ep.14 狂戦士(ゲシュクール歴787年)
————開拓村————
「兄さんが帰ってないんです!」
朝の静寂を破る悲鳴が広場へ響いた。
宿舎から飛び出したエリシャ達は、村の中央へ駆ける。
そこには青ざめた顔のリズがいた。
肩を震わせながら必死に呼吸を整えている。
「落ち着け」
アミルが前へ出た。
低く落ち着いた声だった。
「最後に見たのはいつだ」
「昨夜です」
リズは答える。
「見張り台で夜番をしていました」
「その後は?」
「分かりません……朝になっても戻ってなくて……」
声が震えていた。
アミルは短く頷く。
「捜索する」
その一言で空気が変わった。
————森————
森の中は薄暗かった。
昼間のはずなのに陽光はほとんど届かない。
湿った空気が肌へまとわりつく。
異様なほどに、静かだった。
鳥の鳴き声が聞こえない。
虫の羽音すらない。
まるで森そのものが息を潜めているようだった。
「変ですねぇ」
クレイが周囲を見回す。
「静かすぎます」
エリシャも同じことを思っていた。
昨日見た足跡。村長の言葉。レオンの証言。
全てが一つの違和感へ繋がっている気がした。
しばらく進むと、アミルが足を止めた。
「こっちだ」
地面を指差す。
人間の足跡だ。
レオンの靴跡と一致する。
リズの顔が少しだけ明るくなる。
「兄さん……」
まだ生きていると、信じたかった。
さらに奥へ進む。
そこでフィアが声を上げた。
「おい」
全員が振り返る。
草むらの中に巨大な魔物の死骸が転がっていた。
狼に似た大型種。
村人では到底倒せない相手だ。
だが、死体の状態がおかしい。
胴体が裂けている。
牙でも爪でもない。
力任せに引き裂かれたような傷だった。
「レオンがやったのか?」
フィアが眉をひそめる。
アミルは答えなかった。
ただ傷口を見つめている。
その表情は険しかった。
捜索は続く。
その途中、エリシャはリズへ声を掛けた。
「レオンは昔からこういうことがあったの?」
リズの肩が僅かに震えた。
「兄さんは……」
言葉が止まる。
何かを隠している。
そんな気がした。
「いえ」
リズは首を振る。
「何でもありません」
アミルだけが一瞬視線を向けた。
だが何も言わない。
どれほど歩いただろう。
突然、リズが足を止めた。
「あっ……」
震える声、その視線の先。
大木にもたれ掛かる人影があった。
レオンだった。
「兄さん!」
リズが駆け出そうとする。
「待って」
小さな声だった。
だが全員が振り返った。
声を発したのはノエルだった。
普段ほとんど自己主張しない少女が、珍しく強い口調で言う。
「近付かない方が、いいと思う」
「なんでだ?」
フィアが眉をひそめる。
ノエルはレオンを見つめたまま答えた。
「嫌な感じが、するの」
それ以上は言わない。
だが、その言葉には妙な説得力があった。
「そんなこと言ってられねぇだろ!」
フィアとリズが駆け出す。
エリシャ達も続いた。
レオンは生きていた。
呼吸もある。
大きな外傷もない。
全員が安堵する。
だが、何かがおかしい。
「兄さん?」
リズが肩へ触れる。
反応がない。
焦点の合わない瞳、そして虚ろな表情。
まるで魂が抜けたようだった。
「おい」
フィアが近付く。
「聞こえてんのか?」と肩を掴んだ。
次の瞬間だった。
ドゴォッ!!
鈍い衝撃音が響いた。
フィアの身体が吹き飛び、大木へ叩き付けられる。
「がっ……!」
全員が凍り付いた。
何が起きたのか理解できない。
レオンが立ち上がっていた。
その目に理性はなかった。
獣だ。
呼吸は荒く。
全身の筋肉が異様に膨張している。
まるで別人だった。
「兄さん・・・また・・・」
リズの声が震える。
レオンは答えない。
ゆっくりと剣を抜く。
ギリギリと金属が擦れる音が響いた。
アミルが前へ出る。
「全員下がれ。私がやる」
静かな声だった。
だが逆らえる者はいない。
レオンが地面を蹴る。
爆発するような踏み込み。
一瞬で距離が消える。
速い。
レオンがアミルへ斬りかかる。
凄まじい速度だった。
アミルが受け流す。
その隙を狙い、クレイが杖を掲げた。
「命を育む大地よ。深き根を解き放ち。侵す者を捕らえよ《ルートグラスプ》」
地面から太い蔦が飛び出す。
蛇のようにうねりながらレオンの足へ絡み付いた。
「今です!」
フィアが飛び込む。
だが次の瞬間、ブチィッと蔦が引き千切られた。
レオンは止まらない。
「嘘だろ!?」
フィアが目を見開く。
クレイも顔を青くした。
「そんな……」
学院でも通用した拘束魔法だった。
それを力任せに破壊した。
異常だった。
エリシャの目が追い付かない。
ガキィィン!!火花が散る。
アミルの剣が受け止めていた。
しかし押されている。アミルの表情が険しくなる。
「フィア!」
「分かってる!」
二人掛かり。
それでもレオンは止まらない。
腕を切られても。
肩を斬られても。
痛みを感じていないようだった。
「何なんだよ!コイツ!」
フィアが叫ぶ。
レオンは答えない。
ただ暴れる。
まるで何かに取り憑かれたように。
戦闘が続く。
「怒り・・・」
ノエルが呟いた。
エリシャが振り返る。
「ノエル?」
ノエルはレオンを見ていた。
真っ直ぐに。
「怒り・・・」
「でも違う」
「何かに、支配されている」
その言葉にエリシャは息を呑んだ。
確かにそうだった。
暴れている。
襲い掛かっている。
その時だった。
《レオンを信じろ》
声。
サルトルの声。
エリシャの身体が硬直する。
周りを確認するも、誰も反応していない。
これは自分にしか聞こえていない。
《大切なものを差し出せ》
感情のない声が響く。
その瞬間、エリシャの脳裏に一つの考えが浮かんだ。
レオンが守ろうとしているもの。
それは――
「リズ」
「お兄さんを助けたい?」
「当たり前です!」
「何を失っても?」
一瞬だけ沈黙。
だが迷いはなかった。
「助けます」
「じゃあ、あたしの言う通りにして」
リズは短く頷いた。
アミルとフィアは押し込まれている。
そこへエリシャが立ちはだかった。
「エリシャ!」
全員が声を上げる。
エリシャは皆を見渡し、小さく頷く。
その目には自分に任せて欲しいという覚悟が滲んでいた。
「わかった。フィア、いったん下がるぞ」
アミルとフィアはエリシャの後方まで下がる。
レオンは新しく現れたエリシャをターゲットにし突撃する。
剣が振り上げられる。
エリシャは目を見開き、歯を食いしばっている。
「エリシャ!」
フィアが叫ぶ。
ノエルはフィアの肩に手を置く。
「大丈夫」
「え?」
ノエルの視線はリズへ向いていた。
「お兄さんだから」
「傷つけない」
その瞬間、リズがエリシャの前に立ちはだかった。
「兄さん!!」
剣が振り下ろされる。
全員が凍り付く。
剣が止まった。
リズの首筋まであと数センチ。
レオンの腕が震える。
「……リズ」
初めて言葉を発した。
リズの瞳から涙が溢れる。
「兄さん……」
レオンの瞳に僅かに理性が戻る。
そして、崩れ落ちた。
全身から力が抜ける。
そのまま気を失った。
誰も動かなかった。
やがてアミルが息を吐く。
「拘束する」
短い指示だった。
フィアが地面へ座り込む。
「マジで死ぬかと思った……」
リズは何も言わなかった。
ただ気絶した兄を強く抱き締めていた。
その時だった。森の奥から声が聞こえた。
「違う」
全員が振り返る。
「違う」
掠れた少女の声。
「私は私だ」
沈黙。
そして。
「私は……誰だ」
森の奥。
木々の隙間。
そこに人影が立っていた。
ローブ姿。
だが様子がおかしい。
まるで獣のように背を丸め、頭を抱えている。
人影がゆっくり顔を上げる。
アミルの顔から血の気が引いた。
「嘘だろ・・・」
つづく。
最後までお読み頂き有難うございます。
なるべく短い間隔で、連載していきたいと思いますので
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