表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
PR
12/17

ep.12 開拓村へ ( ゲシュクール歴787年)

————教室————


「次の実習について説明します」

ハルカ先生の声に、生徒達のざわめきが静まった。


エリシャも机から顔を上げる。


病棟を訪れてから数日、学院の日常は元通りになっていた。


少なくとも表面上は。


フィアは相変わらず騒がしく、クレイは笑顔でそれを見守り、ノエルは本を読んでいる。


変わったことなど何もない。


だが、エリシャだけは違った。


夜になると病棟の光景を思い出す。


虚ろな目をした賢者達。


自分の名前すら分からなくなった人々。


そしてミディスの言葉。


『今は考えなくても良いことです』


あの笑顔が頭から離れなかった。



「今回の実習先はこちらです」


ハルカ先生が資料を掲げる。


生徒達に紙が配られていく。


任務内容に目を通す。


【開拓村物資輸送支援】

【現地警戒任務】

【期間三日】


「開拓村?」


フィアが真っ先に反応した。


資料を覗き込みながら顔をしかめる。


「何だこれ?物資輸送?地味すぎだろ」


「重要な任務です」

ハルカ先生は即座に言った。


「開拓村は王国の領土拡張を支える重要拠点です」

「食料も資材も定期的に運ばなければなりません」


「それは分かるけどさぁ」

フィアは不満そうだった。


「もっとこう。魔物討伐とか、派手なやつが良かった」


「実習は遊びではありません」


「うっ」

フィアは机に突っ伏す。


その時、後方の扉が開いた。


生徒達の視線が一斉に集まる。


黒色の短髪、スラリと伸びた手足。


学院の制服を着ていても隠しきれない存在感。


エリシャも見覚えがあった。


以前、戦闘訓練で教官を務めていた上級生、賢者アミル。


「あっ!」

フィアが勢いよく立ち上がる。

「アミル先輩!」


教室中の視線が集まった。


当の本人は慣れた様子でため息を吐く。


「座りなさい」


「はい」

即座に着席。


あまりにも見事な反応に教室から笑い声が上がった。


アミルはそのまま教壇の横へ移動する。


ハルカ先生が説明を続けた。

「今回の実習にはアミルさんも同行します」


教室の空気が少し変わった。

安心したような声、期待するような視線。


学院内でもアミルの実力は有名だった。

エリシャも知っている。


少なくとも自分達より遥かに強い。


「勘違いしないで」

アミルが口を開く。


その一言だけで空気が引き締まった。

「戦うだけが仕事ではない」

教室が静かになる。


「補給が止まれば村は滅ぶ」


「防衛が崩れれば人が死ぬ」


淡々とした口調だったが、言葉には重みがある。


「今回の任務は地味だが重要だ」


アミルは生徒達を見回した。

「よく覚えておくんだ」


誰も軽口を叩かなかった。

フィアですら黙っている。


その姿を見て、エリシャは少し意外に思った。


以前の戦闘訓練でも感じたことだ。


アミルの言葉には不思議と人を従わせる力がある。


それは強さだけではない。


実際に経験してきた者だけが持つ重みだった。


「それでは準備に取り掛かってください」

ハルカ先生が締めくくる。


教室に再びざわめきが戻った。


三日間の実習。


病棟の出来事から離れられるかもしれない。

そんな考えが頭をよぎる。


だが同時に、理由の分からない胸騒ぎもあった。


エリシャは資料へ視線を落とす。


————街道(出発当日)————


学院の正門前は珍しく賑やかだった。


実習用の馬車が数台並び、

生徒達が荷物を抱えて集まっている。


荷台には木箱が積まれている。


食料。

衣類。

工具。

開拓村で必要となる物資だ。


「思ったより多いですねぇ」

クレイが感心したように呟く。


「村一つを支えるんだから当然だろ」

フィアはそう言いながら荷台へ飛び乗った。


馬車がゆっくりと動き出し、学院の門が遠ざかっていく。


見慣れた石畳、見慣れた建物、王都の喧騒。


それらは徐々に小さくなり、やがて見えなくなった。


————数時間後————


街道は緩やかな丘陵地帯へと変わっていた。

初夏を迎えた草原が風に揺れ、遠くでは鳥の群れが空を横切っていた。

出発したばかりの馬車には妙な高揚感があった。


普段は学院の中だけで過ごしている。


王都の外へ出る機会はそう多くない。


窓の外を眺める生徒達の表情もどこか明るかった。


フィアなどは完全に旅行気分だった。


馬車の揺れは心地良く、暖かな日差しもある。

それだけなら平和な旅だった。


「暇だ」

フィアが呟く。


十分後。


「暇だ」

さらに十分後。


「暇だ」


「何回目ですかぁ?」

クレイが呆れた。


「暇なものは暇なんだよ」

フィアは荷台に寝転がったまま天井を見上げる。


「魔物とか出ないのか?」


「出たら困るんですけどぉ」


「少しくらいなら」


「少しでも困りますよぉ」


エリシャはその様子を眺めながら少しだけ笑う。


だが、心の奥は晴れなかった。


病棟で見た賢者達。


目を閉じると浮かぶ、自分の名前を失った人々。


そして、《きろくのこうしんをかいしします》


あの無機質な声。


耳の奥に残っている。


本当に聞いたのか、それとも幻聴だったのか。


答えはまだ出ていない。


「考え事か」

隣から声がした。

アミルだった。


エリシャは少し驚く。

「そんな顔してました?」


「していた」

即答だった。

アミルは前方を見たまま続ける。


「実習中は切り替えろ」


「……はい」


「先生から事情は聴いた。考えるなとは言わない」

「過去から学べることも沢山ある」

「だが周囲が見えなくなるほど考えるな」

厳しい言葉だった。


しかし責めるような響きはない。


経験から来る忠告、そんな印象だった。


「先輩も考え込むことがありますか?」

ふと聞いてみる。


アミルは少しだけ黙った。

「ある。だが答えの出ないことを考え続けても仕方ない」


そう言って話を終わらせた。


エリシャはそれ以上聞かなかった。


————————


太陽が西へ傾き始めた頃、異変は突然起きた。


前方の馬が激しく嘶く。

「ヒヒィィィン!」


次の瞬間、馬車が急停止した。


ガタンッ!


大きな衝撃。


フィアが荷台から転げ落ちそうになる。

「うおっ!?」


クレイも慌てて手すりを掴んだ。


護衛達がざわつく。


笑い声が消える。


空気が変わった。


アミルは即座に立ち上がる。

「そのまま待機」


短い指示、それだけで周囲が動く。


護衛達が武器を抜き、緊張が走った。


エリシャも荷台から前方を見る。


街道脇の草むら。


そこに何かが倒れていた。


最初は荷物だと思った。


違う、人だ。


いや、人だったもの。


フィアの顔色が変わる。


誰も声を出せない。


男の死体だった。


腹部は大きく裂け、片足は失われていた。


乾いた血が地面を黒く染めている。


風が吹き、腐臭が鼻を突く。


生臭さと腐敗臭が混ざった臭いだった。


エリシャは思わず顔をしかめる。


誰も言葉を発しない。


聞こえるのは風の音だけだった。


胸の奥がざわつく。


サルトルの最後の姿が脳裏をよぎった。


クレイは口元を押さえている。


ノエルも顔を青くしていた。


アミルだけが静かだった。


死体の側へ歩く。


しゃがみ込み、傷口を見る。


周囲の痕跡を見る。


足跡。血痕。草の倒れ方。


その全てを確認している。


やがて立ち上がった。


「三日前」


低い声だった。


誰も返事をしない。


「魔物だ」


断定だった。


その時、背後から別の声が聞こえた。


「また見つかったのか」


聞き慣れない声だった。


振り返ると道の向こうから二人の若者が歩いてくる。


よく似た顔。


同じような背丈。


双子だった。


しかし、二人は死体を見ても驚かなかった。

まるで見慣れた光景を見るような目だった。


それがエリシャには何より不気味だった。


双子のうち、髪の毛の短いほうが死体へ近づく。


年齢は十代前半だろうか。


日に焼けた肌、使い込まれた革鎧、腰には長剣が下がっている。


冒険者というより兵士に近い雰囲気だった。


「最近多いんだよな」

少年は死体を一瞥する。


まるで街道に石でも落ちていたかのような反応。


エリシャは思わず眉をひそめる。


普通ではない。


その感覚はフィア達も同じらしかった。


「おい」

フィアが声を上げる。


「最近多いってどういう意味だ?」

少年に視線を向ける。


そして少しだけ困ったように笑った。

「そのままの意味だよ。最近こういうのが増えてる」


そう言って死体を顎で示した。


フィアの表情が固まる。

「増えてる?」


今度は少女の方が口を開いた。

少年よりも髪が長い。


背中には弓を背負っている。

「先月だけで三件・・・」


静かな声だった。


「今月はこれで二件目です」


誰も言葉を返せない。


開拓村周辺の治安は良くない。


その話は聞いていた。


だが、ここまで酷いとは思っていなかった。


「村の警備隊か」

アミルが尋ねる。


少年が頷く。

「あぁ。自主的にな」


「俺達は開拓村所属だ。迎えに来た」


アミルは納得したように頷いた。


どうやら事前に話は通っていたらしい。


「私はアミル」


「学院の実習部隊を率いている」


少年も軽く頭を下げる。

「レオンだ」


妹が続く。

「リズです・・・」


短い自己紹介だった。


フィアはすぐに反応する。


「顔、同じだよな!双子!?」


レオンが少し笑う。


「そうだ」


「やっぱり!」

フィアは興味津々だった。


さっきまで死体を見て青ざめていたとは思えない。


立ち直りが早い。


「どっちが上?」

「俺」

「へぇー!似てる!」

「双子だからな!」



少しだけ空気が和らいだ。


だが、その空気を壊すようにリズが森へ視線を向けた。


「急いだ方がいいです」


全員の視線が集まる。


リズの表情は真剣だった。


「日が落ちます。最近は夜になると出るみたいなんで」


風が吹く。


森がざわめいた。


誰も笑わない。


先程までの和やかな空気は消えていた。


アミルが頷く。

「移動を再開する」


護衛達が動き始める。


死体は街道脇へ移された。


簡易的な目印だけを残して。


回収部隊を後から呼ぶらしい。


エリシャは死体から目を離せなかった。


名前も知らない男。


家族がいたかもしれない。


仲間がいたかもしれない。


だが今は誰もいない。


ただ一人で死んでいる。


サルトルの姿が重なった。


胸の奥が重くなる。


「行くぞ」

アミルの声で我に返る。


エリシャは小さく頷いた。


————


日が沈み始める頃。


ようやく目的地が見えてきた。


「あれですかぁ」

クレイが呟く。


丘を越えた先。


小さな集落があった。


木製の柵。


簡素な見張り台。


畑。


煙を上げる家々。


王都とは比べ物にならないほど小さい。


だが、近づくにつれ違和感が増していく。


柵の一部が新しい。


修理した跡だった。


見張り台にも補強された痕跡がある。


そして、村人達の表情。


誰も笑っていなかった。


むしろ怯えているように見える。


「おかしいですねぇ」

クレイが呟く。


エリシャも同じことを思った。


歓迎の雰囲気ではない。


何かに追い詰められている。


そんな空気だった。


村人達の視線が馬車へ集まる。


だが歓迎しているようには見えなかった。


何かを期待するような目。


助けを求めるような目。


そして――怯えた目。


まるで馬車の向こう側にいる何かを恐れているようだった。


その中から一人の老人が前へ出る。

村長だろう。


顔には深い疲労が刻まれていた。


「来てくださってありがとうございます」

声まで疲れている。


老人は深々と頭を下げた。


「本当に助かります」


アミルが前へ出る。

「状況を聞こう」


老人は頷いた。


だが次の言葉を口にするまで少し時間が掛かった。


言うこと自体を躊躇っているようだった。


やがて、震える声で呟く。


「森がおかしいんです」


風が吹く。


誰も口を挟まない。


老人は森を見た。


その目には恐怖があった。


「今まで見たこともない魔物が現れるようになりました」


「数も増えています」


アミルが眉をひそめる。


「繁殖期か?」


「分かりません」


村長は首を振った。


「ですが、おかしいんです」


震える声だった。


「以前は森の奥にいたはずなんです」


「それが今では村のすぐ近くまで現れる」


村長は夕暮れの森を見つめる。


「まるで何かから逃げているみたいに」


風が吹き、木々がざわめく。


誰も口を開かなかった。


もしそれが本当なら森の奥には、それ以上に危険な何かがいることになる。


夕暮れの森は静かだった。


静かすぎた。


まるで何かが息を潜めているように。


エリシャは無意識に森を見つめる。


その奥に何かがいる気がした。


つづく


最後までお読み頂き有難うございます。

なるべく短い間隔で、連載していきたいと思いますので

ブックマーク、レビュー、感想、評価をお待ちしております。


Xにてキャラクターの詳細など公開中

詳しくはプロフィールにリンクはってます

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ