ep.5 ダンジョンへ①( ゲシュクール歴787年)
ダンジョンの中は薄暗かった。
湿気を帯び、纏まり着くような空気。
息を吸うたびに湿った空気が肺にまとわりつく。
足音だけがやけに大きく響く。
誰も喋っていないのに、自分達だけが騒がしい気がした。
そして、天井から落ちた水滴の音に、エリシャは思わず肩を震わせた。
「サ、サルトルさんは怖くないんですか?」
「怖いか・・・どっちかというと酒場の女将さんのほうが怖いや」
そう言って大笑いする。
「それに、この辺りのダンジョンで死ぬ奴は大抵油断した奴だな」
「そ、そうなんですか」
「この世界の冒険者さん達は、みなさんダンジョンによく潜るんですか?」
こういう場所では黙っているより、会話をしていたほうが、気が楽になる。
「色々だ」
「冒険者なんて、何でも屋だよ」
「薬草の採取から魔物退治、傭兵まで様々さ」
「でも、今回の依頼は割がよかったな」
サルトルは笑顔で腰に括られた巾着をジャラジャラと鳴らした。
「お金のことですか?」
「そうだ」
ウィンクしながらサルトルは返した。
「魔物って、見つけたらすぐ襲ってくるんですか?」
「全てが全て襲ってくるわけじゃない。自分より格上だと思えば逃げる」
「これは人間と同じだろ?」
「確かに・・・」
「なんだか質問ばっかりで、すいません」
「いやいいよ。無言でガチガチになってるよりは、全然いい」
「いざと言う時、全く役に立たないから・・・」
「え?」
「いや、何でもない」
さらにダンジョンの奥に進んでいくと少し大きなホールに出た。
「さて、ここいらで少し休憩するか」
「こんな何もない場所でですか?」
「嬢ちゃんたちも覚えておいたほうがいい。俺たち以外の先駆者がここで休んだ形跡があるだろ?」
周りを見渡すと確かに墨の後や何かのゴミや魔法陣らしき物の痕跡が残っていた。
「先駆者の死体がないってことは、ここで休んでも安全だったという証拠だ」
「あぁ!なるほど!」
「まぁ気休め程度だがな」
3人は周囲の壁をチェックし、何もないことが分かると学院から用意された魔物避けの粉で周りを清めた。
腰を下ろし、干し肉をかじりながら水を飲む。
暫く休憩をとっていると遠くのほうから「ドスン、ドスン」と言う音が響き渡った。
「あの音はなんでしょう」
今まで黙っていたノエルが口を開いた。
「なんだろうな?音は聞こえるが、振動は伝わってこない。心配することじゃない」
「で、でも・・・何だか・・・」
「ダンジョンじゃよくあることさ、何かの仕掛けや戦闘の音だと思う」
暫くすると先ほどの「ドスン、ドスン」という音がまた聞こえてきた。
先ほどよりも間隔が短く鮮明に、振動を伴っている。
「ほ、本当に大丈夫でしょうか?」
ノエルの顔は恐怖で歪んでいる。
サルトルは人差し指を口に当てて、「静かに」のポーズをとった。
そして、壁に耳をあてて音の原因を探り出した。
音は確実にエリシャ達に近づいてきている。
証拠に音の振動が天井の破片を「パラパラ」と落としているからだ。
「怖い・・・」
ノエルが呟く。
音はエリシャ達の真横でするようになった。
といっても壁を一枚隔てた感じだろう。
相変わらずサルトルが難しい顔で壁に耳を当てている。
「サルトルさん・・・」
不安になりエリシャが話しかける。
突然だった。
「ドン」と言う爆発音と共に壁が崩壊し、破片が真横に吹き飛ぶ
サルトルの上半身が壁に叩きつけられた。
遅れて何かが地面に転がる。
それが彼の右腕だと理解するまで数秒かかった。
サルトルの口が何かを叫んでいた。
だが音は聞こえない。
潰れた顔から血だけが飛び散った。
破壊された壁はパラパラと音をたてながら砂埃が舞っている。
その砂埃から見たこともない魔物が現れたのだ。
身長3メートル近くで、黒くパサついた体毛に覆われている。
ゴリラのようないでたちで、前腕と拳が異常ともいえる大きさで発達している。
恐らく、その拳で通路を突き破ったのだろう。
「あっ・・・ひっ・・・」
エリシャ達は恐怖の感情よりも、脳に情報量が追い付いていなかった。
叫ぶ余裕なんてない。
目の前の絶望が何なのかを理解する必要があった。
エリシャは思い出した
『全てが全て襲ってくるわけじゃない。自分より格上だと思えば逃げる』というサルトルの言葉を。
この化け物は逃げないどころか、自分から進んでやってきたのだった。
つづく
最後までお読み頂き有難うございます。
なるべく短い間隔で、連載していきたいと思いますので
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