13 リスの工房
その工房は古びていて、ドアをゆっくりと開けると、人が5人ギリギリ入れるかどうかの数メートル四方サイズの部屋の中に、たくさんの小物があった。引き出しもおおもちゃサイズで、その中にたっぷり毛が詰まっていた。
「もう!うちの店の前でうるさいよ!」
「ごめんなさいハイブさん!クソ人間どもに絡まれてしまって!」
「申し訳ございません……」
わたしもついでに頭を下げられている。
今私の眼の前にいる人物は、彼のピアスを作ってくれる本人だ。頭にシルクハットのような帽子をかぶっている。手のひらサイズで握りつぶせそうなほど小さいが、今の怒っている姿は後ろにとんでもないオーラが見えるくらいおぞましいものであった。
きゅるきゅるの目に炎が燃え上がっているかのように見えた。
一目見た瞬間から怒っている。すぐそう感じた。先ほどまで人間をぶっ飛ばしていた獣人の2人も萎縮するくらいの圧だ。しばらくがみがみと言った後、大きなため息を吐いてやり場のない怒りを少し発散しているようだった。
「……はぁ、まあいい、ちょっと「コレ」を多く取るだけだ。謝礼金としてな!」
そのリス、ハイブは手で輪っかを作ってニヤけてうれしそうにしていた。その手を見て彼が「げ」とつぶやいた。過敏になりすぎているような気がする。
「げとは何だげとは、人様の家の前で壊れそうなくらいどんちゃん騒ぎをしおって、さっきまで昼寝してた分の疲れがまた戻ってきたわ!ボケ!」
そういうとわざとらしく腕を伸ばし、欠伸をして見せた。
どうやらお金を巻き取れる分だけ巻き取る気だ。これは相当な金づるだろう。
「本当にすみませんでした。今後は静かに対処します。」
明らかな無理難題だが、やはりその圧力の前にいると、謝罪しかすることができなかった。彼があんなに顔を青白くしているなんていつぶりなのだろう。
……あ、王様の前でもやらかしていたな。
リスは怒りが収まらないのか舌打ちを何回もして、足をばたつかせた。
「……やっぱこれじゃなくて10個どんぐりもってこい。腹が減った。」
「え?」
どんぐりと言われて一瞬頭が困惑した。お金でなくていいのだろか?
その時、私は一つ思い出した。
何かに使えないかと、道中でそれっぽいものを拾ってきていたのだ。獣人の国なら小動物もいると考えていたのが偶然当たったらしい。
バックの中を漁り、それが入っている密閉容器を出した。
その中でそれがぶつかり、カラカラと音が鳴る。ハイブさんがその音を聞いた瞬間に目が変わり、キラキラとした視線で欲望を表していた。
「あの……ナッツじゃだめですか?」
それというのは、どんぐりではなく固い殻をもった木の実、ナッツであった。予想外のものを貰ってハイブさんは困惑していた。
「また拾い癖か?」と彼が横目で聞いてきた。うん、というように頷くと、そうか。とあきらめたような顔をされた。なんだ、木の実はうまいんだぞ?
一方店員さんは、「ナイスです!」というようにひそかに親指を上げていた。
「ナッツは大好物だ!数によっては完全無料でいいぞ!!」
そのまま私の肩に駆け上がってきて、その自慢そうな尻尾を私の頬に押し付けてきた。そのまま持っていたナッツにかぶりつき、その場で食べた。
二の腕がくすぐったい。
「一体何個あるんだ?」
「えっと……5個あります」実は7個あるのだが。これは後で私がゆでて食べる用だ。
「5個か……ふむ。じゃあ3分の1の値段でいいぞ!」
ハイブさんは3本指の手を開いた。それを見て私たちは驚いた。
「ええっ!」「いいのですか!」
「ああ、ナッツこそ至高なり!」
そういって私がその容器を取り出すと、その容器ごと持っていかれた。器用に頭の上にのせてバランスを取りながらもといた机の上まで運んで、そのまますぐにこじ開けた。
そこには私が用意していた殻がついたピーナッツとアーモンドがちょうど5個入っていた。塩を振りかけてあるが大丈夫だろうか、と心配になったものの、そんなことも気にせず、寧ろ気に入っているように全部口の中に頬張った。
「うまいな、塩がいい感じにナッツの甘さを引き出してくれている!それにこれは高級なナッツの味がするな、どこで手に入れたんだこんなものを?」
そういってまた目を輝かせてこちらを向いた。
ふと、ここでいいことを思いついた。これはただ拾ってきたものなのだが、そのまま伝えるとただ渡すだけになってしまう。なので人間の国で作っていることにしたら宣伝にもなるのではないか。と魔が差した。バレないだろう。
「これは私たちが住んでいる国の売店に売っていたものです。」
「ほほう?」
「1袋5個入りで、2ルースで買えます」(日本円で200円)
「2ルースだと!?そんな安いのか!!こんなにうまいナッツが!」
あまりのハイブさんの興奮具合に少し身を退けてしまう。よほどナッツが好きなのだろう。
……また、ふとどんぐりもナッツのような気がした。
そこはたぶん本人の中じゃ別物扱いなのだろう。と受け流した。
「あ、あの……そろそろ私達の要件を言ってもいいですか?」
店員さんが恐る恐る聞いた。するとハイブさんは動きが止まり、固まった。頬にはナッツが大量に詰められていて、顔が3つあるのではと思わせるほど大きく膨らんでいた。
「そ、そうだったな、んで、何が必要なんだ?」
「お客様の毛で作ったペンダントを作って欲しいんです。」
そこで店員さんが代わりに入っていろいろと説明してくださった。
「ふむ、お前さん名前は?」
「私ですか?テューラ・カイラと申します。」
彼が戸惑いながらも挨拶をすると、そのリスは目を見開いた。何か気に障ったことでもあったのだろうか?と怯えて警戒してしまう。
「……ちょっと待て、もしかしてあの人か?「元国交大臣」のカイラか?」
「あ、そうです、そのカイラです。今は彼女と一緒に。」
そう彼が言うと、驚きで口を開けてナッツが頬から落ちてしまった。
「おいおいちょっとまってくれ、なんて太客連れてきたんだよフィリア!最高じゃないか!」
「なんとまあ、大臣様だったのですね!」
カイラが店員さん、フィリアさんに拍手をされて照れている中、私はその事実を理解するのに少々時間を要した。
「大臣」といえば、国の重要機関のリーダーを勤めている、というのを思い浮かぶのだが、そんな感じなのだろうか。まさか彼が。私と同じ翻訳の仕事くらいかと思っていたのに。
その事実が信じきれずにいた。彼がそんなに偉い人だったという事実が。
そこでふと出会ったころのカイラを振り返ってみたら、なんとなくそんなふうな威厳もあったようななかったような気もしなくもない。
緊張しすぎてはっきりと思い出せないのでわからないが。
今は完全にただの威厳もない猫夫である。朝は寝ぼけて寝ぐせも体中ひどい。
その人が、スーツを着こなして杖を突いている?——これは個人で勝手に想像した姿だが、どんな姿でもまぁいいか。
ハイブさんは彼の足元に着地し、そのまま器用に体をスルスルと登っていった。そして胸元までくると毛を掴んで引っ張った。
「じゃあ、最高級のやつを通常料金で作ってやるぜ。ちょっと毛もらうぞ。」
「ホントですか!って痛ぁ!!!」
彼の頬の長くとがった毛を数本と、口から伸びている口角毛を何本か切らずに引き抜いていく。猫にとってはとても敏感な毛であり、おそらく彼はごっそり皮膚も取られそうな痛みを彼は感じているだろう。
「急に取らないで!あっ!痛いっ!うああ!」
頬の毛を取り終わった後に胸毛を開いてそこから毟り始めた。
「ほれほれ動くな!でっかいの作るんだからそれくらい量がいるんだよ!おっ、ここ硬いな」
「いででででででで!皮膚がぁ!皮膚がぁ!!!」
「よいしょっと」
「あああああああああああああああああああああっ!」
そのまま素材に足りるだけの毛を取っている間、ずっと外にまで彼の叫び声は響いていた。彼の抵抗を軽々とかわしていくハイブさんは、まるで巨大生物と戦っているようだった。
終わるころには彼の頬と胸元は少し薄くボサボサになっており、見た目で毛量も少し減った感じがする。なんだか三角から丸になったように見えて、思わず吹き出してしまった。
「痛い……」
さすがの彼も疲弊して猫背になって、痛い部分を抑えながらしくしくと泣いていた。
私の懐に頭を埋もれさせて、撫でて落ち着かせてあげる。ほんとにその姿が別人のようでもあり、子供のようでもあった。
ああ、このときにしか聞けないゴロゴロ音がなんと心地良いことか。
ハイブさんは気が済んだようで、その毛を集めてとかしては眺めていた。
「いい毛質をしてるな、いつも溶かしているのか?」
「そうですね、毎日私が10分くらいやっております。」
「こりゃきれいなもんができそうだぜ」
「本当ですか、ありがとうございます、では料金のほうは……」
「おう!普段は1つ20モア(20万円)で作らせてもらってるから、3分の1の値段で6モアかな?」
「約6モア70ルース(6万7000円)です。それと1割引きもされるので、四捨五入して6ルースですね」
店主さんが手に持っている豆板で計算をしていた。豆が上に1つ、下に4つついていて、はじいて計算する仕組みだ。
最初の30モアと比べたら随分と安くなったもんだ。お得に買い物できて私はとても満足した。彼は疲弊しきっていて、「もう帰る」といって泣きべそをかいていた。さっきの勇敢で賢い彼はどこにいったのやら……。あまりにもかわいそうだったのか、塗り薬をくださった。
どうにか彼に財布を出してもらい、そこから言われた通りに6モアを出した。ついでにチップとして50ルースも追加しておいた。
「あらまあ50ルースまで、ありがとうございます!」
「まいど!また来てくださいね。」
その後はその店の人に迷惑をかけないようにそそくさとさようならだけ言って帰った。店の前まで店主さんは出迎えてくれ、弱っている彼を見るのが少し恥ずかしかった。
町中でもげっそりとした彼は注目を浴びていた。それは戦って体力を使い果たしたように見えるだろうが、決してそうではないのであった。
おんぶ、と彼が言ったがさすがに恥ずかしいのでひっぱたいた。




