15 事件です、事件です。2
―――――――――――――
その瞬間、糸がぷっつりと切れたような感覚がした。
今までぼんやりとしていた意識は急激に活発になった。
「ちぃっ……いってぇな!」
目の前の男はそう言った後に私の攻撃により廊下までふっとばされた。マンダもその敵の手に掴まれたまま引っ張られかけたが、幸い途中で離して、地面に顔を激突させただけだった。
それに安心してから廊下を見ると、衝撃で腕を強打したのか抑えながら涙目でこちらを睨んでくる。
「猫がぁっ!このくそ猫がぁ!」
そう叫んで反抗をしようとするが、反応する者はいなかった。
この瞬間、人間の言葉を理解できる私を若干憎んだ。
なんて愚かなのだ。人間は。こんなのばかりじゃないのが信じられないほどだ。
私は猫科特有のハイライトの無い獲物を見る目でそいつを見ると、あっという間に死を悟ったようだ。なんて弱々しくて、なんで愚かな男なのだろう。これじゃあブルドックみたいじゃないか。
こうもクズな人間に最近出くわすのは、なにかの縁なのだろうか。あの裏路地の時も、人間の匂いも。まったくこんな縁いらないけどな。
私はそう色々と恨みを紛らわすため思考しながら、彼に睨みをきかせ続けてゆっくりと近づいた。
「おい、お前。私の嫁に、今何をしようとした?」
「ひ」
どうやら声も出ないほど怯えているらしい。私はなるべく冷静に聞いたはずなのだがなあ?まあ無理もないか、今じゃ追い込まれたネズミと猫の関係みたいなものだからな。
ネズミがこの男で、猫が私。実際こいつはドブネズミの100倍は汚いだろうが。
そのネズミは怯えて震えている。その髪を私は掴んだ。短くてつかみにくいが、持ち上げるのは容易であった。
気が付けば、爪をむき出しにして、そいつの元に一歩一歩、近づいていった。
「何を、しようと、した?」
「あ……あああああああああああああああああああああああ!」
ネズミはすっかり恐怖で混乱しているのか、私のことを駄々を捏ねる子供のように、腕を振り回して殴ったり蹴ったりしてきた。やはりそういうことをしてきたのであろう力だけの強いパンチをしているが、私はそれを体で受け止めた。
しっかり受け止めて、十分にこいつの体力を消耗させていく。
まぁまぁ痛いが、全然耐えられるものだった。例えるなら、自分で自分の肌を殴ったような感覚。その痛みと同時に、殺意がどんどん増していっているような気がした。
「あああああああああああああ!ふぐっ!」
うるさいので顎を殴って黙らせたら舌を思いっきり噛んだのか、のどを抑えて窒息し始めた。もうこの様子じゃあ抵抗する意思も確実に無いようなので、私はゆっくりそいつを地面に下ろした。そうしたら勝手に固まって気絶した。
そこで私はハッとした。
周りに人が集まっていることに気が付き、周りにヘコヘコとお辞儀をしながら急いで部屋の中に戻ろうとする。つい夢中になってしまったようだ。
逆鱗に触れられるのはとても怖いものだ。
だが、そういえば隣の部屋に助けを求めている人がいるらしいので、そっちを助けよう。
一応扉をノックしてと。
「入ってもいいですか?」
「んー!んー!」
口を閉ざされているみたいだ。何もわからないのでとりあえず入って見るという選択肢を取った。
すると、そこには裸でベッドに結びつけられている猫獣人を見た。怪我もしているし、裸である。生々しいその見た目と匂いに、すぐに目元を隠して「失礼しました。」と言ってその場を後にした。
おっと、そういうことか。と感づいている時にはすでに遅かった。
「ん”ー!」
さっきよりも声を荒げている。元気は有り余っているようでよかった。
なるほど、だから彼女に助けを求めていたのか。
……久々に女性の(自主規制)を見た気がする。
私はそれ以上そこにいると理性を失いそうになったので、廊下に出て代わりに運び出して匿ってくれそうな人を探した。
まだそこに観衆に来ていた人たちが残っていたので、
「誰か〜!女性の方で部屋に余裕がある方はいますか!なるべくなら1階の部屋で!」
と声を投げかけた。
部屋にした理由は、医務室だと男性がそこに入れなくなると思ったからだ。
その人混みの中から一つの手が伸びていた。おそらくあれは猫獣人だろうか。
ちょうどいい。と思ったのだが、そこから出てきたのはまさかの、金髪であり、かろうじて大事な部分が隠れている程度に露出の高い黒の鎧を着た、白猫の獣人だった。これまたなんとも破廉恥な。
「はい!私の部屋に余裕があります!それに1-8部屋です!」
「ありがとうございます!それに3、4人ほど女性の方がこっちに来てくれませんか!」
今度は女性の中でも強そうな体型をした3人が来てくれた。全員狼獣人で、同質なためパーティーを組んでいるようだ。
その3人はすぐに部屋に入り状況を確認した。絶句した後に私を見て2度頷いた。
「こりゃひどいわね……」と女性のうちの一人が言う。
「とりあえず布団かければいいかしら?」
「2枚くらいかけといたほうがいいわよ、そんな薄いのじゃ透けるしね」
「確かに、取ってくるね」
等色々と話している。私はその隙に愛する彼女のもとに駆け寄り、体中に傷がないかを確認した。血痕がついていたが、それは多分飛んできたものだろう。
「行くわよ、せーの!」
という声が聞こえ、その4人の人が彼女を運ぶ。
私も、マンダの(見える部分だけではあるが)怪我をを確認して、頑張って抱きかかえているのを見ていた。
医務室のベッドの上に寝かされた彼女は、少しうなされているようだ。
医務室でどこにも怪我がないか見てくれるらしい。
その後すぐに玄関のドアが開かれ、いろいろな獣人の声が聞こえてきた。きっと心配の声だろう。
医務室には固い板を持って白い長いコートを着た竜人が来た。それと箱を一つ持っていて、彼女の寝ているベッドの近くに座り込んだ。
「えと、夫様ですか?」
「はい、そうです」
私は警戒しつつも軽く会釈をした。
竜人は箱を開けて中からよく伸びる薄い膜の手袋を出した。
「少し体を見ますが、よろしいでしょうか。内臓の骨が折れているか見るのと、少しでも楽になるように痛み止め薬を付与します。デリケートな部分はみませんので、ご安心ください。」
また薬箱を開けると、その中にガラスの容器がたくさん柔らかい布に包まれていた。
緑色は回復薬で、オレンジはよくわからない。なんだろう。
私は医者に縋る思いで、緊張して声があまりでなかった。呼吸も浅くなっている。
「もう彼女が楽になるなら何でもしてください!」
おそらくその顔は半泣きだろう。情けない姿を見せてしまっていた恥ずかしさがこみあげてくる。
さすがにその必死具合に日和ってしまったのか、その人は一瞬どもった。
「え、えぇ、とりあえず、深呼吸をして落ち着いてください。奥様はおそらく軽症です。安心をしてください。……それよりも今はむしろあなたの体のほうが心配です」
その時の竜人の顔は私に僅かに怒っているようだった。
怪我の感覚もないが、私に何かあるのだろうか……。慌てて体をペタペタと触り異常がないか確認をするが、それでも何もないように思えた。
私は「は、はい」と曖昧な返事をするしかなかった。
その時、、胸に痛みが走った。
一瞬だけだったが、その痛みは針を刺されたようだった。あまりの痛みとその余韻についその場にしゃがみこんでしまい、乱れた息を整える。しゃがんだままで何とか息を落ち着かせる。
「大丈夫ですか!」
「は、はい、こうしていれば楽です。」
「気をつけてくださいね。」
「はい……」
もしかして殴られた時にヒビが入ったのだろうか。
とりあえずその場でしゃがみこんでいるのも大変なので、壁に移動することにした。
廊下で騒いでいる人たちもいつの間にかいなくなっており、ドアには規制線らしきものが貼ってあった。私のことと彼女のことを心配してくれる人がいるのは助かるが、注目されると少し動きにくいので助かる。
竜人は彼女の服を脱がして触診し、目を確認したり少し押してみたりなどいろいろと調べてくれている。心配は特にせずとも、すぐに触診は終わった。
「うん……うん……よし、大丈夫そうです。では次、あなたの番ですよ」
「ありがとうございま」
「あんまり呼吸を深くしないでください。肋骨に確実になにかありますので息をしたら痛みますので」
「……。」
とりあえず何も話せないのでうんと頷いた。息も浅くし、なるべく胸を広げないようにした。半ば息をも止める気持ちでいた。




