第133話 銅の鏡。本当に使われてるの初めて見た。
「へぇ、世界中の動物を見る為に旅を」
「ええ、まぁ。そうなんですねぇ」
あれから竜騎士家族の家で歓待を受けている。
歓待。っと言ってもその場に出されているお茶はこちらが提供した物で。
出されているお菓子もこっちの物だ。
まぁ、他人の家で食べる物だし歓待と言ったら歓待だろうっ!!
うんうんっ!!
「これ美味しいね――。ニート様ってどっかのお金持ちなの?」
「お砂糖入ってるよねっ!! きっと凄い高い物だよーっ!!」
「あははは、魔法で作ったんだよー。うんうん」
「魔法でクッキーが作れるんですっ!? 凄い魔法なのですっ!!」
「そうそう。魔法魔法っ!!」
「こいつは……」
コンビニで100円で買えるクッキーをお茶菓子に、焚火を囲み雑談する。
焚火は……。自分で焚くと「アンデール」になっちゃうから薪を渡して焚いてもらった。
っというか火を焚く為の薪もないのか。
アオイビアンさんの家は男爵の家系だと聞いていたけど……。
「しかしこんな小屋すらない開けっぴろげの空き地によく住めるわね……」
あ、博士それ聞いちゃう? まぁ、気にはなるよねぇ。
「いやぁ、ワイバーンを買う為に家を売って工面しましたが」
「竜を維持する為の世話代で月々の年金もつぎ込んでしまいますから」
「結果、こんな生活を続けている次第ですなぁ」
あっはっは。っと最後にひと笑いして一家の家長であろう父親が答える。
豪快の物言い。とは思うがまぁやせ我慢も混じっているとは思う。
父親が小さな子供達にお菓子を取って与えている。
子供達はその父親からしかお菓子を受け取らない。
どうやら結構な家父長制なようだ。
そういう所から厳格な貴族としての教育を感じさせる。
ボロは着てても心は錦。そういう事なのだろうか。
にしても……。まぁちょっと色々、汚いよね。
彼らの衣服はダブリン村の村人よりは確かに上等な布を使ってるように見えるが。
生地が明らかに淀んでおり、相当汚れが溜まっているように思えた。
洗濯などに出してないのだろうか。
恐らく元は白の色合いだったろう部分は茶色を超え黒に見える程うす汚れてる。
よく見れば置かれている丸太に座っている子供達はクッキーを食べながら体のあちこちを掻いている。
ん? 子供の髪を見ると小刻みに何かが動いてる?
うん? あ、アレってシラミじゃないかっ!?
髪の中でうごうごと。ちょっと、これは……。
「うん? どうしたのニート様。あ、私があんまり可愛くて見とれちゃったっ!?」
「うふふ、駄目だよ――。私は将来もっと偉い貴族の家へお嫁に行くんだからっ!!」
アオイビアンさんの妹だろう子が話しかけてくる。
どうやら俺の視線を好意の視線と思ったようだ。
「私って可愛いでしょっ!? 街に出たら色々見られるんだから、ふふん」
「それになんたって私は竜騎士の妹っ!! きっと良い所へお嫁に行けるよ~」
「ね、お母さんっ!!」
「そうねぇ~。なんたってウチには竜騎士のアビーが居るんだから」
「きっと良い所に行けるわよ」
「えへへ。玉の輿に乗るんだ~。お姉ちゃん、いっぱい活躍して頑張ってねっ!!」
「えっへんっ!! お姉ちゃんに任せておくのですっ!!」
「お姉ちゃん必ず出世してやるのですっ!!」
アオイビアンさんのその宣言に家族から拍手が浴びせらせる。
焚火の淡い光の中で、彼らの髪の中のシラミがシュワシュワと蠢いている。
「あの……。博士」
「分かってる。シラミの事でしょう。凄いわね本当」
ああ、やはり博士も気づいていたか。
やっぱり衛生状態が悪いからだろう。っていうか寝床の床。
なんか、こう黒ずんでるような。
「トコジラミがだいぶ発生してる。ここ本当に人の住処?」
俺の肩に乗って、博士が小声で話しかける。
流石に汚いと大っぴらに言うのは避けたのだろう。
しかし、酷い状況だなぁ。これが男爵。貴族の家か?
なんというか、色々聞こうと思ったけどそれも不躾すぎるかなと思って言い出せない。
「えへへ」
アオイビアンさんの妹だろう。8歳くらいだろう女の子が俺の膝に座る。
「お嫁さんにはなれないけど、サービスだよ。傍で座ってあげる」
にんまり笑顔で彼女が俺の顔に前へと立つ。
近くに来られたらその頭のシラミがより詳細に見られてなんとも言えない気分になる。
彼女の態度から見て己の容姿に自信を持っているのだろう。
見れば確かに可愛い子だと思う。しかしどうにも。
顔は垢にまみれ真っ黒に汚れ、歯は歯石だらけ。髪の毛はぁ。
シラミまみれ……。服も。まぁ、ほころびだらけで穴だらけ。
これが男爵家の竜騎士家庭。なんとも。なんともはや。
「えへへ、そんなに見られると照れちゃうなぁ。私ってそんなに可愛い?」
その汚れだらけの顔でにっこりと笑う。
なんとも。なんとも……。う――ん。
「シラミ……」
うん?
「寄生虫対策の薬剤も入れてるわよ。マリスの寄生虫攻撃の対策用に」
あ、入れておいたっけ。
マリスは人間の体内に寄生中を入れて内部からズタズタにして殺す。
なんて事もしてたからその対策に強力な駆虫薬も開発されているのだ。
そう考えるとウチの医療技術って凄いなぁ。
まぁその過程で80億人の人民が消えた訳だけど……。
「どうするの? やるの?」
「随分協力的じゃないですか。良いんです?」
「見ていて不快なのよこいつ等。汚すぎるわ」
あら身も蓋もない。でもそういう事なら駆虫しようかな。
でもぉ、さてどう切り出すか。
「へへへ、私はねぇ。将来は陛下のお妾さんになるのが夢なんだよぉ」
「へぇそうなんだ。それは凄いねぇ」
「ふふふ、この一帯では美人さんだって有名なんだからっ!!」
「だから出歩くときは、いっつもシャムロックと一緒なんだからっ!!」
シャムロック?
「ウチの犬の名前です。猛犬シャムロックっ!! 我が家を守ってくれる大事な番犬なのですっ!!」
アオイビアンさんが説明を入れてくれる。なるほど、この空き地の前に立つ大きな犬か。
しかし大きいな。昔土佐犬ってのを見た事があるけど、それより一回り大きい。
特徴はその大きな牙と爪だろう。ネコ科の猛獣を思わすその長い爪と牙。
きっと噛まれたら一たまりもない。
この一家が空き地で平穏に暮らしていけるのは恐らくこの犬のおかげだろう。
「家族が認めた相手は噛まないから安心して良いのです。まぁそれ以外は……」
お察しの通りって訳。なるほど、頼もしい。
「ふふん、なんたって私はプリンセスだから、立派な「ごえー」が必要なのっ!!」
この子のこの様子から見て暖かい家庭に育ったことが想像出来る。
色々辛い状況に見えるけど、長女が竜騎士なのだという事実が。
彼らのプライドを貴族のまま留めているのだろう。
ともすれば過去に同じような状況で成り上がった竜騎士が居たのだろうか。
貧しい状況から上り詰めて大貴族に、なんて。
そんな前例があるのだとしたらこの家族の明るさにも説明が付く。
この国の歴史、色々と興味湧いてきたなぁ。
「ちょっと、雑談ばっかりしてないで本題に入りなさいっ!!」
「見なさいよ。髪の中でシラミが蠢いてるわよ。うぇええ」
博士は相変わらず実の蓋も無い。よし。
「えっと、君の名前はなんて言うのかい?」
「エイミーよっ!! 将来の御妃様っ!! えへへ、よろしくねニート様っ!!」
エイミーちゃんか。美少女エイミーちゃん。よし。
「エイミーちゃんは美容に興味があるのかな?」
「びよ――? びよーって?」
「えっと、身支度を整えて。よりっ!! 綺麗になれる方法って言うかぁ」
「今より綺麗にっ!! そんな事が出来るのっ!?」
「う、うん興味ある?」
「あるあるっ!! 興味あるっ!!」
「そっか。じゃあ」
「今から「美容」をしてあげるね」
意外と簡単に乗ってくれた。なんか騙したような感じになっちゃったけど。
まぁ、間違っては無い。うんうん。
俺はアイテム袋から駆虫薬を取り出すと。
博士の髪をとかしてあげようと入れて置いた櫛に駆虫薬を塗り込んだ。
「その櫛、後で捨てておいてね」
あらら。まぁそりゃそうだよね。でもこの櫛は。
「ニート様、それはなぁに?」
「うん? ああ櫛だよ」
「櫛? へぇなんか凄い……」
「凄い、綺麗、だね」
綺麗、か。俺本来の持ち物であるべっ甲の櫛。
今は亡きタイマイという亀から作られた本物のべっこう櫛だ。
精巧な花模様なども掘られ、非常に高級感がある。
「そうでしょう? 妹の形見なんだ」
「え」
「そ、そうなんだ。わ、分かった。あ、良い櫛だねぇ本当」
なんとなく欲しい。なんて言われる気がして反射的に妹の名を出してしまった。
流石にこの櫛はあげられない。結構大事な櫛だから。
ともかくエイミーちゃんの髪をとかす。
「あ、ちょ、ちょっとっ!!」
博士が横で口を挟むけど……。まぁ、今これ以外に櫛無いし。
エイミーちゃんの髪を櫛ですく。するとどうだろう。まぁ出るわ出るわ。
ボロボロと地面にシラミが落ちる。
駆虫薬の効果でシラミが死に、地面に次々と白いものが積み重なる。
勿論シラミの死骸だ。こんなに居るものなのかっ!!
こりゃあたまげたなぁっ!!
「ねぇ、これで綺麗になるのっ!?」
「うんうん、なるよぉ。あ、ずっと前を見ててねぇ」
なんとなくショックになったら駄目かと思って前を向かせる。
髪の中のシラミを退治すべく、何度も何度も髪をすく。
いやぁ出る出る。腰まで届くその長い髪をすく度にボロボロとシラミが出てくる。
人間って。こんなにシラミが沸くものなのかぁ……?
おおぉ……。
見れば他の家族も唖然とした顔でその様子を見ている。
まぁ。うん。そうよね。うんうん。
で。でも今はちょっと黙っててくださいな。あ。あはは。
何度かすいていくとシラミは落ちてこなくなった。
俺は積み重なるシラミを火の中に素早くくべて証拠隠滅する。
それからぁ。
袋の中からシャンプーとリンス。ミネラルウォーターを取り出す。
そして手を水で濡らし彼女の髪に濡らしていく。
濡らした髪にシャンプーを付け、それから丁寧に洗っていく。
「わ、なにこれっ!! なんか凄いブクブクしてるっ!!」
「ねぇねぇこれどうなってるのっ!?」
「あ、あのニート様、これはなんですぅっ!?」
「ああ、うん。えっと」
「魔法の、美容液、だよっ!!」
困ったときの魔法頼り。って事でエイミーちゃんのシャンプーで洗う。
洗ってすぐシャンプーの白い泡が茶色に濁る。
皮脂の汚れが多すぎるのだ。追加でシャンプーを付けて洗っていく。
泡が次々と濁っていくが気にしない。
しばらくしたら泡は濁らなくなり綺麗な泡が出るようになった。
一度洗い流した後はリンスを投入して仕上げていく。
するとどうだろう……。どうだろうって言うか彼女金髪だったのかっ!!
ずっと茶髪だと思ってたっ!!
泥やら何やらがくっついて茶色っぽく見せてただけか。
しっかり洗ったら非常に美しい金髪の髪が現れた。
焚火の火でキラキラ煌めいて、とっても美しい。
うんうんっ!! ついでって事でシャンプーもして良かったっ!!
これで嘘は言ってない事になるな。がははっ!!
「ねぇねぇ、私綺麗になったっ!? 鏡見せてーっ!!」
そう言って部屋の中から鏡を……。鏡? いや、なんか濁ってるような。
「あれは銅の鏡ニャンね。磨いてないから曇ってるのニャン」
「庶民が使うのはああいう銅の鏡だから、どうにも曇りやすいのニャン」
ああ、銅鏡ってやつ? 実際に使ってるの初めて見た……。
「う――ん、よく分からないなぁ――。私綺麗になった?」
濁った鏡で自分の髪を見るが、濁っているからかよく見えないようだ。
俺は袋の中に入れておいた普通のガラスの鏡を彼女に差し出した。
「うわぁ綺麗っ!! え……」
鏡を取って彼女は己の顔を見るが、瞬時にその顔は曇った。
鏡の中の彼女は。
「私ってこんなに汚れたの……?」
あ、しまった。そうだ洗ったのは彼女の髪だけで。
「私って金色の髪だったの……? こんな、綺麗」
エイミーちゃんは自分の綺麗になった髪を手ですいて確認している。
髪は確かに綺麗になった。でもそれ以外は……。
あらぁ、悪い事したかな。
あの鈍い輝きの銅鏡は彼女のプライドを維持する上でも重要だったのかぁ。
あらぁ。あらら、えっとぉ。
「お、お顔もしっかり洗おうか。そうすれば」
「髪みたいに、綺麗になるよっ!!」
その言葉を聞いてエイミーちゃんは虚ろな目をしながら。
ゆっくりと、頷いた。




