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14 事件です、事件です。

 私たちは宿につくと、清掃員の人が受付に居た。

いつもいる3匹の猫はいないようだ。おそらく自由時間であろうか。

「あらまおかえりなさ……って随分と疲弊しておりますね」

「はい、少し一悶着ありまして……あっはは」

 明らか腕をだらんと下げて肩で息をしている様子は、とても凄惨な姿に見えたことだろう。

 私は受付の人に少し気まずそうにしてしまった。心配はありがたいのだが、気まずい気持ちもあってどうしても目が合わせられない。さっきの出来事を見られているのかが気になることだ。

「そうなんですか……あっ、もしかして裏路地での」

「しーです!」

「あっ……はいはい」

 察してもらえたのか、彼女はそれ以上その要件に触れることはなかった。

 清掃員の人にホテル代を払おうとしたが、なぜか要らないと言われた。理由は教えてくれずもやっとしたが、そこからは流れで受付を済ませて、鍵を渡してくれた。

 今度は3階にあった昨日の部屋とは違い、1階の入口に近い部屋が空いているようだ。階段で3階まで上がるのはなかなかな苦労が伴ったのでとてもありがたい。

「では、ゆっくりお休みなさいませ」

 そういってお辞儀をして、私たちのことを見送った。私たちもかるい会釈を返した。

 ……私たちが最初に来たときよりもあの人の方が最初来た受付さんの対応よりも丁寧だった。やはり当たり外れあるのだろうか。


 部屋に向かおうと廊下に差し掛かったところで、その部屋のすぐ横の扉が開き、それに合わせてパンツ一丁の男が転げながら出てくる。

男は血だらけであった。しかも、その姿は人間であった。廊下の壁にぶつかり、ガン!といういたそうな衝撃音と一緒に、獣人に体が変化していった。

「あんた……よくも私の心を弄んでくれたわね!こんな女と!」

「ちょっとまってくれ誤解だ!」

「どこが誤解なのよ!じゃああの女は誰!」

 今度は包丁らしき刃物を持った狼の獣人が現れた。威嚇して刃をむき出しにする姿は、まるで野生の狼のようであった。その大きな体は服をも引き裂かんばかりに力が込められていた。

 私はそれを見てスルーしたかったが、あいにく部屋が隣である。きっと藁にも縋る思いで助けを求められるだろうか。と予想をした。

 ゆっくりと近づいていく間にも、喧嘩している2人はとどまる様子もなかった。むしろ男が話せば話すほど女性のほうがもっと熱くなって、もう誰にも止められない状況であった。

 2人は急に私の方向を見た。特に男は、私とガッツリ目が合ってしまった。

 同時に、まずい、と思った彼が私の胸の前に手をやった。その手は何とか持ち上げているようで、震えてか弱く見えた。

「そこの仲良さそうなの!助けてくれ!俺は襲われたんだその獣に!急に窓から飛び出して来て、それで」

「あんたとはもう付き合って3年目だよ!んで新しい女できたら分かれかい!このチンカス!」

「ほんとに誰なんだよ!!!」

 案の定、助けを求められた。

だが私たちは何かをすることもできずにその場に立ち尽くしていた。

 その後も喧嘩は止む気配を感じなかった。

その女性は男に襲うことはなかったが、両腕を鷲掴みにし、上に持ち上げて動けなくさせていた。ナイフで刺すのだろうかと思ったが、明確な殺意はない。

 私は黙って部屋の鍵を取り出した。ポケットの中から回すようにして鍵を手の中に入れ、鍵穴にさす。

 そのまま部屋には入っていけたものの、またえげつない悲鳴が廊下から響いてくる。

彼がそれに怯えて子供のように端っこの方で恐ろしさに肩を震わせて静かに泣いていた。

 この状態じゃあ、しばらくは戦うこともできないだろう。

「こわいよぉ……こわいよぉ……」

「大丈夫だからね、心配しないで。いい?絶対ここから動いちゃだめだからね?」

「うん……」

 耳をたれ下げて膝を抱えてうずくまっている彼を見ているとついそのままハグしてしまいそうになるが、私はそれを必死に抑えて息を整えた。

おそらく隣の部屋のトラブルを解決しないと、今夜は全く寝れなくなる。夜通しそのケンカの音が聞こえるか、巻き込まれるかだろう

 店員さんがちょうどさっき止めに入ってくれた足音がした。それにどうやら武器を持っているようで、金属のカチカチ音が聞こえた。何の音か気になったが、いくら耳を澄ましてもわからず、

『誰か、誰かいませんか!』

 彼が安静になり、外に出て状況整理をしようと部屋を出かかったところでその念話は聞こえた。これは、清掃員さんではないスタッフの誰かの声だ。何処かで聞いたことのあるような気がする。魔法の念話は少し苦手だ。

『誰?』と私が返すと、壁からかすかに衝撃が聞こえた。

『あ、え?!あの、私お帰りの際にあなた達に話しかけたものです!えっとあの、城の!』

 少し記憶をたどると、その姿をやっと鮮明に思い出した。黒猫のメイド服を着たシスターだったか。どうしてここで聞こえるのだろうと思ったが、距離的にも外からではなく、言っている通り隣の部屋にいるようだ。

「あーあの時の」

『助けてください!私あの男の人に攫われてるんです!』

「えっ??」

『入口に突き飛ばされた男の人に、私攫われてしまったんです!』

 泣き叫ぶような声が頭に響く。頭痛が出てしまうほどだ。杖なしで魔法を使っているのもあるが、そもそも耳元で叫ばれているような感覚と似ている念話は苦手であり、その影響で魔力消費がどうしても多くなってしまう。

「それはわかったけど……いつ?」

『あなた達に話しかけて去ったその後、清掃の業務を頼まれてお城の入口を掃除していたら、急に床に魔法陣が現れて、気がついたらここで拘束されてたんです!』

 彼女は慌てていて早口であった。私はそれが不思議でならなかった。その魔法陣をかけた人物は、彼も感じることすらできないくらい隠れるのが上手い手練なのだろうか。

もしかしたら彼の言っている「人間の匂いがした。」というのはこの魔方陣のことを感じ取っていたのだろうか。真相は怯えて幼児退行している彼にしかわからないことであった。

「えええええ!?あの後!?」

『そうです!助けてください!』

「わかった、けど少し待っててね」

 そういって私は結局彼らとご対面するしかなかった。和解という道はないのかもしれない。

 それに私に特別な力はない。彼のように筋力もあるわけではないが、なんとなくその動きだけは毎日見ているので少しは覚えることができていた。

それを使えばもしかしたらそいつらも一掃できるのかもしれない。

 また外に出ようとすると、ドアに衝撃が走った。

 それに外から押されているのか、なかなかドアを開けることができない。

「なんなのこれ……」

 と私が嘆いていると、ドアの前から声が聞こえてきた。

「おいおいおい、形勢逆転だなぁ?」

 男の人の声だ。さっき壁にぶつかって尻餅をついていたときの弱々しい声とは違い、ケラケラと笑って馬鹿にしているようだ。

その時私は殺意が湧いた。

あの男は普通に女性に刃物を向けるのだと、直観であるが感じ取った。

ドアを何回も開けようとするが、その女性の体重でびくともしなかった。

「ふざけ、ないで……」

 かろうじて出た声の後、血を吐き出したかのようなくるしい咳が聞こえた。

「ふざけてるのはお前だ。いつも俺の言う通りにしない、いつも怪我すると危ないからといってキスすらもさせてくれない。そしてセックスまでも性病がどうたら出させてもらえない。そこでちょうどいい。いいか。お前は犬だ!俺の犬だ!」

 高らかに笑う男の声は、ホテル中に響いたであろう。

「この……クズが……最初からその目的だったかああああああああああああっ!!」

 ドアの前で繰り広げられる惨劇、わたしはそれをドア越しにして足がすくんでしまった。

だがまだ作戦は途中である。諦めたら目の前で人が死ぬかもしれない。

それに、むしろこっちのほうが好都合かも。

 私が怯えて耳を塞いでいると、ドアの向こうから頭の上にかけて刃物が貫通してきた。廊下から悲鳴も聞こえ、思わずひいっと声を上げてしまった。

それに腰も抜けてしまってすっかり立てなくなってしまった。

部屋の中を見ると彼の顔が見える。恐怖で動けないでいるが、しっかりとこちらを見て心配をしてくれているようだ。それに壁の向こうに助けて欲しい人がいる。

私が動かなければもっとつらい思いをする人がいる。と体に叩き込みながら立とうとすると、不思議と体が治り、体があつくなってきた。

 まだドアの向こうからバンバンと叩きつけられる音がする。人の声がしてきて、それで人がやっと集まってきているのだと考えた。なんとも不運なことだ。

 そこで、ドアが開かれた。横ではなく縦にドアが抜かれてしまった。

 やつだ。さっき暴れててたやつが入ってきたのだ。

 入口にはさっき廊下で彼に怒っていたであろう女性が、血だらけで酷い有様に鳴っていた。

 私はそこでその姿をみて部屋の隅っこに吐いてしまった。それが近づいてきていた彼の足に当たると、その足で私は蹴られた。

「ついでにお前もだ!」

脳みそが大きく震え、視界も横に倒れてしまう。また腰が抜けて体に力も入らず、その後は彼の為すがままだった。

「さっきはよくも見逃してくれたな……これだから女は」

 といいながら髪の毛を持ち上げられる。痛いが、体がさっきの攻撃で麻痺しており、抵抗できる力が残っていなかった。

 男は無言でナイフを取り出し、私に即座に刺そうとした。

 きらりと私にむけてナイフが光る。そして視界全体が涙か何かで眩んでくる。

 死ぬ……!と思った瞬間、目の前が真っ黒になった。


ナイフを刺そうとした男に、黒いものが飛んできたのが見えたのが最後の光景だった。

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