表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
PR
24/25

ep.24 示された理由(ゲシュクール歴789年)

ep.24 示された理由(ゲシュクール歴789年)


アスカーは構えたまま動かない。それでも、瞳だけが静かに四人を見渡していた。

雪だけが降り続く。

張り詰めた静寂を破ったのは、アスカーだった。


一歩。


ただ、それだけ。

アスカーの姿が消えた。


「クレイ!」

エリシャが叫ぶ。


クレイが振り返る。

だが、もう遅い。黒い刃が目前まで迫っていた。

その間へ、再び赤い影が飛び込む。


ブシュッ――。

鈍い音と共に、ハルバードが脇腹を深く裂いた。

鮮血が舞う。


「フィア!」

クレイが駆け寄ろうとする。


「下がってろ!」

鋭い声だった。

フィアは傷口を押さえながら、小さく笑う。


《時短再生》

光が身体を包む。裂けた肉が塞がる。骨が元へ戻る。

流れ落ちた血さえ身体へ戻り、傷は跡形もなく消え去った。


荒い息を吐きながら、フィアはふっと笑う。

「……そうか」

開拓村。血だらけになりながらも、何度でも仲間の前へ立ち続けた先輩。


「アミル先輩」

小さく呟く。

「あの時は、馬鹿な戦い方だって思ってた……でも違った」

レイピアを握る手に力が入る。


アスカーを真っ直ぐ見据え、口角を上げた。

「なるほどな……アミル先輩」

「これが――脳筋賢者の戦い方か」


フィアは笑った。

レイピアを握り直し、誰よりも前へ立つ。

「もう、誰にも仲間は傷つけさせない」


「フィア!」

エリシャの叫びが雪原へ響いた。

「もうやめて!」


その声にも、フィアは振り返らない。


「《時短再生》を使い続けたら、アミル先輩みたいになっちゃう!」

震える声だった。

「お願いだから……もうやめて」


クレイも駆け寄る。

「フィア!」

「十分だよ!もう守ってもらった!」

「だから今度は私たちが――」


「下がってろ」

鋭い一言に、クレイの足が止まる。


ノエルも静かに杖を下ろした。

「記憶枯渇は元には戻りません」

「永久欠損まで進めば、自己認識障害になります」

「もう《時短再生》は使わないでください」

三人の制止を聞きながら、フィアだけが穏やかに笑っていた。


「だから?」

その一言で、空気が止まる。

「私は仲間を守れる。それで十分でしょ」


「違う!」

エリシャは首を振った。涙が頬を伝う。

「私はフィアに死んでほしくない!それにフィアが……フィアじゃなくなるのが嫌なの!」


静寂が落ちた。


フィアは少しだけ目を細める。

困ったように笑って、小さく息を吐いた。


「……ありがと」

その一言だけ残し、レイピアを構える。

赤い瞳は、もうアスカーしか見ていなかった。


アスカーは静かにハルバードを構えた。

赤い瞳は、ただ一人。

フィアだけを映している。


雪を蹴る。

黒い影が消えた。


「右!」

エリシャが叫ぶ。


フィアは迷わず飛び込んだ。

ギィィィィンッ!!

レイピアとハルバードが激しくぶつかり合う。


火花が散る。

押し切れない。

刃が肩口を裂いた。


ブシュッ――。

鮮血が雪原へ舞う。


「フィア!」

クレイが叫ぶ。


しかし、フィアは笑っていた。

《時短再生》


「まだだ!」

フィアは再び駆ける。


アスカーの視線は、ただ静かにフィアを追っていた。


再び消える。今度はノエル。


「っ!」


黒い刃が振り下ろされる。

「ノエル!」


赤い閃光が割って入った。

ブシュッ――。

ハルバードが胸元を切り裂く。

制服が真っ赤に染まる。


《時短再生》


フィアは息を整える間もなく、再び前へ出た。


「フィア!」

返事はない。

フィアはもう、アスカーしか見ていなかった。

「お願いだから……」

声が震える。

届かない。

何度叫んでも。

フィアは前へ出続ける。


その身体は、ただ仲間を守るためだけに動いていた。

アスカーは何度も標的を変える。


エリシャ。


クレイ。


ノエル。


その度に、フィアは迷わず前へ出た。

血が舞う。

《時短再生》

また血が舞う。

《時短再生》

雪原は、少しずつ赤く染まっていった。

その度に、光が血を身体へ戻していく。

肉体は完全に再生する。


それでも、アスカーの表情は変わらなかった。

まるで、その結末を最初から知っているように。

「……」


赤い瞳が静かに細められる。

その眼差しに驚きはない。

この少女の力も。

その先に待つ結末も。

全て知っている。

だから何も言わない。


ただ静かに、その理由の行く末を見届けていた。

フィアは荒い息を吐きながら、レイピアを握り直す。

指先は震え、視界も霞む。

それでも、その足だけは止まらない。


「フィア……もういいよ」

エリシャの声が震える。

返事はない。

「お願い……もう終わりにして」


フィアは目を細めた。

「まだ」

息を吸う。

「まだ、守れる」

その一言だけだった。


雪を蹴る。

《ライトニング》


雷鳴が轟く。

赤い閃光が一直線にアスカーへ駆ける。

アスカーは逃げない。避けない。

静かにハルバードを構える。

互いの距離が消える。


一閃。ギィィィィンッ!!

甲高い金属音が雪原へ響いた。

次の瞬間、ブシュッ――。

深々と刃が肉を裂き、フィアの身体が止まる。

胸元から真っ赤な血が溢れ出した。


「フィアァッ!」

エリシャが駆け出す。

クレイも。

ノエルも。


フィアは震える手を胸へ当て、小さく笑った。

《時短再生》

いつものように呟く。


淡い光が――現れない。


「……え?」

フィアが小さく目を見開く。


もう一度。

《時短再生》

沈黙。何も起きない。


裂けた胸から血だけが流れ落ちる。


「そんな……」

エリシャの顔から血の気が引いた。

治らない。

その事実だけで、胸が締め付けられた。


「嘘……嘘だよね」

喉が震える。

足がもつれながらフィアへ駆け寄る。


「お願い……」

涙が止まらない。

「お願いだから……治ってよ」


フィアは傷口を見つめたまま、小さく笑った。

「……あれ」

困ったように首を傾げる。


「……治らない」

小さく息を吐く。


「……永久欠損」

ノエルが唇を噛み締め、小さく呟いた。


白い息だけが空へ溶けていく。

誰も言葉を失っていた。

クレイは口元を押さえ震えている。


アスカーだけが動かない。

静かにフィアを見つめ続けていた。


長い沈黙。

フィアはゆっくりと目を閉じる。

そして、小さく笑った。

白い吐息が空へ溶けていく。

「そっか」


雪だけが静かに降り続いていた。

誰も動けない。誰も声を出せない。

フィアは胸元を押さえたまま、ゆっくりと呼吸を繰り返していた。


「フィア……」

エリシャが震える声で名を呼ぶ。

返事はない。


「大丈夫だから、もう戦わなくていい」


一歩。

また一歩。

恐る恐る近づく。


「帰ろう……みんなで帰ろう」


フィアがゆっくりと顔を上げた。

その瞳がエリシャを映す。

エリシャは思わず息を呑んだ。

何かがおかしい。見ている。

確かにこちらを見ている。

それなのに、その瞳には何の感情も浮かんでいなかった。


「……フィア?」

小さく首を傾げる。

何かを思い出そうとするように。

眉を寄せる。


「えっと……」

言葉が続かない。

視線がエリシャからクレイへ移る。ノエルへ移る。

そして、またエリシャへ戻った。


長い沈黙。


フィアは困ったように眉を下げた。

「ごめん」

その一言だけで、エリシャの胸が締め付けられた。

「思い出せない」


エリシャは首を横に振る。

「違う……思い出せる……私だよ」

涙が溢れる。


「エリシャだよ。毎日一緒にいたじゃん」

「学院で……一緒に笑って……一緒にご飯食べて……覚えてるでしょ?」


返事はない。フィアは必死に考えている。

その表情だけで分かった。思い出そうとしている。


でも、何も出てこない。


「クレイ!」

エリシャが助けを求める。

クレイは涙を拭いながら笑おうとした。

「フィア……私だよ……クレイだよ」

声が震える。


「覚えてるよね?」

フィアは静かに首を傾げた。


ノエルも前へ出る。

「フィア。私はノエルです。あなたの仲間です」


フィアは三人を見渡した。


エリシャ。


クレイ。


ノエル。


何度も。


何度も。


やがて、困ったように笑った。

「お前ら……」


沈黙。

何かを思い出そうとするように眉を寄せる。


「誰だっけ?」


その一言で。


エリシャの呼吸は止まった。


雪だけが静かに降り続いていた。



雪だけが静かに降り続いていた。


フィアは三人を見渡す。

困ったように笑った。


「でも」


小さく息を吐く。



「何だか……いい気分だ」



エリシャは首を振る。

「違う」


震える声だった。

「違うよ、フィア」


「私だよ……エリシャだよ」

「お願いだから……思い出して」

何度呼んでも、フィアの瞳は変わらない。


フィアはエリシャの顔を見つめる。

優しく笑う。

「ごめん」

その笑顔は、どこまでも穏やかだった。


「でも」


小さく首を傾げる。

「大切な人、だったんだよな」


エリシャの瞳から涙が溢れる。


「そうだよ……」

声にならない。

「大切な仲間だよ」


フィアは静かに頷いた。


「そっか」

それだけだった。


ふっと力が抜ける。


レイピアが雪へ落ちた。


乾いた金属音が静かに響く。


膝から崩れ落ちる身体を、エリシャは必死に抱き留めた。

「フィア!」

返事はない。


「お願い……」


肩を揺する。


「目を開けてよ」


何度呼んでも。


もう、その瞳がエリシャを映すことはなかった。


雪だけが静かに降り続いていた。


長い沈黙。

アスカーはゆっくりと歩き出す。

倒れたフィアの前で立ち止まり、その亡骸を静かに見下ろした。


赤い瞳は揺るがない。

長い時間をかけて、その最期を見届ける。

やがて、小さく口を開いた。


「お前の理由は」


雪が静かに二人の間へ降り積もる。


「立派に証明された」


それだけ言い残すと、アスカーは背を向けた。


もう振り返らない。


雪だけが静かに降り続いていた。


エリシャの嗚咽だけが、白い雪原へ消えていく。




最後までお読み頂き有難うございます。

なるべく短い間隔で、連載していきたいと思いますので

ブックマーク、レビュー、感想、評価をお待ちしております。


Xにてキャラクターの詳細など公開中

詳しくはプロフィールにリンクはってます

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ