ep.9 学院の謎① ( ゲシュクール歴787年)
————夜————
エリシャはベッドの上で天井を見つめていた。
眠れない。
目を閉じるたびにサルトルの顔が浮かぶ。
そして、あの声。
《きろくのこうしんをかいしします》
意味の分からない機械のような声。
ミディスは知っていた。
だから聞いてきた。
「何か聞こえませんでしたか?」
普通なら聞くはずがない。
つまり先生は知っている。
何かを。
「エリシャさん。大丈夫ですかぁ?」
クレイが話しかけてきた。
「うん。少し寝れないだけ」
クレイは優しい。
いつも周りを気にしてくれる。
「何かあったら、いつでも言ってくださいねぇ」
「話し相手ぐらいなら、出来ますからぁ」
「うん。ありがとう。多分もう大丈夫だと思うよ」
「おやすみなさい」
「おやすみ」
今は寝よう。
それが明日に繋がる。
————翌朝————
先日からノエルとの距離が近くなったような気がする。
だからノエルに、ダンジョンで起きたことを全て話した。
青い光のこと。
機械音声のこと。
そしてミディス先生との会話。
「そんなものは見てないし、聞いてもいない」
ノエルは首を横に振った。
私だけが聞いた。
その事実が妙に気持ち悪かった。
「ノエル。見つけにいこう」
「うん」
サルトルの顔が脳裏をよぎる。
助けられなかった。
一か月まで生きていた人だ。
それなのに私は、その死より先に学院の秘密を考えている。
少しだけ、自分が嫌になった。
————図書館————
ノエルは恐ろしい速度で本を読み漁っていた。
机の上には既に十冊以上積まれている。
「ノエル……昨日寝た?」
「うん」
即答だった。
たぶん嘘だ。
ページをめくる速度がおかしい。
すると突然。
近くで本が落ちた。
バタン。
大きな音が響く。
その瞬間だった。
ノエルの肩が大きく跳ねた。
「っ!」
ノエルの手から本が落ちた。
呼吸が乱れる。
彼女は慌てるように周囲を見回した。
まるで何かに襲われると思ったかのように。
エリシャは思わず声を掛ける。
「大丈夫?」
「……大丈夫」
大丈夫には見えなかった。
調査は難航した。
青い光。
機械の声。
どれも記録が見つからない。
学院の資料にも載っていない。
まるで最初から存在しないみたいだった。
「ねぇ」
エリシャが本を閉じる。
「前から気になってたんだけど」
「何?」
「ミディス先生って足を引きずってるよね」
ノエルが顔を上げる。
「もしかして、義足?」
「そう、それ」
エリシャは続けた。
「賢者って手足なくなっても治るんでしょ?」
ノエルは黙る。
賢者学。
授業で聞いた。
部位欠損すら治癒可能。
なのに、ミディス先生は義足かもしれない。
「確かに変」
ノエルは小さく呟いた。
「でも学院で先生のこと調べるのは危険だと思う」
「私もそう思う」
二人は顔を見合わせた。
ノエルが言った。
「学院じゃなくて王都図書館」
「あそこは一般人が立ち入れない情報もあるって聞いた」
「有名な賢者なら載ってるはず」
————放課後————
二人は王都図書館へ向かった。
本棚は天井まで続いていた。
古い紙の匂いが鼻につく。
指で本をなぞるたびに埃が舞った。
二人は埃まみれになりながら、資料を漁った。
「あっ・・・」
ノエルが小さく声を漏らした。
「何か見つけた?」
「違う」
珍しく慌てた様子で本を閉じる。
表紙に書かれていた文字は、
最後まで読めなかった。
ただ。
「禁」
その一文字だけが見えた。
エリシャには題名までは見えなかった。
数時間後。
「エリシャ」
ノエルが一冊の本を差し出した。
そこには書かれていた。
賢者ミディス。
活動開始―ゲシュクール歴103年頃
ページには膨大な戦歴が並んでいる。
魔族討伐功績多数。
ベルダット防衛戦参加。
第七遠征軍所属。
そして、ゲシュクール歴712年引退。
賢者の多くは引退理由が書かれていた。
しかし肝心の引退理由だけが判読できない。
インクが滲んでいるのか、意図的なのかも分からなかった。
「ノエル。この部分に何か手がかりがあるかもしれない」
「確かに、不自然すぎる」
その日は、それ以上の情報を入手することは出来なかった。
それから一週間、二人は王都図書館に通う事になる。
そして、ようやく見つけた。
「あっ」
ノエルが短い声を上げる。
「エリシャ。これ」
それは永久損傷に関する医療記録だった。
失われた部位の再生について、過去の症例がいくつもまとめられている。
ノエルがページをめくる。
症例番号。
治療経過。
担当医。
そして、その中に見覚えのある名前があった。
賢者ミディス
「ミディスは左足の永久損傷により引退した。引退後、左足の再生を試みるも失敗に終わる」
エリシャは思わず声にだして読んだ。
「おかしい」
ノエルが本を睨む。
「賢者なのに」
「どうして足が治らなかったの?」
ノエルの呟きが、静かな書庫に溶けていく。
その時の私達は、まだ知らなかった。
賢者にも、治せないものがあることを。
つづく
最後までお読み頂き有難うございます。
なるべく短い間隔で、連載していきたいと思いますので
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