ep.8 戦闘訓練 ( ゲシュクール歴787年)
————朝————
訓練場へ向かう途中、フィアは朝から妙に機嫌が良かった。
「聞いたか?エリシャ!」
「何を?」
「今日の教官だよ!」
「聞いてないけど・・・」
「アミル先輩だぞ!」
エリシャは首を傾げた。
「ごめん。誰なの?」
フィアが足を止めた。
「えぇ!?マジで言ってんの?」
フィアは信じられないものを見る目をした。
「学院最強候補だぞ!」
「候補・・・候補なんだ」
「たぶん!」
「相変わらず、適当だなぁ……」
隣でクレイが苦笑した。
「私も名前くらいしか知らないかなぁ」
今度はフィアがクレイを見る。
「えっ、クレイも!?マジかよぉ」
フィアは最後の希望を見るようにノエルへ振り返った。
「ノエル!」
「知らない」
即答だった。
フィアは頭を抱えた。
「なんで、こんなに興味ないんだよ!学院最強だぞ!最強!」
「フィアが興味あり過ぎるんだよ」
エリシャは笑った。
こうして四人で歩くのも当たり前になっていた。
サルトルが亡くなってから一か月。
時間は確かに流れていた。
————訓練場————
木剣のぶつかる音が響いていた。
太陽の日差しはやけに眩しく、土の匂いと植物の匂い、汗の匂いが入り混じる。
今日も学院は平和だった。
ハルカ先生が訓練場の中央へ立つ。
「本日の戦闘訓練は上級生との合同授業です」
訓練場の入口から数人の上級生が現れる。
その中心にいた少女を見て周囲の空気が変わった。
「あっ」
「アミル先輩だ」
「本物だ……」
短い黒髪にスラリと伸びた手足、そして動きやすそうな軽装。
特別目立つ装飾はないが、それなのに自然と目を引く。
アミルは軽く手を上げた。
「よろしく」
それだけだった、が不思議と場が引き締まった。
(強そう)
根拠はない。
それでもエリシャは、目の前の少女から強者の余裕を感じていた。
ハルカ先生が説明を始める。
「まずは模擬戦です」
「各自、得意な武器を使いなさい」
フィアは即座に木製のレイピアを構える。
「待ってました!」
「本当に好きですねぇ」
クレイは優しい笑顔で見守っている。
「戦うの楽しいじゃん!」
ノエルは杖を取り出す。
クレイは補助術式の準備を始めた。
エリシャも訓練用の片手剣を握る。
「それでは始め!」
ハルカ先生の声が響いた。
その瞬間、フィアが飛び出した。
「おらぁ!」
一直線。
迷いも駆け引きもない。
相手との距離を一気に詰める。
レイピアが突き出される。
相手役の生徒が慌てて受けた。
だが終わらない。
「まだまだぁ!」
フィアの身体に青白い光が走る。
雷属性による身体強化でさらに加速。
「速っ!?」
観戦していた生徒達から声が上がった。
「あはははは!」
フィアは純真無垢な少年のように笑っていた。
「また突っ込んでる……」
エリシャが呟く。
隣でクレイが苦笑した。
「フィアらしいですねぇ」
「考えてるのかな」
「考えてないと思いますよぉ」
二人は同時にため息を吐いた。
その頃、反対側ではノエルが魔法訓練を行っていた。
杖を掲げると魔法陣が展開される。
正確で綺麗だ。
まるで教本の見本のようだった。
放たれた魔力弾が的の中心を撃ち抜く。
ハルカ先生は満足げに頷く。
「素晴らしい」
周囲からも感嘆の声が上がる。
誰が見ても成功だった。
だが、ノエルは小さく眉を寄せた。
「少し右、逸れた……」
エリシャだけが聞きとれた小さな声だ。
的の中心から数センチ、そんな誤差だった。
————昼休み(食堂)————
フィアは山盛りの昼食を抱えていた。
「食べ過ぎなんじゃない?」
「年中成長期だからな!」
「便利な言葉だね」
エリシャは苦笑する。
その隣ではノエルがノートを見ていた。
魔法式や計算式がびっしりと書き込まれている。
「勉強?」
「うん」
「昼休みだよ?」
「知ってる」
エリシャは何気なくノートを見る。
同じ式が何度も書き直されていた。
「そんなに難しいの?」
ノエルは少し黙る。
「難しく、ないよ」
「じゃあなんで?」
「もう、間違えたくないから」
その言葉にエリシャは何も返せなかった。
サルトルのことを思い出したからだ。
ノエルも同じだったのだろう。
少しだけ視線を落とした。
————午後————
午後の授業も終盤に差し掛かった。
ハルカ先生が手を叩く。
「最後にアミルから総評をもらいます」
視線が集まる。
アミルは少し困ったような顔をした。
「総評ですか。うーん」
そして一年生達を見回す。
「みんな悪くないと思いますよ」
少しざわつく。
フィアが手を挙げた。
「私達!私達はどうかな?特にアタシ!」
アミルは四人を見る。
「同じパーティ?」
「そうそう!ルームメイト!」
「なるほど」
少し考える。
「バランスが良いと思うよ」
フィアが胸を張る。
「あったりまえじゃん!」
アミルは指を向ける。
「前衛。スピードとセンスは申し分ない」
フィア。
「後衛。魔術の展開がピカイチ」
ノエル。
「支援。味方の状況を一番把握してる」
クレイ。
「万能。全てが平均以上。でも突出したものはまだない」
エリシャ。
「役割分担がちゃんと出来てる」
クレイが少し照れたように笑う。
アミルはさらに続けた。
「ただ・・・」
フィアを見る。
「突っ込み過ぎ」
「うっ」
周囲から笑いが起きる。
「杖の子」
ノエルを見る。
「魔法は綺麗だった」
ノエルが少し嬉しそうな顔をした。
「だが、綺麗過ぎる」
「え?」
「失敗を怖がってるでしょ」
ノエルの表情が固まる。
アミルはそれ以上言わなかった。
「でも悪いことじゃないよ」
最後にエリシャを見る。
「君は器用だね」
「え?」
「剣も使う。回復も使う。補助も出来る。」
アミルは少し笑った。
「便利な人材だ」
フィアが横から聞く。
「つまり強いってこと?」
「いや、器用貧乏だね」
アミルは即答した。
一瞬静寂。
そして、フィアが吹き出した。
「ぶはっ!分かる。十分にわかるわ!それ!」
「笑うな!」
訓練場に笑い声が広がった。
その中で、ノエルだけは少し考え込んでいた。
訓練が終わる頃には日が傾いていた。
ハルカ先生の解散の声と共に、生徒達はそれぞれ帰路につく。
――――放課後(帰り道)――――
空は夕焼けに染まっていた。
フィアは食堂へ向かった。
「腹減ったな!お次は飯だ!」
それだけ言い残して走り去る。
「先に行くねぇ」
クレイは世話係のように小走りでフィアについていった。
残ったのはエリシャとノエルだけだった。
二人で並んで歩く。
しばらく無言、そして聞こえるのは風の音だけ。
「ねぇ」
ノエルが口を開いた。
「ん?」
「アミル先輩の言葉」
エリシャは思い出す。
失敗を怖がっている。
確かにそう言っていた。
「気にしてる?」
ノエルは少しだけ笑った。
「図星、だから」
その笑顔はどこか寂しかった。
「私、今でも夢に見る」
エリシャの足が止まる。
ノエルは前を向いたままだった。
「サルトルさん」
「……」
「助けられたかも、しれないって」
夕日が長い影を作る。
エリシャは返事が出来なかった。
自分も同じだったからだ。
もし、あの時もっと早く動けていたら。
もっと強ければ。
何度考えたか分からない。
「だから」
ノエルは続ける。
「最近ずっと、考えてる」
「何を?」
少し沈黙。
「ミディス先生、のこと」
エリシャの表情が変わる。
研究室。
青い光。
機械みたいな声。
不自然な質問。
忘れられるはずがなかった。
「気にならない?」
ノエルが聞く。
「気になるよ」
即答だった。
「だよね」
ノエルは少し安心したように笑う。
「私だけ、じゃなかった」
風が吹く。
木々が揺れる。
夕日が少しずつ沈んでいく。
「調べて、みない?」
エリシャは黙った。
だが答えは決まっていた。
一か月経っても。
忘れられない。
あの光も。
あの声も。
そして、ミディスの反応も。
「そうだね」
エリシャは頷く。
「調べてみよう」
ノエルも小さく頷いた。
二人は再び歩き出す。
学院の奥では鐘の音が鳴っていた。
まるで何かの始まりを告げるように。
つづく
最後までお読み頂き有難うございます。
なるべく短い間隔で、連載していきたいと思いますので
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