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お決まりのクラス転移で、いきなり「罪人」認定されたので、世界を盗むことにしました  作者: 灰島 桐人
第二章 「罪人」、偽名で街に忍び込む

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第十二話 罪人、見るだけのつもりで商会に侵入する

その日の夜。


僕はベッドに座ったまま、ずっと考えていた。


隣ではユラが、今日買った薬の袋を眺めている。


「ユウト」


「ん?」


「これ、にがい?」


「薬だから、たぶん」


「食べる?」


「食べないよ」


塗る薬だ。


ユラは少し残念そうに袋を机へ戻した。


僕は窓の外を見る。


もうかなり暗い。マルグの町にも明かりはあるけれど、日本の夜とは全然違う。


通りからはまだ人の声が聞こえていて、遠くの酒場も賑わっているらしい。


普通の夜だ。


だからこそ、余計に迷う。


カイルは言った。


――普通に使って傷む分は商会持ちで、壊した時だけ実費だって聞いた。


薬草店のお爺さんたちは言った。


――三十日までは猶予があるって聞いた。


でも。


今ある契約書には、違うことが書いてあるらしい。


二人とも勘違いしている?


そんなこともあるかもしれない。


カイルは細かい文字を読めないと言っていた。お爺さんたちだって、契約した時の内容を全部覚えているとは限らない。


だったら。


契約書を見ればわかる。


問題は。


「見せてくれないよなあ……」


「なにが?」


「契約書」


「けいやくしょ?」


「約束を書いた紙」


「紙?」


「うん」


ユラはしばらく考えた。


「見る?」


「見たい」


「見ればいいよ」


簡単に言う。


「人のだからね」


「だめ?」


「勝手に見るのは、たぶん駄目」


「じゃあ見ない?」


「…………」


正しい。


ものすごく正しい。


でも、明日の朝にはあの薬草店が取られる。


カイルも、前金を完済できなければ専属契約を半年延ばされる。


そのあとになって、


やっぱり契約がおかしかった。


とわかっても、遅いかもしれない。


「……見るだけ」


「見るだけ?」


「うん。本当に見るだけ」


何も盗まない。


契約書にも手を加えない。


確認するだけ。


そう自分に言い聞かせる。


でも、バルガ商会が閉まったあとに勝手に入って、勝手に契約書を見る時点で。


「…………」


どう考えても不法侵入だ。


「ユウ?」


ユラが僕を見る。


「ここではユウトね」


「ユウト」


「うん」


「怒られる?」


「……たぶん」


「すごく?」


「今回は、かなり」


ユラが少し考えた。


「わたしも行く?」


「駄目」


すぐに答えた。


「なんで?」


「これは僕が勝手にやることだから」


「でも」


「ユラはここにいて」


もし見つかったとしても、ユラまで一緒に捕まる必要はない。


「明日の朝までには戻るから」


「ほんと?」


「うん」


ユラはしばらく僕を見ていた。


「……わかった」


「ありがとう」


「ユウト」


「ん?」


「帰ってきてね」


「うん」


それだけは約束した。


宿を出る。


昼間、お爺さんから場所は聞いていた。


中央通りの大きな建物。


それだけで、すぐにわかった。


読めない文字の看板の下に、周囲の店より明らかに立派な建物がある。一階には大きな窓があり、横には荷物を出し入れするための扉。裏手には倉庫らしい建物まであった。


「……大きいな」


新人狩人へ前金と装備一式を貸して、小さな店にもお金を貸す。


確かに、それくらい大きな商会なんだと思う。


表の扉は当然閉まっていた。


人通りが途切れるのを待つ。


心臓がうるさい。


地下牢から逃げた時とは違う。


あの時は捕まっていた。


逃げるしかなかった。


今は、自分から入ろうとしている。


「…………」


やめるなら今だ。


そう思った。


でも。


――明日、この店なくなるかもしれないの。


ミナの声を思い出す。


「見るだけ」


もう一度、自分に言った。


建物の裏へ回ると、小さな勝手口があった。


鍵へ触れる。


【解錠可能】


「……お願いします」


誰に言っているのかわからない。


開けることを意識する。


カチリ。


「あ」


王城にいた時より、やっぱり早い。


鍵へ触れてから外れるまでの時間が、少し短くなっている。


【解錠の熟練度が上昇しました】


扉を細く開ける。


中は暗い。


誰もいない。


「……お邪魔します」


勝手に入る人間が言うことじゃない気がした。


扉を静かに閉め、廊下を進む。


窓から差し込む月明かりだけが頼りだった。


机。


椅子。


棚。


積まれた木箱。


昼間なら、たぶんどこにでもある普通の商会なんだろう。


特別に怪しいものは見当たらない。


問題は。


「どこに契約書があるんだろ」


文字が読めない。


扉の札も、棚に貼られた紙も、全部意味のわからない記号にしか見えない。


いきなり詰まった。


「……そうだよね」


入ればなんとかなる気がしていた。


ならなかった。


いくつか部屋を覗く。


机。


帳面。


棚。


何が書いてあるのか全然わからない。


二階へ上がると、廊下の奥に他より頑丈そうな扉があった。


鍵が二つ。


「ここかな」


根拠はない。


でも、大事なものが入っていそうではある。


一つ目。


【解錠可能】


カチリ。


二つ目。


カチリ。


【解錠の熟練度が上昇しました】


本当に少しずつだけど、鍵を開けることに慣れてきている。


喜んでいいのかはわからない。


扉の向こうは、小さな保管室だった。


壁一面の棚に、大量の書類や帳面が並んでいる。木箱まで積まれていた。


「…………」


見つけた。


たぶん。


そして、絶望した。


全部、紙。


全部、文字。


「これ、どうやって探すの……」


カイル。


薬草店。


名前すら読めない。


棚の書類は何枚かずつ束ねられ、その上から細い紙が巻かれていた。紙には文字と印のようなものがあり、中身を勝手に開けられないよう封をしているらしい。


「これ、一個ずつ?」


嫌になる。


でも、他に方法がない。


一番手前の束を取った。


封を破る。


中を見る。


当然。


読めない。


「…………」


何のために来たんだろう。


ため息をついて、破った封を見る。


このまま戻せば、誰かが開けたことは一目でわかる。


「これ、直せないかな」


破れた部分を指で合わせた。


その時。


【文書偽造可能】


「……え?」


もう一度見る。


【文書偽造可能】


文書偽造。


今まで持っていなかった技能だ。


でも。


確かに、破った封を「最初から破られていなかったように見せる」なら。


偽造だ。


「…………」


元の状態を意識する。


封の紙が、わずかに光った。


破れ目が消えていく。


文字も。


押されていた印も。


開ける前と同じ状態へ戻った。


「直った……」


続けて表示が浮かぶ。


【条件を満たしました】


【技能【文書偽造 Lv1】を取得しました】


「…………」


解錠。


窃盗。


密猟。


詐欺。


そして文書偽造。


持っている技能だけ見れば、本当に捕まえた方がいい人みたいになってきた。


「今さらだけど……」


気にしている場合じゃない。


もう一度、さっきの束を開く。


今度は一枚目の書類へ触れて、【文書偽造】を意識した。


「……あれ?」


文字は読めない。


相変わらず、見たことのない記号のまま。


なのに。


何が書かれているのか、意味だけが頭に入ってきた。


【店舗設備購入契約】


「読める……?」


いや。


違う。


文字そのものを読めるようになった感じじゃない。


その文書が何なのか。


誰と誰が。


何を約束したのか。


それだけが、頭の中で意味になる。


試しに棚に貼られた札を見る。


読めない。


近くにあった普通の帳面を開いてみる。


やっぱり読めない。


でも契約書へ触れて【文書偽造】を意識すると、その内容だけはわかる。


「偽造するなら、中身がわからないとできないからかな……」


仕組みはよくわからない。


でも。


今は助かった。


一枚。


次。


違う。


カイルじゃない。


薬草店でもない。


束を戻し、破った封へ触れる。


【文書偽造可能】


開ける前と同じ状態を意識する。


封が元へ戻った。


【文書偽造の熟練度が上昇しました】


「……これも上がるんだ」


そりゃそうか。


やっていることは、開けた痕跡を偽造して隠すことだ。


次の束を開く。


確認する。


違う。


封を戻す。


【文書偽造の熟練度が上昇しました】


また次。


開く。


確認する。


戻す。


今度は何も出なかった。


同じことを繰り返すだけでは、そんなに簡単には上がらないらしい。


「カイルさん、どこ……」


焦り始めた頃。


何束目かの中にあった一枚へ触れる。


【新人狩人支援契約】


「……あった」


契約者。


カイル。


心臓が少し速くなる。


内容を確認する。


前金。


貸与装備。


素材の納入量。


そして、買い取り価格。


【商業組合公示相場の八割】


「ここまでは同じ」


昨日、カイルが話していた通りだ。


その代わり、装備一式を借りられて、通常の保守も商会が持つはずだった。


さらに読み進める。


【納品時、貸与装備の定期点検を実施】


【点検・維持費として、当該素材買取額の四割を控除】


「……書いてある」


バルガ商会が言っていた通り。


今の契約書には、本当にそう書いてある。


だったら。


やっぱりカイルが勘違いしていた?


そう思った時。


その部分だけが、妙に気になった。


文字の形は同じに見える。


紙も。


インクも。


僕には違いなんてわからない。


それでも【文書偽造】で意識すると、そこだけ何かが重なっているように感じる。


指を置く。


【改変痕を検出しました】


「……改変?」


さらに意識する。


【成立時状態を参照可能】


頭に入ってくる意味が変わった。


契約が成立した時。


そこに書かれていたのは。


【通常使用による摩耗・定期整備費は商会が負担する】


【契約者の故意または重大な過失による破損についてのみ、実費を請求する】


「…………」


カイルが言っていた通りだった。


普通に使って傷んだ分は、商会持ち。


本人が壊した時だけ実費。


四割なんて。


どこにもなかった。


「本当に、書き換えてる……」


背中が冷たくなった。


契約した本人の署名も印も、そのまま残っている。


そのあとで。


内容だけが変えられていた。


僕は契約書を束へ戻した。


今はまだ、内容そのものには触らない。


ここで元へ戻して、明日の朝までに気づかれたら意味がない。


破った封だけを【文書偽造】で元通りにする。


次は。


薬草店。


いくつか束を開いては、中を確認して戻した。


違う。


次。


これも違う。


また封を戻す。


【文書偽造の熟練度が上昇しました】


そして、別の束に入っていた一枚へ触れる。


【店舗運転資金融資契約】


似ている。


でも、あの店じゃない。


何となく気になって内容を確認した。


返済条件。


担保。


その一部に。


【改変痕を検出しました】


「……これも?」


薬草店の契約じゃない。


知らない店だ。


成立時の状態を確認する。


元の契約では、返済期限を過ぎても一定期間の猶予がある。


でも現在は、一度でも遅れれば残債を一括返済する内容へ変わっていた。さらに、元々なかった店舗の一部まで担保に加えられている。


「…………」


これも。


書き換えられてる。


別の束を開く。


今度は知らない名前の新人狩人。


装備の維持費に改変痕。


また別の契約。


これは何もない。


次。


改変あり。


その次。


なし。


さらに次。


また、ある。


「こんなに……?」


全部じゃない。


普通の契約書もたくさんある。


でも、明らかに一件や二件じゃなかった。


何人も。


何店舗も。


契約したあとで、条件を変えられている。


「なんで……」


お金を取るため?


店が欲しい?


狩人を逃がしたくない?


そこまではわからない。


でも。


カイルだけじゃない。


薬草店だけでもない。


それだけは、もう間違いなかった。


僕はまた束を閉じ、破った封を元の状態へ戻す。


印も。


紙の継ぎ目も。


開ける前と同じように。


【文書偽造の熟練度が上昇しました】


さらに次の束も元へ戻した。


その時だった。


【技能【文書偽造】の熟練度が一定値に達しました】


【文書偽造 Lv1 → Lv2】


「……え」


続けて表示が出る。


【文書の意味認識精度が上昇しました】


【改変痕の認識精度が上昇しました】


そして。


【遠隔改竄可能距離が増加しました】


「…………」


最後の一行を見直した。


「遠隔?」


遠隔改竄。


しかも。


距離が増えた?


ということは。


「離れてても、できるの?」


そんなこと、考えてもいなかった。


手元にあった契約書を棚へ戻し、数歩離れてみる。


【文書偽造】を意識する。


さっき触れた文書。


どれだったか。


なんとなくわかる。


棚の中。


そこにある。


さらに意識を向ける。


【遠隔改竄可能】


「……できる」


直接触れていない。


それでも、一度触れた文書なら、ある程度離れていても技能の対象にできる。


「だから、距離が増えたんだ……」


Lv1の時からできたらしい。


ただ、そんな使い方があるなんて。


そして、


頭の中で、明日のことがつながった。


ホープスは薬草店の契約書を持ってくる。


商業組合の執行官へ見せる。


その時。


僕が近くにいれば。


契約書を奪わなくてもいい。


触る必要もない。


バルガ商会が自分で保管している正式な原本を。


確認される直前に、契約した時の内容へ戻せる。


「…………」


これなら。


証拠を盗み出す必要がない。


僕の持ってきた契約書を信用してもらう必要もない。


バルガ商会自身が保管し。


バルガ商会自身が持ってくる。


その原本を見てもらえばいい。


でも。


肝心の薬草店の契約書をまだ見つけていない。


「探さないと」


また束を開く。


確認して、封を戻す。


違う。


次。


これも違う。


そして。


ようやく。


今日、店で見せてもらった返済記録と一致する契約を見つけた。


「あった……」


触れる。


現在の内容が頭へ入ってくる。


【返済期日を一日でも超過した場合、期限の利益を喪失】


【残債全額を即時返済】


【指定期限までに履行できない場合、残債と同額の契約違反保証金を加算】


【履行不能時、店舗・在庫・営業権を担保として譲渡】


これなら。


明日。


あの店は取られる。


改変痕を意識する。


【改変痕を検出しました】


【成立時状態を参照可能】


元の契約は。


【返済期日超過後三十日を返済猶予期間とする】


【猶予期間中は規定の遅延利息のみを加算】


【担保対象は本融資によって仕入れた商品在庫に限る】


店舗。


営業権。


残債と同額の保証金。


どこにもない。


「やっぱり……」


お爺さんたちは。


間違っていなかった。


カイルの契約も。


薬草店の契約も。


一度、直接触れた。


今なら、棚のどこにあるのかをぼんやり感じられる。


そして。


ある程度近くへ行けば。


触れなくても書き換えられる。


契約した時の状態へ。


「……元に戻すだけなんだけどな」


それでも使う技能は。


【文書偽造】。


「まあ、いいか」


よくはない。


でも。


明日、あの店が取られるよりはいい。


薬草店の契約書を元の束へ戻す。


封も、開ける前と同じ状態へ戻した。


ほかに開けた束も順番に確認する。


書類。


帳面。


封。


全部、元の場所。


何も持ち出していない。


破った封も、僕が来る前と見分けがつかない状態まで戻っている。


「……帰ろう」


保管室を出る。


二つの鍵を閉め、階段を下りる。


勝手口まで戻った。


あと少し。


扉を開ける。


外へ出た。


「――誰だ!」


「っ!」


声が飛んだ。


振り返る。


建物の角に、灯りを持った男が立っている。


商会の夜警らしい。


「そこで何をしてる!」


「えっと……」


見るだけでした。


なんて。


通じるわけがない。


「待て!」


逃げた。


「侵入者だ!」


背後で声が上がる。


路地へ飛び込む。


「止まれ!」


止まらない。


角を曲がる。


後ろで別の声がした。


「黒髪の男だ!」


「若いぞ!」


まずい。


顔まで見られた?


振り返る余裕はない。


外套の頭を深く被り、そのまま走る。


地下牢から逃げた時とは違う。


あの時は。


逃げるしかなかった。


でも今度は。


完全に。


僕が勝手に入ったせいだった。


いくつか路地を曲がり、人通りのある道へ出る。


そのまま歩いている人たちの間へ紛れた。


すぐには宿へ戻らない。


何度も角を曲がり、遠回りする。


後ろを確認しても追ってくる姿が見えなくなってから、ようやく足を止めた。


「はっ……はっ……」


やった。


また。


犯罪が増えた。


不法侵入。


文書偽造。


しかも今度は、侵入していたところをしっかり見つかった。


でも。


カイルは間違っていなかった。


薬草店の人たちも。


間違っていなかった。


それどころか。


同じように契約を書き換えられた人は、ほかにもいる。


立ち止まったまま、目を閉じる。


意識する。


遠い。


でも。


二つ。


さっき触れた契約書が、まだどこかにあることだけはぼんやりわかる。


「……届くかな」


今はまだ遠すぎる。


でも明日。


もっと近くまで行けばいい。


ホープスが自分で契約書を持ってきたところで。


元へ戻す。


宿へ戻ると、ユラはまだ起きていた。


ベッドの上に座ったまま、扉を開けた僕を見る。


「ユウト」


「ただいま」


「帰ってきた」


「うん」


少し息を切らしたまま答える。


ユラが僕の外套を見る。


「怒られた?」


「まだ」


「まだ?」


「たぶん明日」


「すごく?」


「……かなり」


ユラは少し考えてから、僕の隣へ座った。


「じゃあ、明日も逃げる?」


「…………」


否定できなかった。


窓の外を見る。


明日の朝。


薬草店には商業組合の執行官が来る。


ホープスも。


契約書も。


全部、同じ場所に集まる。


僕はベッドへ倒れ込んだ。


「その前に、ちょっとだけ寝よう……」


目を閉じる。


明日は。


また面倒なことになりそうだった。

榊 優 Lv.2

天職:【罪人】

【解錠 Lv.2】

【窃盗 Lv.1】

【密猟 Lv.2】

【詐欺 Lv.1】

【文書偽造 Lv.2】


ユラ Lv.1

【芽吹き Lv.1】


今回の変化

優:【解錠】熟練度上昇

優:【文書偽造 Lv.1】取得 → Lv.2

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