第七話 罪人、【密猟】の仕方を覚える
【榊 優 Lv1 → Lv2】
文字が消えても、僕はしばらく動けなかった。
目の前には、もう動かないゴブリンがいる。
手がまだ震えていた。
刺した時の感触が残っている。
一度じゃ止まらなかった。
何度も刺した。
「ユウ」
ユラが僕のそばにしゃがんだ。
「大丈夫?」
「……わかんない」
今は、それしか言えなかった。
仕方なかった。
あのままだったら、ユラが襲われていた。
頭ではそう思う。
でも。
僕が殺したことは変わらない。
「……行かないと」
いつまでもここにいるわけにもいかない。
落とした刃物を拾おうとして、少し手が止まった。
さっきまでゴブリンが持っていたもの。
僕が奪って。
そのまま、これで殺した。
できれば触りたくなかった。
それでも、また何かに襲われたら。
僕は刃物を拾った。
その時だった。
「おい」
突然、声がした。
「っ!」
振り返る。
少し離れた木の陰に、男が立っていた。
痩せた身体。
擦り切れた服。
腰には何本かの小さな刃物を下げ、背中には汚れた袋を背負っている。
兵士ではなさそうだった。
でも、僕たちを見る目は鋭い。
「そいつ、お前がやったのか?」
男がゴブリンを顎で示した。
「……はい」
「どこの奴だ?」
「え?」
「ここらじゃ見ねえ顔だ」
男は近づいてこなかった。
僕とユラを見ながら、周囲も気にしている。
「人の狩り場で勝手に獲物を取られちゃ、こっちも食えなくなる」
「狩り場?」
「この辺りは俺が使ってる」
まずかったらしい。
「すみません。知らなくて。急に襲われたから……」
男が僕を見る。
学生服の上に羽織った外套。
大きすぎる外套を着たユラ。
そして、刃物を持ったまま震えている僕。
しばらく眺めたあと、男の警戒が少しだけ緩んだ。
「……まあ、わざわざ縄張りを荒らしに来た奴には見えねえな」
男がゴブリンへ近づいた。
「初めてか?」
「何がですか?」
「殺したの」
「……はい」
「だろうな」
それだけ言うと、男はゴブリンの横にしゃがんだ。
腰の刃物を抜く。
「何するんですか?」
「せっかく倒したのに、そのまま捨てる気か?」
手際よくゴブリンを調べ始める。
「ゴブリンなら、まず耳だ。討伐した証明になる」
耳を切り取る。
僕は目を逸らした。
男は気にせず続ける。
「武器は使えそうなら持ってけ。たまに銭や食い物を持ってる奴もいる。それから――」
刃物を入れ、何かを取り出した。
小さな石だった。
「魔石」
手のひらに乗せると、本当に小さい。
濁った小石みたいにしか見えない。
「ゴブリンじゃこんなもんだ。極小魔石だな」
「それ、売れるんですか?」
「安いけどな。何匹か狩れば飯にはなる」
男は少し得意そうだった。
「巣の近くじゃ無理するな。数が増えりゃ一人じゃ死ぬ。逃げ道も先に見とけ。あと、死体をその辺に放っとくと匂いで別の魔物が寄ってくることもある」
急にいろいろ教え始めた。
「……詳しいんですね」
「これで食ってるからな」
男は王都の方を顎で示した。
「あそこの貧民街に住んでる。まともな仕事が毎日あるわけじゃねえ。俺みたいにゴブリン狩って食いつないでる奴は珍しくない」
そう言って、さっき取り出した魔石を僕へ投げた。
「ほら」
「わっ」
慌てて両手で受け取る。
「初物のご祝儀だ」
「でも、これ……あなたの狩り場なんですよね?」
「次から勝手に狩るな。それでいい」
その瞬間。
目の前に文字が浮かんだ。
【条件を満たしました】
【技能【密猟 Lv1】を取得しました】
「…………」
密猟。
僕は手の中の小さな魔石を見る。
もう一度、表示を見る。
「……あの」
「なんだ?」
「これ、犯罪なんですか?」
男が僕を見る。
「そりゃ密猟なんだから犯罪だろ」
「やっぱり」
表示は正しかった。
「魔物を倒すのも?」
「襲われて返り討ちにするだけなら別だ。獲物から素材を取ったり、売ったりすりゃ狩猟になる」
男が僕の手の中の魔石を指した。
「許可もなしにやれば密猟だ」
「じゃあ、あなたも?」
「俺らは別だ」
「別?」
「貧民は、生きるための狩りなら免除されてる。食うための分まで取り上げたら、そのまま死ぬ奴が出るからな」
そんな決まりがあるらしい。
「僕が普通に狩るには、どうすればいいんですか?」
「狩猟許可を取る」
「どこで?」
「王都の商業組合だ。そこで申請して、免許を発行してもらう」
「王都……」
思わず黙った。
ついさっき。
そこから命懸けで逃げてきた。
戻ったら、免許を申請するどころじゃない。
「…………」
男が僕の顔を見る。
「お前、王都に戻れねえのか?」
「え」
「その顔は戻れねえ奴の顔だ」
何も答えられなかった。
男の視線がユラへ移る。
大きな外套。
裸足。
それから僕の制服。
「まあ、いい」
男は立ち上がった。
「聞かねえよ」
それ以上、理由を聞かれることはなかった。
「だったら南へ行け」
「南?」
「マルグって町がある」
初めて聞く名前だった。
「王都へ戻れねえなら、ここらで一番近いのはそこだ。人も物も集まるし、仕事を探すにも森で野垂れ死ぬよりはいい」
「どれくらいですか?」
「歩きならそれなりにかかる。南へ行けば街道に出る」
男は僕の持っている刃物を見る。
「それは持っとけ。ボロだが、ないよりはマシだ」
僕も刃物を見る。
できれば捨てたい。
でも。
さっきみたいなことが、また起こるかもしれない。
「……はい」
「あと、次から俺の狩り場で勝手にゴブリン狩るなよ」
「気をつけます」
「知らずに入ってきた奴に気をつけられても困るけどな」
確かに。
ユラが男を見る。
「マルグ」
「ん?」
「はちみつある?」
男が黙った。
「……知らねえよ」
「ないの?」
「町なんだから、たぶんあるだろ」
「ほんと?」
ユラの顔が明るくなる。
「ユラ。まずは普通のご飯を探そう」
「はちみつもご飯」
「それはたぶん違う」
男が小さく笑った。
「じゃあな」
片手を上げ、森の奥へ歩いていく。
僕は手の中の極小魔石を見る。
解錠。
窃盗。
密猟。
この世界に来てから覚えたものを並べると、かなり酷い。
でも。
この小さな石は売れるらしい。
南にはマルグという町がある。
ほんの少しだけ。
この世界でどうやって生きればいいのかが見えてきた。
***
王城の一室には、召喚された生徒たちが集められていた。
一つだけ、空いた席がある。
「榊優について、新たな報告があります」
王国の男が告げると、ざわついていた教室の仲間たちが静かになった。
剣が顔を上げる。
善も男を見る。
「榊優は拘束を破り、王城から逃亡しました」
声が上がった。
「逃げたって……」
「優が?」
男は続ける。
「また逃亡時、ポーション研究施設で使用していた希少原料の採取源を持ったまま逃亡しています」
剣が眉を寄せた。
「採取源?」
「はい」
「それを持って逃げたら、何か問題があるんですか?」
「その原料を必要としていた薬剤が精製できなくなりました」
少し間を置く。
「その結果、治療を受ける予定だった貴族家の令嬢が亡くなっています」
部屋が静まり返った。
善の表情が変わった。
剣はすぐには何も言わなかった。
「……亡くなったのは、優が逃げたあとですか?」
「はい」
「優は、その原料がその子に必要だって知ってたんですか?」
「そこまでは確認されていません」
「採取源を持っていった理由は?」
「不明です」
剣が黙る。
王国の男はさらに続けた。
「また、王国が希少種族として保護していた亜人の少女を、榊優が連れ出しています」
「女の子?」
善が聞き返した。
「はい。現在も共に逃亡していると思われます」
「優が、その子を?」
剣が言った。
「王国としては、少女を人質にしている可能性が高いと判断しています」
「人質?」
剣の眉が動いた。
「優がその子を脅したところを、誰か見たんですか?」
「少女を連れて王城から逃亡したことは確認されています」
「それだけですか?」
男は少し間を置いた。
「現時点で確認されているのは以上です」
剣は何か考えるように黙った。
善が立ち上がる。
「だったら、早く優を見つけましょう」
みんなの視線が善へ集まった。
「このまま逃げ続けたら、優だって戻れなくなる」
善は王国の男を見る。
「その女の子も一緒なんですよね?」
「はい」
「なら、その子も助けないと」
「善」
剣が呼ぶ。
善は剣を見た。
「大丈夫だよ」
迷いのない顔だった。
「俺が優と話す」
そして、王国の人たちへ向き直る。
「優が間違ったことをしたなら、ちゃんと止めます。何があったのかも聞きます」
善は続けた。
「俺たちが迎えに行けば大丈夫です。ちゃんと連れて帰ります」
剣は何も言わなかった。
少しして、王国の男へ尋ねる。
「優は今、どこにいるんですか?」
「現在、捜索中です」
「見つかったら教えてください」
「もちろんです」
「できれば、捕まえる前に話をさせてください」
「状況によります」
「わかりました」
剣はそこで一度引いた。
それから、もう一つ聞いた。
「優は逃げる前に、何か言ってませんでしたか?」
「何をでしょう」
「どうして逃げるのかとか。何をしたいのかとか」
男は首を横に振った。
「そのような報告は受けていません」
「……そうですか」
剣は黙った。
善はすでに、優を探しに行くにはどうすればいいのかを王国の人間へ尋ねていた。
どうも、こんにちは。灰島 桐人です。
7話まで読んでいただきありがとうございます。
かつて考えていたのに執筆ができなかった作品たちに、
AIの力で日を当ててやることができました。
【罪人】榊 優のこれからの犯罪?にどうぞご期待ください!!




