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白狐の尾は江戸へ続く ――館林赤井氏、流浪の三代――  作者: 水川仁


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第八章 浜松の冬

浜松の城下は、噂に違わぬ活気があった。


槌音が絶えない。


普請場のあちこちで、石垣が積まれていく。


三河の主が、この地を本拠と定めてから、まださほど経っていないという。


 


忠家は、まず腹を満たす手立てを探した。


城下の外れ、鍛冶町の一角に、小さな刀研ぎの店があった。


老いた研ぎ師が、一人で切り盛りしていた。


 


「手伝いが要るか。」


 


忠家が声をかけると、老人はじろりと見返した。


 


「侍崩れか。」


「腹が減っている。」


 


短く答えると、老人は鼻を鳴らした。


 


「飯は出す。銭は出さぬ。それでよいか。」


 


それで、よかった。


 


 


研ぎ場での日々は、忠家にとって初めて知る種類の時間だった。


 


刀を、生かすための仕事。


殺すための刀ではない。


 


研ぎ師の老人は、口数が少なかった。


だが、砥石に向かう横顔には、迷いがなかった。


 


「刃はな。」


 


ある夜、老人がぽつりと言った。


 


「研げば研ぐほど、その持ち主の魂が透けて見えてくる。」


 


忠家は、黙って聞いていた。


 


「お前の腰の物。」


 


老人の目が、忠家の懐へ向いた。


 


「見せてみろ。」


 


忠家は、しばし迷った末に、父の形見の短刀を差し出した。


 


老人は、それを長い間、無言で見つめていた。


 


「……よい鉄だ。」


 


それだけを言うと、また砥石へ向かった。


 


忠家は、その夜、何も言えなかった。


胸の奥が、静かに熱くなっていた。


 


 


冬が深まる頃、城下に本多家の家臣が出入りするようになった。


 


刀の手入れを頼みに来る者たちだった。


戦支度が、始まっているらしかった。


 


その中に、忠家と同じ年頃の若侍がいた。


名を、平八といった。


 


「お前、侍か。それとも、ただの研ぎ屋の下働きか。」


 


初めて言葉を交わしたとき、平八はそう聞いてきた。


忠家は、少し考えてから答えた。


 


「どちらでもない。」


 


「妙な答えだな。」


 


平八は笑った。


嫌味のない笑い方だった。


 


 


それから、二人は時折、言葉を交わすようになった。


 


平八は、忠家の身の上を深くは聞かなかった。


上野の話をしても、館林の話をしても、驚きもせず、ただ相槌を打つだけだった。


 


「国衆崩れなど、この辺りには腐るほどおる。」


 


ある日、平八はそう言った。


 


「大事なのは、家の名じゃあない。今、何ができるかだ。」


 


忠家は、その言葉を、しばらく噛みしめていた。


 


 


年が明けて間もなく、研ぎ場に一振りの刀が持ち込まれた。


 


刃こぼれのひどい、古い刀だった。


持ち主は名乗らなかったが、平八が小声で教えてくれた。


 


「本多の殿の御刀だ。無銘だが、粗末には扱えぬ。」


 


老研ぎ師は、その刀を前に、いつもより長く沈黙した。


 


「手伝え。」


 


忠家に、そう言った。


 


初めて任された、本刃の仕事だった。


 


 


幾晩もかけて、刃は蘇った。


 


研ぎ上がった刀を検分に来たのは、平八だった。


 


刀身を、しばらく光にかざしていた。


 


「……見事だ。」


 


平八は、静かにそう言った。


 


「これを研いだのは、お前か。」


 


「師匠の指図に従っただけだ。」


 


忠家は、そう答えたが、平八は首を振った。


 


「いや。」


 


「刃に、お前の性根が出ている。」


 


 


その言葉の意味を、忠家はまだ、うまく飲み込めずにいた。


 


だが、浜松の冬は、確かに何かを変え始めていた。


 


根無し草に、根が生え始めていた。


まだ、細く、頼りない根ではあったが。

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