第四話 正しい訓練
『評価を完了しました。あなたの基礎身体能力は、一般的な成人男性の平均値を上回っている可能性が高いと推定します』
「……?」
ちゃっぴーの言葉を聞いて、アルトは首を傾げた。
質問には全部答えた。普段どれくらい歩くのか、どれくらいの荷物を持つのか、疲れたときにはどうするのか。『くらんち』という聞いたことのない運動をやらされたり、片腕が使えない状態で何度も立ったり座ったりもした。
途中から何を調べられているのかさっぱり分からなくなっていたが、ちゃっぴーが答えろと言うので全部答えた。
「それって、どういうことだ?」
『あなたは比較的、体力があります』
「おお!!」
ようやく分かる言葉が出てきた。
「それは知ってるぞ!! 荷物持ちだからな!!」
『はい。特に下肢筋力、持久力、荷重状態での移動能力については、継続的な肉体労働による適応が発生していると推定します。一方で、戦闘動作に関する技術的習熟はほぼ確認できませんでした』
「難しい!!」
『体力はありますが、戦い方を知りません』
「そう!!」
『……』
ちゃっぴーの白い球体が、わずかに明滅した。
それが何を意味しているのかアルトには分からなかったが、とりあえず間違ってはいない。ディランは剣を使える。リゼットは魔法を使える。フィリアは治癒魔法を使える。
自分には何もない。
荷物を持って歩くことならできるが、それで魔物は倒せない。
「じゃあ、どうする!?」
『戦闘技術の習得を提案します』
「おお!!」
アルトの顔が明るくなる。
「教えてくれるのか!?」
『参照可能な記録の中から、現在の身体能力、装備状況、負傷状態を考慮し、習得可能性が高い技術を選定します』
「よし!! やろう!!」
『その前に、左腕を固定してください』
「……これ?」
アルトが左腕を見る。
忘れていたわけではない。
ずっと痛い。
少しでも動かせば鋭い痛みが走るため、先ほどから無意識に腹の前へ寄せたままにしていた。
『骨折、亀裂、脱臼、重度の打撲など複数の可能性があります。診断設備が利用できないため断定はできませんが、固定を推奨します』
「どうやるんだ?」
『添え木を作成します』
「そえぎ?」
『腕が動かないよう、硬い物を当てて固定します』
「分かった!!」
アルトは周囲を見回した。
「硬い物!!」
『はい』
「あれか!?」
『サーバーラックの破損した支持材です。使用可能です』
「さー……まあいいや!!」
アルトは床に落ちていた細長い板状の部品を拾った。金属らしいが、それほど重くはなく、長さも肘から手首までを支えるにはちょうどいい。
「これを腕にくっつければいいんだな!?」
『その前に布、あるいは緩衝材を――』
「よし!!」
『待ってください』
「なんだ!?」
『直接固定すると圧迫による損傷の可能性があります』
「……?」
『間に柔らかい物を挟んでください』
「最初からそう言ってくれ!!」
『最初に言おうとしていました』
「そうなのか!!」
そこからが大変だった。
布の代わりになりそうな物を探し、床に散乱していた資材の中から比較的柔らかいシートを見つけ、それを適当な大きさに裂く。次に先ほどの黒いひも――ちゃっぴーによればケーブルというらしい――の中から細く柔らかいものを選び、固定に使おうとした。
ところが、アルトは左腕を使えない。
「結べない!!」
『右手と歯を使用してください』
「こうか!?」
『逆です』
「こう!?」
『締めすぎです』
「じゃあこれくらいか!?」
『緩すぎます』
「難しいな!!」
『はい』
「ちゃっぴー、やってくれ!!」
『物理的な作業能力はありません』
「飛べるのに!?」
『はい』
「不便だな!!」
『否定できません』
右手と歯を使って何度も結び直し、一度は板が床へ落ち、その拍子に左腕が動いてアルトが悲鳴を上げた。二度目は固定できたと思ったら手の先が妙に痺れ始め、ちゃっぴーに指摘されてやり直した。
結局、簡易的な添え木が完成するまでかなりの時間がかかった。
「……できた!!」
『固定状態を確認します』
ちゃっぴーが腕の周囲を飛ぶ。
『良好とは言えませんが、何もない状態よりは適切です』
「よし!!」
『無理に動かさないでください』
「分かった!! じゃあ修行するぞ!!」
『はい』
ちゃっぴーはアルトから少し離れた。
『現在の条件では、武器を用いた戦闘技術の習得は推奨しません。武器を所持しておらず、左腕も使用できないためです』
「じゃあ、どうやって戦うんだ?」
『打撃を提案します』
「殴るのか!?」
『最終的には、その認識で問題ありません』
「おお!!」
アルトは右拳を握った。
「それならできるぞ!!」
『まだ殴らないでください』
「なんでだ!?」
『最初に重心移動を学習します』
「じゅうしん?」
『身体を効率的に動かすための基礎です』
「殴らないのか?」
『まだ殴りません』
「いつ殴るんだ?」
『基礎動作が一定水準に到達した後です』
「分かった!!」
何も分かっていなかった。
◇
ちゃっぴーが選んだのは、残された記録の中にあった古い武術体系の一つだった。
アルトはその名前を聞いても意味が分からなかったし、覚えることもできなかった。ちゃっぴーも一度説明した後は、聞かれなかったので二度と説明しなかった。
重要なのは、武器がなくても使えること。そして力の大きさだけではなく、足、腰、胴体を連動させて打撃へ繋げる技術が含まれていることだった。
『では、右足を半歩後方へ移動してください』
「こうか?」
『下がりすぎです』
「これくらい?」
『もう少し前です』
「こう!!」
『概ね適切です』
「よし!!」
『次に膝を軽く曲げます』
「こう!!」
『曲げすぎです』
「こうか!?」
『伸びています』
「どっちだ!?」
『その中間です』
「難しいな!!」
最初にやらされたのは、本当にそれだけだった。
立つ。
足を動かす。
後ろへ戻す。
横へ動く。
また戻る。
アルトは途中で何度も聞いた。
「これ、何の意味があるんだ!?」
『移動時の姿勢安定と、打撃動作への接続に必要です』
「なるほど!!」
分かっていない。
それでも続けた。
一歩。
戻る。
一歩。
戻る。
何度も同じ動きを繰り返す。
『右足の位置がずれています』
「おう!!」
『上体が前傾しています』
「分かった!!」
『修正できていません』
「もう一回!!」
ちゃっぴーの前に、半透明の人型が浮かび上がったのは、その少し後だった。
「うおっ!?」
突然現れた青白い人間に、アルトが飛び退く。
「誰だ!?」
『ホログラムです』
「ほろぐらむ?」
『映像です。実体はありません』
半透明の人型が構えを取る。
ゆっくり右足を動かし、腰の位置を変え、また元の姿勢へ戻った。
「おお!!」
『この動きを模倣してください』
「これと同じにするのか!?」
『はい』
「分かった!!」
見本があると、少しだけ分かりやすかった。
もっとも、分かりやすいことと、できることは別だった。
人型と同時に足を出そうとすれば早すぎる。腰を落とせば落としすぎる。横へ動けば上半身が遅れてついてきて、ちゃっぴーから修正を受ける。
『失敗です』
「もう一回!!」
『失敗です』
「もう一回!!」
『失敗です』
「もう一回!!」
『先ほどより改善しています』
「おお!!」
『ただし、基準には到達していません』
「じゃあもう一回!!」
同じ動きを繰り返す。
何度も。
何度も。
疲れたら休み、保存食を食べ、水を少しずつ飲む。休憩が終われば、また立ち上がった。
ちゃっぴーがやめろと言わなかったからだ。
◇
変化が起きたのは、訓練を始めた日の後半だった。
「ちゃっぴー!!」
『はい』
「あれ、何だ!?」
アルトが指さしたのは、訓練場所から少し離れた壁際だった。
何度も足を滑らせ、転がりかけ、壁際まで行ったことで初めて見つけた。壊れた棚の下に、小さな箱が挟まっている。
『不明です』
「分からないのか?」
『外部からは判別できません』
「開けてみる!!」
『危険物である可能性があります』
「じゃあ、どうする?」
『開封しなければ確認できません』
「じゃあ開ける!!」
『はい』
右手だけで棚の破片をどかし、箱を引っ張り出す。
中には細長い透明な筒が何本か入っていた。
「これ何だ?」
『確認します』
ちゃっぴーが近づく。
少しの沈黙。
『簡易医療用アンプルと推定します』
「治療できるのか!?」
『可能性があります』
「使おう!!」
『待ってください』
「なんだ!?」
『保存状態、成分劣化、現在のあなたの症状への適合性を確認します』
「どのくらいかかる?」
『現存する参照情報との照合を行います』
「分かった!!」
アルトは待った。
一分ほどで飽きた。
「まだか!?」
『照合中です』
「分かった!!」
床に座る。
しばらくして寝転がる。
「まだか!?」
『照合中です』
「長いな!!」
『安全性の確認を優先しています』
「じゃあ待つ!!」
さらに時間が過ぎた。
『検証が終わりました。使用できる可能性が高いです』
「よし!!」
アルトが跳ね起きた。
『ただし、完全な治癒を保証するものではありません。組織修復を促進する簡易医療用品です。骨折している場合、固定の継続が必要です』
「早く治るのか!?」
『通常より回復期間を短縮できる可能性があります』
「使う!!」
使い方もまた、少し揉めた。
ちゃっぴーの説明では、先端を皮膚へ押し当てれば自動的に投与されるらしい。しかしアルトは最初、折れた場所へ直接突き刺すのだと思い込み、ちゃっぴーに止められた。
「ここか!?」
『そこでも使用可能です。皮膚へ垂直に押し当ててください』
「こうだな!!」
『はい』
「うおっ!?」
小さな刺激とともに、透明な筒の中身が減った。
「入った!!」
『投与を確認しました』
「もう治ったか!?」
『一秒では治癒しません』
「そっか!!」
効果が現れるまで、アルトはまた訓練をした。
◇
翌日。
「昨日より痛くない!!」
『回復傾向を確認します。ただし、固定を外さないでください』
「分かった!!」
アルトは添え木をつけたまま立った。
昨日と同じ半透明の人型が現れる。
『昨日の訓練を再開します』
「おう!!」
足を動かす。
重心を移す。
戻る。
十回やった。
『基準内、三回です』
「昨日は?」
『最終計測では十回中一回でした』
「増えた!!」
『はい』
「よし!!」
アルトは喜んだ。
十回中三回。
七回は失敗している。
それでも昨日よりできているなら、それでよかった。
「もう十回やる!!」
『許容範囲です』
やった。
次の十回もやった。
さらにもう十回。
疲れたら座った。
休んだら、また立った。
ちゃっぴーは止めなかった。
三日目には、歩くだけだった動きへ腰の回転が加わった。
『足から動いてください』
「こうか!?」
『上半身が先行しています』
「もう一回!!」
『今度は腰が遅れています』
「もう一回!!」
『右肩に力が入りすぎています』
「もう一回!!」
『失敗です』
「もう一回!!」
四日目。
左腕の痛みはかなり弱くなっていた。
ちゃっぴーの指示で固定を一度外し、状態を確認する。まだ無理に力を入れるべきではないと言われたが、少なくとも最初のように少し動かしただけで激痛が走ることはなくなっていた。
「もう殴っていいか!?」
『右腕のみであれば、基礎打撃へ移行可能です』
「やった!!」
アルトが拳を握る。
『ただし、強く殴ることが目的ではありません』
「殴るのに!?」
『はい』
「どういうことだ!?」
『今から説明します』
「おう!!」
説明された。
が、よく分からなかった。
足の裏で床を押し、膝と腰を連動させ、身体の回転を肩へ伝え、最後に拳を出す。腕だけで殴るのではなく、身体全体の動きを一つに繋げる。
アルトが理解できたのは、最後の一言だけだった。
『ホログラムと同じ動作をしてください』
「分かった!!」
半透明の人型が拳を突き出す。
ゆっくり。
足。
腰。
肩。
拳。
アルトも真似をした。
「ふっ!!」
『失敗です』
「なんでだ!?」
『腕が先に出ています』
「もう一回!!」
『失敗です』
「もう一回!!」
『失敗です』
「もう一回!!」
『失敗です』
「もう一回!!」
『……成功判定です』
「できた!!」
『はい』
「もう一回!!」
また失敗した。
「もう一回!!」
失敗。
「もう一回!!」
失敗。
「もう一回!!」
『成功判定です』
「よし!!」
その日は、それだけを続けた。
◇
五日目。
十回中二回だった打撃の成功が、三回になった。
次の十回では四回になった。
その次は二回へ戻った。
「減った!!」
『疲労による動作精度の低下と推定します。休息を推奨します』
「じゃあ休む!!」
休んだ。
「もういいか!?」
『もう少し休息してください』
「分かった!!」
更にもうしばらく待った。
「もういいか!?」
『はい』
「やる!!」
また始めた。
アルトには、何のために足の角度を何度も直すのか分からなかった。腰を回す順番が少し違うだけで、なぜ失敗と言われるのかも分からない。
そもそも、これであのミノタウロスを倒せるのかも分からなかった。
ただ、ちゃっぴーに聞けば答えは返ってきた。
「これで牛頭を倒せるか!?」
『不明です』
「分からないのか!?」
『はい。対象の耐久性に関する十分な測定データがありません。訓練動作が実物へ有効であることも保証できません』
「そっか!!」
『訓練を中止しますか?』
「なんで?」
『有効性を保証できないためです』
「でも、他に方法ないんだろ?」
『現時点では、より有効性が高いと判断可能な方法はありません』
「じゃあやる!!」
『承知しました』
それで終わりだった。
アルトにとって、分からないことは珍しくない。
ディランがどうして剣を振るだけであれほど強いのかも分からない。リゼットがどうやって炎を出しているのかも分からないし、フィリアがなぜ怪我を治せるのかも分からない。
それでも三人は、自分よりずっと強かった。
そして今は、ちゃっぴーが教えてくれる。
だったら、やる。
それだけだった。
◇
何日目なのか、アルトは途中から正確に数えなくなった。
朝も夜も分からない場所だった。
眠くなれば寝る。起きれば保存食を食べ、水を少し飲み、訓練を始める。
ちゃっぴーは、アルトが呼ばなければほとんど動かなかった。
最初の頃、アルトはそれを知らなかった。
「ちゃっぴー!!」
『はい』
「何か使えそうな物、見つかったか!?」
『探索していません』
「え?」
『探索指示を受けていません』
「……ずっとここにいたのか?」
『はい』
「おれが寝てる間も?」
『低活動状態で待機していました』
「なんで探さなかったんだ?」
『探索を要求されていないためです』
「……そうなのか!!」
『はい』
アルトは少し考えた。
「じゃあ、使えそうな物を探してくれ!!」
『探索範囲を指定してください』
「この辺全部!!」
『「この辺」の定義が不明瞭です』
「見えるところ!!」
『承知しました』
そう言って、ちゃっぴーはようやく動いた。
便利なのか不便なのか、アルトにはよく分からなかった。
ただ、一つだけ分かった。
ちゃっぴーは何でも勝手にやってくれる妖精ではない。
聞けば答える。
頼めば、できる範囲でやる。
知らないことは知らないと言う。
そして頼まなければ、本当に何もしないことがある。
「変なやつだな!!」
『何についての評価ですか?』
「ちゃっぴー!!」
『具体的な問題点を提示してください』
「別に問題ないぞ!!」
『承知しました』
アルトは笑って、また構えた。
半透明の人型が目の前に立つ。
最初は見本を見るだけで精一杯だった。
今は違う。
足が動く。
腰が続く。
肩が回る。
拳が前へ出る。
『成功です』
「よし!!」
戻す。
もう一度。
『成功です』
「おお!!」
もう一度。
『失敗です』
「今のダメなのか!?」
『右足の接地位置が基準から外れています』
「じゃあ直す!!」
もう一度。
『成功です』
「よし!!」
劇的な変化などなかった。
昨日できなかったことが、今日は少しだけできる。
十回に一回だったものが三回になり、三回だったものが四回になる。
四回できた翌日に、疲れて二回へ戻ることもあった。
それでも続けた。
何度も同じ場所へ足を置き、何度も腰を回し、何度も拳を出した。
あるとき、ちゃっぴーが訓練を止めた。
『アルト』
「なんだ!?」
『あなたは、指示された訓練の反復実行率が非常に高い傾向にあります』
「……?」
『教えたことを、途中でやめません』
「当たり前だろ!! やれって言ったじゃないか!!」
『……』
「違うのか?」
『いいえ。継続してください』
「おう!!」
アルトは再び構えた。
ちゃっぴーは、それ以上説明しなかった。
アルト自身も気づいていない。
同じ動作を何百回失敗しても、できないからという理由で投げ出さないこと。
昨日よりほんの少しだけ上手くなったことを、本気で喜べること。
理解できない指示であっても、一度やると決めれば、できるようになるまで繰り返せること。
それをどう評価するべきなのか、ちゃっぴーには判断できなかった。
少なくとも、参照可能な情報の中では、それは技術習得に対して有利に働く特性だった。
「ちゃっぴー!!」
『はい』
「今の何回成功した!?」
『直近十回中、六回です』
「六回!!」
『はい』
「昨日は!?」
『五回です』
「増えた!!」
『一回増加しています』
「よし!! もう十回やる!!」
『疲労が蓄積しています。休息を推奨します』
「じゃあ休む!!」
アルトはその場に座った。
言われたら、休む。
これも訓練の一部だと説明されたからだ。
「なあ、ちゃっぴー」
『はい』
「おれ、強くなったか?」
『定義によります』
「牛頭に勝てるくらい!!」
『不明です』
「まだ分からないか!!」
『はい。ホログラムに対する動作成功率と、実在する対象への戦闘有効性は同一ではありません。対象が移動、回避、反撃を行う場合、成功率は大幅に低下すると推定します』
「……じゃあ、まだ練習だな!!」
『はい』
「分かった!!」
それだけ聞くと、アルトは床へ寝転がった。
左腕を少し動かしてみる。
痛みはまだ残っている。
だが、最初とは比べものにならない。
強く握ることもできるようになってきた。
「これも、もうすぐ使えるか?」
『回復は進行しています。ただし、全力での使用は推奨しません』
「じゃあ右で殴る!!」
『現時点では適切です』
「左は?」
『どうしようもなくなった時にだけ、使ってください』
「分かった!!」
アルトは目を閉じた。
少し休んだら、またやる。
それを何度繰り返したのか、自分でも分からなかった。
◇
残っていた水が、とうとう底を見せ始めた。
保存食もかなり減っている。
アルトは最後から数えた方が早くなった箱を見て、それから訓練に使っていた空間へ戻った。
左腕の添え木は、もう外している。
完全に治ったとは言われていない。
それでも日常動作なら問題なく行える程度には回復した。
「ちゃっぴー!!」
『はい』
「最後にやるぞ!!」
『何を最後と定義していますか?』
「訓練!!」
『訓練を終了するのですか?』
「食い物がなくなるからな!!」
『はい。保存食の残量は少量です』
「だったら行かないと!!」
アルトは構えた。
半透明の人型が現れる。
もう何百回見たか分からない動き。
足を踏み出す。
腰を回す。
肩を繋ぐ。
拳を出す。
戻す。
もう一度。
今度は横へ動いてから。
さらにもう一度。
ホログラムの動きを追うのではなく、同じように身体を動かす。
失敗する。
直す。
もう一度やる。
それを繰り返し、最後の動作を終えたところで、アルトは息を吐いた。
「……よし」
『質問があります』
「ん?急にどうしたんだ??」
ちゃっぴーがアルトの目の前へ移動した。
『戦闘を選択しますか?』
アルトは少しだけ黙った。
あの巨大な身体を思い出す。
ディランの剣を受けても倒れなかった。
リゼットの魔法を食らっても立っていた。
そして自分をたった一発で吹き飛ばした、牛頭の怪物。
怖くないわけではない。
勝てるかどうかも分からない。
ちゃっぴーですら、勝てるとは一度も言わなかった。
それでもアルトの答えは、最初から決まっていた。
「うん!! 帰りたいからな!!」
白い球体が、静かに明滅した。




