ガーダラの遺跡
「おばさーん!!」
「あらぁ、チルノちゃん帰ってきてたの?」
小さな頃、チルノは城をよく抜け出してこのおばさんの家まで遊びに来ていた。おばさんはよく、面倒を見てくれて、王宮の人たちもそれを見逃していた。
「少しまた出掛けてきますの!!」
「そう?もう少しゆっくりしていったら?」
「世界のみんなを救けにいくんですの。」
「…………………。」
おばさんは何も言わずにチルノの前に膝をつくと、衣服のリボンと、スカートを丁寧に整えた。そして、ポンポンとチルノの身体を優しくはたく。
「気をつけてね。いってらっしゃい。」
「はい!行ってきますの!!」
私たち2人はその様子を微笑んで見つめる。バード王国を出発し、魔女の本拠地へと向かう。私たちは、馬車に乗り、揺られながら道をいく。
「すごい暑さですの。」
「あついな。」
「そうだね。あ、あつい………。」
バード王国を超えた先にあったのは、果てしなく続く、砂漠の道。しかし、その道は辛うじて舗装されていて、馬車一台が通れるほどの、大きさがある。そして、その一本道、地平線の向こう側にある、新たな都市を目指して、私たちは、馬車に揺られ、道を進んでいた。
その時、いきなり地響きが鳴った。
「な、何ですの!?」
ゴゴゴゴゴッと、その地響きは段々と大きくなる。
「何!?これ!?」
「姿勢を低くしろ!!何か来る!!」
ザッバァーンッ!!!
そう音を立て、砂漠のなかを飛び出し、現れたのは、3つ目に触手が蠢き、牙の生えた大きな生物。それは、大きく丸い口を開いて、海を跳ねる魚のように、空を飛び、再び地表へと潜る。
「サ、サンドワームっ!!?」
「と、とんでもないのが、現れましたのーー!!!!!」
「ねぇ………何かまた、音が近づいてきてない?」
ズズズズ…………と不気味な音が段々と地中深く、こちらに近づいてくる。
「や、やや、やばいですの!!!」
「こらっ!チルノ!!くっつくな!!動けん!!!」
「くっ……………!?」
ガバッと巨大な口が目の前に開かれる。私は変身し、それを撃退しようと足に力を込めたその時だった。
『灯籠流し』
ガキィンッ、とけたたましい音と共に、目の前のサンドワームは上へと打ち上げられる。そして、私たちに直撃するはずだったそれは、遥か後方に着地し、そのまま砂の中へと潜っていった。
「いやはや、君達。危ないじゃないか。」
金の鎧を纏った彼女はその頭鎧を外して、私たちを見据えた。
「今は、あの怪物の活動時間、すんでのところだったね。」
「あ、あなたは?」
私は、尋ねる。
「私は、ローレンシュハイツ。今はなきガルド国の騎士団長だ。宜しくね。」
彼女は髪をサッとかきあげる。碧の瞳に、整った甘い容姿、身長が高く、金色の髪は太陽の光に煌めいていた。ミレイユにとても似ている。
「…………それで、ローレン殿がどうしてこんなところへ?」
ミレイユは何だか不満そうな表情で、ローレンに、問いかけた。
「いやぁ、主が失踪し、任務から帰って来たら国が滅びていてね。あんぐり空いた口が塞がらなかったよ。」
しかし、ローレンは何ともないというように、目線を横にやった。
「まぁ、滅びるべくして滅びたというところか。民には申し訳ないが、自業自得というやつだ。」
その言葉に、ミレイユは少し棘のある言い方で、言った。
「自らの愛する国が滅ぼされていて、随分な言い草だな。」
すると、ローレンはハッと笑い、目の奥を冷たくして言い放った。
「私は、国を愛してなどいないよ。」
ローレンさんは剣を構える。すると、再び私たちの背後からサンドワームが飛び掛かった。
『王斬』
瞬間、空中のサンドワームは真っ二つに斬れ、私たちの後方に落ちる。ローレンはゆっくりと剣を鞘に戻す。
私たちに笑顔で言った。
「そういうわけで乗せて行ってくれ!足がなくて困っていたんだ!」
私たちは顔を見合わせて、ミレイユは彼女が嘘をついてはいないことを確認し、頷いた。そして、彼女を乗せ、未だ続く砂漠の道をまた進み始めた。
「……………………。」
ミレイユは不満げな表情で、何だか不貞腐れている。彼女とミレイユは、何となく………というか、多分、馬が合わなそうだったので、両端にミレイユとローレン。そして、真ん中、ローレンの側に私が、ミレイユの側にチルノが座った。
「いやぁ、まさか英雄殿だったとは。こんなところで会えるとは光栄の極み。」
ローレンは私の手を取り、口を近づけた。
「こらぁ!!貴様!近づくなぁーー!!」
じだばたと暴れるミレイユをチルノが止める。
それを見たローレンは、フンッ、と嘲笑うかのような視線をミレイユに向ける。そして、2人は一触即発の雰囲気だったが、チルノと私説得して、ことなきを得る。
「こいつはダメだ。ここで下すぞ。」
「こんな砂漠のど真ん中に置いておけませんの。それに私たちを助けてくれましたの。」
「あんな相手、私でも充分に倒せた。」
「腰が引けてそうだったけど、本当かなぁ?」
ミレイユは無言で鞘に手をかける。
「ちょ、ちょっとミレイユ!!!」
喧騒がしばらく続いたため、私とチルノが場所を入れ替わり、しばらく私がミレイユの横で話を聞いてあげることでなんとか事態はおさまった。
「やっと、着いたね。」
そこは、砂漠街ゴーラム。寂れた街並みを埋めるのは、ゴミ溜まりと異様な敵意の視線を向ける人々。その人々は腹と背がくっつきそうなほどに、痩せこけていた。
「な、なんか変ですの。」
「…………一体何があった?」
ミレイユは念の為、私達の前に出て、警戒する。すると、一人のお爺さんが、私たちの元へやってきた。
「あんたら、どこから?」
「モルト国からだ。」
「…………悪い事は言わん。今すぐに立ち去りなさい。」
「ど、どうしてですの?」
お爺さんは俯き、顔を顰めながら、絞り出すように言葉を口にした。
「近頃、この砂漠の大地を治める王、ドゥーザが水を独占し出したんだ。水が充分に行き渡らず、争いが起こるようになった。」
ローレンは言った。
「ジャバラ・ドゥーザ。ジャバラ王国の国王だ。…………どうやら、ここは、そう穏やかでは無いらしいな。」
人々が武器を携え、ゾロゾロと前に出てくる。
「待て!!お前ら!!!」
お爺さんは私たちの前へと出て、武器を構える、彼らに言った。
「もう少しの辛抱だ。あと、もう少しの。」
彼らは、悔しそうに俯く。
「あの……………。」
気がつくと、私の側に小さな子どもが歩み寄ってきていた。そしてその子どもは、ボロボロのコップに入った、水を私たちに差し出す。
「これ、よかったら、飲んでください。」
私は、そんな子のコップを、大丈夫だよ、と手で優しく押し返し、それからおじいさんに尋ねた。
「何があったのか、詳しく聞かせてもらえますか。」
「………………。いい。関係のないお前さんらが、関わったところで、無駄死にするだけじゃ。」
おじいさんは、拳を強く握る。
「今から、ドゥーザの居城に、特攻を仕掛ける。」
「なっ!?」
ミレイユは驚いて、それを止めるように言った。
「馬鹿な!?そんな程度の装備で、王の軍に立ち向かえるはずがないだろう!!皆、弾圧され、最悪殺されるのがオチだ!!」
「それでもいいのです。」
女性が、槍を持ち、涙目で話し出す。
「この村の子どもはもう、ほとんど栄養の不良で、亡くなりました。私たちにもう、失うものは、ほとんどありません。…………もし、可能であるならば、その子の面倒を。」
先程、水の入ったコップを手渡そうとしてくれた、子どもに彼女は視線をやる。
その子は次第にうるうると視界を潤ませて、泣き出してしまった。
「その、ドゥーザって奴はどこ?」
拳を握りしめ、私は問いかける。
「それを聞いて、どうする。」
おじいさんは尋ねた。
「ぶっ飛ばしてやるわよ。それで、水を独占するなんて馬鹿な行為、やめさせる。」
その言葉に、人々はザワザワとし始める。すると民衆の中の1人が、ポツリと言った。
「そ、そんなの無理に決まってる!!!相手は、あ、あの、ドゥーザだぞ!!!!」
ローレンは話し出す。
「ドゥーザは確か、円形闘技場の覇者だったな。出身は不明で、以前の比較的穏和だと言われていた、旧王国を乗っ取り、新たな王として、座についたようだ。」
民衆の一人は言う。
「そうだ。奴らは、円形闘技場の仲間を配下に従えている。並大抵の強さじゃない。…………でも、それでも、俺たちはッ!!俺たちはッ!!!!」
おじいさんは、空を見上げ呟いた。
「雨も降らん、作物も育たん。我らに待っているのは、死だけだ。ゆえに、立ち向かうしかない、しかし、それさえもドゥーザの手のひらの上な気がして、ならんのじゃ。恐らく、生かされ、奴隷のように働かされる。むしろその方が、マシかも、しれんがのぉ。」
「そ、そんなこと、酷すぎますの。」
ミレイユは、フゥと息をついて、言った。
「知ってしまったからには、やるしかあるまいな。」
.「えぇ。やりましょう。」
私とミレイユは目を見合わせ、頷く。民衆たちから微かな希望の、息が漏れた。
「え、英雄様だって!!?」
一人の民衆が、叫び声をあげる。
「ま、まさかこんな場所に来なさるとは。」
人々は、ザワザワと表情に、明るさが戻ってくる。中には、抱きしめ合い、涙を流す人さえいた。
「お、お願いします、英雄様。どうか、私たちを…………。」
「え、えぇ、任せておいて。必ず、何とかして見せるわ。」
「見せますの!!」
「あぁ。」
「……………………。」
ローレンは一人、俯き、暗い表情で沈黙している。そして、彼女は、突然、パチンッと何かを閃いたように、指を弾き、ウキウキのした表情で、私たちに言った。
「私も、同行しよう。可能な限り、力になるよ。」
ミレイユは、鋭い目つきで言った。
「嘘だな。貴様、何のつもりだ。」
注目の視線がローレンに注がれる。
「どうして嘘ってわかるんだい?」
「私は魔力の機微で、嘘かどうかを、見抜くことができる。」
「おや………噂に聞く、稀な能力の持ち主だったとは、迂闊だったね。」
そう言うと、ローレンは踵を返し、私たちの馬車へと乗った。ニコニコの笑顔で。
「じゃあ、行こうか!!」
「いや、そうはなりませんの!!嘘って、どういうことですの!?」
「嘘ね…………嘘っていうのは、多分。」
すると、彼女は懐にしまってあった、ペンダントを取り出し、それをカチャリッと開いた。そこに映されていたのは、一人の女性。
「これの、ことだね。」
彼女は、ペンダントの中の女性を見つめて、呟いた。
「お母さん。私、決心がついたよ。」
彼女は、私たちに言った。
「私が殺すよ。ドゥーザを。この命に代えてでも。」
無機質な大部屋の一室。そこには、様々な武器種が並べられている。
「ドゥーザ様。英雄がこちらに向かってきているとの報告が。」
王は剣を研ぎながら、家臣に問う。
「英雄………一体何のようだ?」
「恐らく、こちらの動向を知られ…………っ!!?」
剣が家臣の背後の壁へと突き刺さる。
「追い返せ。構ってる暇ねぇんだ。」
「は、はい。仰せの通りに。」
家臣はあくせくと部屋を出る。
ジャバラドゥーザは、眉間に皺を寄せて言った。
「神の国にも、死者の国にも興味はねぇが、シノギに支障が出るなら別だ。魔女だろうが、古代の王だろうが、いずれ従える。」
ドゥーザは立ち上がり、葉巻に火を付けた。
「世界を統べ、皆平等に扱ってやるよ。」
フゥーッ………と煙を吐いて、ニヤけながら、彼は言った。
「奴隷としてな。」
フハハハハハッ、と高笑いする。渇いた声が、無機質な部屋と廊下へと響いた。そして、それはその先、広大な地下施設へ。人々が、苦悶の表情を浮かべている。
旧ヒグノの地。世界で有数の巨大な地下施設。その内部では、違法な武器のやり取りが噂されているが、一向に取り締まられることはない。それは、ひとえにドゥーザの手腕によるものであり、各国との繋がりも深い。
国の入り口には、見上げるほどの巨大な遺跡があった。多くの円柱で支えられた天井には、女神が描かれ、神秘的な、その様相に私たちは呆気にとられていた。そうして、階段を登っていると、門兵に止められる。
「貴様ら、何者だ。」
「モルト国から来た。遣いだ。」
「亡国ガルドからの王の遺言を預かった。通してくれ。」
ミレイユとローレンはそれぞれが答える。門兵は顔を見合わせ、そのうちの一人が階段を登る。そうして、しばらくした後、門兵は戻ってきて、私たちに言った。
「ガルドの騎士、お前は通れ。」
「私たちは、どうなんですの!?」
「お前達はダメだ、王からのお達しだ。」
「くっ………。」
ミレイユは悔しそうにする。ローレンは私たちに手をひらひらとさせて、余裕の笑みで遺跡の奥に案内される。
パシッ
ミレイユは、ローレンの手を取り、小さな声で囁いた。
「無茶をするなよ。」
すると、ローレンはフフッと笑みを浮かべて、肩を竦めた。そして、遺跡内部へと入っていく。
「どうしますの?」
「困ったね。」
「うむ、どうするか。」
ミレイユは辺りを見渡す。すると、巨大な積み荷が遺跡の中に、運び込まれていることに気づいた。
「あれだな。」
「え?あれって?」
「あれって、何ですの?」
ガタ、ガタと揺れる。
「お嬢さんたち、どうなっても知らないよ。」
ヒソヒソと商人のおじさんが私たちに囁く。巨大な積荷の中に、私たちはこっそりと忍び込んでいた。
「構わん。金は十分に支払っただろう。あの場所までだ。」
ミレイユは目的の場所をさし示す。そこは、遺跡の地下へと繋がる、階段。商人に地図を書かせ、高値で購入し、それを見て、遺跡の構造を確認する。これから向かう地下は物捨て場のようで、人通りが極端に少ない。商人は目的の場所、階段の手前まで辿り着くと、腰をおろす。
「おい、お前。」
すると、兵士が商人に声を掛けた。
「へ、へい。何でございましょう?」
「何故、こんな辺鄙な場所に座る?もっといい場所があるだろう?」
「へ、へへっ。今日ばっかりは、ちょいと気分が乗らなくって。たまには、こんな場所でもいいでしょう?」
「………………。」
兵士は訝しむ目を向けながらも、ゆっくりとそのまま去っていった。私たちはフゥーっとため息をつく。
「おい、お前さんたち早く行ってくれ!」
私たちは顔を見合わせ、ゾロゾロと静かに、後ろから出る。そして、地下通路の階段を、ゆっくりと、降り始めた。
「………それで、遺言ってのは何だ?」
王宮の中心、玉座には、ドゥーザの姿があった。両脇には、屈強な兵士が構えている。ドゥーザは玉座に大足を広げて腰を据え、ローレンを出迎えていた。
「遺言っていうのは、そうだな………。」
ローレンは剣を抜き、構え、言った。
「ガルド王よりも、貴様の最後の言葉を問おうか。」
「…………なるほどな。」
ドゥーザは、懐から、金色に輝く宝剣を取り出す。それは、彼由来の聖剣。鋭く重みのあるその剣先が、彼女に向けられた。
「死ななきゃ、馬鹿は治らねぇもんだ。」
「うえぇ〜っ!!く、くさいですの!!!」
「本当。足場も悪いし、なかなかね。」
「………………。」
ミレイユは辺りを見渡す。狭い空間だが、先が続いている。いくつか下に排水の穴が空いているが、地面に水は浸っていない。ただのゴミ溜めであり、下水の水路でなかったことは幸いだろうか。
「ふむ。」
しばらく歩いていくと階段が現れる。それは下へと続いていて、ミレイユは懐にしまっていたランプを取り出し、灯りをつける。
「な、何だか不気味ですの。」
コォーッと風の音が通り抜けて、髪を撫でた。螺旋のように階段が、続いていて、バタバタバタッ!!と何かが羽ばたくような音が聞こえる。慌てて、チルノが落ちそうになったが、2人で受けとめた。
そうして、私たちは螺旋の階段を降りる。
「や、やっとこさ辿り着きましたの。」
ふヘェーっと息を吐き、チルノは、項垂れる。随分と下まで降りてきたが、ここは一体何の場所なのだろうか、
「見ろ。あれを。」
ミレイユがランプを照らすと、そこには大きな菩薩像?が鎮座していた。右手を前に掲げ、左手は人差し指と親指で印を結んでいた。
「何だろう、これ?」
「不思議な像ですの。」
四方が壁に囲まれており、この像以外は何もないようだった。
「何か仕掛けがあるとみるべきか?」
ミレイユは顎に手をやり、考え込む。
「こういうのは壁に何か仕掛けがあるんですの。」
チルノは壁をペタペタと触っていく。
「ちょっとチルノ。あんまり無闇に色々触ると、危ないよ。」
「でも、こういうの何だかワクワクしますの。」
すると、菩薩像の真正面の壁をチルノが押した時、その壁が下へ沈み、空間が現れ、そこには、碧の宝玉が台座の上に置かれていた。
「おぉ〜っ!!綺麗ですの!」
「チルノ!入るな!!!」
チルノがその中に足を踏み入れた瞬間、ガタッと地面が傾き、チルノの体が悲鳴と共に消える。
「「チルノ!!!」」
ミレイユとまこはすぐにチルノが落ちた穴のそばまで駆け寄る。暗闇の中は、どこまで深さがあるか分からない。
「まこ!降りれるか!?」
「えぇ!」
ミレイユはまこの手を握り、さらなる地下へと降りる。幸い、そこまで高さはなく、すぐに地面へと着地する。ランプで辺りが照らされると、そこには人骨が散乱していた。
「ひ、ひぃ!?」
チルノは後退る。正面を向くと、そこには身体の至る所に傷を負った、禍々しい巨大なネズミがこちらを見据えていた。
「まこ!チルノ!下がっていろ!!」
ミレイユが剣を構える。巨大なネズミは、驚くべきスピードでこちらに突進してくる。ミレイユは前に出て、その突進を受け止める。そして、そのままかち上げ、上体を浮かし、その隙に、一閃を放つ。そのまま落下した、巨大ネズミはピタリと動きを止め、ゆっくりと地面に倒れた。
ミレイユは剣を鞘に戻す。
「さ、流石ですの。」
「ミレイユ、怪我はない?」
すると、ミレイユは大丈夫だというように手をやり、ネズミのいた奥の道を見据える。そこは鉄格子で封鎖されていたようだが、その鉄格子は何者かに捻じ曲げられ、無理やりこじ開けられている。
「ネズミがやったとは考えずらいな。」
「何か、いますの。」
「慎重に、進もう。」
私たちは前に進む。鉄格子を越えた先には、上へと登る階段があり、上につれ次第に熱と光が増す。
「これは…………。」
巨大な火のたぎる大窯。そして、その前には、椅子に座る老齢の男性がひとり。カンッ、カンッと鉄を打つ音を鳴らし、彼はふと私たちに気づき、振り返った。
「何者だ?」
私は答える。
「モルト国から来ました。」
「モルト国…………?」
彼は、手を止めてこちらに振り返る。私は尋ねた。
「あなたは?」
すると、老齢の男性はこたえる。
「しがない鍛治師だよ。雇われだ。」
そう言うと、彼は、私たちに構わず鉄を打ち続けた。私は、恐るおそると、彼に近づく。
「近づくな!!」
彼は声を張り上げる。私たちはビクリと体を震わせてる。
「気が散る。さっさとどこかへ行け。」
「私たち、ドゥーザに会いたいんですの!!」
「そう、できれば話をしたい。お願いします。どうか、教えてください。」
「…………話をして解決できる問題なら、とうの昔に解決しとる。」
お爺さんは手を止め、ポツリと話し出した。
「この国は放っておけ。じき滅びる。」
その言葉に私たちは、驚くと共に、私は、その理由を尋ねた。
「どうしてそう思われるんですか?」
「…………………。」
すると、彼は再び手を止めて、ゆっくりと口を開いた。
「あいつが死んだ、あの日から、この国はこうなる運命だった。」
そして、彼はいう。
「…………ドゥーザは、元奴隷じゃった。」
「…………ハァ、ハァ。」
ローレンは肩を抑えて、息をあげる。膝をついた彼女を、ドゥーザは見下ろしていた。
「何が目的だ?」
「お前は、私の母親を殺した。」
「…………そうか。」
ドゥーザは表情を暗くして、剣を振り上げる。
「そりゃあ、悪かった。」
その言葉と共に、容赦無く、剣を振り下ろした。
「ぐっ!!」
ローレンはボロボロになった身体を、何とか横に転がして、その振り下ろしを避ける。
「ハァ……ハァ………。」
そして、ローレンは力を振り絞って、剣を握る。
「ウオォォォーーー!!!!!!」
そうして、最後の一撃を放った。
『王斬』
キンッ
無情にも、ローレンの振るった剣は、あっさりとその刀身を真っ二つに折られ、彼女は膝をついた。
「そ、そんな……………。」
ドゥーザは背を向ける。
「後始末は頼んだ。」
ブシャッ!!
鮮血が飛び散る。肩を斬られた、ローレンはその場に倒れた。側にいた屈強な配下たちが、彼女の身柄を拘束する。
「復讐ってのは、大抵ロクな道を辿らねぇ。」
ドゥーザは、白布で血の付いた剣を拭う。
「だが、そのクソッタレた道の中でも、マシな道があんなら、俺はその道を選びてぇ。」
ドゥーザは、葉巻を吸い、正面を見据えて、言った。
「俺は、世界の王になる。」
「ここは……………?」
まこ達は、火の煮えたぎる大窯の先、暗い通路を案内されていた。そして、ある場所に辿り着く。
「上階へと繋がる、隠し道だ。」
目の前には、天井まで届こうかという女神の石像が3つ、それぞれ抱えた水鉢から、手を広げたほどの大きさのある聖杯へと、下へ水を注いでいる。
「……………………。」
老齢の男性は、女神像の前で手を合わせ、それから聖杯の水に手をつける。そして、その手で聖杯をひとつ、ふたつと時計回りに、回転させる。
「な、なんだ…………!?」
すると、ゴゴゴゴゴ………という音が鳴り響き、女神像の背後にある、石の扉がゆっくりと開いた。
「さぁ、行くといい。」
老齢の男性は、そう言うと私たちの横を通り過ぎて、元の道へと戻っていく。
「ありがとう!!」
私がそう言うと、彼はこう言った。
「もう一度言う。この国を去れ。」
「…………………。」
私達は、女神像の後ろにある階段を登り始める。
「何ですの…………?」
階段をしばらく登っていると、段々と物音が大きくなってきた。一体どこに繋がっているのだろうか?
「伏せろ。私が様子を見る。」
ミレイユは身を潜ませながら、顔を覗かせる。
「これは………………。」
階段を抜けるとそこは、巨大な祭壇のある、大広間だった。人々が、祭壇に祈りを捧げている。ヒビ割れた天井の隙間から、日の光が差し込み、壁には天使と悪魔の戦いを、神々が上から見下ろす壁画が描かれている。また、女神像が祭壇の奥に2つ、見下ろすように、置かれていた。
「………………こっちだ。」
ミレイユが合図を送り、私たちは頷く。そして、腰を低くしながら、こっそりと祭壇を抜け、外へ出た。
「なっ…………!?」
そこは国の中心部。人々が巨大な塔を建造している。その下部には入り口があり、人々は塔の中に棺を運び込んでいる。
「おい、何者だ。お前ら。」
ギクッ!!
私たちは肩を震わせる。恐るおそる振り返ると、そこには槍を持った、国の兵士がいた。
「モルト国の遣いで、預かり物があってな。国王に謁見したいのだが。」
ミレイユは、堂々とした態度で、そう言い放った。
「…………………。」
すると、兵士は無言で、手を軽く振り、合図をすると。
「な、なんですの!?」
ザザザッと数多くの兵士たちが一斉にこちらに集まってきた。
「くっ!?」
「か、囲まれましたの!!」
「2人とも、離れるな!!」
ミレイユは剣を構える。兵士たちはジリジリと距離を詰め、私たちに斬り掛かった。
「ハァァァーーーーー!!!」
ミレイユは、次々と兵士たちを斬り伏せていく。まこは、変身を躊躇う。単純な兵士たち相手なら、ゴブリンやオークといった魔物たちよりも、彼らは圧倒的に貧弱だ。力の加減を誤れば、どうなるかは想像に容易い。
(ミレイユ、本当にすごいわ。)
「な、何だこいつは!?」
「つ、強い!!強すぎる!!!」
峰打ちにも関わらず、瞬く間に周囲の兵士たちを打ち倒していく。そして、空いた道を3人は駆け抜けた。
「ま、待て!!!侵入者!侵入者だ!!総員、戦闘準備!!!本部への報告を急げ!!!!」
人々は悲鳴をあげる。兵士たちは次々と、集まり、私たちに襲い掛かる。宮殿内に入り込み、ミレイユは辺りを見渡す。
「こっちだ!!」
ミレイユは、宮殿通路、その角を曲がり、部屋の扉を開けて、私たちをその部屋の中に入れる。そして、自らも部屋に逃げ込み、部屋の扉を閉めた。兵士たちは辺りを見渡し、見失ったようだった。
「ふぅ。」
ミレイユは息をつく。幸いにも、部屋には誰もいなかった。チルノはゼェゼェと息をして、地面にへたり込み、私もひとつ息を吐く。
「あのぉ。」
思わぬ場所、私たちの背後から声が聞こえる。
「入ってくるなら、一言言って…………。」
少年はゆらゆらと揺れ、地面に倒れる。どうやら、ミレイユが勢いよく扉を開けた際に、彼を壁とサンドイッチしてしまったようだった。私たちは、少年に駆け寄る。
「大丈夫か!?」
「ごめんですの、私たち急いでいて…………。」
「怪我はない?」
彼は、頭を押さえて答える。
「うん、何とか。」
そして、目の前を見て、彼は言った。
「お姉さんたち、だれ?」
私たちは、ぎくりと肩を震わせる。チルノは、乾いた笑いを浮かべ、それとなく答える。
「モルト国から旅行に来ましたの。」
すると、少年は目を輝かせて、言った。
「旅行に来たの!?そんな人たち初めて!!」
少年は、部屋の奥に駆け、おやつを取り出した。
「これ、あげるね。一緒に食べよう。」
私たちはその少年の言葉に、顔を見合わせる。
「すまないが、少年。私たちは少し急いでいて…………。」
「えっ…………。」
すると、少年は涙目になる。
「わぁー!!大丈夫よ!一緒に食べようね!!」
「食べますの!よしよし。」
「そ、そうだな!!少しくらいなら、問題ないかもしれん!!一緒に食べよう!!」
「えっ!!本当!?」
少年は嬉しそうにして、私たちを机の椅子へと促す。私たちは椅子に座り、少年が手渡してくれたキャンディーを口に入れる。
「うむ。なかなか美味いな。」
「美味しいわ。」
「美味しいですの!!」
「本当!?やったぁー!!!」
バタンッ
「こら!!アルベ!今大変なんだから、静かにしてなさ……………。」
バッタリ
私たちは固まる、目の前にいたのは恐らく、少年の母親。彼女は、険しい目つきに変わり、ゆっくりとドアを閉める。
「……………何もしないわ。お願い。どうか、その子だけは。」
「いやいや!違います!!私たちは、そんなつもりじゃ!!」
「ありませんの!!」
「誤解だ。私たちは何もしない。」
私たち3人は両手を上にあげる。すると、彼女は少年にこっちにくるようにと促して、少年を抱き寄せ、私たちに問うた。
「あなたたちは何者?」
私は答える。
「モルト国から来ました。ドゥーザが民を苦しめていると聞いて、何とかしたくて…………。」
「あなた、まさか噂の………あの英雄様、なの?」
「そうですの!まこは、魔女の軍勢を打ち倒した、モルト国の、あの英雄なんですの!!」
そう聞くと、母親は膝を落とし、顔を手で覆い、嗚咽を漏らした。
「だ、大丈夫ですの!?」
「大丈夫!?」
私たちは駆け寄る。すると、彼女は私の袖を掴み、縋るような表情で訴えた。
「お願いよ!!ドゥーザを何とかして!!」
彼女は話し出した。ドゥーザの所業、その悪魔ともいえる、非道の行いの数々を。
「ドゥーザはね、恨んでいるのよ、この国が彼にしてきた、これまでの行いを。決して許されることのない…………えぇ、私も彼の立場なら、許さないでしょうね。そんな悪逆非道の行いを、ドゥーザに、いえ、彼らに強いてきた。その報いが、いま、返ってきているのよ。」
彼女は、続けて言った。
「円形闘技場で、地位を餌にして、奴隷の仲間同士を戦わせた。そして、血みどろの戦いの末に、ドゥーザはその頂点に立った。でもね………………。」
彼女は悔いるように呟く。
「そこからが、地獄の始まりだったのよ。」
当たり前のこと。人なら誰しも、大切な人がいる。かけがえのない仲間がいる。そんな人として大切な、当然の事を忘れて、ジャバラ王は奴隷をゴミのように扱った。そして、それは彼に報いとなって訪れる。
ドズッ
『ぐあっ!?』
王家の門が破られ、宮殿は火の海に変わる。王室の間では、ドゥーザが血塗れの、ジャバラ王を踏み付けにし、新たな旗を掲げていた。
『アハハハハハッ!!!!!見ろ!!力こそが全て。力こそが、俺たちを高みへと近づける!!ずっと、そうだった。気づくのが遅かったのだ!!!ハハハハハッ!!!』
それからドゥーザは、瞬く間に各国との関係を深め、密約を交わし、王として認められるようになった。その手腕は恐るべきもの。円形闘技場の残った仲間たちを側近に据えて、旧体制の弱体化を図り、徹底的に王家を自分の内に取り込む、完璧なやり方で、その地位を確実なものにした。
「ドゥーザが恐ろしいのは、その力だけじゃない。恐るべきまでの、知略と強い野望。」
彼女は、俯き、深刻な表情で呟いた。
「彼は世界の支配を目論んでいる。私にとっては、魔女と同様に、世界にとって脅威となる存在だと思っているわ。」
コンコンッ
ノックが鳴らされる。
「いけない、隠れて。」
彼女がそう言うと、私たちは頷き、クローゼットの奥に隠れた。
ガチャリ
「失礼致します。先程、こちらに侵入者がやってきたとの報告があり、各部屋を回っているところであります。」
「あら、そう?こちらは大丈夫よ。」
「そうですか。では、失礼しま…………。」
兵士は目を細める。クローゼットのドアが少し開いているのを目にしたからだ。
「こら!チルノ!もう少し詰めろ!!」
「これ以上は無理ですの!」
「うぅ…………。」
カタッ
カタッ
足音が忍び寄る。
私たちはゴクリと息を飲んだ。
クローゼットの前に、兵士たちが辿り着く。長槍を構え、その扉を開けようとした、その時。
バンッ!!
扉が大きく開き、ミレイユが飛び出した。
「まこ!チルノ!!」
「えぇ!」
「はい!ですの!!」
2人は駆け出しいく。
「ま、待て!!ぐぇ………!?」
ミレイユは体勢の崩れた兵士を足で押し倒し、まことチルノの後ろは続く。
「待てぇー!!!!」
兵士たちが後ろからやってくる。
「まずいですの!!」
「またどこかに逃げ込むしかない!」
ミレイユは辺りを見渡すが、向かいの曲がり角からも、兵士が多数あらわれ、3人は急ブレーキをかけて立ち止まった。
「こっちだ!!!」
狭い通路を見つけ、まことチルノを先に行かせて、そこへ駆け込む。そこは薄く暗く、埃がかぶっている。普段使われない通路のようだが、一体何のための……………。
「何者だ貴様ら。」
通路を抜けると、重厚な扉の前に、兵士が一人。
「えぇい、仕方がない。」
ミレイユは兵士を押し退け、扉を蹴破る。
「なっ!?貴様ら!!」
「ごめんなさいですの!!」
チルノは、杖を持ち、地面を凍らせる。
「ぐあっ!?」
兵士は滑り、扉の前で立ち往生する。
私たちは、扉の向こう側にあった、階段を駆け降りていく。
「ま、また地下ですの!?」
「仕方があるまい!!逃げ込むには、むしろ打って付けだ。」
「段々気温が下がってきたね。」
ランプが灯されていて、壁は少しカビているように青く、静かだが、どこか重い空気の空間だ。
「こ、これは…………!?」
そこに見えたのは、鉄格子の張り巡らされた、いくつもの牢屋。そして、その中にいる囚人たち。
「こっちだ!!!」
階段の上から声が聞こえる。
「くっ!?」
私たちは、牢屋の前を走る。
「ちょっと待って!!」
まこが、視界の端に何かを見つけた。
「まこ、どうした!?」
「ローレンが!!!!」
そこには、壁にもたれ掛かり、意識を失った、ローレンがいた。
「……………………。」
「ローレン!!!」
まこは呼び掛ける。しかし、反応がない。
「ハッ!」
ミレイユは剣を振るうと、鉄格子が切れ、大きな穴が空いた。そして、ミレイユはローレンを背中に抱える。兵士の追っ手が見える。
「急ぐぞ!!」
「はい、ですの!!」
「うん!!」
私たちは走る。牢屋の先、古びた木の扉を開ける。そして、広がる空間はまるで洞窟のようだった。
ガラガラガラガラ
そこは広大な採掘場。人々が俯き、兵士たちが鞭を振るう。巨大なトロッコで岩石が運ばれて、淡い光の差す方向へと向かっている。
「待て!!!」
後ろから追っての声が聞こえる。私たちは、民衆の中を掻き分けて、ひた走る。
「ご、ごめんなさい!!」
肩がぶつかり、青年が倒れそうになる。
「き、気をつけろ!!…………って、何でこんなところに女が………いてっ!」
兵士が青年を押し退ける。
「待て!!そいつらを捕まえろ!!!」
追っ手の兵士たちが声をかけると、民を監視するためにここに集まっていた、兵士たちが続々とあらわれ、私たちの前に立ち塞がった。
「こっちだ!!!」
兵士たちのいない方向へと、私たちは駆けていく。そして、目の前には鋼鉄製の巨大な大扉が現れた。
「だ、ダメだ!!その場所は!!?」
追っ手の兵士たちが慌てている。しかし、もはや逃げ場所がない。私は変身して、拳を振りかぶる。
「でやぁぁぁぁーーーー!!!!!!」
ドゴォンッ!!!!!
大扉が破れ、吹き飛び、大扉のその向こう側が見える。そこは、これまでの風景とは似つかわしくない、近代的な光景。モニターが表示されて、ピッ、ピッ………と電子音が鳴っている。
「あぁ?」
ただ一人、モニターの前に佇んでいた人物がこちらへ振り返る。
「貴様ら、何処から……………?」
兵士たちはたじろぎ、部屋に踏み込めないでいた。その顔は焦燥と、恐怖で歪んでいる。
『光槍』
モニターの前に佇む人物は、懐に持っていた剣を振り上げる。すると、私たちの後ろにいた兵士たちは、空中に現れた、光の槍に貫かれ、地面には血が滴る。
「そ、そんな…………!?」
私たちは唖然とする。ザッと、モニターの前の人物はこちらへと歩みを進め、言った。
「まずは、褒めてやろう。ここまでたどり着いた事を。」
その人物は、右手を地面につけ、呪文を唱える。
『黒刃』
上空から黒い大斧が3つ、4つ、並んで降り注ぐ。私は左へと、チルノとミレイユはそれを右に跳んでかわす。
『光牢』
チルノとミレイユ、そしてローレンを、光の柵が囲む。
「チルノ!!ミレイユ!!!」
ザッと、まこの正面に、その人物は、現れる。そして、剣を振り翳して、言った。
『聖王』
閃光の瞬いた、光の剣がまこに突き出される。しかし、まこはそれを斜めにしゃがんで、肩上にかわしながら、迫る相手の顔面に、クロスカウンターを入れた。
「ウォォォォーーーー!!!!!!!」
ドガンッ!!!!
正面の天井まで無数に広がる、モニターの壁に、相手は勢いよく叩きつけられる。
「まこ!!!」
「やりましたの!!!」
ガラガラと、モニターの機器を貫通した、さらに向こう側、岩の瓦礫の山肌が崩れ落ちる中で、相手は何とか身体を起こす。
「グゥ…………!?」
そして、懐から何やらボタンらしきものを取り出して、それを押した。
「へっ!?」
「なっ!?」
すると、ミレイユとチルノの下の床が、ガタンッと、抜け落ちる。
「ミレイユ!!チルノ!!!」
まこは、既に光槍が消失した、その場所へ飛び込み、そのまま穴の中にミレイユ、チルノとともに落下していく。
ドゥーザは、それを確認すると意識を失った。
『ドゥーザ、悪い事をしたらね、必ず自分に返ってくるのよ。』
何だ、懐かしい声が聞こえる。
『でもね、モーラ。王様たちは僕らに酷い事をするけど、何も起こらないよ。』
『そうね。でも、心が痛んでいるわ。』
『こころ?』
『そう。ここの胸のところが、ズギンズキンって、すごく痛くなるの。』
『王様ずっと痛いの?じゃあ、治してあげなくちゃ。』
『そうね。治してあげないとね。』
モーラは俺の頭を撫でた。
『ドゥーザは、優しい子ね。』
額にモーラはキスをする。
『愛してるわ。』
機器がバチバチと音を立てて、点滅している。意識の朦朧とする中で、ドゥーザは天井を見上げる。
「何だって、今こんな事を。」
外が騒がしい。ザッ、と兵士たちが扉の前に現れる。
「ドゥーザ様!!大変です!!!大規模な反乱の軍が、民衆が結束した幾十万の軍が、我が国に押し寄せてきました!!!!」
「……………そうか。」
ドゥーザは、よろりと立ち上がる。そして、落ちていた剣を取った。
「返り討ちにしてやる。」
その時だった。
「………………っ!?」
聖剣に光を、力を感じない。
(ここにきて…………。)
力を失った。そうか、俺は。
「…………………。」
ドゥーザ、剣を握りしめる。そして、地上へと向かう。機器の電源が完全に途切れ、部屋が暗がりに包まれる。外から差す、淡い光へと、ドゥーザは、ゆっくりと踏み出した。
「うぅん。」
私は暗がりで目を覚ます。
「あれ…………?チルノとミレイユは?」
淡い光を頼りに、立ち上がり、ゆっくりと歩いていく。すると、目の前には黒いドレスの美しい女性が現れる。見覚えのある姿に、私は近づく。
「どうか魂の穢れなき道のあらん事を。」
女性は膝をつき祈りを捧げる。そこには、倒れた、男の姿があった。
「さっきの人。それに、貴方は…………。」
「貴様は……………。」
女性は気づいて、こちらに振り向く。彼女は、私に、尋ねた。
「何故、こんな所にいる?」
「ええっと、私は確か…………。」
ミレイユとチルノを救けようとして、穴に飛び込んで、それから。
「まぁ、よい。」
その人物は、空へと右手を優しく掲げる。すると、景色は、真っ白な空間へと移り変わる。
「貴様は、我が主を救うと、口にしたようだな。」
「……………えぇ。もちろんよ。」
「フッ。ならば。」
彼女は懐にある頭鎧を手に取り、それを身に付ける。そして、いつの間にか彼女は鎧一式と、一振りの剣を握った、彼女の姿になる。
「その力、示してみせよ。」
私は、ゴクリと息を飲み込む。
そうして、構えを取った。
ドンッ
凄まじい音を響かせた、踏み込みと共に、剣が突き出される。あまりにも速いそのスピードに、一瞬反応が遅れ、咄嗟に半身になり、躱す。そして、私は後ろへ跳んで、距離を取る。
「貴様は一度も、本気を出したことが無いようだな。」
すると、景色が、山林の中へと移り変わる。湖には太陽の光が照りつけ、風が木々を揺らすが、何処か生物の息吹は感じられない。
「ここは、私の創った仮想の世界。」
彼女は、頭鎧を押さえて、その隙間からこちらを鋭く見据える。
「お前がどれほど力を出そうが、壊れるものは何もない。」
剣を振り払い、低く構える。
「全力で来るといい。」
私は、突然のことで戸惑うが、向こうがやる気ならば、仕方がない。私は構えを取った。
ヒュー………。
静かな風が鳴る。
『天切』
彼女は跳び上がり、剣を垂直に振り翳した。すると、雲が、大気が割れ、その衝撃波は瞬く間にこちらへと近づく。
「でぇりゃぁッ!!!!」
私は、力を込めて、拳をぶつける。
ドォォォーーーンッッ!!!!!
激しい衝突音が鳴り響き、レインゼイムの放った技は打ち消される。
「流石だな。」
土煙の中から、レインゼイムが現れる。素早い振り払いを、私はしゃがんでかわし、振り払った手を取って、思いっきりぶん投げる。
「うぉらぁッッッー!!!」
ドゴォンッッ!!!!
木々を粉砕し、山に衝突し、ガラガラと瓦礫が崩れ落ちる。しかし、すぐさまレインゼイムは上空へと飛び上がる。
「私では、不足か?」
レインゼイムは上空で構えを取り、光を収束させる。そして、それを放った。
『天十握』
バッ
光の衝撃が大地を飲み込み、凄まじい轟音と共に、一帯が更地へと変わる。
「…………………。」
土煙のなか、人影が映る。
「ケホッ、ケホ……………。」
土煙に飲まれながらも、レインゼイムの元へ、まこはひた走る。そして、彼女の身構える元に、拳を振りかぶり、一撃を放った。
「……………………。」
それは剣を構えた防御をすり抜け、凄まじい音と風の勢いを巻き起こし、しかし、彼女の眼前で止まった。そして、まこは拳を引いて、言った。
「あのね、仲間のところに早く帰りたいんだけど。」
レインゼイムは、俯いて息をついて、言った。
「そうか。分かった。」
辺りが光に包まれる。そして、レインゼイムは向こう側、暗闇の中へと歩いていく。
「貴様は、何のために戦う?」
まこは、手を腰に当て、フンと息を鳴らして言った。
「私のためよ。私の大切な人たちを、私が大切だと思うものを、守るため。そのために、私は戦うの。」
すると、フッと、レインゼイムは微笑んだ。
「なるほどな。」
そして、光は私を包み込み、気づけば、暗いランプの灯る、空間の中にいた。
「「まこ!!!」」
目を開けると、寝転んだ私の正面に2人の顔が現れる。私は、驚いて、顔を上げる。ゴチンッ、とチルノの頭とぶつかり、チルノは頭を痛そうにさする。
「ご、ごめん!チルノ!!」
「だ、大丈夫ですの!それよりも、まこは、何ともありませんの?」
「えぇ、この通り!ピンピンしてるわ!」
私はちからこぶを見せる。ミレイユは、ホッと息をつき、私の手を優しく握る。
「いつも無理をさせてすまない。」
「いいわよ。私より、ミレイユの方が心配よ。こちらこそ、いつもありがとう。」
「………あぁ。」
ミレイユは優しく微笑む。
その時だった。
ドーンッ!!!
地鳴りが起こり、パラパラと天井から瓦礫が落ちてくる。上で何が起こっているのだろうか。
「あまり長居しては、危なそうだ。まこ、チルノ!いくぞ!!」
「えぇ!」
「はいですの!」
私たちは光の差す方向へと走る。階段を登り、扉を蹴飛ばし、王宮の中へと辿り着いた。
「あぁ!お姉ちゃんたち!!」
子どもが柱の影で隠れている。私たちは素早く、子どもの元へと向かい、一緒に隠れる。
「何があった?」
ミレイユは子どもに尋ねる。
「あのね、怖い人達が武器を持って攻めてきたの。それでね、お母さんが、絶対にここから動いちゃダメよって。」
「……………………。」
私たち3人は顔を見合わせる。
その時だった。
「討ち取ったぞぉーー!!!!!」
雄叫びが聞こえる。外に目をやると、人々がその何かを囲んで、驚嘆し、また歓喜の声をあげ、獰猛に唸りを上げるものさえいた。
「ドゥーザ!!!」
仲間たちが駆け寄る。
人々が道を開けると、そこには身体中を短刀や、剣、そして槍で貫かれた、ドゥーザの姿があった。
「うぅ…………。」
仲間は涙を流している。
「どうやら終わったようだな。」
ミレイユがそう呟く。
「お母さん、お母さんは…………。」
子どもが不安そうな顔で、柱の影から出ようとした。しかし、ミレイユはそれを止める。
「何か、様子がおかしい。」
ミレイユは眉を顰める。
「おい、こんなもんじゃねぇよ。」
ザッ、と1人の青年が声を上げる。
「貴族は、こいつらは俺たちをその辺に落ちたゴミのように扱った。どれだけの命が奪われた。どれだけの幼い子どもが死んでいった。」
青年は、狂気を宿した目で言った。
「報いを受けるべきだ。」
民衆は、ザワッと沸き立つ。
「そ、そうだ。こいつらが生きている限り、俺たちはまた支配されるかもしれねぇ。」
「殺しておかねぇと、な、何があるか分からねぇ。」
民衆の憎悪と良心の中に渦巻く葛藤が、しかし狂気として膨れあがる。
「殺せ。」
「殺せ。」
「殺せ。」
「殺せ。」
「殺せ。」
「殺せ。」
狂気の宿る人の目は、もはや人を人として映さず、ただ獲物のみを狩る、獣となる。そして、それは無差別に、女子供問わず、狩り尽くす、虐殺として代わるのだ。
「まずい!!」
ミレイユは、私たちの手を引く。
「ミレイユ!」
「こうなったら、もう止まることはない。敵味方の区別も付かなくなる。」
私たちは、子どもを連れて、逃げる。
「お母さん!!お母さんは…………!?」
ミレイユは一瞬立ち止まる。
「私が、探してくる。」
「「まこ!!」」
「大丈夫。何とかするわ。」
まこは、変身する。そして、民衆の中へと駆け出した。
「まこ……………。」
「大丈夫ですの。」
チルノは、動揺して、目を虚にしたミレイユに、声を掛ける。
「まこにお母さんは任せて、私たちは子どもを守りましょう。自分のできることを、ですの。」
「……………あぁ、そうだな。」
ミレイユは自分の心臓の音が少しずつ、おさまっていくのを感じる。しかし………。
「まこは、ただの人間だ。」
戦争も、人の死もまだほとんど経験していない。間近に凄惨な人の死を目にして、正気でいられる人間ではないことを、私は分かっている。
「まこを救けにいかなければ。」
「ダメですの!!あなたこそ、危ないですわ!!」
「しかし……………。」
ミレイユは視界の端に映る、不安そうな子どもの顔を見つけた。そして、フゥー………と息を落ち着かせて、言った。
「まこを、信じよう。」
すると、チルノは笑顔になり言った。
「もちろんですの。」
人の死体が山のように積み重なる。
人々は狂気の声をあげ、貴族を捕らえようと、躍起になっている。まこは、その間をくぐり抜け、ある場所へと辿り着いた。
「教会………………。」
鐘が鳴り響く。
母親は、膝をつき、傍らに多くの子どもを抱えて、震えている。
「救けにきました!!!!」
まこの声に、母親と子どもたちが振り向く。
「英雄様!!!」
母親は、涙を流し、縋るように言った。
「あの子は、あの子は……………。」
まこは、ハッとして、答える。
「大丈夫です!!無事です!!ミレイユとチルノが、保護しています!!!」
すると母親は、崩れ落ちるように嗚咽を漏らした。そして、より一層子どもたちを強く抱きしめ、彼らを私の元へとそっと押した。
「この子達をお願いします。」
彼女は、言った。
「あなたは!?」
私は問い掛ける。
「私はいいんです。」
彼女は教会の壇上、その正面にある女神像へと祈りを捧げる。
「来るべきときがきた。」
彼女は立ち上がり、決意したように言った。
「報いは受けます。」
「いたぞ!!!!」
教会の外から声が聞こえる。
山のように続く人々が、狂気の目でこちらを見据えている。
バッ
母親は飛び出し、私たちの前に出た。
「私を殺しなさい。」
民衆たちは、獰猛な声を上げ、武器を振り上げている。
「しかし、子どもたちは何も知りません。何も関わってはいません。ただ、あなたたちの子供とおなじように、無垢で、純粋であっただけ。」
母親は、膝をつき、頭を下げる。
「だからどうかお願いします。子どもの命だけは…………子どもの命だけはたすけてください。」
『……………………。』
人々は、ゾロ…‥ゾロ……と母親に距離を近づける。そして、ダンッと母親を蹴り倒した。
『死ね。』
民衆が武器を振り下ろす。
まこは続々と近づいてくる、武器を持つ民衆から子どもたちを守るために、母親の元へ迎えない。
「ダメ!!!」
そう叫んだのも空しく、その刃は母親の元へと振り下ろされたのだった。
「おい、てめぇら。」
民衆の振り翳した多くの武器を身体で受け止める、男が一人。彼は、民衆にギッと威圧感のある目を向けて、人々を慄かせる。
「グバァッ…………!!?」
多量の血が、口から流れ落ちる。
「てめぇら……………。」
懐から、剣を振り払う。
「てめぇら、敵だ。」
振り返り、剣を振るう。
「きゃあっ!?」
母親の頬が切り付けられる。
「なっ!?」
民衆たちは動揺する。
ドゥーザは、声をあげた。
「俺にとっちゃ、全てが敵なんだよ!!テメェらも、この母親も、あのガキどもも、俺の野望の糧だ。俺の夢は、終わらねぇ!!!俺の下につかねぇのなら、全員殺してやる!!!!!」
ドゥーザは母親を蹴飛ばし、ユラユラと子どもたちへと迫る。
「うぅ、こわいよ。」
子どもたちは震え、まこに身を寄せている。
ユラユラ、ユラユラと迫り、そして、剣を振り上げた。
「あなた…………。」
まこは一瞬見えた、彼の優しい眼差しに、哀れみの目をつける。
グザッ
背後から、民衆が剣をドゥーザに突き刺す。
「やっぱり………やっぱり、元凶は、全てはこの男だったんだ。死ね、死んじまえ。」
次々と、背後から民衆の刃が、ドゥーザへと突き立てられる。、しかし、彼は倒れず、ただ目の前を見据えていた。
『ドゥーザ。』
ドゥーザの目の前には、彼女が立っていた。
(モーラ。すまねぇ、俺は。優しい世界をつくれなかった。)
「死ね!!!死ね!!死ねぇ!!!!!」
「おい………もう、いいよ。」
「何だ………何だって!!?」
「だって、もうどう見てもよ。死んでるぜ。」
二十の剣がその背中へと突き立てられる。血の海は、教会の隅へと広がり、心臓の音は既に聞こえない。立ったまま、しかし教会のステンドグラスからは日が差し込み、その足元の子どもたちを照らしている。
『ねぇ、ドゥーザ。』
『何だ、モーラ。』
『もし、みんなが同じ人種で、同じ立場だったら、隣の人にだって、優しくできると思わない?』
『…………あぁ。そうだな、きっとそうだ。』
『一緒に、夢を叶えましょう。』
『あぁ。必ず、一緒に。』




