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お決まりのクラス転移で、いきなり「罪人」認定されたので、世界を盗むことにしました  作者: 灰島 桐人
第三章 「罪人」、森で密猟技術をあげる

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第十四話 罪人、帰れないと決める

「もう、逃げるのはやめろ」


男の声は大きくなかった。


それでも、後ろから追ってきた王国兵たちまで足を止めた。森の中に並ぶ騎士たちも動かない。


僕は乱れた息を整えようとしたけれど、走り続けた肺がうまく空気を吸ってくれない。隣ではユラも肩で息をしながら、それでも僕の手だけは離していなかった。


前には騎士が六人。


後ろには、マルグから追ってきた王国兵たち。


左右は森だけど、逃げ込もうとしたところですぐに追いつかれる距離だった。


「……待ってたんですか」


「この辺りで一番近い町はマルグだ。王都から南へ逃げたなら、立ち寄る可能性は高い」


男は僕を見たまま答えた。


「まして町の中で見つかり、正門を使えなくなれば、逃げる方向もある程度は絞れる」


それで先回りしたらしい。


嫌になるくらい、ちゃんと考えている。


男が一歩だけ前へ出た。二十代半ばくらいだろうか。短く整えた茶色の髪に、ほかの騎士より少し軽そうな鎧を着ている。


腰には剣。


でも、まだ手をかけていない。


「俺はリオル。王国騎士団所属だ」


「…………」


「お前を殺しに来たわけじゃない」


それは、たぶん本当だ。


殺すだけなら、こうして話す必要はない。


「榊優。お前の同級生たちは無事だ」


予想していなかった言葉だった。


「え?」


「王都にいる。少なくとも、お前が心配するようなことにはなっていない」


喉の奥が詰まった。


召喚された教室。


みんな。


善。


剣。


王都から逃げてから、ずっと考えないようにしていた。


「……剣も?」


「ああ。天道剣も、獅波善も無事だ」


名前を聞いただけで、胸の奥が変な感じになった。


「二人とも、お前を気にしている。獅波は、自分が事情を説明すると言っているそうだ。天道も、お前と直接話したがっている」


「剣が……」


会いたい。


そう思った。


ほんの少し前まで、同じ教室にいた相手だ。


二人の顔を見たら、それだけで少し安心できるような気がした。


「だから戻れ」


リオルが言った。


「これ以上、罪を増やす必要はない。王都から逃亡し、偽名を使って町へ入り、昨夜は商会へ不法侵入した。すでに事情を聞かなければならないことは増えている」


「…………」


全部、本当にやったことだった。


「今なら、まだ話せる。俺も、お前が理由もなくこんなことを繰り返しているとは思っていない」


後ろの兵士たちが少しざわついた。


王国から見れば、僕は【罪人】だ。


それでも、この人はいきなり剣を抜かなかった。


「王都まで俺が同行する。獅波や天道とも会わせる。事情があるなら、そこで話せばいい」


そして。


リオルの視線がユラへ移った。


「その少女も、王国へ返す」


握られていた手が、急に強くなった。


「ユラ?」


見ると、ユラが俯いていた。


僕の手を両手で握っている。


震えていた。


「その子は、王国の保護下にあったドライアドだと聞いている。希少な種族だ。勝手に連れ出していい相手じゃない」


「保護?」


思わず聞き返した。


「そう報告されている」


「ユラは、どこで保護されてたんですか」


リオルの眉がわずかに動いた。


「施設の場所までは知らない」


「どんな施設だったかも?」


「俺の任務に必要な情報ではなかった」


やっぱり。


知らない。


「地下です」


「何?」


「窓もない地下にいました。鎖につながれて」


リオルの表情が変わった。


「……何の話だ」


「鞭で叩かれてました。泣くまで」


後ろの騎士たちにも小さな動揺が走る。


「泣いたら、その涙を瓶に集めてました」


「待て」


リオルが片手を上げた。


「俺が受けている報告には、そんな話はない」


「でしょうね」


僕だって、あそこへ入れられなければ知らなかった。


「何か認識の食い違いがある可能性もある」


リオルは少し考えてから言った。


「なら王都で確認する。俺からも報告を上げる」


「それまでユラは?」


「ああ。王国の管理下に置く」


ユラの指が、さらに強く僕の服を掴んだ。


「戻りたくない」


小さな声だった。


リオルがユラを見る。


ユラは僕の後ろへ半分隠れていた。


「戻りたくない」


もう一度。


今度は、はっきり聞こえた。


「ユラ」


「やだ」


身体が震えている。


「地下、やだ」


僕の服を掴む。


「鞭、やだ」


そして僕を見た。


「ユウといる」


リオルは黙った。


その顔を見る限り、本当に何も知らなかったんだと思う。


「……わかった」


しばらくして、リオルが言った。


「今の話も含めて俺から確認する」


「でも、ユラは連れていく?」


「ああ」


迷わなかった。


「それが俺の任務だ」


「少女」


リオルはユラへ声をかける。


「少なくとも、俺が同行している間は悪いようにはしない」


たぶん、この人なら本当にそうする。


僕を騙そうとしているようにも見えない。


悪い人には見えない。


でも。


この人は知らなかった。


ユラがどこにいたのか。


何をされていたのか。


そして王都へ戻ったあとも、リオルがずっとユラのそばにいてくれるわけじゃない。


「……すみません」


「何だ」


「やっぱり、戻れません」


リオルが息を吐いた。


「天道と獅波が待っていても?」


痛いところだった。


「会いたいです」


本当に。


「だったら――」


「でも」


ユラを見る。


まだ、僕の服を掴んでいる。


「ユラを戻せません」


リオルは、しばらく僕を見ていた。


「少女だけ置いて、お前一人で逃げるという選択もないか?」


「ないです」


「即答か」


「それは、考える必要ないので」


もう一度、リオルが息を吐いた。


そして今度は腰の剣へ手を置く。


「残念だ」


空気が変わった。


周囲の騎士たちも同時に構える。


「榊優。これより身柄を拘束する」


リオルが騎士たちへ視線を送った。


「少女も確保する。二人とも、可能な限り傷つけるな」


逃げる。


そう思った時には、もう左右から二人来ていた。


「ユラ、下がって!」


僕は短剣を抜く。


ゴブリンから盗ったものだ。


騎士の剣と比べると、ひどく頼りなく見えた。


右から来た騎士は剣を抜かなかった。僕の腕を掴み、そのまま押さえ込もうとする。


避ける。


でも、もう一人が回り込む。


速い。


「うわっ!」


肩を掴まれた。


振りほどけない。


力が全然違う。


騎士の腰に、縄が見えた。


【窃盗可能】


考えるより先に留め具へ手を伸ばす。


引いた。


縄がするりと騎士の腰から外れる。


【窃盗の熟練度が上昇しました】


「何っ?」


騎士が腰を見る。


その一瞬に身体を捻り、どうにか腕を抜いた。


「ユラ!」


「うん!」


地面から草が伸びる。


町で使った時より太い。


騎士の足へ絡みついた。


「植物を使う! 足元に注意しろ!」


すぐに対応された。


剣で草を切られる。


やっぱり、町で追ってきた兵士とは違う。


「右を塞げ!」


リオルの声が飛ぶ。


僕たちが動こうとした方向へ、もう騎士が入っている。


「左!」


ユラの手を引く。


そっちにもいた。


完全に読まれている。


次に飛んできたのは網だった。


「ユラ!」


ユラを押す。


代わりに僕の肩へ網がかかった。


一気に引かれる。


「捕えた!」


「まだ!」


網を掴んでいる騎士へ引かれるまま、一歩踏み込んだ。


腰に小さなナイフがある。


【窃盗可能】


すれ違う瞬間に抜く。


【窃盗の熟練度が上昇しました】


そのまま網を切った。


「またか!」


外へ抜ける。


でも。


目の前にはリオルがいた。


「……変わった技を使うな」


「僕もそう思います」


「感心している場合か」


「してません」


怖い。


リオルは僕の短剣、足の向き、その後ろにいるユラまで、一瞬で全部見ているように思えた。


「最後に言う。武器を捨てろ」


「嫌です」


「そうか」


剣が抜かれた。


速い。


反射的に短剣を上げる。


ガンッ、と硬い音が響いた。


腕が痺れる。


「っ!」


一撃だけで短剣を落としそうになった。


次はどうにか身体を引く。


剣先が服をかすめる。


殺そうとはしていない。


だからこそ、差がわかった。


この人は、僕よりずっと強い。


別の騎士が背後から来た。


避けた先にも一人いる。


いつの間にか、動ける場所そのものを狭められている。


また腕を掴まれた。


「離して!」


騎士の腰にある予備の剣へ手を伸ばす。


【窃盗可能】


触れる。


抜く。


【窃盗の熟練度が上昇しました】


騎士が驚き、わずかに力を緩めた。


僕の手には剣がある。


重い。


使い方なんて知らない。


その時。


【窃盗の熟練度が一定値に達しました】


【窃盗 Lv1 → Lv2】


【対象認識精度が上昇しました】


【動作補正が上昇しました】


「今度はそっち!?」


さっきから。


逃げるたびに犯罪技能ばかり育っている。


でも表示が消れると、少しだけ感覚が変わった。


騎士たちの腰にある袋。


武器。


留め具。


手を伸ばせば取れそうなものが、さっきよりわかりやすい。


「武器を返せ」


リオルが来る。


「嫌です!」


奪った剣を振る。


簡単に避けられた。


次の瞬間、手首を打たれる。


「痛っ!」


剣を落とした。


リオルの手が僕の肩へ伸びる。


「終わりだ」


「まだ!」


身体を捻って逃れる。


「ユラ!」


振り向く。


ユラの方にも、騎士が二人いた。


草で牽制しているけれど、少しずつ追い詰められている。


「ユウ!」


「今行く!」


騎士の間へ飛び込む。


一人が剣を横に構えた。


斬るためじゃない。


通さないためだ。


その脇を抜けようとして肩を掴まれる。


「ユラ、走って!」


「ユウも!」


「すぐ行くから!」


振りほどこうとしても動かない。


その時、ユラが伸ばした草が騎士の足へ絡んだ。


ほんの一瞬。


体勢が崩れる。


腕が自由になった。


走った。


ユラまで、あと少し。


「優、止まれ!」


リオルの声。


振り返らない。


前では、別の騎士がユラへ手を伸ばしている。


「ユラ!」


僕は、その間へ飛び込んだ。


同時に。


横から剣が走った。


リオルは僕の進路を塞ぐつもりだったんだと思う。


止まれば当たらない。


たぶん、そのくらいの距離だった。


でも。


僕は止まらなかった。


熱い。


そう思った次に、痛みが来た。


「……え?」


身体が傾く。


左の脇腹。


服が裂け、その下から赤いものが広がっていた。


「ユウ!」


ユラの声。


膝が落ちる。


リオルがすぐに剣を引いた。


「榊!」


さっきまでとは違う声だった。


「動くな! 傷が開く!」


痛い。


手で押さえる。


指の間から血が滲んだ。


「治療を!」


リオルが騎士へ叫ぶ。


「すぐ止血しろ!」


騎士が近づこうとした。


でも。


ユラの方が早かった。


「ユウ」


声が震えている。


僕の前へ来て、血を見る。


顔から色がなくなった。


「だいじょうぶ」


そう言おうとした。


「ちょっと――」


「いや」


ユラが呟いた。


「ユラ?」


「いや」


僕の服を掴む。


瞳に涙が溜まっていく。


「ユウ……いや」


そして。


「いやあああああっ!」


叫んだ。


その瞬間。


森が鳴った。


ざあっ、と周囲の葉が一斉に揺れる。


最初は風だと思った。


でも。


風は吹いていない。


「何だ?」


誰かの声。


次に地面が震えた。


「下がれ!」


リオルが叫ぶ。


土が盛り上がり、太い根が地面を割って飛び出した。


「うわっ!」


騎士の一人が弾き飛ばされる。


一か所じゃない。


根。


枝。


蔓。


周囲の植物が、次々に動き始める。


「植物術か!?」


誰かが叫ぶ。


僕にもわからない。


さっきまでユラが動かしていた草とは、全然違った。


一本や二本じゃない。


周りにある木という木が、全部。


幹が軋む。


太い枝が低く垂れ、根が土を押し上げる。


それらが壁のように、僕たちと騎士の間へ入り込んだ。


「攻撃するな!」


リオルの声が響く。


「全員下がれ! 少女を刺激するな!」


騎士たちが退く。


それを追いかけるように根と枝が動いた。


でも。


襲っているようには見えなかった。


押す。


遮る。


遠ざける。


僕とユラから。


「ユラ……?」


返事はなかった。


ユラは泣きながら、ただ僕を見ている。


その足元から。


今度は細い根が伸びた。


僕の腕へ触れ、脇腹へ回る。


「え……」


一瞬だけ身体を引いた。


でも、痛くない。


柔らかい葉が傷口の周囲へ重なる。


じんわりと温かい。


さっきまで焼けるようだった痛みが、少しずつ薄れていく。


押さえていた手を離した。


血が。


止まり始めている。


深く裂けていた傷口の縁も、わずかに寄っていた。


「ユラ……これ」


こんなの、見たことがない。


ユラ自身が土や水、陽の光で元気になるのは知っている。


でも。


僕の傷を治したことなんて、一度もない。


「ユラ?」


その瞬間。


ユラの瞼が落ちた。


「え?」


身体から力が抜ける。


「ユラ!」


倒れる身体を慌てて抱き止めた。


「おい!」


木々の向こうからリオルの声がする。


「少女はどうした!」


答える余裕はない。


「ユラ!」


呼ぶ。


返事はない。


でも。


息はしている。


胸も動いている。


「……よかった」


生きている。


それだけ確認した。


木々の壁は、まだ僕たちと騎士を隔てていた。


でも、いつまで続くのかわからない。


「榊優!」


リオルの声。


「待て! その状態で森の奥へ行くな!」


正しい。


僕もそう思う。


知らない森。


道もわからない。


僕は怪我をしている。


ユラは意識を失っている。


普通なら、絶対に行かない方がいい。


でも。


木々の間。


僕たちの前だけが、森の奥へ向かって開いていた。


まるで。


こっちへ行けと言われているみたいに。


「……ごめんなさい」


誰に言ったのか、自分でもわからなかった。


ユラを抱き上げる。


傷は完全には治っていない。


でも、血は止まっている。


歩ける。


「榊!」


リオルが叫ぶ。


「戻れ! 少女にも治療が必要だ!」


根の向こうを見る。


リオルがいた。


剣はもう鞘へ戻している。


本当に。


悪い人じゃないんだと思う。


それでも。


「戻れません」


今度は。


自分ではっきり言った。


聞こえたかどうかはわからない。


僕はユラを抱えて、森の奥へ入った。


◇


どれくらい歩いたのか、もうよくわからなかった。


最初のうちは後ろから騎士たちの声が聞こえていたけれど、いつの間にかそれも消えた。


今聞こえるのは、葉の揺れる音と自分の足音。


それから、腕の中にいるユラの呼吸だけだった。


「ユラ」


返事はない。


「そろそろ起きてもいいんじゃない?」


やっぱり返事はない。


腕が痛い。


肩も痛い。


斬られた脇腹も、血は止まっているけれど、歩くたびに鈍く痛んだ。


「……ユラ、意外と重い」


もちろん返事はない。


「今のは、起きても忘れてね」


聞かれていないと思う。


たぶん。


本当なら、一度地面へ寝かせて休みたい。


でも、また騎士が来るかもしれない。


何か魔物が出るかもしれない。


ユラが起きないまま何かあったら。


そう思うと、下ろせなかった。


森は深かった。


王都の外で見た森より、ずっと木が多い。


道らしい道もない。


どっちへ進んでいるのかさえわからない。


日も、少しずつ傾いてきている。


「まずいな……」


水。


少し。


食べ物。


少し。


地図。


ない。


ユラ。


起きない。


そして僕は。


もう、かなり限界だった。


足が止まる。


そのまま膝をついた。


「っ……」


ユラだけは落とさないように、ゆっくり地面へ座る。


木の幹へ背中を預けた。


「ちょっと……休もう」


もちろん返事はない。


目を閉じる。


駄目。


寝たら。


たぶん、駄目だ。


でも、身体が言うことを聞かない。


「ユラ」


顔を見る。


呼吸している。


「よかった……」


それを確認した途端、身体から一気に力が抜けた。


「……少しだけ」


瞼が落ちかける。


その時だった。


「おい」


声がした。


目を開ける。


木々の間に、一人の男が立っていた。


弓。


腰には大きなナイフ。


使い込まれた革の防具。


髭のある、知らない男。


「…………」


また。


人。


短剣へ手を伸ばそうとする。


でも、腕が動かなかった。


男は僕を見る。


次に、腕の中のユラ。


そして血のついた僕の服を見た。


眉を寄せる。


「お前」


一歩近づく。


「こんな森の奥で、何やってる」


「…………」


僕が聞きたい。


男は僕の少し向こうへ目をやった。


地面には、大きな獣の足跡が残っている。


それを確認してから、もう一度僕を見る。


「死にたくなきゃ、そこで寝るな」


そこまで聞いたところで。


僕の意識は途切れた。



現在のステータス


榊 優 Lv.2

天職:【罪人】

【解錠 Lv.3】

【窃盗 Lv.2】

【密猟 Lv.2】

【詐欺 Lv.1】

【文書偽造 Lv.2】


ユラ Lv.1

【芽吹き Lv.2】


今回の成長


優:【窃盗 Lv.1 → Lv.2】

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