第4話 桂の遺品と、賭けに出た二人
「証拠? 何の話だ」
白澤の声は静かだったが、逃げ道を塞ぐように鋭かった。
(まずい。誤魔化す。誤魔化すったら誤魔化すんだよ、俺は)
「い、いえ。死体を見ると独り言が増える質でして。職業病というか」
「毒見侍女に、そんな職業病があるとは初耳だな」
「今日から一つ増えました」
白澤はしばらく小梅の顔を見つめていたが、やがて小さく息を吐いた。
「……まあいい。今日はここまでにしておく。だが、次に誤魔化そうとしたら容赦しない」
(次があるのかよ。この男、絶対に諦めるタイプじゃない)
白澤が席を外した途端、小梅は詰めていた息を吐き出した。
(おい、朱華。さっきの、まだ答えてないぞ)
〈答えなど、聞かずともわかっているだろう〉
朱華の声には、いつもの尊大さが、わずかに戻っていた。だが、その裏に隠しきれない緊張がある。
(ああ、わかってるよ。あんたを助けるかどうかなんて、聞くだけ無駄だ)
(面倒なことにはもう十分首を突っ込んでる。ここでやめたら、それこそ骨折り損ってやつだ)
〈……そうか〉
短い返事だったが、その一言に、いつになく安堵の色が滲んでいるのを、小梅は聞き逃さなかった。
その夜、小梅は白澤に無断で、桂の遺品が保管されているという物置に忍び込んだ。
(見つかったら大目玉どころじゃ済まないやつだ、これ)
〈今更怖気づくな。妾は五年、ずっとこの機会を待っていたのだ〉
木箱の中身は、着古した服と、欠けた茶碗、それに――一枚の、擦り切れた紙片。
〈それを見せろ〉
紙片には、稚拙な字でこう書かれていた。「朱の字は、あの夜、後宮の外にいた」。
(――は? 後宮の外?)
〈馬鹿な。妾は、あの夜は確かに自室にいた〉
「じゃあこれ、誰かが……」
〈妾に罪を着せるために、わざわざ偽の目撃証言を用意した、ということだ〉
朱華の声が、初めて怒りに震えた。悲しみでも動揺でもない、純粋な怒りだ。
〈五年だ。五年もの間、妾は死んでなお「悪女」と嗤われ続けてきた。この紙切れ一枚のせいでな〉
(落ち着け。今は証拠を握ってる。それだけで十分だ)
〈落ち着いていられるか、貴様に妾の気持ちがわかってたまるか――〉
「わかるよ」
小梅は、思わず声に出していた。
「クビにされた朝、俺を切ったやつは、俺の代わりに誰かを昇進させて、何事もなかったみたいに笑ってたよ。理不尽って、いつだって笑顔の顔してるんだ」
沈黙が落ちた。朱華は、何も言わなかった。
物置の外で、乾いた足音がした。誰かが近づいてくる。
「――こんな時間に、誰だ」
聞き覚えのある、恰幅のいい声。沈だった。
小梅は紙片を握りしめ、息を止めた。
(まずい。見つかったら、証拠ごと握りつぶされる)
〈やるしかあるまい。妾の名誉と、貴様の首、両方賭けてな〉
(人の首を賭け金に入れるのやめろ!)
扉の隙間から、月明かりが一筋、差し込んだ。




