第二話 罪人、何もしてないのに投獄される
兵士に両腕を掴まれた。
「ちょ、ちょっと待ってください」
反射的に腕を引く。
離してくれない。
それどころか、左右からさらに強く押さえられた。
「僕、何もしてませんよね?」
答えはなかった。
「待ってください」
剣が兵士の前に立った。
「優をどこへ連れていくんですか?」
「隔離施設だ」
「どうしてですか。こいつは今日ここに来たばかりですよ」
兵士は答えない。
剣が王国の男を見る。
「【罪人】だっていうだけで拘束するんですか?」
「危険が確認されてからでは遅いのです」
「でも、まだ何もしてない」
剣の声が少し強くなる。
「せめて、何が危険なのか本人に説明してください」
「必要な説明は、しかるべき者から行われます」
なんだろう。
ずっと話が噛み合っていない。
僕が何をしたのか聞いているのに、返ってくるのは【罪人】だから、という話ばかりだ。
善も僕のところへ来た。
「優、大丈夫」
「……うん」
「俺たちもいるから」
善は僕の肩に手を置いた。
「俺からも王国の人に話す。何かの間違いなら説明すればわかってもらえるよ」
その言葉を聞くと、少し安心した。
善なら本当に何とかしてくれそうな気がする。
さっきだって、混乱していたクラスをまとめて王国の人たちと話していた。
「すぐ戻れるようにするから」
「……ありがとう」
「榊を連れていけ」
兵士が歩き始める。
剣が追いかけてきた。
「待ってください。俺たちは優に会えますか?」
「許可が下りれば」
「いつですか?」
「現時点では答えられない」
剣が何か言おうとした。
「剣」
善が止めた。
「まず俺たちで話そう」
それから僕を見る。
「大丈夫。俺たちが何とかする」
剣は納得していない顔をしていたけれど、最後に僕へ言った。
「優。ちゃんと話せよ」
「何を?」
「何か聞かれたらだよ。わからないことは、わからないって言え」
「うん」
「勝手に決めつけられるなよ」
それを最後に、扉が閉じた。
二人の姿が見えなくなる。
兵士に囲まれたまま、長い廊下を歩いた。
豪華な装飾のある場所を抜ける。
階段を下りる。
また下りる。
さらに下りる。
だんだん壁から飾りがなくなっていった。
窓もなくなる。
空気も冷たくなる。
「……隔離施設って、どこですか?」
誰も答えない。
また階段を下りた。
さすがに不安になってきた。
「僕、これから何されるんですか?」
やっぱり答えてくれない。
少しして、鉄の扉が現れた。
兵士が鍵を開ける。
その向こうにあったものを見て、僕は足を止めた。
石造りの通路。
鉄格子。
その奥に並ぶ、狭い部屋。
「…………」
これ。
隔離施設じゃない。
普通に牢屋じゃない?
「入れ」
「いや、ちょっと待ってください」
背中を押された。
「せめて説明を――」
鉄格子の向こうへ押し込まれる。
扉が閉まった。
ガチャン。
鍵がかかる。
「……本気ですか?」
兵士は答えない。
そのまま歩いていく。
「待ってください!」
追いかけようとして、当然、鉄格子に阻まれた。
「僕、何もしてないですよ!」
足音が遠ざかる。
「話くらい――」
聞いてください。
最後まで言う前に、姿が見えなくなった。
静かになった。
僕は鉄格子を握ったまま立っていた。
「…………」
牢屋だった。
誰がどう見ても牢屋だ。
床も壁も石。
隅には薄い布みたいなものが置いてある。
椅子も机もない。
もちろん、窓もない。
ポケットからスマートフォンを出した。
圏外。
時刻だけは表示されている。
朝まで普通に家にいた。
学校へ行って。
剣と話して。
授業が始まるはずだった。
それが今は異世界の地下牢にいる。
「……母さん、心配するだろうな」
口に出したら、急に現実味が出た。
今日帰らなかったらどうなるんだろう。
学校から連絡が行く。
警察にも連絡するかもしれない。
でも、僕は異世界にいる。
説明のしようがない。
画面を消した。
バッテリーを使うのがもったいない。
役に立つかどうかもわからないのに、電源を切る気にはなれなかった。
「剣と善、大丈夫かな」
二人なら大丈夫だろう。
というより、今は僕の方が心配される側か。
善は、何とかすると言ってくれた。
剣も、本人に説明しろと言ってくれた。
だから。
たぶん、しばらく待っていれば誰かが来る。
事情を聞かれて。
何もしていないと説明して。
何かの間違いだったとわかって。
ここから出られる。
「……だよね」
自分に言い聞かせるように呟いた。
返事はない。
しばらく待った。
誰も来なかった。
どのくらい経ったのかわからない。
地下には窓がない。
スマートフォンを見れば時間はわかるけれど、見るたびに減っている電池が気になって、なるべく出さないようにした。
暇だった。
そして、怖かった。
何かされているわけじゃない。
殴られてもいない。
怒鳴られてもいない。
ただ、誰も来ない。
それが思っていたより怖い。
「……ほんとに、何なんだろ」
鉄格子にもたれる。
その時。
小さな音がした。
金属が擦れるような音。
僕は顔を上げた。
また聞こえる。
じゃら。
鎖?
隣の牢屋かと思った。
違う。
もう少し向こう。
暗くてよく見えない。
目を凝らしていると、今度は声がした。
「……だれ?」
小さな女の子の声だった。




