を自分の体に巻き付けた。意味がわからず不思議に思ったが、せめて嫌っていなければな、と願った。もっとも、彼が嫌うことはないがな。

 そういえば、いつの時か同じ気持ちになったことがあったような。

「……そろそろ寝ないと。おやすみ。」

「うん、おやすみ」

 彼はそういうと立ち上がって、胸を押さえながら去ってしまった。

どこかその背中は寂しそうに見えて、少し心が痛んでいた。

 元気になったら、彼がほしかったイヤリングを探しに少し出かけようかな。と考えた。たぶんいかないだろうが。

 

 その夜はとっても静かな夜だった。

 そのせいなのか他の要因があるのかわからなかったが、私は寝つけなかった。もう既に寝てしまっていた(気絶していた)ため、あまり眠くないのだ。

 外からは虫の音や風の音が聞こえる。ほぼ雑音にしか聞こえないが、彼はこの音を聞いてどう思うのだろうか。音楽?鈴?、とつい彼のことを考えてしまい、心がドキドキしているため、私は少し横になって休むことにした。すでに横なのだが。


月明かりが、とてもきれいであった。

そういえば、と私は思い出した。

月明かりの、告白文があったような。と。


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