第5話 白澤の秘密と、三人の同盟
「――こんな時間に、誰だ」
沈の声が、闇の中で低く響いた。逃げ場はない。小梅は紙片を懐に押し込み、覚悟を決めて振り返った。
(言い訳、言い訳。何かないのか、俺の頭)
「小梅、そこにいたのか」
割って入った声は、沈のものではなかった。
「……太医さま?」
暗がりから現れたのは、白澤だった。眠そうな目に、いつもの隈。だが、その視線は油断なく沈を捉えている。
「桂の遺品を調べさせていたのは俺の指示だ、沈殿。何か問題でも?」
「太医さまの指示、で? 夜更けにわざわざ?」
「毒殺の可能性がある案件だ。昼間に堂々と調べれば、誰の目に触れるかわからんのでな」
白澤の口調に、揺らぎは一つもなかった。(うっそだろ、この人、息を吐くように嘘をつくのか)
〈やるな、この若造。妾好みの図太さだ〉
(今そこ評価しなくていいから)
沈はしばらく二人を睨みつけていたが、やがて「――ならば結構」と、不服そうに踵を返した。足音が遠ざかるのを、三人はしばらく無言で聞いていた。
「で?」
沈の気配が完全に消えてから、白澤が手を差し出した。
「見せろ。俺に隠し事をしたまま、これ以上巻き込まれる気はない」
(隠しても無駄そうだしな、この人)
小梅は観念して、懐から紙片を取り出した。白澤はそれを読み、しばらく黙り込んだ。
「……五年前の記録と、日付が合わない」
「合わない?」
「朱華貴妃の処刑理由は『先帝への毒殺未遂』だ。だが、この目撃証言の日付は、事件の三日前になっている」
(つまり――)
「事件が起きる前から、証言だけが用意されていた、ってことですか」
「ああ。誰かが、最初から筋書きを書いていた」
白澤の声が、初めて硬くなった。
〈……貴様、なぜそこまで食いつく〉
朱華が、珍しく警戒するような声を出した。白澤には聞こえていないはずなのに、まるで彼の心の内を見透かすような問いだった。
「太医さまは、どうしてここまで協力を? 俺たちより先に、証拠の日付のズレに気づいてましたよね」
小梅の問いに、白澤は一瞬、目を伏せた。
「――俺の師は、五年前、朱華貴妃の処刑の直後に、太医院を辞めさせられた。理由は『職務怠慢』。だが、あの人は、誰よりも患者を見捨てない医者だった」
「まさか」
「証拠はない。ただの勘だ。だが、この一件、掘れば掘るほど、師が消された理由に繋がる気がしている」
沈黙が落ちた。三者三様の思惑を抱えたまま、それでも、同じ闇を覗き込んでいる。
〈面白い。実に面白い、小梅〉
朱華の声に、笑みが滲んでいた。
〈毒見侍女、太医、そして悪女の怨霊――なんとも締まらぬ顔ぶれだが〉
〈これより、妾たちは同盟を組む。異論は認めん〉
(あんたが勝手に決めるのかよ)
だが、反対する気にはならなかった。
物置の外、白み始めた空の下で、三人は――いや、二人と一つの魂は、静かに頷き合った。
第一章はここで一区切りです。次章から、朱華の冤罪の裏に潜む「本当の黒幕」に迫っていきます。ここまで読んでくださった方は、ぜひブックマークで続きをお待ちください!




