第3話 夾竹桃の死と、口を噤んだ悪女
太医院は、小梅がこれまで見てきたどの場所よりも、静かで、そして刺々しかった。
「――で、これが本日から手伝いに入る小梅だ」
白澤の紹介に、居並ぶ医官見習いたちの視線が一斉に突き刺さる。(すごい、値踏みされてる。品評会の豚にでもなった気分だ)
「太医さま、いくらなんでも毒見上がりの下女に薬箱を触らせるのは――」
年嵩の医官・沈が、眉をひそめて口を挟んだ。白澤より一回り年上らしい、恰幅のいい男だ。
「異論は結果で示せ、沈殿。無駄口を叩く暇があるなら手を動かせ」
(うわ、こいつ本当に敵作るの早いな。俺の胃、もうすでに痛い)
〈心配するな。あの手の男は、痛い目を見るまで学ばぬ生き物だ〉
(あんたの人生訓、いちいち物騒なんだよ)
沈は舌打ちして去っていった。(覚えたぞ、あの顔。次、何か仕掛けてくるタイプだ)
白澤が小梅に最初に命じたのは、記録の整理――ではなく、遺体の検分だった。
「三日前に死んだ、先帝つきの老宦官だ。持病の心の臓で急死したと処理されている。だが」
「だが?」
「お前の鼻で、もう一度確かめてほしい」
(結局これかよ。俸給倍でも割に合わなすぎるだろ)
とはいえ、拒否できる立場ではない。小梅は遺体の傍にしゃがみ込み、口元に鼻を寄せた。微かに、甘く青臭い匂いがする。
〈……その匂い〉
朱華の声が、珍しく低くなった。
(どうした? 知ってるのか)
〈夾竹桃だ。葉を煎じて飲ませれば、心の臓が乱れて、持病の発作に見せかけて殺せる。――妾の得意技のひとつだった〉
「心の臓の発作にしては、爪の色が変です。それに口の中に、夾竹桃特有の――」
小梅が言いかけたところで、白澤が静かに頷いた。
「やはりな。俺も同じ見立てだった」
「なら、なぜ私に確かめさせたんです?」
「お前の見立てが、俺と同じかどうかを知りたかっただけだ」
(試されっぱなしじゃねえか、この男)
だが、その言葉より先に、小梅の中で朱華が黙り込んでいた。声どころか、気配すら薄くなっている。
(おい、どうした。あんたが黙るとか、逆に怖いんだけど)
〈……この宦官の名は、確か桂と言ったな〉
「知ってるんですか?」
〈五年前、妾が処刑される前の晩、妾に会いに来た男だ。「証拠がある」と、そう言っていた〉
朱華の声が、初めて震えていた。
〈だが、その翌朝には、あの男はもう後宮のどこにもいなかった〉
(つまり――)
「その証拠とやらを、今もこいつが握ってたかもしれない、ってことか」
小梅の呟きに、白澤の目つきが鋭くなった。
「証拠? 何の話だ」
(しまった、声に出た)
〈……小梅。もし妾があの夜、本当は誰も殺していなかったとしたら〉
朱華の声は、いつもの傲慢さが消え、ひどく小さかった。
〈貴様は、それでも妾を助けるか〉
窓の外で、鴉が一声鳴いた。答えを迫るように、白澤の視線が小梅に注がれている。




