第十話 罪人、合法に【密猟】する?
扉を開けると、食べ物の匂いがした。
思わずお腹が反応する。
一階は食堂になっているらしい。
木のテーブルがいくつか並んでいて、旅人らしい人たちが食事をしている。
奥にはカウンター。
そこにいた中年の女性が、僕たちを見た。
「泊まりかい?」
「あ、はい」
よかった。
宿だった。
「二人?」
「はい」
女性の視線がユラへ移る。
陽の光を受けると緑に見える髪。
少し尖った耳。
一瞬だけ珍しそうな顔をしたけれど、それ以上は何も言わなかった。
「一部屋でいいなら六銅。夕飯と朝飯をつけて八銅」
八銅。
今持っているのは十四銅貨。
払える。
払えるけど。
残り六銅。
「……食事付きでお願いします」
銅貨を八枚渡した。
一気に心細くなった。
それでも、今日寝る場所と二食分は確保できた。
百円玉を勝手に置いてきた時とは違う。
ちゃんと、この世界のお金で買った。
「二階の一番奥だよ。水なら裏で汲める」
「ありがとうございます」
女性が鍵を渡してくれる。
「あと、嬢ちゃん」
「?」
ユラが見る。
「裏庭に出るのは構わないけど、畑は踏むんじゃないよ」
ユラの顔が変わった。
「つち、ある?」
「庭だからね」
「お水も?」
「井戸があるよ」
僕を見る。
「行っていい?」
「荷物置いてからね」
「うん」
嬉しそうだった。
二階の部屋は狭かった。
ベッドが二つ。
小さな机。
椅子。
窓。
それだけ。
「ベッドだ」
ユラが近づいて、手で押す。
少し沈む。
もう一度押す。
「やわらかい」
「ベッド、知ってる?」
「しってる」
「寝たことは?」
ユラが少し考えた。
「ない」
「…………」
また聞かなくていいことを聞いた気がする。
「今日はここで寝よう」
「ユウトも?」
「うん」
ユラはもう一度ベッドを押した。
ちょっと楽しそうだった。
荷物を置くと、ユラはすぐ裏庭へ向かった。
土のあるところまで行ってしゃがみ込む。
両手を地面につけて、陽の当たる場所へ座った。
僕は井戸から水を汲む。
「はい」
「ありがとう」
ユラが両手で器を持って飲む。
そのまま裸足になって、土の上へ足を伸ばした。
地下牢でつけられた傷は、もうほとんど目立たなくなっている。
こうしているユラを見ていると。
本当に、あの牢屋から出てよかったと思う。
「僕、ちょっと宿の人に町のこと聞いてくるね」
「うん」
「ここから出ちゃ駄目だからね」
「なんで?」
「迷子になるから」
「ならないよ」
「僕が心配するから」
ユラは少し考えて。
「わかった」
と頷いた。
一階へ戻る。
宿の女性は、空いたテーブルを拭いていた。
「あの、すみません」
「なんだい?」
「仕事って、何かありませんか?」
「仕事?」
「はい」
残金六銅。
明日もここへ泊まるなら、それだけでも足りない。
蜂蜜どころじゃなかった。
「何ができる?」
「…………」
困った。
鍵を開けられます。
盗めます。
密猟できます。
嘘もつけます。
言えるものが一つもない。
「雑用、とか」
昨日からずっと雑用の人になっている。
「力仕事は?」
「そんなに自信ないです」
「狩りは?」
「角兎を二匹くらいなら」
「じゃあ、ちょうどいいか」
女性が奥を指した。
「地下の食料庫に灰鼠が出てるんだよ。三匹はいる」
「灰鼠?」
女性が手で大きさを示す。
猫くらい。
「……鼠ですよね?」
「灰鼠だよ」
異世界の鼠は大きかった。
「一匹五銅。全部片づけてくれたら十五銅」
十五。
今の全財産より多い。
「やります」
即答した。
「ああ、それと」
念のため聞く。
「灰鼠を倒すのって、狩猟許可はいらないんですか?」
女性が変な顔をした。
「町の中に入り込んだ灰鼠だろ? 見つけたら駆除するもんだよ」
「誰でも?」
「誰でも」
「よかった……」
これなら犯罪じゃない。
「なんでそんなに気にするんだい?」
「ちょっと事情が」
ものすごく言いにくい事情が。
地下へ降りる。
食料庫は思ったより広かった。
袋。
木箱。
瓶。
乾燥した野菜。
その一角に、小さな穴が空いている。
カサッ。
箱の後ろで何かが動いた。
「……いた」
灰色の毛。
出てきたのは、本当に猫くらいある鼠だった。
「大きいな」
向こうも僕に気づく。
一瞬止まった。
そして。
こっちへ走ってきた。
「えっ」
逃げるんじゃないの?
慌てて横へ避ける。
大きな前歯が、さっきまで僕の足があった場所を噛んだ。
「危なっ!」
短剣を抜く。
灰鼠がもう一度飛びかかってくる。
刃を振る。
外れた。
角兎ほど速くはない。
でも、狭い食料庫の箱や袋の間を走り回られると追いにくい。
木箱の裏へ逃げる。
反対側へ回る。
飛び出してきた。
「このっ!」
短剣を突き出す。
当たった。
灰鼠が暴れる。
もう一度。
やがて動かなくなった。
【経験値を獲得しました】
「……ふう」
鼠一匹。
なのに普通に疲れた。
それでも。
これで五銅。
あと二匹。
探す。
二匹目は、一匹目より少し早く倒せた。
【経験値を獲得しました】
三匹目は箱の奥へ入り込んで、なかなか出てこなかった。
箱を動かす。
逃げる。
追う。
また隠れる。
「もう……」
最後には床へ転がりながら、どうにか短剣を届かせた。
【経験値を獲得しました】
「……終わった」
床に座り込む。
三匹。
ちゃんと倒した。
これで十五銅。
そこで。
倒した灰鼠を見る。
ふと思った。
「……これ、魔石あるよね」
角兎にはあった。
ゴブリンにもあった。
なら、灰鼠にもあるかもしれない。
前歯もかなり大きい。
もしかしたら売れる。
十五銅だけじゃない。
これも売れれば。
明日の宿代になるかもしれない。
蜂蜜にも少し近づく。
「…………」
宿の女性を呼びに行った。
「三匹、倒しました」
「もう終わったのかい?」
「はい。それで、一つ聞きたいんですけど」
「なんだい?」
「この灰鼠、魔石とか前歯とか取ってもいいですか?」
女性は少し意外そうな顔をした。
「欲しいのかい?」
「売れるなら、少しでもお金にしたくて」
「こっちは死体まで片づけてもらえりゃ助かるよ。好きに持ってきな」
「ありがとうございます」
許可をもらった。
これなら大丈夫。
そう思った。
地下へ戻る。
灰鼠の前へしゃがむ。
【密猟】を意識した。
すると。
身体に薄い線が浮かんだ。
「……出るんだ」
角兎の時と同じ。
魔石を取り出すための線。
前歯の根元にも線がある。
少し嫌な予感がした。
でも。
宿の人には取っていいと言われた。
とりあえず一匹目。
短剣を線へ合わせる。
角兎で二回やった分、まったくわからない状態ではない。
それでも時間はかかった。
ゴブリン並みの小さな魔石。
前歯が二本。
取り出す。
【密猟の熟練度が上昇しました】
「……やっぱり密猟なんだ」
宿の人に許可をもらったのに。
灰鼠を倒すこと自体は問題ない。
でも。
そこから売れるものを取ることは別らしい。
二匹目も解体する。
【密猟の熟練度が上昇しました】
三匹目。
線に沿って刃を動かす。
一匹目より迷わなくなっていた。
魔石を取り出した時。
表示が変わった。
【技能【密猟】の熟練度が一定値に達しました】
【密猟 Lv1 → Lv2】
「……上がった」
嬉しいような。
嬉しくないような。
次の瞬間。
灰鼠の身体に浮かんでいる線が、さっきより少しはっきり見えた。
どこから刃を入れれば取りやすいのかも、なんとなくわかる。
「こういうところだけ順調だなあ……」
犯罪技能ばかり育っていく。
それでも。
極小魔石三つ。
前歯六本。
これもお金になるかもしれない。
今の僕には大事だった。
一階へ戻る。
女性が灰鼠を確認して、銅貨十五枚を渡してくれた。
「約束の分」
「ありがとうございます」
手持ちは二十一銅貨。
増えた。
しかも十五銅は、ちゃんと仕事をしてもらったお金だ。
「…………」
「どうした?」
「普通に働いてお金をもらったの、初めてだったので」
日本では高校一年生。
アルバイトもしたことがない。
異世界で最初の仕事が大きな鼠退治とは思わなかったけど。
今回は盗んでない。
嘘もついてない。
灰鼠を倒したこと自体は犯罪でもない。
「……普通に稼げた」
なんだ。
僕でもできるじゃないか。
夕飯の時間。
ユラと一緒に食堂へ降りる。
固めのパン。
野菜の入った温かいスープ。
薄く切った肉。
「いただきます」
ユラが僕を見る。
「いただきます?」
「僕のいたところでは、食べる前に言うんだよ」
「いただきます」
「うん」
ユラがスープを飲む。
翠色の目が少し大きくなる。
「おいしい?」
「うん」
僕も飲む。
温かい。
それだけで、すごくほっとした。
食事をしていると、宿の扉が開いた。
若い男が入ってきた。
僕より少し年上くらい。
革の胸当て。
腰に短剣。
背中には弓。
見るからに狩人だった。
「おかえり、カイル」
宿の女性が声をかける。
「ただいま」
カイルと呼ばれた男が近くの椅子へ座った。
女性が僕を指す。
「この子も今日、灰鼠を三匹片づけてくれたよ」
「こいつが?」
カイルが僕を見る。
「ユウトです」
「カイルだ」
「よろしくお願いします」
「そんな堅くしなくていい」
思ったより話しやすそうな人だった。
僕は、さっき取った灰鼠の前歯と魔石を包んだ布を机の横に置いていた。
カイルがそれを見る。
「灰鼠のか?」
「はい」
「売るのか?」
「そのつもりです」
「狩猟札は?」
「……持ってないです」
「じゃあ、組合じゃ売れないな」
やっぱり。
「町の外に、札なしでも買ってくれるところがあって」
「ああ。あそこか」
知っているらしい。
「かなり安く買われました」
「そりゃそうだ。向こうも札なしの素材を引き取るんだから、その分は叩く」
「ですよね」
角兎二匹分で、本来三十銅くらいのものが二十銅だった。
これをずっと続けるのはきつい。
だから。
「カイルさん」
「ん?」
「狩猟許可って、どうやったら取れるんですか?」
カイルがパンをちぎる。
「商業組合で申請だよ」
やっぱり。
「この町の?」
「ああ。狩猟窓口がある」
「じゃあ、明日行けば――」
「身分証あるか?」
止まった。
「……ないです」
「じゃあ、その場じゃ無理だな」
「どうすれば?」
「町の住民なら住民証。旅人なら出身地の身分証か、登録済みの狩人か商人に保証してもらう」
「…………」
どれもない。
「何もない奴でも申請はできるけどな」
「ほんとですか?」
少し希望が戻る。
「名前と出身地を申告して、組合から照会してもらう。確認が取れたら発行」
消えた。
僕は今日。
名前をユウトと名乗った。
出身地はサカキ村。
たぶん存在するかどうかすら怪しい。
そして本当の名前で申請したら。
榊優。
王都から逃げている人間。
組合からどこかへ問い合わせられた時点で、かなりまずい。
「どれくらいかかります?」
「場所によるけど、数日は見るんじゃないか?」
「…………」
数日。
それ以前の問題だった。
「どうした?」
「いや」
僕はスープを見る。
「……無理か」
「何が?」
「こっちの話です」
正規に狩りをして。
正規に素材を売る。
できればそうしたかった。
でも。
今の僕には、その入口に必要なものが何もない。
「札なしで狩り続ける気なら、気をつけろよ」
カイルが言った。
「倒すだけなら問題にならない魔物もいる。灰鼠なんかは町じゃ害獣扱いだしな」
「はい」
「でも、角だの牙だの魔石だのを採って売り始めたら狩猟だ。そこで札を見られる」
「やっぱりそうなんですね」
だから。
宿の女性が素材を持っていっていいと言っても。
【密猟】は反応した。
人の物を勝手に取ったからじゃない。
狩猟の許可がないから。
ようやく整理できた。
「そういえば」
カイルが僕の短剣を見る。
「それ一本でやってんのか?」
「はい」
「防具は?」
「ないです」
「解体道具は?」
「これで」
同じ短剣を見せる。
カイルが少し呆れた顔をした。
「よく角兎二匹やれたな」
「ユラが手伝ってくれたので」
「ユラ?」
隣でパンを食べていたユラが顔を上げる。
「わたし」
「その子も戦うのか?」
「草を使って、動きを止めてくれました」
「へえ」
カイルが少し驚く。
「でも、その装備じゃ続かないぞ」
「ですよね」
自分でも思う。
そこでカイルが、自分の革の胸当てを指で叩いた。
「俺も最初は金なかったから、バルガに借りた」
「バルガ?」
初めて聞く名前だった。
「バルガ商会。この町じゃ大きい商会だよ」
宿の女性が横から教えてくれる。
「新人の狩人にも金や道具を貸してくれる」
「そんな制度があるんですか?」
カイルが頷く。
「前金が出る。武器、防具、解体道具も一式借りられる」
「かなりいいですね」
「新人にはな」
代わりに。
一定期間、決められた量の素材をバルガ商会へ納める。
素材の買い取り価格は、組合相場の九割。
通常使用による装備の摩耗は商会負担。
明らかに壊した場合だけ、補修代を支払う。
「それなら、最初にお金がない人には助かりますね」
「だから俺も契約した」
カイルはそう言った。
制度そのものを悪く言う感じではなかった。
むしろ。
本当に助かったんだと思う。
「でも」
カイルの顔が少し曇る。
「最近、納品するたびに四割引かれてる」
「四割?」
「貸与装備の点検とメンテナンス代だとさ」
「壊したんですか?」
「壊してねえよ」
胸当てを叩く。
「毎回だ」
「毎回?」
「素材を持ってくたびに装備を点検されて、買い取り額から四割」
相場が百なら九十で買い取って。
そこからさらに四割。
かなり減る。
「最初から、そういう契約だったんですか?」
「違う」
カイルは即答した。
「壊した時だけ実費って聞いた」
「じゃあ、契約書は?」
「今の契約書には、定期点検の維持費を取るって書いてあるらしい」
「らしい?」
「細けえ文字は読めねえからな」
僕も読めない。
カイルが少し苛立ったようにパンをちぎる。
「説明された話と違うって言っても、『署名してる』で終わりだ」
「…………」
変だ。
とは思う。
でも。
僕はカイルが契約した時にいたわけじゃない。
聞き間違えた可能性だってある。
説明した人が間違えたのかもしれない。
「前金は?」
「まだ少し残ってる」
「返したら終わりですか?」
「そのはずだったんだけどな」
カイルがため息をつく。
「明日までに残りを払えなきゃ、専属を半年延長するって言われてる」
「それも契約書に?」
「書いてあるらしい」
また。
契約書。
宿の女性が口を挟む。
「でも、バルガの制度で助かってる子は多いよ」
「そうなんですか?」
「小さな店にも金を貸してくれる。新人狩人にも装備を貸す。普通なら相手にされないような人にもね」
カイルも頷いた。
「俺だって、あそこがなきゃ狩人になれてねえ」
つまり。
制度そのものは、ちゃんと役に立っている。
それなのに。
「壊した時だけって聞いたんだよ」
カイルが小さく言った。
僕はスープを飲む。
温かい。
今日は宿を取れた。
普通に働いて、お金も稼げた。
ユラも隣でお腹いっぱい食べている。
まずは自分たちのこと。
そう思う。
それでも。
狩猟許可のことと。
カイルの契約のこと。
二つとも。
少しだけ頭に残った。
榊 優 Lv.2
天職:【罪人】
【解錠 Lv.2】
【窃盗 Lv.1】
【密猟 Lv.2】
【詐欺 Lv.1】
ユラ Lv.1
【芽吹き Lv.1】
今回の変化
優:戦闘経験値獲得
優:【密猟 Lv.1 → Lv.2】




