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白狐の尾は江戸へ続く ――館林赤井氏、流浪の三代――  作者: 水川仁


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第七章 根無し草、彷徨う

忍を出て、まず目指したのは館林だった。


だが、その足取りは、すぐに迷いに変わった。


 


戻ったところで、何がある。


城はない。


家臣もいない。


出迎える者など、一人もいない。


 


忠家は、途中で足を止めた。


利根の川縁に立ち、しばらく水面を見つめていた。


 


「今は、まだ早い。」


 


誰に言うでもなく、そう呟いた。


父の遺言は、胸にある。


だが、丸腰の少年一人が館林へ帰ったところで、それは帰郷ではない。


物乞いに等しかった。


 


忠家は、川に背を向けた。


北へは行かない。


 


まずは、生きること。


そして、力を持つこと。


 


 


それから数年、忠家の足取りは定まらなかった。


 


上野を出て、武蔵をさまよう。


野宿の日もあった。


寺の軒先を借りる日もあった。


 


腹が減れば、日雇いの荷運びをした。


侍とも、百姓ともつかぬ身なりだった。


刀は、ついぞ手放さなかった。


祖父の——いや、父の形見の短刀だけは、肌身離さず懐に持っていた。


 


「その腰の物、飾りか。」


 


ある宿場で、浪人風の男に絡まれたことがある。


忠家は答えなかった。


代わりに、抜いた。


 


一合、二合。


三合目で、男の刀が地に落ちた。


 


忠家自身、驚いていた。


誰に習ったわけでもない。


ただ、幼い頃、父が寝物語に語った「構え」だけを覚えていた。


血が、覚えていたのかもしれなかった。


 


その日から、忠家の腰の刀は、ただの形見ではなくなった。


 


 


十七の年、忠家は甲斐へ渡った。


武田の旧臣を頼ったが、当てにはならなかった。


武田は、すでにない。


その旧臣たちもまた、根無し草だった。


 


十九の年、忠家は駿河にいた。


今川の名も、すでに過去のものだった。


 


世は、動いていた。


信長が斃れ、光秀が斃れ、秀吉が天下を握ろうとしていた。


 


忠家には、関わりのない話だった。


いや——そう思っていた。


 


 


各地を渡り歩くうち、忠家は妙なことに気づき始めた。


 


戦に敗れた家は、赤井だけではない。


主を失った家臣、城を失った国衆、名字だけを頼りに生きる者たち。


そういう者たちが、あちこちにいた。


 


ある者は、新しい主を見つけて仕官した。


ある者は、百姓になって刀を捨てた。


ある者は、忠家と同じように、彷徨い続けていた。


 


「どこかに、根を張らねばならぬ。」


 


夜露に濡れながら、忠家は何度もそう思った。


 


だが、根を張るとは、どういうことか。


館林へ帰ることか。


それとも——


 


答えは、まだ出なかった。


 


 


二十歳になる年の冬、忠家は遠江にいた。


 


浜松の城下は、活気に満ちていた。


徳川という名を、あちこちで耳にした。


 


「三河の殿様は、律儀者らしい。」


「浪人でも、腕さえあれば拾ってくださるとか。」


 


宿場の噂話に、忠家は耳を澄ませた。


 


根無し草には、根無し草なりの嗅覚がある。


風の向きが、変わりつつあった。


 


忠家は、懐の短刀にそっと手をやった。


父の声が、まだそこに残っている気がした。


 


――館林へ、戻れ。


 


「まだです、父上。」


 


小さく、そう答えた。


 


「まだ、その時ではない。」


 


浜松の空を、忠家はしばらく見上げていた。


冬の星が、やけに近くに感じられた。

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