ep.13 開拓村の事件(ゲシュクール歴787年)
————開拓村————
翌朝。
エリシャは宿舎の窓から外を見ていた。
朝日を浴びた畑が黄金色に輝いている。
昨日見た時は薄暗く感じた木製の柵も、今は穏やかな朝日に照らされていた。
煙突から立ち上る白い煙は空へ溶けるように消えていき、家々からは朝食を作る匂いが漂ってくる。
確かに今日を生きている人々の営みがそこにあった。
だが違う。
昨日、村へ入った時から感じている。
村人達の顔に笑顔がない。
窓を閉め切る家。
武器を持って歩く男達。
子供ですら、どこか周囲を警戒していた。
まるで村全体が何かを恐れているようだった。
扉を叩く音が響く。
「集合だ」
アミルだった。
————村広場————
実習生達が集まる。
アミルは簡単な地図を地面へ広げた。
「実習期間は三日」
全員が耳を傾ける。
「今日は周辺調査を行う」
指先が地図をなぞる。
「村の構造。避難経路。防衛設備。森の状況。全て確認する」
フィアが手を挙げた。
「魔物討伐は?」
「必要なら行う」
即答だった。
「だが敵を知らずに戦うのは三流だ」
フィアは口を尖らせる。
「まず観察しろ」
「・・・はい」
珍しく素直だった。
午前中は村の見回りとなった。
エリシャ達はレオンの案内で村を回る。
「ここは倉庫。あっちは井戸」
レオンは慣れた様子で説明していく。
「柵が新しいですね」
クレイが指摘する。
レオンは頷いた。
「ああ、先月修理した」
エリシャは木材へ目を向ける。
確かに新しい。
だが問題は修理したことではない。
修理しなければならなかったことだ。
「魔物なの?」
「たぶんな」
レオンの返答は歯切れが悪かった。
「たぶん?」
エリシャが聞き返す。
レオンは森へ視線を向けた。
「分からないんだ。最近の奴ら、おかしいから」
————村外れ————
森の奥は見えなかった。
見えないのではなく、見せないと言った方が近い。
幾重にも重なった木々が視線を拒むように立ち並び、その先を覆い隠している。
レオンは森を見つめる。
「前はこんなことなかった。最近急に増えたんだ」
「何が増えたの?」
「魔物だよ」
レオンは森を見つめたまま答えた。
「しかも群れで飛び出してくる。前はこんなことなかった」
「まるで何かから逃げてるみたいに」
森の入口付近を調べる。
アミルは地面へしゃがみ込み、何かを見ている。
エリシャも近づく。
土の上には足跡が残っていた。
獣のものだ。
だが異様なほどに数が多い。
「これは……」
アミルは答えない。
「先輩って何でも分かるよな」
フィアが言う。
アミルは首を振る。
「私などまだまだだ」
「またまた」
「本当だ。学院には私より優れた賢者が何人もいた」
「例えば?」
フィアが聞く。
アミルは少しだけ考えた。
「シルフィだ」
その名前に反応した者はいない。
「探索も戦闘も魔法も一流だった」
「私が知る限り、最も優秀な賢者の一人だ」
「へぇー」
フィアは素直に感心する。
「今どこにいるんだ?」
沈黙。アミルの表情が曇った。
「分からない。もう1年以上前だ」
ただ足跡を追う。
そして表情が僅かに変わった。
エリシャは気付く。
足跡の向き。
森の奥へ向かうものではない。
逆だ。
全て外へ向かっている。
森から逃げ出すように。
アミルは無言で立ち上がった。
「先輩?これって」
アミルは少しだけ森を見る。
「覚えておけ。こういう違和感が後で繋がる」
それだけ言って歩き出した。
エリシャは再び足跡へ目を向ける。
昨日聞いた村長の言葉が脳裏をよぎった。
――まるで何かから逃げているみたいに。
偶然とは思えなかった。
————昼————
広場で休憩を取る。
重苦しい空気を吹き飛ばしたのはフィアだった。
突然立ち上がる。
「よし!腕相撲だ!」
余りにも急な提案で最初は驚いていたが、子供達が歓声を上げた。
「やれー!」
「姉ちゃん頑張れ!」
瞬く間に即席の観客席ができる。
フィアは村の青年達を次々と倒していった。
あっというまの全勝。
当然のような結果だった。
「次!」
そこでレオンが前へ出る。
「みんなだらしねぇなぁ!俺がやる!」
フィアの目が輝いた。
「いいぞ!かかってきな!ちっこいの!」
勝負開始。
意外にも互角だった。
周囲がざわつく。
フィアの笑みが深くなる。
「見かけ以上にやるじゃねぇか!」
レオンも歯を食いしばる。
しかし最後はフィアが押し切った。
ドン。
腕が机へ叩きつけられる。
歓声が上がった。
「惜しかったな!まぁ、まだまだだけどな」
フィアは満足そうだった。
レオンも苦笑する。
「姉ちゃんつえぇんだな!敵わないよ」
その笑顔を見ながら、エリシャは思う。
こういう時は本当に役に立つ人だ。
きっと村の皆に慕われている。
だが夕方になると空気は再び変わった。
広場に集まった村人達。
話題は全て同じだった。
失踪者。
死体。
森の異変。
誰もが不安を抱えていた。
「死体が見つかるだけマシなのかもしれません」
村長が呟く。
その場が静まり返った。
「いるんですよ。見つからない人も沢山」
エリシャは言葉を失った。
誰も返事をしない。
ただ沈黙だけが残った。
————夜————
村は静かだった。
日中はあれほど賑やかだった広場も今は人影がない。
家々の窓から漏れる灯りだけが、闇の中にぽつぽつと浮かんでいる。
見張り台に立つレオンは森を見つめた。
夜風が頬を撫で、遠くで虫が鳴いていた。
それ以外の音は聞こえない。
風が吹き、木々が揺れ、黒い森がざわりと波打った。
異常はない。
少なくとも見える範囲には。
それでもレオンは視線を逸らせなかった。
最近、村では妙なことが続いている。
街道で見つかる死体、行方不明になる村人。
そして森の奥から現れる魔物達は、まるで何かから逃げるよう。
昼間は強がっていた。
フィア達の前で不安な顔を見せたくなかったからだ。
だが本当は違う、怖かった。
この森の奥に何がいるのか分からない。
それが何より不気味だった。
レオンは無意識に剣の柄へ手を置く。
異常はない、そのはずだった。
だが、何かが動いた。
森の奥に黒い人影が。
レオンは目を細める。
見間違いかと思った。
しかし違う、確かにいた。
人間のような何か。
それは森の奥へ消えていく。
「……誰だ」
返事はない。
レオンは剣の柄を握った。
昨日見つかった死体、村の異変、失踪者達。
嫌な予感がした。
放置できない。
「確認だけだ」
自分に言い聞かせるように呟く。
そして森へ足を踏み入れた。
————翌朝————
広場に悲鳴が響いた。
「兄さんが帰ってないんです!」
リズだった。
顔は真っ青だった。
エリシャ達は一斉に振り返る。
村の空気が凍り付く。
アミルが立ち上がった。
「いつからだ」
「朝になっても戻らなくて……」
リズの声は震えていた。
エリシャの胸がざわつく。
嫌な予感がした。
昨日まで笑っていた少年の姿が脳裏をよぎる。
アミルの表情は険しい。
「捜索する」
短い一言だった。
だが、その声にはいつも以上の緊張が滲んでいた。
森の奥で何かが起きている。
誰もがそれを理解していた。
つづく。
最後までお読み頂き有難うございます。
なるべく短い間隔で、連載していきたいと思いますので
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