ep.7 帰還 ( ゲシュクール歴787年)
ダンジョンから戻ったエリシャ達は、すぐに学院の医務室へ運ばれた。
医務室は、外の騒がしさと違い、消毒の匂いと静寂に包まれていた。
聞こえるのは何かの装置が動く音だけ。
ノエルは終始無言だった。
クレイが肩を抱いていても反応が薄い。
呼びかけられても視線はどこか遠くを見ている。
まるで、まだダンジョンの中に取り残されているみたいだった。
フィアだけは相変わらずだった。
「いやー、死ぬかと思った!」
そう笑っている。
だが声はどこか空回りしていた。
エリシャは何も言えない。
目を閉じるたびにサルトルの潰れた顔が浮かんだからだ。
医務室を出る頃には日が傾いていた。
学院の中はいつも通りだった。
中庭では生徒達が談笑し、講堂からは授業の声が聞こえる。
自分達だけが別の世界から帰ってきたようだった。
「エリシャさん」
背後から声がした。
ミディスだった。
いつもの笑顔。
だが今日は少しだけ硬い。
「少しお時間よろしいかしら?」
———ミディスの研究室————
紅茶の香りがする静かな部屋だった。
左右の本棚には分厚い本が沢山並んでいる。
机の上には必要最低限の文房具や資料だけ。
(やっぱり出来る人なんだな・・・)
「まずは無事で何よりです」
ミディスはそう言った。
エリシャは俯く。
無事。
その言葉に違和感を覚えた。
サルトルは死んだ。
自分達が生き残っただけだ。
サルトルの潰れた顔が脳裏に浮かぶ。
「それで……」
ミディスが静かに切り出す。
「サルトルさんが亡くなった後、何か見ませんでしたか?」
「何かというと・・・」
「青い光や、不思議な現象です」
エリシャの肩が一瞬震えた。
ミディス先生には好感を持っている。
ここで本当の事を話していいのか?
「全ての事に必死だったので・・・」
ミディスの目が細くなる。
「そうですか・・・では、何か聞こえましたか?」
一瞬、間があいた。
「戦っている間は夢中で、聞いたような感じもしますし・・・」
紅茶の香りが急に遠くなった気がした。
部屋の空気が変わった。
「もし聞いていたとしたら、どんな声でしたか?」
あの機械みたいな声。
意味の分からない言葉。
必要以上に具体的な内容を聞いてくるミディス先生。
「よく覚えていません・・・」
エリシャは咄嗟に嘘が出た。
ミディスは黙った。
数秒。
いや十秒近く。
長い沈黙だった。
やがて彼女は小さく息を吐いた。
「そうですか……」
それだけだった。
窓の外を見る。
夕日が差し込んでいる。
そして振り返った。
「もし、思い出したことがあったら素直に言ってください」
ミディスの表情が少しだけ真剣になる。
「それと・・・その話は他の生徒にしないでください」
「どうしてですか?」
「まだ皆さんには早いからです」
それ以上は教えてくれなかった。
————夜————
部屋に戻る。
フィアはいびきをかいて寝ている。
クレイは読書をしていた。
しかしノエルの姿がない。
エリシャは寮の外へ出た。
夜風が冷たい。
そして静かだ。
微かに虫の音が聞こえる。
するとベンチに一人の少女が座っていた。
ノエルだった。
「隣、いい?」
ノエルは黙って頷く。
「クレイに聞いたんだけどさ。クレイ達のサポート冒険者、序盤のほうで逃げたんだって」
「それに、フィアが短縮再生の方法知ってたのって、転んで骨折した時に思いついたら出来たんだってさ」
「なんか・・・フィアらしくて・・・おもしろ・・・」
「・・・ごめん」
しばらく沈黙。
やがてノエルが口を開いた。
「私、何も出来なかった」
「サルトルさんが、死んだ時も」
「怖かったの」
「頭では、動かなきゃって分かってた」
「でも、体が動かなかった」
「その後も」
「エリシャを、助けなきゃって思ったのに」
ノエルの肩が震えている。
エリシャは答えられない。
自分も同じだったからだ。
足を潰された時。
腕を砕かれた時。
恐怖しかなかった。
「私も怖かったよ」
ようやく出た言葉はそれだった。
ノエルは少し驚いた顔をする。
「今でも怖い」
「また同じことが起きたらって思う」
二人はしばらく夜空を見上げていた。
「次は失敗しないように、がんばるよ」
「私」
「・・・うん」
————一か月後———
学院はいつも通りだった。
フィアは相変わらず騒がしい。
クレイも笑っている。
ノエルも以前と変わらないように見えた。
だが授業中、彼女が無意識に拳を握り締めていることをエリシャは知っていた。
それでも誰も、あの日の話はしなかった。
————学院の地下深く————
ミディスは一人で書類を見つめていた。
そこにはエリシャの名前が書かれている。
「もう聞こえ始めたのですね……」
ミディスは書類を閉じた。
机の引き出しから古い記録書を取り出す。
そこには無数の賢者の名前が並んでいた。
そしてページの最下部。
ミディスは目を細めた。
記録書の最後のページ。
そこには見慣れない名前が一つ増えていた。
エリシャ・ロックバーン
『記録更新確認』
ミディスは目を伏せた。
「正直、私でもこの先どうなるか分かりません・・・」
つづく
最後までお読み頂き有難うございます。
なるべく短い間隔で、連載していきたいと思いますので
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