16 仿製の権核
数分後、俺は固く閉ざされた部屋の前に立ち、左手を横の装置に当てた。
「ウィーン。」
扉がゆっくりと開くと、部屋の中央にある円盤状の装置が目に入った。
装置の上、青みがかった氷のような結晶の中に、氷宮詩玖が封じられている。白いショートヘアは風に舞っているかのように、凍りついた空間の中で自由に広がり、その精巧な顔立ちを彩っていた。
氷宮は目を閉じ、両手の指を胸の前で組んでいる。まるで祈っているかのようで、まさに地上に舞い降りた天使の姿そのものだった。
舞を見たときに胸の奥からわずかに湧き上がったあの心地よさとは違う。氷宮を前にすると、竹林の奥でせせらぎに向き合い、耳元に流れる穏やかな旋律を聞いているときのような静けさを感じる一方で、そびえ立つ高山の頂から雲海を見下ろしたときの、息が詰まりそうなほどの圧倒感もあった。
たとえ俺が「美しい」というものを理解していなくても、その言葉が生まれた理由が彼女の存在を形容するためだということだけは、はっきりとわかる。
胸元の三本の長い傷痕を除けば、初めて会ったときと何一つ変わっていない。あのときほど激しい反応はもうないが、それでもなお特別な感覚を与えてくる。ましてや、これほど近い距離で見ているとなおさらだ。
俺はゆっくりと近づき、氷塊の上に手を置いた。不思議なことに、掌に刺すような冷たさは伝わってこない。
「コン、コン。」
氷宮を包む結晶を軽く叩いてみる。明らかに、これはただの氷じゃない。
「レイア?」
そのとき、背後から聞き慣れた声がした。
「久しぶりだな、星月蓮。」
俺は振り向き、手を振って応えた。
入口に立っていたのは、片手をドア枠にかけ、こちらを横目で見ている星月蓮だった。舞以外で、俺を一番助けてくれた人でもある。
「どうしてここに?」
「Sprobeが数日休みをくれたから、その間にあなたたちの様子を見に来ようと思って。」
蓮はゆっくりと歩み寄り、掌で俺の頬に触れた。
「最近はどう?」
「計画通りだ。」
簡単なやり取りのあと、蓮はそれ以上何も言わず、ただ静かに俺を見つめていた。
「それで、氷宮は具体的にどういう状態なんだ?」
俺は沈黙を破り、氷宮の状況を尋ねた。前に聞いたときは、ただ氷封されているとしか説明されなかったが、今見る限り、それだけじゃなさそうだ。
「適応者がどんなときに死ぬか、知ってる?」
蓮はすぐには答えず、逆に質問してきた。
その答えは、正直わからない。今まで俺の目の前で適応者が死んだことはない。俺自身は何度かSaliveの攻撃で瀕死になったことはあるが、そもそも俺が適応者に含まれるのかどうかも曖昧だし、参考になるかは微妙だ。
「適応者の死亡には三つのパターンがある。ひとつ目は肉体への物理的損傷。適応者にはある程度の治癒能力があるけど、治癒系の能力を持つ者を除けば、大半は自然回復を早める程度。腕が切断されたような不可逆の損傷は再生できない。それに、権能の行使は主観意識に依存するから、脳が損傷すれば権能での修復も不可能。大量の肉体損傷は、そのまま死に繋がる。」
「二つ目は他者の権能の影響。個体ごとの権能は互いにとって毒のようなもの。Saliveと同じで、他人の権能が権核に触れれば即死。ただしこれは適応者同士に限る。Saliveの権能は適応者にも他のSaliveにも致命的じゃない。」
「そして三つ目が、詩玖の状態の原因。あなたみたいな特例を除けば、権核は権能の保存容器であると同時に制御権でもある。体内には権核から漏れ出した権能が巡っている。もし権核が損傷すれば、それら制御不能の権能が肉体を直接破壊する。死因としては二つ目に近いけど、原因は他の適応者に限らない。」
「もちろん、詩玖の権核は壊れていない。ただ、彼女は権核から体内に拡散した権能を制御し、一瞬でそれを結晶化して全細胞を包み込んだ。それで仮死状態に入ったの。今の詩玖は、巨大な“仿製の権核”みたいなもの。この結晶は強固じゃないけど、Saliveから見れば詩玖は死亡状態。攻撃対象にならないから、生き延びられた。」
こんな情報は初めて聞いた。そう考えると、詩玖の状況は決して楽観できない。それに、自分の特殊性についても、改めて思い知らされた。
「どうすれば助けられる?」
俺は蓮に問いかけた。
「この結晶化は高度な制御が必要だけど、使えるのは詩玖だけじゃない。以前同じケースがあったとき、それを解決したのは“時間の魔女”と呼ばれている人。彼女を呼ぶには長い時間が必要だし、代償も高い。でも、前にあなたと一緒にsalv4を片付けた後、Sprobeが支払った報酬でその代償は賄える。それに花もこの病院で療養中。時間的な余裕もある。」
自分が費用を負担できると言いたかった。でも、Sprobeから俺が受け取った報酬は多くない。本当に足りるのか確信が持てない。舞に頼めば、おそらく彼女は承諾するだろう。でもそれは、彼女の善意を利用して他人を助けるだけだ。
もっと力を手に入れてから、氷宮たちを助けよう。




