バード王国へ
地下遺跡は、王家のものに対しては決して手を出さないようにできている。
「それじゃあ、行ってきますのー!!」
「またね!!ガンダさん!!」
ガンダさんは、笑顔で私たちに手を振る。
「元気でやるんだよー!」
私たちは、見送りに来てくれた、ガンダさんに手を振った。次に向かう場所は、いよいよバード王国。ベルヒムは、あぁ、言ってくれていたけれど、チルノとはもしかすると、ここでお別れになってしまうかもしれない。
ユグル国、客室の間の一室。
「し、しまった…………忘れてた。」
ベッドで療養していた、ベルヒムは、チルノに伝えなければいけなかったことを思い出す。しかし、すっかり忘れていた。あの人が帰ってくるのだ。
「お嬢に関しては、あの人は人一倍厳しいからなぁ。」
ベルヒムは、寝転びながら天井を見つめる。
「でも、まぁ、大丈夫でしょ。」
(ミレイユ殿や英雄様もいるし、まぁ、大したことにならないでしょ。)
そうたかをくくっていた、ベルヒムはしかし後日頭を抱えることとなるのだった。
「正直、帰りたくねぇーんですの。」
チルノは顔を青くしながら、ズーンと表情を落ち込ませていた。
「アーサー殿が残してくれた地図を取りに行くだけだ。………しかし、せっかくの帰郷だ。ちゃんと挨拶をした方がいいんじゃないか?」
「でも、チルノは何で帰りたくないの?」
「あの方に掴まったら終わりなんですの!!」
「あ、あの方って?」
「王室秘書のネシア。国のみんなと、王室のみんなは、私に自由にしていいって言ってくれるのに、彼女が許してくれないんですの!!」
「しかし、まぁ当たり前というかそれが許されている方が本来はおかしい話なのだがな。」
ミレイユはこめかみに皺を寄せる。少し呆れた様子で、チルノにいう。
「それでもこの頃は国をあけて、国家合同連盟の職に就いておられるはずだ。」
「そうでしたの!!しめた!パッと帰って、パッと出るんですの!!」
「あははっ…………。でも、もしかして、その人が国にいたら…………。」
「たぶん、出してもらえないんですの。」
「その時は、運の尽きだと思って、諦めろ。チルノ。」
「いーやぁーですのー!!!」
ガチャン。
バード王国、王室の間の扉が開く。
そこに現れたのは、一人の女性。スーツに、眼鏡をかけ、整然とした立ち振る舞いで、ブラウンの髪を纏めている。辺りを見渡し、彼女は、部屋の書類を整理していた、家臣に問いかけた。
「チルノ様は、どこに?」
すると、振り返った家臣は、驚き声をあげる。
「ね、ネシア様!?お帰りになっていたのですか!?」
「はい。業務の滞りは、ありませんね。」
「そ、それが…………。」
机の上には、書類の山が重なっている。全て、放っぽかして、チルノが手をつけていなかった、ものだ。ネシアの表情が暗く、眉間に皺が寄っている。
「チルノ様にはしっかりとお灸を据えないと、いけませんね。」
「は、はい。その、チルノ様のことなのですが。」
「なんですか?」
「まもなく到着するとの報告が…………」
すると、ネシアは眼鏡をクイっとあげて、凛とした様子で、言った。
「ちょうどよかった。レーリル先生も、チルノにはまだまだ甘かったようですし、今度という今度は、私が、しっかりと王女としての振る舞いを指導しなければなりませんね。」
瞳の奥が光る。
「今度こそ逃しませんよ。」
それを見た王室の人々は、あちゃ〜っと顔に手をやる。チルノに危機が迫る。
「へぶしゅんっ!!………なんか寒気がしましたわ。」
「大丈夫?また、熱が出たら大変だよ。」
「フン。おおよそ噂でもされているのだろう。」
そう言いながら、ガサゴソとミレイユは懐から毛布を取り出し、チルノの肩にかけた。
「何だかんだ優しいんですの。」
「ねぇー。」
「コホン………ほら、もうすぐ着くぞ。」
見上げるは黄金郷。その名を、バード王国。最も長く栄華を誇った、人類の楽園。壮大なゴシック建築は、見るものに感嘆をあたえ、一種の芸術的様相を呈した。
長く続く階段は、720メートル。およそ、三千段に上るその階段は、長く、難攻不落であった、この国の所以を、示していた。
「それじゃあ、行くか。」
「む、迎えがないんですの。」
「日頃の行いだな。」
ミレイユはそそくさと登り始める。その後ろに私も続く。チルノはふてくされた様子で項垂れていた。
「迎えの籠がないのは、あんまりですわ。」
「『籠』って、なに?」
私がそう問いかけると、ミレイユが答えてくれた。
「…………身分の高い者は、『籠』と言って、複数人で担ぐ小部屋のような持ち運び式の乗り物でこの階段を上がるんだ。」
「やっぱり降りる時と登るときじゃあ、違い過ぎますわ。足がいたいですの。」
そうしてチルノが階段を登りながら上を見上げると、驚いたような、嫌そうな声を上げた。
「げっ…………!?」
私もチルノの見る方向を見上げる。頂上には、眼鏡に手をかけて、私たちの方を見る綺麗な女性がいた。
チルノはたじたじと階段を数歩後ろに下がる。
「見つけましたよ、チルノ。」
女性は言った。
「もう逃しませんからね。」
「ありがとう。」
ミレイユは出された紅茶を手に取り、啜る。私たちは城に招待され、豪華な部屋の一室で、金縁の椅子に座り休憩を取っていた。チルノは、と言うと………。
「こんな量、終わるわけねーんですわ!!!」
「つべこべ言わず、手を動かしなさい!!」
城内に響き渡る声。
「あはは…………たいへんだね。」
「これまでサボっていたツケだろう。」
ミレイユは当然だと言うように、腕を組み、フンと目を瞑って息をつく。城は給仕や執事、そして騎士たちがたのしそうに話す笑い声で満たされていた。
「本当に、いいところだね。」
「あぁ、そうだな。」
鳥の囀る声が空から響き渡る。天使と創造神の逸話を模した絵画が、その話の順を追うように円状の中央広場に飾られ、その中心には、聖母の像が赤子を抱えながら、空を見上げていた。天井からはちょうど太陽の光がその聖母像を明るく照らし、私は、一種の感動を覚えるほどにその光景に見惚れてしまった。
コツ、コツと足音が響く。
「ようこそ、お越し下さいました。」
私たちの目の前に現れた、執事は私たちに深々と頭を下げる。
「私めは、ゴードンと申します。お食事の用意が整いましたので、ご案内致します。」
「食事………っ!?」
私は涎を垂らし、目をキラキラとさせる。
「ありがとう。」
ミレイユはそう言って、立ち上がり、私と共に別室へ向かう。
「そういえばチルノは?」
私は、尋ねる。
「チルノ様は、ネシア様の指導が終わりになられるまで食事抜きとの事です。」
「そ、そうなんだ。」
「自業自得だ。」
私たちは部屋の前にたどり着く。
「チルノ、大丈夫かな?」
「まぁ、多分大丈夫だろう。」
私たちは広場を抜けた先の通路、右の一室に案内された。扉を開けると、瞬く間にいい匂いが鼻腔をくすぐる。目の前に広がる光景に、私は目を輝かせた。
「うわぁ〜っ!!」
「うむ。ご馳走だな。」
大量のシーフードサラダが並べられた、その中央には巨大なチキンがいくつもあり、その手前には、黄金色の縁取り皿に、ビーフがのせられていた。そして、その横には、キラキラと光る肉汁を滴らせ、ジューっと鉄板で焼き上げられたステーキがあり、それは、一目で分かるほどの柔らかさを感じさせ、今にも私の手が、わなわなと伸びていく。スッと、行儀の悪いと、私の手をミレイユが下ろし、コホンッと咳をした。
ゴードンさん、は言った。
「こちらベルト様からのご依頼で食糧を調達し、まこ様のお好みのメニューで構成しました。」
「べ、ベルトさんっ!?」
ベルトさんの優しさに私は胸が高鳴った。なんて………なんて私の気持ちを理解してくれているんだ!!!!ありがとう!!ベルトさん!!!
「それでは、ごゆっくりどうぞ。」
ゴードンさんが頭を下げて退室する。私たちは席につき、早速フォークとナイフを手に取る。
「それじゃあ、」
「「いただきます!!」」
私はガツガツ、モグモグと食事を食べ進める。ミレイユはそんな私を眺めて微笑むだけで、なかなか食事を手に取らない。
「ミレイユ、食べ……ムグッ!?」
私は喉を詰まらせ、胸を叩く。
「だ、大丈夫か!?」
ミレイユは心配して、背中を摩ってくれた。
「ぷはぁーっ、ありがとう。」
「あんまり早く食べると、喉を詰まらせるぞ。」
「ごめん、ごめん!!ゆっくり食べないとね。」
と、私たちが話していたその時、バンッと扉が大きな音を立てて開いた。そこには、ゼェ、ゼェと息をするチルノが額に汗を浮かべながら、立っていた。
「も、もう限界ですわ。」
しかし、その背後にはキラリと眼鏡を光らせて仁王立ちするネシアさんの姿があり、ギクリッとチルノは振り返るが、そのまま首根っこを掴まれて、悲鳴を上げながら、連れていかれた。
「ほ、本当に大変そうだね。」
「あぁ、そうだな。」
それから私たちはしばらくゆっくりと時間を過ごしながら、身体と心を休ませた。
「な、ない………地図が、ない!!!!」
宰相モントールノは、慌てふためいていた。それもそのはず、アーサー殿から預かっていた地図が、元あった場所から消えていたからである。
「この金庫を開けることのできるものは限られている。一体誰が…………」
モントールノは金庫の上に置かれた一枚の手紙に気づく。
「これは……………。」
「ふぅー、やっと一旦切りがつきましたの。」
チルノは両手を伸ばし、思いっきり背伸びをして、椅子からピョンと跳び降りる。
「さてと。」
チルノは棚から一冊の本を取り出し!ペラペラとページをめくる。そして、間に挟まれた一枚の写真を取り出す。
「お父様、お母様、私行ってきますの。」
チルノは駆け出す。新たな旅、大切な仲間ができた。そんな思い出を両親に伝え、チルノは一歩を踏み出した。彼女は前を向く。
『チルノ、したいことをしなさい。』
『間違っててもいいの。あなたの好きなように、生きるのよ。』
『あなたは大丈夫。』
『だって、私たちの娘だもの。』
チルノに笑顔が浮かぶ。お父さんとお母さんの言葉は、想いは胸の中にある。わたしの中に生きている。それはずっと変わらない。
バンッ、チルノは扉を開けた。
そこには、口いっぱいに頬張ったまこの姿、そしてミレイユの姿があった。
「あぁ!!チルノ!待ってたんだよ!!!」
「まだ食事に手をつけたばかりだ。」
まこは笑顔でこちらに手を振り、ミレイユは優しく微笑んでいる。
「お待たせですの!!」
チルノは駆け寄っていく。
「これ、美味しいんだよ!!」
「美味しそうですの!!」
「もう終わったのか?」
「えぇ、切りよく終わらせてきましたわ!!」
こんなふうに仲間と話をして、旅をするのがわたしの夢だった。ちゃんと、叶いましたの。まこ、ミレイユ。本当に、ありがとう。
「チルノ、何だか嬉しそう。」
「いい加減、早く食べないとさめるぞ。」
「えぇ、わかってますの。」
食事を口に運ぶ。それは1人で食べていた頃よりもずっと、ずっと美味しくて、幸せの味がした。
「ふむ。」
城内中央広場、女神像が百八十度回転する。そして、それは後方にズズズ……と音を立てながら、動き出し、元あった場所には地下へ繋がる階段が現れる。
「英雄の力、試させてもらおう。」
コツコツと黒スーツの男は、階段を降る。
その者の手には、地図が握られていた。
「えーっ!!?地図がありませんの!?」
「も、申し訳ございません。」
「困ったな。何者かの仕業か。」
「そ、それが…………」
モントールノは懐から紙を取り出す。
「これは?」
わたしはそれを受け取る。
「ラモラック様から、預かっておりまして。」
そこに書かれていたのは、こうだった。
『英雄よ、貴方の力を試さんが為、地下最奥の間にて待つ。試練を乗り越え、私から地図を取り戻して見せよ。』
「な、何ですのこれ?」
「それが我々にも理解しかねております。」
「要するに地図が欲しかったら奪いに来いと言うことだな。」
ミレイユは、ハァッと溜息をついた。
「少し気難しい方でして、何を考えていらっしゃるのか時々分からない時があります………。アーサー様ともそれほど仲が良いとは言いづらく。」
「ほとんど喋ったことがないんですの。」
「ともかく変に時間をくっても、あれだろう。」
ミレイユは手紙を見て、城の中央広場に目をやる。
「さっさと終わらせるぞ。」
「えぇ!」
「いきますの!!」
ネシアはチルノの部屋の上に置かれた、本を手に取っていた。
「もう少し優しくしてあげなきゃね。」
間に挟まれた写真を優しく手に取った。そして、彼女は写真の中の人物に問い掛けるように言った。
「アルフレッド様、サリア様。」
「私は、上手くやれているでしょうか。」
「と、とんでもねぇ仕掛けですの。」
「ま、まさか女神像の下から地下に繋がっていたなんて…………。」
モントールノも驚愕の表情を浮かべている。それもそのはず、手紙に書かれたやり方で、天井から差す、太陽の光を王室の鏡で反射させると、そこから天使と創造神の絵画に、女神の姿が浮かび上がる。そして、その女神の持つ鏡はさらに光を反射し、その次の絵画へ。そしてその絵画にも、女神の姿が浮かび上がり、手に持った鏡で反射させ、それは次々と繋がっていき、その軌跡は六芒星の形を描いた。
そして、ゴゴゴゴゴ……………と言う音とともに、聖母の像が動き出し、階段が姿を現したのである。
「私が先にいこう。」
ミレイユは先陣を切り、地下への入り口をくぐった。
「こういう場所は、危ない仕掛けがあってもおかしくはないからな。何なら、私一人で行ってもいいが…………。」
「ミレイユだけに任せられないよ!!」
「一緒に行きますの!」
「まこ、チルノ………あぁ、分かった。」
モントールノは、焦ってチルノを呼び止める。
「チ、チルノ様!?危険でございます!!」
すると、チルノはモントールノに言った。
「大切な、仲間ができましたの。モントールノ。まことミレイユが、危険な道をいくなら、私もどんな場所であっても、一緒に向かいますの。」
「…………そうですか。チルノ様、大きくなられましたね。」
モントールノは優しい笑みを向けて、チルノに頭を下げて、見送った。チルノは、2人の後ろについていく。ミレイユは言った。
「さぁ、いこうか。」
「随分と明るいですの。」
「階段、一体どこまで続いてるんだろう?」
灯りはついているはずなのに、階段の下がなかなか見えない。随分と深い地下のようだった。
ザッと、埃の被る地面に足を付ける。
「ついたな。」
「な、なんですのこれ!?」
「これは……………。」
そこは、奥行きのある地下遺跡。左右に十数メートルはあろうかと言う、巨大な騎士の石像が部屋の奥まで並べられ、その手には斧槍を携えていた。
「何か嫌な予感がするな。」
「う、動き出しそうですの。」
「道………狭いね。」
そう、目の前の道は肩幅ほどの広さしかなく、その横は絶壁となっていて、底の見えない暗闇が広がっている。
「何でこんな物騒なところが城の中にあるんですの?」
「大体こういう場所は緊急の脱出経路として、用意されているものだ。設計したものだけが触れることのできる仕掛けさえ分かれば、難なく抜けれるはずなのだが…………チルノ、何か心当たりはないか。」
「ありませんの。」
チルノは即答した。
「そうか。」
「と、ともかく1人ずつ行くしかないよね。」
「私から行こう。」
ミレイユは、早速その狭い道へと一歩を踏み出した。
「何ともないな。」
ミレイユは、さらに一歩を踏み出し、異変がないのを確認してから、少しずつ前に進む。そして、しばらく進んでから、少し気になり、横の石像を見上げる。今にも動き出しそうなそれは、しかし未だ沈黙を続けていた。
「ミレイユ!!!」
ミレイユが見上げた石像の反対側、馬の頭を形どった像が目を赤くして光らせる。
ガタッ
「…………ッ!?」
そして、その手に持つ斧槍をミレイユに向かって勢いよく、振り下ろした。
「くっ!!」
ミレイユは身を翻し、前方に進む。しかし、道は斧槍によって崩落し、退路が絶たれた。すると、それを見計らったかのように次々と石像が動き出し、その斧槍を振り翳す。
「「ミレイユ!!」」
「くっ!?」
ミレイユはすんでのところで斧槍をかわしながら、道を進んでいく。
(……………よし!)
ミレイユが、向こう岸まで辿り着こうとした、その時だった。ガコンッ、と天井に穴が開き、振り子の斧が投下される。
「ミレイユ!!」
すると、ミレイユは、剣を抜き、その大きな斧を弾きながら、前方に飛び込み、なんとか向こう岸に辿り着いた。
「よし!」
「やったわ!ミレイユ!!」
「やりましたの!!」
ミレイユが向こう岸、その壁に突き出した石を押し込むと、瞳は光を失っていき、石像は動きを止める。
(これで、終わったようだな。)
そして、ゴゴゴゴゴ…………という音とともに、絶壁となっていた場所からは、暗闇の地下深くから地面が現れ、大きな道ができた。まことチルノは、ミレイユの元へ走って駆け寄る。
「ミレイユ!!!」
「大丈夫ですの!?」
「あぁ、なんとかな。」
目の前の扉がゴゴゴ………と音を立て、開いていく。3人は顔を見合わせて、頷き、その扉を潜る。
「ここは…………?」
目の前には、巨大な湖があった。
「何で城の地下に、こんな湖があるんですの?」
「また何か厄介な仕掛けがありそうだな。」
湖の深く、底には紫に光る水晶玉が見えた。
「なるほどな。」
前方を見ると、水晶玉を当て嵌められるような、ちょうどいい窪みが存在していた。底から水晶玉を取り、あそこに嵌めればいいわけだ。
「…………2人ともどうした?」
「いや、私泳げませんの。」
「わ、私も。ごめん、ミレイユ。泳げはするんだけど、あんなに深くまではやったことがないかも。」
ふむ、とミレイユは鎧を脱ぎ始め、布生地の軽装となった。
「少し行ってくるから、待っていてくれ。」
ミレイユは一直線に綺麗な姿勢で湖に飛びこむ。そして、水晶の光に向かって、泳ぎ出した。
(……………なんだ?)
ミレイユは湖の奥に影を見る。
「な、なんですの、あれ?」
「あ、あれは………」
窪んだ目に、鋭利な牙。そして、あまりにも巨大な体躯、それは捕食者。
「さ、鮫………嘘でしょ!?」
「ミレイユ!早く上がってきますの!!!」
「…………………。」
(…………確かに水中で動きは制限されるが。)
ミレイユは身体を翻し、鮫の方向に向き直る。そして、鮫の突進を、その頭に手をつけて、身を翻し、間一髪それを躱す。
「ミレイユ…………!!」
まこは、周囲を見渡す。すると、壁の横にロープが掛けられていた。
「チルノ!!私の身体に、結んで!!!」
「………!!はい!ですの!!!」
チルノは急いでロープを取ってきて、私の身体にそれを、結びつける。
(さて、どうするか。)
ミレイユは、目の前の、鮫を見る。
(来るか………!?)
鮫は身体をうねらせ、瞬く間に、勢いよくミレイユの元へと突進する。
(速いッ!!)
ミレイユは、再び鮫の頭に手をかけ、宙返りのようにして、水中で身体を回転させ、それをかわした。だが、すぐさま次の突進が迫る。
(次も………!!)
ミレイユは再び手を捕食者の頭に掛けようとしたとき、しかし、目前で急激に鮫はその方向を転換させた。
(しまっ………!?)
ミレイユは間一髪、伸ばした手で頭を掴み、下顎に足をかけ、なんとか事なきを得る。しかし、鮫は容赦なく、水中の中、凄まじいスピードでミレイユの身体を押し込んでいく。
(くっ………!?)
後ろに壁が迫る。ミレイユは直前で身体を捻り、離脱し、鮫はそのまま壁へと激突する。鮫は頭を打った衝撃で気絶したのか、身体から力が抜け、水上へと浮上していく。
(よしっ!今のうちに。)
ミレイユは湖の底、紫に光る水晶玉へと向かう。そして、それをいよいよ手に取ることが出来た。
(あとは、上に上がるだけ………)
そうして、ミレイユが振り返り、水上へと向かおうとした、その時だった。
「…………………ッ!!」
鮫が勢いよく水中を駆け、もう目前にまで迫っていた。視界も、嗅覚も、音もほとんど聞こえない。ゆえに、気づけなかった。避けようがないほどに、鮫はその口を大きく開け、ミレイユの身体を丸ごと飲み込めそうなほどに、獰猛に襲い掛かる。
(くそっ…………ここまでか。)
ドゴッ!!
ミレイユは閉じていた目を、ゆっくりと開ける。そこには、鮫を受け止める、まこの姿があった。
(ごめんね、鮫さん。)
まこは、背後へと回り込み、尻尾を掴み、水中で遠心力を活かして回転し、上へとぶん投げた。鮫は水晶を嵌める窪みのある反対側の地上へと打ち上げられ、バタバタと身体を跳ねさせる。
「ひ、ひぃ!?まこ!!大丈夫ですの!?」
チルノは急いでロープを引き上げ、まこと手を繋いだ、ミレイユが地上へと上がってきた。
「ふぅ。何とか泳げた。」
「す、すまない。まこ、それにチルノ。」
「2人とも、大丈夫でしたの!?」
チルノは急いで身体に巻きつけられたまこのロープを解いていく。
「あ、ありがとう。」
「ともかく、何とかなりましたわ。2人とも、すごいですわ!!」
「さて、あれを、どうするかだな。」
鮫は身体を激しく動かして、水中の中へと戻っていった。しかし、向こう岸へ渡るにはふたたび水の中を渡らねばならない。
「…………できるかわかりませんけど、やってみますの。」
チルノは杖を前に掲げる。
『レア・リシューテル』
チルノがそう唱えると、湖の表面は瞬く間に凍っていき、そこには氷の道ができた。
「チルノ!!すごいわ!!!」
「やるじゃないか。」
「えへん、ですの!!」
チルノは恐るおそる、氷の道に足をかける。
「大丈夫ですの!2人とも!!」
「えぇ!!」
「これで、向こう岸まで渡れるな。」
私たちは氷の上を渡る。水面にうごめく影に怯えながらも、何とか向こう岸まで渡り切った。
「ド、ドキドキしましたの。」
「そうだな。」
「こ、恐かった………。」
ミレイユが窪みへと水晶を嵌める。
すると、ゴゴゴゴ………と扉が開く。すると、そこには大きな広間があった。そして、その中央には黒スーツの男が鎮座していた。
「待っていたぞ。」
石の玉座、そこに座る、黒スーツの男は立ち上がり、私たちを見据える。そして、その手には、地図が、握られていた。
「チルノ王女。この地図の至る場所は、あまりにも危険すぎる。いくら英雄といえど、不覚をとるかも知れませぬ。」
ラモラックは、懐から細身で先端の鋭く尖った、刺突剣を取り出す。それは、レイピアといった。
「チルノ様を守り抜けるのか。その力、試させてもらおうか。英雄殿。」
まこは、その言葉に、拳を構える。
ガキィンッ!!
鍔迫り合う音が、空間に響き渡る。
「私もいるぞ。ラモラック。」
「貴方では、守り抜けないでしょう。」
ミレイユは鍔迫り合いの末に、押し込まれ、肘打ちを喰らう。ミレイユは後退し、膝をつくが、再び立ち上がろうとする。
「ミレイユ、大丈夫。私がやるよ。」
「しかし………いや、分かった。まこ。あとは、任せたぞ。」
「えぇ、任せて。」
「まこ、ごめんですの。」
「大丈夫!!」
まこは、構える。一瞬の静寂の後、ラモラックは、天井へと跳びあがった。そして、天井に足をつけ、勢いよく地上のまこへと、その切先を突きつけた。
『天突』
まこは、横身になってかわし、レイピアを持つ手を取って、もう片方の手で落下する彼の身体を支える。半ば彼を正面から抱える形になり、ラモラックは驚愕の表情を、まこに向けた。まこは、そんな彼をみて言った。
「満足した?」
彼は、地面にゆっくりと足をつき、フゥッと溜息をついて、言った。
「えぇ、充分でございます。」
彼は、パンパンッと体を払い、言った。
「それでは、先に参りましょう。」
彼は、遺跡のさらに奥、暗がりの中を歩き出した。
「な、何を言っている?」
ミレイユの問いに、ラモラックは答える。
「アーサー殿はきっと忘れているのでしょうから、私が案内するのです。予言の場所に。本来の目的はそちらです。」
「本来の、目的だと………?」
彼は蔦の絡まる、古びた遺跡の道を、歩いていく。私たちも、顔を見合わせ、頷いて、ついていくことにした。
「ここです。」
そこには、蒼色に文字の光る石板があり、そのすぐ手前には、小さな箱が置かれていた。
「…………………。」
彼は、私にその箱を手に取るように促す。私は、それをゆっくりと手に取った。その中に入っていたのは、指輪。翡翠の指輪だった。
「それは巨人ヨトゥンに由来するといわれる、特別な指輪でございます。大事があった時には、その指輪が必要になることでしょう。」
そして、彼は懐から地図を取り出し、私たちに差し出す。
「お嬢様を、よろしくお願い致します。」
私と、ミレイユは頷いた。
こうして、私たちは、無事に地下遺跡を抜け出し、地上へと戻ることができた。
抜け出した後、城内でチルノは恐るおそると歩く。しかし、ある人物と目が合い、額から汗が流れ落ちる。
「…………あっ!」
「チルノ、見つけましたよ。」
ネシアはチルノの元に歩み寄ると、彼女を上から見据えて、言った。
「あんまり無理をしないで、行ってらっしゃい。」
意外なその言葉に、チルノはキョトンとする。それから、段々とパァーっと表情が明るくなり、チルノはネシアに言った。
「ありがとうですの!!!」
「えぇ。英雄様、ミレイユ殿。この子をどうかよろしくお願いします。」
「わかりました。」
「あぁ。」
そして、ネシアは眼鏡をあげて、言った。
「それはそうと…………」
彼女は、チルノに厳しい目を向ける。
「王女としての職務、まだ残っている分は、きちっと果たしていただきますからね!」
「そ、そんなぁですの〜〜!!」
懐からネシアは、紙を取り出す。そこには、分刻みのスケジュールがズラリと並んでいた。
「きょ、今日はもう、無理です、の。」
バタンとチルノは倒れてしまう。
「「チルノ!!」」
2人は、チルノを支えた。どうやら3日後までそれは続くようで、私たちはしばらくの間、バード王国に留まることとなった。




