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お決まりのクラス転移で、いきなり「罪人」認定されたので、世界を盗むことにしました  作者: 灰島 桐人
第三章 「罪人」、森で密猟技術をあげる

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第十五話 罪人、森で拾われる

目を開けると、知らない天井があった。


いや、天井というより大きな布だった。太い木の枝から枝へ渡すように張られていて、隙間から朝の光が差し込んでいる。風が吹くたび、布の端が小さく揺れた。


「…………」


ここ、どこだろう。


そう考えたところで、昨日のことが少しずつ戻ってきた。森。騎士。リオル。血。それから、ユラ。


身体を起こそうとした瞬間、左の脇腹に痛みが走った。


「っ……!」


「動くな」


低い声がした。


顔を向けると、少し離れた焚き火の向こうに一人の男が座っていた。日に焼けた顔に、何度も直した跡のある革の服。すぐ横には弓が置かれ、腰には僕の短剣よりずっと大きな刃物が下がっている。


昨日、意識を失う直前に見た男だった。


反射的に腰へ手を伸ばす。短剣は残っていた。


「抜くな」


男が言った。


「殺すつもりなら、お前が寝てる間に終わってる」


「…………」


それは確かにそうだった。


短剣から手を離す。でも、それより先に確認しないといけないことがあった。


「ユラ」


周りを見る。


いない。


「ユラ!」


慌てて立ち上がろうとして、また脇腹が痛んだ。


「だから動くな」


「でも、ユラが――」


「そこの木の裏だ」


男が顎で示した。


大きな木の根元。地面から太い根が盛り上がった陰に毛布が敷かれ、その上に緑色の髪が見えた。


「……ユラ」


眠っている。


駆け寄りそうになって、今度は自分で止まった。胸がゆっくり上下しているのを確認して、ようやく息を吐く。


「大丈夫なんですか」


「知らん」


「え」


「俺は医者じゃない」


男は焚き火へ細い枝を放り込んだ。ぱち、と小さな火の粉が上がる。


「息はしてる。熱もひどくない。目立った外傷もない。少なくとも、今すぐ死にそうには見えん」


それで十分だった。


「……ありがとうございます」


「まだ礼を言うな。お前も無事かわからん」


男が僕を見る。


「服、上げろ」


「え?」


「腹だ」


言われて、自分の学生服を見る。左側が血で固まっていた。


昨日、リオルの剣が入った場所だ。


恐る恐る服を持ち上げる。


「……あれ」


傷は塞がっていた。


完全に治っているわけじゃない。赤く腫れているし、傷の周りには乾いた血も残っている。でも、昨日剣で斬られたばかりの傷には見えなかった。


男の眉が寄る。


「いつの傷だ」


「昨日です」


「嘘をつくなら、もう少しましなのにしろ」


「本当です」


「昨日これだけ斬られて、その足で森を歩いたのか」


「途中で倒れました」


「そこは見ればわかる」


男が近づき、傷の少し横へ指を当てた。


押される。


「痛っ」


「中はまだ痛むな」


「はい」


「なら治ったと思うな。表だけ閉じてることもある」


僕は自分の傷を見る。


昨日、血が出た。ユラが叫んだ。それから、森が動いた。


「……木が」


「何だ」


「昨日、木とか根が急に動いたんです」


男が僕を見る。


「根?」


「追ってきた騎士たちを押し返して。それで、僕の傷も……たぶん」


言葉にするほど、自分でも意味がわからなくなってくる。


「誰がやった」


「わかりません」


「嬢ちゃんか」


ユラを見る。


「……わかりません」


あの時、ユラは泣いていた。


僕の傷へ何かが伸びてきて、気づけば血が止まっていた。でも、ユラ自身が何をしたのか、森が勝手に動いたのか、僕には何もわからない。


男はしばらく僕を見たあと、それ以上は聞かなかった。


「なら、わからんままにしとけ」


「え?」


「適当な答えをつけるなってことだ」


それだけ言って、水袋を投げてくる。


「わっ」


慌てて受け取った。


「飲め」


蓋を開けて一口飲む。


冷たい。


喉が、自分で思っていたよりずっと乾いていた。もう一口、そのまま勢いよく飲もうとしたところで止められた。


「飲みすぎるな」


「え」


「次の水がどこにあるか知ってるか」


「…………」


知らない。


「いいえ」


「なら残せ」


蓋を閉める。


水なんて、少し前までは蛇口をひねればいくらでも出てくるものだった。それを残しておかないと死ぬかもしれないなんて、まだ実感が追いつかない。


「食い物は」


男が聞いた。


持ち物を確認する。


「……少しだけ」


「火を起こす道具」


「ありません」


「地図」


「ありません」


「毛布」


「ありません」


「水袋」


手の中を見る。


今借りている。


「……ありません」


男が黙った。


「何ですか」


「よくここまで来たな」


褒められている感じはしなかった。


「その装備じゃ三日もたん」


「三日」


男は僕の顔を見て、少し考えた。


「いや。二日か」


「減りましたけど」


「見直した」


悪い方向に。


◇


男の名前はグレンといった。


この辺りの森で狩りをしているらしい。


僕たちを見つけたのは昨日の夕方だった。大きな獣の足跡を調べて森を歩いていたところ、木の根元に僕が倒れていて、そのすぐ近くにユラも倒れていたそうだ。


「僕、ユラを背負ってました?」


「ああ」


「よかった」


「途中から引きずりかけてたがな」


「…………」


そこは覚えていないことにしたい。


焚き火の上では、小さな鍋が煮えていた。グレンが木の器へスープをよそってくれる。


肉と、知らない葉っぱ。それに何かの根。


一口飲んだ。


「……おいしい」


「腹が減ってるだけだ」


たぶん、それもある。


でも温かかった。


それだけで、身体の中が少しずつ戻ってくるような気がした。


二口、三口と夢中で食べていた時、木の根元から小さな声がした。


「……ユウ」


器を置く。


「ユラ?」


緑色の瞳が開いていた。


「ユラ」


今度は急いで立たない。グレンに言われた通り、ゆっくり身体を起こしてから近づいた。


「わかる?」


「ユウ」


「うん」


「いる?」


「いるよ」


ユラの手が伸び、僕の袖を掴んだ。


それから僕の顔、胸、最後に左の脇腹を見る。


「血」


「もう大丈夫」


「血、いっぱい」


昨日のことを覚えている。


ユラの顔が強張った。


「ほんとに大丈夫」


「…………」


それでも手は離れない。


「ユラは? 痛いところある?」


首を振る。


「気持ち悪いとかは?」


また首を振る。


「お腹は?」


少し考えてから答えた。


「へった」


「そっか」


それを聞いて、妙に安心した。


グレンがもう一つ器を持ってきた。


「食えるなら食え」


ユラは器を見る。


次に、グレンを見る。


「……もらっていい?」


「ああ」


その言葉を聞いた時、少しだけ嬉しかった。


僕ではなく、ちゃんとグレンに聞いた。


「ありがとう」


ユラが器を受け取る。


最初はゆっくり食べていたけれど、三口目くらいから少し速くなった。


「熱いから気をつけて」


「うん」


「全部口に入れないで」


「うん」


もう口いっぱいだった。


グレンは何も言わず焚き火を見ている。


ちょっとだけ、笑われた気がした。


◇


食事のあと、僕たちはしばらく休んだ。


森は静かだった。


完全な静けさではない。鳥の声、虫の音、葉が触れ合う音。どこか遠くで枝が折れる小さな音。


王都にいた時とは違う。


誰かが追ってくる足音はしない。


それでも僕は、何か音がするたび、一度そちらを見てしまった。


ユラは裸足のまま、大きな木の根元へ移動していた。毛布の上より、そちらの方が落ち着くらしい。


両手を土へつく。


「ユラ、何してるの?」


「こっち、いい」


「土?」


「うん」


土。


水。


陽の光。


それに触れると元気になるのは、もう何度か見ている。


でも今日は、少し違った。


ユラが目を閉じた。


そのまま動かない。


「ユラ?」


返事がない。


寝たのかと思ったけれど、少し離れたところで道具を手入れしていたグレンも、ユラを見ていた。


やがて、ユラが目を開く。


「ユウ」


「なに?」


「いる」


「何が?」


ユラが足元を見る。


次に、大きな木。


「いっぱい」


「いっぱい?」


「下」


わからない。


「虫?」


「ちがう」


「石?」


首を振る。


ユラ自身も、どう説明したらいいのかわからないみたいだった。


もう一度、土へ手を置く。


「根っこ」


「根?」


「うん」


目を閉じたまま、少し先を指差した。


「あっちにも」


僕には普通の森しか見えない。


「木の根がどこにあるかわかるの?」


「うん」


「地面の中なのに?」


「うん」


不思議だ。


でも昨日、森全体が動いた。


それを見たあとだと、もう何が起きても少しくらいなら驚かない気もする。


そう思ったところで、ユラが瞬きをした。


「……字」


「字?」


「出た」


ユラが何もないところを見ている。


僕にも、何度も見たことがある。


「何て書いてある?」


「じゅ……」


少し迷う。


「じゅみゃく?」


「樹脈?」


「【樹脈感知】」


そして、ユラが続きを読む。


【条件を満たしました】


【技能【樹脈感知 Lv1】を取得しました】


「新しい技能?」


「うん」


「昨日までなかった?」


「なかった」


【芽吹き】とは違う。


僕にも、何ができる技能なのかわからない。


「どういう感じ?」


「…………」


ユラはもう一度、土へ触れた。


しばらく待つ。


それから顔を上げた。


「あっち」


指を差す。


「何?」


「水」


グレンの手が止まった。


「水?」


僕が聞き返す。


「うん」


「見えるの?」


「見えない」


「音?」


首を振る。


「わかる」


説明としては全然わからない。


でも、グレンが立ち上がった。


「どれくらい先だ」


「わかんない」


「流れてるか?」


ユラが少し困る。


「……いる」


水を、また人みたいに言う。


僕も耳を澄ませる。


何も聞こえない。


「行ってみる」


グレンが弓を取った。


「信じるんですか」


「外れても少し歩くだけだ」


「なるほど」


そういう考え方もあるのか。


◇


グレンの後ろを歩いた。


僕はまだ速く歩けない。


ユラも今日は僕の横にいる。


グレンは何度か足を止めた。地面や木、折れた枝。僕には何でもないものを見て、また歩く。


「何見てるんですか」


「あとで教える」


「今じゃ駄目なんですか」


「歩け」


「はい」


五分。


十分。


少し斜面を下った頃、ようやく音が聞こえた。


水。


「……本当にある」


木々の向こうに、小さな沢が流れていた。


ユラが僕を見る。


嬉しそうだ。


「いた」


「いたね」


僕もつられて笑った。


グレンは笑わなかった。


沢へ着いても水を汲まず、そのまま上流へ歩き始める。


「何してるんですか?」


「飲めるか見る」


「綺麗ですよ」


グレンが振り返った。


「綺麗なら安全だと思うな」


「……はい」


上流を確認する。


死んだ動物がいないか。


水が変な色をしていないか。


変な匂いがしないか。


岸にどんな足跡があるか。


一つずつ、グレンは見ていった。


「そのままでも飲めそうだが、煮た方が確実だ」


「森の水って、そのまま飲めるものだと思ってました」


「死にたいなら好きにしろ」


「煮ます」


即答した。


水袋へ水を入れる。


ユラはそのまま沢へ入った。


裸足の足と、両手を水につける。


「ユラ、冷たいよ」


「きもちいい」


顔色が少しずつよくなっていく。


昨日から眠っていた時より、明らかに元気になっていた。


グレンがそれを見た。


「水が好きなのか」


「うん」


それだけ。


グレンも、それ以上は聞かなかった。


何となく、その距離がありがたかった。


◇


戻る途中、脇腹がまた痛み始めた。


最初は我慢できる程度だった。でも少し歩くたび、鈍い痛みが強くなる。


やっぱり、治ったわけではないらしい。


「ユウ」


ユラが気づいた。


「大丈夫」


「痛い?」


「ちょっとだけ」


じっと見られる。


「見せて」


「え」


「おなか」


言われるまま、服を少し持ち上げる。


傷の周りが、朝より赤くなっていた。


「やっぱり歩かせるんじゃなかったな」


グレンが言う。


「すみません」


「謝って治るなら医者はいらん」


ごもっともだった。


ユラが僕の前へしゃがむ。


「ユラ?」


片方の手を僕の傷の近くへ。


もう片方を地面へつけた。


「何するの?」


「わかんない」


「わかんないの?」


「うん」


ユラが傷を見る。


「でも、できる気がする」


止めた方がいいのか迷った。


昨日みたいになったら、またユラが倒れるかもしれない。


でも昨日とは違う。


今は、ユラ自身がやろうとしている。


「無理しないでね」


「うん」


ユラが目を閉じる。


しばらく、何も起きなかった。


それから傷に近づけた手の下に、淡い緑色の光が灯った。


「……え」


温かい。


昨日と同じ。


いや、昨日よりずっと弱い。


でも、はっきりわかる。


さっきまで熱を持っていた傷が少しずつ落ち着き、痛みもゆっくり薄くなっていく。


全部消えるわけじゃない。


傷も残っている。


それでも、明らかに楽になった。


「ユラ」


ユラ自身も驚いたように自分の手を見ていた。


その視線が途中で止まる。


「また字」


「何て?」


「【緑癒】」


続けて表示が出たらしい。


【条件を満たしました】


【技能【緑癒 Lv1】を取得しました】


光が消えた。


「新しい技能?」


「うん」


ユラが僕を見る。


少し嬉しそうだった。


「ユウ、治った?」


身体を少し動かしてみる。


「全部じゃないけど、かなり楽」


「もう一回する」


「待って」


すぐに止めた。


「なんで?」


「ユラ」


顔を見る。


頬が少し赤い。


「どうしたの?」


「…………」


唇を舐める。


「のど、かわいた」


「え」


水袋を渡す。


ユラが飲む。


一口。


二口。


三口。


まだ飲む。


「そんなに?」


「かわいた」


グレンが水袋を見る。


それからユラの手、僕の傷。


「今のを使うと、水を使うのか」


「わかんない」


ユラは素直に答えた。


「でも、かわいた」


「なら気軽に使うな」


グレンが言う。


ユラの手が止まった。


「治しちゃだめ?」


「違う」


グレンはすぐに否定した。


「治す前に、そのあと水が飲めるか考えろ。森じゃ、水が尽きればそれだけで死ぬ」


ユラが少し考える。


「水あったら、いい?」


「それだけとは限らん。使って倒れる可能性もある。わからんうちは、使いすぎるな」


ユラは水袋を抱えたまま頷いた。


「うん」


それから、僕を見る。


「ユウ、治す」


「怪我したらね」


「うん」


できれば、怪我しない方がいい。


グレンを見る。


この人は言い方は怖いけれど、ユラに「使うな」とは言わなかった。


そういうところは、少し信用してもいいのかもしれない。


◇


夕方。


焚き火の前で休んでいると、森の色が少しずつ変わっていった。昼間より暗くなり、代わりに火の明るさがはっきり見える。


グレンが薪を一本足した。


「明日、村へ向かう」


「今日じゃないんですか?」


「お前の腹がこれだ」


「…………」


反論できない。


「ただし、朝飯が足りん」


グレンが鍋を見る。


ほとんど空だった。


「村までは?」


「急げば半日。お前ら連れなら、もう少しかかる」


「じゃあ……」


グレンが森を見る。


「朝、食えるものを一つ獲る」


狩り。


その言葉に、少しだけ身体が固くなった。


角兎を二匹狩ったことはある。


でも、あれはただ目の前にいたものを追っただけだ。森のことも、獲物の探し方も、仕留め方も何も知らなかった。


「僕も手伝えますか」


聞く。


グレンが僕を見る。


「何をだ」


「狩りです」


「傷が痛むなら見てろ」


「痛まなかったら?」


「ついてこい。できることがあるかは獲物次第だ」


「はい」


少し、嬉しかった。


グレンは焚き火へ視線を戻す。


「勝手に獲物へ飛びかかるな」


「はい」


「俺より前へ出るな」


「はい」


「止まれと言ったら止まれ」


「わかりました」


「たぶん、は無しだぞ」


「……はい」


なんで、もうそこまで読まれてるんだろう。


「森じゃ、獲物を見つけてから考えてたら遅い。明日は歩きながら教える」


「お願いします」


本物の狩人がどうやって獲物を探すのか。どう近づいて、どう仕留めるのか。


僕は何も知らない。


でも、今の僕にできることがあるなら、やってみたかった。


「ユウ」


袖を引かれる。


「なに?」


「ユラも行く?」


「狩り?」


「うん」


僕が答えるより先に、グレンがユラを見た。


「朝、自分で歩けるなら来い」


「いい?」


「ああ。ただし、勝手にどこかへ行くな」


「うん」


「水を感じてもだ」


ユラが少し考える。


「ユウに言う」


「そうしろ」


それからグレンが僕を見る。


「お前も勝手に追うなよ」


「僕まで?」


「二人まとめて言ってる」


「はい」


どうやら僕も、ユラと同じくらい信用されていないらしい。


否定できないのが、ちょっと困る。


「はちみつ、いる?」


ユラが聞いた。


「狩りに?」


「うん」


「いらないと思う」


「村、ある?」


今度はグレンを見る。


「たぶんな」


ユラが僕を見る。


「たぶん」


「そこは真似しなくていいよ」


ユラが笑った。


僕も少し笑った。


森の中で、こんなふうに笑ったのは初めてだった。


明日は狩りをして、それから村へ行く。


昨日までの僕は、次にどこへ逃げればいいのか、そればかり考えていた。捕まらない場所を探して、もっと遠くへ行って、その先でも次の逃げ道を考える。それが僕にとっての「明日」だった。


でも今は、明日の朝に何を食べるのかを考えている。


逃げてから初めて、明日のことを少しだけ普通に考えられた気がした。

現在のステータス


榊 優 Lv.2

天職:【罪人】

【解錠 Lv.3】

【窃盗 Lv.2】

【密猟 Lv.2】

【詐欺 Lv.1】

【文書偽造 Lv.2】


ユラ Lv.1

【芽吹き Lv.2】

【樹脈感知 Lv.1】

【緑癒 Lv.1】


今回の成長


ユラ:【樹脈感知 Lv.1】取得

ユラ:【緑癒 Lv.1】取得

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