湖の都 レーン
馬車のカラカラとした音が鳴る。まこ、ミレイユ、チルノの3人はゆらゆらと揺られて、目的地へと向かっていた。
「いよいよ、バード王国だな。」
「い、嫌ですの。」
「あ、あはは………。」
チルノは涙目に、まこに縋り付いている。ミレイユはそれを力一杯引き剥がそうとしている。
(………………。)
まこは窓の外を見る。
(大丈夫かな?)
ユグル国への侵攻の爪痕は決して小さくなく、復興までかなりの時間を有することは確かだった。
(『責任を取ろう。』)
アーサーがヴァンセル王とランスロットのいなくなった、穴を埋めるために、しばらく留まることとなった。そして、ヴァンセル王が亡くなった後継には、ローラ王妃がついた。
「それにしても…………。」
モルト国のみんなは大丈夫だろうか?それに、これまで通ってきた国や、街の人々も、被害は甚大だと聞いている。
「まこ、手紙にあった通り、襲撃があったとはいえ、無事なことは確かだ。…………一度、戻りたい気持ちは分かるが、私たちにはやるべきことがある。」
「……………うん。」
私たちがやるべきこと。それは、魔女の居場所へと赴くこと。アーサーは、すでに魔女の隠れ家を突き止めていた。
「魔女側も、それに裏の謎の勢力も、おそらく先の戦いで、限りなく最大の戦力を投入したはず。」
「こちらから向かうタイミングは、今しかないんですの。」
「そうだね。」
そう、魔女も限りなく疲弊し、『古の王』という謎の勢力も、大規模な侵攻を終え、戦力は著しく低下しているはず。それに、私たちが向かうのは戦うためじゃない。
「…………魔女を説得するなんて、可能なんですの?」
チルノは不安そうな表情で俯く。
「不可能ではない。………魔女も人だ。そうだろ、まこ?」
「…………えぇ。必ず分かり合える。説得して見せる。」
これは、私の提案だ。到底、理解してもらえるとは思えなかった。それでも、ミレイユは、みんなは受け入れてくれた。
(『まこが言うなら、信じてみよう。』)
この世界は魔女によって多くの人が、死んだ。恨みを持つ人も多い。だから、それができるのは私、それにその考え方に味方してくれる、ミレイユとチルノしかいない。それに…………
(『先の侵攻で、自国を守るのが手一杯だと、ほとんどの国が思ったはずだ。今現在、動けるのは、君たちしかいない。』)
アーサーは言った。
そうだ。どの国も自分の国の復興、それに守ることで手一杯。各国は互いを牽制し合い、疑心暗鬼に陥っている。手を合わせて、魔女の元へ向かうなど、それどころではなくなっていた。
「…………まぁ、とはいえ目的地に辿り着くまではまだまだ時間がかかる。アーサーの言う、魔女の棲み家。そこに辿り着くまでの地図を、まずは、バード王国から受け取らねばならない。受け取った後の道のりも、きっと、なかなかのものになるだろう。」
「私も、行きますの。」
「ダメだ。せっかく、バード王国まであと少しなんだ。国に帰って、国民を安心させてやれ。」
「私がいなくても、みんなはしっかりしていますの。大丈夫ですの。」
「あはは………。」
相変わらず、チルノは私に抱きついている。そして、ミレイユの眉間には、いよいよ青筋が浮かび、チルノを私から思いっきり引き剥がし、遠ざけた。そして、ミレイユは、私の隣へと腰を下ろした。………しばらく馬車は揺れる。
「…………そう言えば、ベルヒムが言ってましたの。」
チルノは思い出したように言った。
(「お嬢は、王女様ですから本来であれば、国に留まらねばなりません。しかし、もはやこの世界に安心できる場所はない、私はそう思うんです。もしあるとすれば、それは英雄の隣なのかもしれない。…………頼りない、私を許してください。飯田まこさん。…………お嬢を、どうか、よろしく、頼みます。」
「えぇ。分かったわ。」)
「…………私は、国の人が許してくれるなら、これからもチルノと一緒に行きたい、そう思ってる。」
私は言った。
「ハァ………まぁ、国のものが許すならどうこう言う、つもりはないな。」
ミレイユはため息をつきながら、やれやれと、首を振って言う。
すると、チルノはパァーっと目を輝かせて、ミレイユと私を引き寄せて抱きついた。
「あ、暑い!!あんまり抱きつくな!!」
「2人とも大好きですの!!」
「フフッ。」
私たちはバード王国へと進む。しかし、近いとは言え、1つ大きな都市を越えなければならない。そこは、湖の都と呼ばれた、都市レーン。先ずは、そこへ向かうため、私たちは馬車に揺られる。
(湖の都、どんなところだろう。)
私は内心、胸を膨らませる。ゆらゆらと揺れる馬車に、眠気を誘われ、私は気付けば、目を閉じていた。
バシャアァァーーーッッン!!!
大きな音と頬にふれた冷たい感触に、私は目を覚ます。
「まこ!!あれを見てですの!!」
私は、顔を出して上を覗く。
「な、何これ………!?」
そこには、巨大な空を飛ぶ生物がいた。
「く、くじら?」
湖の上に架けられた大橋。その橋を跨ぐように跳躍する巨大な生き物。
「マウントサン・ホエールだな。最大種のクジラだ。しかし、何故、湖に?本来は海にしかいないはずだ。」
「そうですの。クジラは海にしかいないはずですの。この湖は、もしかして、海に繋がっているんですの?」
巨大な魚は、そのまま橋の反対側に着水し、ふたたび水が大きく跳ねる。バッシャーン!!!という音と共に、馬車は濡れ、私たちも濡れる。しかし、橋の上には大きな虹がかかり、それはその向こうへ続く、海上都市レーン、その美しい景観も相まって、私たちには、とても幻想的に見えた。
「それにしても、何だか景色が歪んで見えますの。」
チルノは、ボソッと呟いた。
「歪んで見える?そうか?」
「とても綺麗に見えるけど…………歪んでは、見えないかな?」
私は、ハッと、チルノの表情を覗き見る。すると、その顔は、火照っているようにプスーッと湯気があがっているり目の焦点は定まっておらず、明らかに熱のある状態だった。
「大変っ!!チルノ、大丈夫!!?」
「横になれ、チルノ!」
「はい、ですの。」
御者に言って、止めてもらい、私たちは馬車を降りて荷台のタオルと水を手に取る。そして、タオルを水で濡らし、チルノの額にのせる。チルノは胸を上下させて、しんどそうにしている。
「思ったより、高熱かもしれんな。」
「チルノ!もうすぐ街に着くからね!病院に行きましょう!」
チルノは、ゆっくりと頷く。間も無く、湖の都、その巨大な入り口の門へと辿り着こうとしていた。
キセルの煙草を吹かした人物は、暗がりの部屋から、窓の外を見上げる。
「…………何だか、嫌な予感がするねぇ。」
先程までの晴れ間が、陰っている。それに、風が西から東へと強く、吹いている。こう言う時は、大抵大きな嵐が来る前兆だ。
「今日は、閉めようかね。」
ガタンッ、と窓を閉じ、扉に鍵をかける。机の上にある、鉢と棒を棚にしまい、蝋燭の火を消した。そして、老婆は部屋の奥へ入っていく。
そこは湖の都と呼ばれた都市。レーン。豊富な資源と、重要な文化的遺産の数々から、一度も侵攻を受けたことがなく、様々な学術的分野の専門家が集う、まさに理想的な場所となっていた。
「病院!病院はどっちですか!?」
「病院かい?病院なら、あっちだよ。」
人通りが多く、馬車がなかなか進まなかったので、ミレイユがチルノを背中に抱え、私は荷物を持って、走っていた。
「チルノ、もうすぐ着くからね。」
「…………………。」
「どんどん熱が高くなっている。まずいな。」
ミレイユは背に、チルノの熱を感じ、焦ったように汗を浮かべた。少しでも早く、向かわなければ。私たちは、言われた通り方向の角を曲がった。
「ここは…………。」
するとそこには、大きな噴水が2つ並べられ、その間に女神像が置かれていた。そして、その奥に看板が立てかけられている。
「あった!」
病院と書かれた看板のその下には、古びた扉、それはギギギッと音を立て、なんとか開く。
「すいませーん!」
暗がりの中で、沈黙が広がる。しばらくすると、コツコツと静かな足取りと共に、奥から、声が聞こえた。
「今日は休みだよ。帰っとくれ。」
現れたのは、カラフルな衣装を着こなしたお婆さんだ。サングラスをかけ、めんどくさそうにシッシッ、と追い払うようなそぶりをした。
「お願いします!!この子が、大切な友達が、すごい熱で!!」
「知ったこっちゃないね。今日はもう店じまい。明日来な。」
すると、ミレイユがお婆さんに凄むように詰め寄り、激しい剣幕で言った。
「頼む!明らかにただの熱じゃない。私は腕利だ。何か手伝えることがあるなら、何でも手伝おう。だから、お願いだ。見てやってくれ。」
すると、お婆さんは、ハァ………とため息をついて、俯き、それからサングラスを下にずらして、ミレイユの顔を覗き込むようにして、言った。
「何でも手伝うと、あんたそう言ったのかい?」
その言葉に少しミレイユはたじろぎながらも、こくりと頷き、応えた。
「あぁ。そうだ。」
「…………わかった。じゃあ、その娘、こっちのベットにやんな。」
ミレイユと私は顔を見合わせ、チルノをベッドへと連れていく。チルノがベットに横たわる。
「………………。」
おばあさんは、まじまじとチルノの身体を見つめ、横腹あたりをグイグイッと押し、口の中を蝋燭の火を灯して、覗く。そして、顎に手を当て、少し考える仕草をとった後、棚から鉢と棒、そしていくつかの実を取り出す。
「これでよくなるはずさね。」
鉢で実を擦り潰し、体を起こし、水と一緒に飲ませる。見事な手際だ。
「さて、1日寝込めば、明日には動けるだろう。」
その言葉を聞いて、私たちはホッと胸を撫でおろす。しかし、お婆さんはキセルを私達の目の前にビシッと差し向け、不敵に笑みを浮かべながら言った。
「さぁ、覚悟しな。きつーい仕事が待ってるよ。」
「お、重い…………。」
この湖の都、レーンは中央に存在する国際案内所が一番高い場所にある。港の沖から始まり、まるで山を登るように、ほとんどが上り坂で、所々曲がり道も多いので、そこまでは実質十キロ近い距離がある。
「まこ、無理をするな。」
「う、うん………。」
私は、少し顔を青ざめさせながら、返事をする。病院の主人である、ガンダさんは私たちに、積み荷を運ぶように、言った。
(『沖に、緊急時の物資や食糧が届く。それを、あの建物まで届けておくれ。』)
「それにしても、少し曇ってきたな。雨が降りそうだ。」
「そうだね。早く済ませないと。」
私たちはようやく、国際案内所まで辿り着き、積み荷を置く。そこは、古き良きヨーロッパ風の建物で、木のほのかな甘い香りが、漂っていた。
「あ、あんたら、それは?」
一人の男性が、驚いたように私たちに声をかける。ベレー帽を被り、髭を生やした、男性だ。
「ガンダさんに持ってくるように言われて………。」
「こ、こんなお嬢ちゃんたちにかい?」
ハァーッと彼は、ため息をつき、案内所の中へ入る。そして、ヨーロッパの旧式電話に似た、クラシックな金属と木製の回転式ダイヤルを回し、電話をかけた。
「もしもし、あぁ、ガンダさん。」
何やら、訴えかけるように話している。私たちは通り過ぎて行く、様々な格好の人たちを横目に、ふと背後を振り返る。
「わぁ……………。」
「綺麗だな。」
広大な街の一望が見える。間も無く日は沈み、街を囲う巨大な湖に、眩しい日の光が映っている。活気に街は賑わい、市場や人々の暮らしが望める。私たちは、しばらくその光景に見入っていた。
「あぁ、嬢ちゃんたち、もう帰んな。」
すると、後ろから先ほどの男性の声が聞こえた。
「後は、うちの若けぇもんがやるから、気をつけてな。」
私たちは言われた通り、帰路につく。既に辺りは暗くなり、ポツポツとある街頭を頼りに、ガンダさんの元まで歩く。
「チルノ、大丈夫かな?」
「あそこを出る時には、既に顔色は良くなっていた。きっと大丈夫だろう。」
ミレイユは言った。
ひとつ、点滅を繰り返す、街灯があった。その明かりが消え、もう一度着いた時、突如人影が現れた。それは、黒いマントを羽織っていて、どこか怪しい。
「……………まこ、下がっていろ。」
ミレイユは、私の前に出て、懐の剣に手を掛ける。すると、そのマントの人物は、次の街灯の点滅とともに姿を消した。
「…………一体何者だ?今の気配は。」
ミレイユは訝しむように目を細める。不意に、雷が鳴る。雨が降ってきたようだ。
「いけない、早く帰らないと。」
「そうだな。」
私たちは足を早める。
『……………………。』
物陰には人影。その黒マントから覗くのは、碧の眼差しと赤い髪。その双眸は2人を捉えていた。
『……………次は、必ず。』
暗がりの中へと姿を消す。雨と風の勢いが強まり、街の喧騒は夜の闇に消えた。
「元気になりましたのーー!!!」
チルノは飛び跳ねるように、部屋を回る。
「朝から騒がしいな。」
ミレイユは少し眠そうにして、目を擦った。
「ミレイユ、また寝なかったの?」
「あぁ、昨日の怪しい人物が気になってな。一応、警戒しておかねば、と。」
ミレイユは窓の外を見る、昨日の雨風が嘘のように晴れ、眩しい日差しが部屋に差し込んでいる。
「良くなったようだね。」
ガンダさんは、とびきり汗をかいて、大きな木製の道具箱を持ち、息を切らしながら、戻ってきた。
「どうしたんですか?何か…………。」
すると、ガンダさんは汗を拭き取り、息をついてから、険しい表情で言った。
「今朝から、緊急の患者が止まんでね。」
ドサっと腰を下ろし、天井を見上げる。
「原因不明ときたもんだ。」
座ったまま、棚に手をやり、本を取り出し、パラパラとめくる。
「さて、どうしたもんかね?」
ミレイユは言った。
「どのような症状なのだ?」
ガンダさんは本をパタンと閉じて言った。
「みんな同じだよ。一様に、高熱と咳が出て、起き上がれない。だが、感染症でも、風邪でもない。ただ、うなされて酷い夢を見ているようだった。」
「酷い………夢?」
「そうだ。酷い夢。赤髪の少女の夢さね。」
ガンダさんは、俯きながら言った。
「暗く、寂しい夢だったそうだ。」
「ラウムドラ…………。待っててね。」
少女は、路地裏を歩く。ユラユラと幽鬼のように。何事もないように平気で過ごしている人間のことが、許せない。
(貴様らが、全ての原因だというのに。)
手に焔をゆらめかせるが、ぐっと唇を噛んで、抑めた。決行の時は近い。だが、それまでに厄介な英雄を私の手で仕留めなければ。
「必ず殺す。待っていろ。」
少女は、路地裏から、バッと姿を消した。街の喧騒が、路地裏の静かさを大きくさせた。
「おぉ、ガンダ、来たな。」
「用事で忙しいと、言ったはずだが。」
ガンダさんは、日の照りつける真昼間、昨日の案内所のおじさんに呼び出されたようだった。先日の不審者の件もあり、この街の騒動は、私たちにとっても気掛かりで、しばらくこの街に留まることにした。そして、ガンダさんの付き添いで一緒に来たのだ。
「それが、原因がわかったかも知れないんだよ。」
「何だって?」
ズイッと、眉間に皺を寄せ、苛立った様子で聞き返す。………というのも、ガンダさんは、引っ切りなしに呼び出され、その多忙の余り、かなり機嫌を損ねていた。あたしゃ、若くないんだよと、愚痴を溢していたが、他の町医者にも指示を出し、的確に仕事をこなしていた。
「遠方から来た医者に聞いたんだ。そしたら、これは『共鳴症』かもしれんとよ。」
「『共鳴症』………なるほどね。」
ガンダさんは、俯き、手で顎を摩る。
「しかしねぇ、この規模の『それ』は聞いたことがないねぇ。だいたい依代にされるのは、1人なもんだ。」
「そうか。………良くわからんが、俺にもし、できることがあれば、言ってくれ。ガンダ。」
「私たちも、手伝います!!」
「ですの!!」
「まぁ、仕方がないな。」
すると、ガンダさんは窓の外に目をやる。
「……………よし。なら、やることはひとつだね。」
ガンダさんは言った。
「『アーケイル』を用意しな、『竜島』に出航だよ。来てくれるね、あんたたち。」
私たちは、頷く。
しかし、その時だった。
ゴロゴロ…………と、晴れ渡っていたはずの空に、突如、雷鳴が鳴り響いた。私たちは窓の外に視線を向ける。
「お、おい!何だあれ………。」
住民は空を見上げる。先程まで、晴れていた空は、ある場所を境に、雷雲が立ち込め、異様な雰囲気を放っていた。
「あ、あれは…………!?」
空が赤く染まっている。暗雲のなかから現れる、無数のそれは、神秘的な咆哮をあげ、大気を震わせた。自分達のすぐ上まで飛来したそれに、人々は、恐怖し、慄いた。人々は、逃げ惑う。人々は出来るだけ、高い場所へと逃げ出した。
「な、何だい………!?」
人々が、押し寄せてくる。焦ったように、何かに追われているように、恐怖に駆られた、その目は、それを捉えていた。
「あ、あれは…………!?」
まこは、その異様な光景に目を見開く。神秘的な咆哮、空を埋め尽くすほどの赤竜が、上空を舞っている。
「まずいな。」
ミレイユは、剣を握った。
「みんな、早く、こっちに来るんですの!!!」
チルノは、外の人々に素早い避難を促す。
「なんだってんだい…………。」
ガンダさんは額に、冷や汗を流している。
数千の赤い竜。しかし、不思議なことに滞空しているだけで、攻撃の意思はないようだった。
『…………………マキア。』
まこは、ハッと気づく。入り口に、黒マントの人物が立つ。それは、こちらを見据え、懐から、杖を取り出し、言った。
『月の牢』
途端、あたりの景色は一変する。地上は、浅瀬の水で満たされ、上空の巨大な月が、私たちを照らす。彼女は、告げた。
『選べ、死か………それとも、私に協力するか。』
湖に映る、月に波紋が拡がる。
暗く広大な洞窟には、月の灯りのともる湖があった。そして、その奥には、巨大な結晶。結晶は、黒く濁っており、その中には、竜の姿が見える。
『……………………。』
しかし、その竜の姿は、鉱物のように石化しており、その身体には、いくつもの大きな穴が開き、刺し傷を受けた痕が見られる。
(……………シャナ。)
「あなたは、何者?」
まこは、問い掛けた。この場所にいるのは、私と、ミレイユ、チルノ、そしてガンダさんだ。
『私は、竜島の精霊、シャナ。』
彼女は、フードをあげる。そこにいたのは、赤髪の少女。彼女は、私たちを睨みつけ、杖を向ける。
『私は、彼を守りたい。だから…………。』
杖に魔力の光が灯る。
『死んで。』
『……………やめなさい。』
何処からか、響くような声が聞こえる。
「なんだ!?」
「なんですの?」
「これは…………。」
私は、目の前の彼女を見る。
彼女は、眼を見開いて、驚いた表情で、溢すように言葉を話した。
「ラウム、ドラ………?」
『人を恨んではいけない、シャナ。』
彼女は膝をつく。
「どうして………!?あなたは、もう………。」
『迷惑をかけたね。人の子らよ。』
その声の主は、優しい声音で、私たちに話しかける。
『間も無く、竜たちは巣へと戻るだろう。』
「で、でも…………っ!!」
『シャナ、生命はいずれ、生き絶えるものだ。それは人も、竜もおなじ。私の番が来た。ただ、それだけのことなのだ。』
「いや………いやよ、ラウムドラ。」
『人の子らよ、どうかこの子を許してやってくれ。シャナ、最期にもう一度、顔を見たい。どうか、帰ってきてはくれないか?』
「……………うん。」
彼女は、涙を流してそう、返事を返した。月夜の空間は、溶けはじめ、元の空間へと戻っていく。
「…………………っ。」
私たちの前で泣き崩れる、彼女を私たちは憐んで見た。…………もしかしたら、私たちに何かできることはないだろうか。何か。
「私は、医者だよ。」
ガンダさんは、そう言った。
「竜だろうが、人だろうが、関係ないね。小娘、立ちな。」
ガンダさんは、少女シャナに手を差し伸べる。
「一緒に行くよ。あんたらもついてきな!!」
ガンダさんは、振り返り言った。私たちは、頷く。こうして、私たちは『竜島』へと向かうこととなった。
船の甲板の通路、私たちは海辺の手摺りに肘を掛けて、話をしていた。彼女は、自分の過去の話を、私に打ち明けてくれる。
幼い頃から私には、不思議な力があった。それは、動物と話すことができる能力。両親から、煙たがられていた、私にとって、その力は救いだった。私の、孤独を優しく癒してくれたの。
「もう、くすぐったいよぉ。今日は何があったの?…………そうなんだ。大丈夫だよ。私がついてるからね。」
私は猫を抱きしめた。すぐに動物たちとは仲良くなることができた。でも、それと同時に同年代の子どもたちからは気味悪がられ、両親もますます私を遠ざけるようになった。
「こいつ、おかしいのよ。」
まるでバケモノを見るような眼差しは、少女にとって自分そのものを否定されたかのように感じた。
そんなある日…………。
「ねぇ、シャナ。私たちと海に行かない?」
初めて、母親から外出に誘ってもらえた。私ははそれが何より嬉しくて、スキップをして家を出た。
ドンッ…………
何が起こったのか、分からなかった。背中を押され、私の身体は宙に浮いた。その日は流れの強い夜で、必死にもがきながら、息をしたけれど、気づけば意識を失いかけていた。
(私、死ぬのかな………?)
私、悪いことしたかな。お母さんに何もしてあげられなかったから?ごめんね、お母さん。お父さん、悪い娘でごめんなさい。生まれ変わったら今度はいい子に産まれるから、どうかまた………。
「……………………」
気づけば浜辺に打ち上げられていた。私は、生きていた。視界が歪んで、身体が異様に冷たい。多分、もうすぐ死ぬんだって、そう思った。
すると、バサッと大きな羽音と共に、知らない大きな動物がやってきた。その動物はポツリと溢した。
『可哀相に。』
その動物の言葉に、私は視線を向ける。すると、その動物はゆっくりと、優しく私に触れた。私は、フッと糸が切れたように気が緩み、涙がたくさん溢れた。その動物は慌てたように、少し離れたせど、優しい眼差しで私を見て、それからまた顔を近づけた。とても、とても、暖かかった。暖かくて、幸せな気持ちになった。ぎゅっと私はその顔に手をやって、安心したように深い眠りについた。
「それが、私とラウムドラとの出会い。」
彼女は、私たちを見て、言った。
「私ね、元々人間だったの。」
「そうなのね。」
「辛い、過去があったんですのね。」
「大変だったのだな。」
「あんたら、もうすぐ着くよ!!」
操舵室から、ガンダさんは顔を出す。私たちは、コクリと頷く。海の向こうに見えるのは、巨大な島。肥沃な大地、森林が生い茂り、空には竜がとんでいる。そして、その中央には、大きな活火山があった。
ガタンッ!と船が沖に辿り着く。
そこは、何の変哲もない、浜辺。
だが。
大きな羽音とともに、竜たちが私たちの前に降り立つ。
「あなたたち、お待たせ。」
しかし、何処か様子がおかしい。
「………………?」
目が血走り、殺意を持って、シャナへと距離を近づけていく。
「危ないっ!!」
ガキィン
ミレイユは、竜の爪による斬撃を、剣を盾にして防ぐ。シャナは、驚いた表情で背後へと後ずさる。
「ど、どうして…………。」
彼女は、シャナは思い出した。家族同然に彼らと過ごす前、そうここにきたばかりの時のことだ。
『……………………』
バサッ、バサッとたくさんの羽の音が空に響き渡る。腹を空かせた、竜の群れはわたしを喰おうと空から降り立ってきた。でも、その島の主であるラウムドラは、それを許さなかった。
『手を出せば、分かっているな?』
底知れぬ威圧感に、竜たちは一瞬で道を開け、彼は私を背に乗せて、自らの棲まう洞窟の中へと運
び入れた。そして、洞窟の中で私に身を寄せ、私の体をずっと暖めてくれた。
「やめてっ!あなたたちっ!!!」
次々と襲い掛かる、竜たちにシャナは、訴えかける。しかし、竜たちは止まらない。ミレイユを救けるため、まこも変身して立ち向かう。
「ごめんね、少し痛いかも。」
足を持ち、柔道の出足払いのようにして、転ばせる。しかし、まるで何かに取り憑かれたように、竜たちの凶暴性は増していき、痛みなど感じないかのように、立ち上がり、襲いかかってくる。
「これでは、キリがない!!一旦逃げるぞ!!!」
ミレイユが言う。私は、呆然と立ち尽くしている、シャナを抱えて、森の中へと走った。
「ガンダさん!!何してるんですの!!!」
ガンダさんが、逃げる手前、竜の方に身体を向けている。すると、懐から杖を取り出し、言った。
『ノース』
すると、竜のうえには碧色の鱗粉が降り注ぎ、竜たちの動きが鈍る。
「しばらく、寝かせておこうか。」
竜たちは、その場に伏せ、眼を閉じる。
「あたしゃ、専門じゃないんだから、じきすぐ眼を覚ますよ!!ほら、行った行った!!」
ガンダさんは、私たちにシッシッと早くいくように、指示する。私たちは、森の奥へと向かう。ガンダさんもしっかり後ろをついてきている。というか、めちゃくちゃ足が速い。私たちが追い抜かされそうな勢いだった。
「うぅん……………」
私は目を覚ます。目を開けると、まん丸の巨大な黄色い瞳が目の前に現れる。しかし私はそれほど、驚かなかった。竜の主は呟いた。
『恐くないのか、私のことが。』
少女は答える。
「えぇ、こわくないわ。」
その言葉に、竜の主は驚く。
『私の、言葉が理解できるのか?』
少女はコクリと頷いた。竜の主は言う。
『我が名は、ラウムドラ。』
「わたしの名前は、シャナよ。よろしくね。」
『本当に私の姿が恐くないのか?』
「えぇ、あなたの姿はとても美しいもの。」
『…………………』
竜は少女の足元に頭を下げて、言った。
『乗るといい。』
「いいの?」
少女はおずおずと、不安な顔で問うた。
『あぁ。』
少女はゆっくりと竜の頭に乗り、バサッと羽ばたかせた竜は洞窟の中から穴の空いた巨大な天井へと飛び立った。
「わぁっ。」
少女は感動したように目をキラキラさせる。青い海に、綺麗な緑の広がる大地。そして、森の隙間からは竜の親子が仲睦まじく暮らしている姿が見えた。
「………………………」
『どうした?』
少女は、俯き、涙を流す。
「私ね、捨てられたの。」
『…………そうか。』
すると、竜の主は旋回し、巣へと戻った。そして、洞窟の奥へと進み、そこには巨大な泉が現れる。
「わぁ。綺麗…………」
すると、竜は湖の奥、碧く光る結晶石の元へと降り立ち、彼女にそれに触れるように言った。
「これは、なに?」
『それは私、そのもの。生命の根幹。その結晶が砕かれれば、私は消える。』
「えっ!?そ、そんな…………」
『それを君にプレゼントしよう。私の事ながら、これは、綺麗な色をしていると思うのだが。』
「プレゼント…………」
『あぁ。』
すると、少女はポタポタと涙を地面に落とし、俯き言った。
「わたしね、プレゼントなんてお母さんとお父さんからも貰ったことなかった。…………ありがとう。ありがとう。」
少女は、振り返りラウムドラに抱きつく。ラウムドラは少女を慈しむように、目をゆっくりと閉じた。それからと言うものシャナとラウムドラはずっと一緒にいるようになった。シャナは、竜たちの声を聞き、困ったときには竜たちの仲を取り持つまでになった。竜たちもシャナのことを仲間として受け入れ、彼らは仲睦まじく幸せに暮らしていた。いつまでもずっと…………その、はずだった。
「私は、人が嫌い。」
シャナは、俯き、表情を暗くして私たちに、話し始める。
「ただ幸せに暮らしたいだけなのに。それなのに、この世界はそれを許してくれなかった。」
「えー、国民の皆さん。今年から始まる祭典、竜狩り祭。各国の著名な騎士たちが赴き、竜の首を狩り、その数で競う催しが開かれます。」
民衆は歓声の声をあげる。普段娯楽のそれほど多くない人々にとっては、催し物、祭りが何よりの楽しみだった。
「近年魔女の侵攻が止み、各国間の争いが激化しています。そこで一度手を取り合い、我々が誇りある人であることを、思い出そうではありませんか。今一度来たる魔女侵攻の時に向けて、団結し、前を向きましょう。我々には明るい未来が待っている。」
民衆から拍手が起こる。その知らせを聞いた若き日のアーサーは溜息をついていた。
「馬鹿なことを………」
各国の立場ある、主力級戦力は辞退するものも多かった。これが実に下らぬ余興であることを理解していたからだ。竜の怒りをかって、無事で済むはずがない。しかし愚かな王たちはその進言に耳を傾けるはずもなく、この催しは決行された。そして、これは結果的に人間側の戦力を大きく減らす甚大な事件となった。
「ねぇ、ラウム。あれなに?」
ラウムは驚愕する。海の一部を覆うほどの大船団。各国主力級艦隊が、準主力級戦力を引き連れ、竜島へと乗り込んできた。
「魔法部隊、構えッ!!!」
すると、数百人の名の通った魔術師が、杖を空に掲げ、島の上空には島を覆うほどの巨大な魔法陣が形成される。
『落雷』
雷が降り注ぎ、瞬く間に森は、島は火に包まれた。竜たちの鳴き声が響き渡る。騎士たちが島に上陸した。
「ハァ、久しぶりの運動だ。腕がなるぜ。」
「竜を狩るなんて、ロマンじゃない?一気に私たちの名も知れ渡るってもんよね。」
「馬鹿、油断するな。」
「これは遊びじゃねぇぞ。戦争だ。」
竜たちが怒りの声を上げ、上空から飛来する。騎士たちは剣を振り、次々と竜たちの首を切り落とした。
『シャナ、ここから出てはダメだ。』
「いやだ!!!私も行く!!!」
『我儘を言わないでくれ。』
ラウムドラは、シャナを洞窟の最奥へと連れる。
『相手は恐ろしい力を扱う。仲間たちを助けなければならない。』
「いや、1人にしないで。」
シャナは大粒の涙をこぼしながら、ラウムドラのからだに縋る。
『安心しろ。すぐに終わる。』
ラウムドラは飛翔する。そして、島の惨状を見て、大気を揺るがすほどの咆哮を上げる。
「おっと、本命のお出ましってわけか。」
騎士たちは笑みを浮かべ、武器を構える。ラウムドラは仲間たちの元へと赴き、騎士たちとの決戦が始まった。
「…………いたい。」
シャナは洞窟の岩を乗り越えて、膝を擦りむきながらも何とか、外へ出た。
「えっ………?」
そこは地獄のような光景。つい昨日まで家族のように、仲良くしていたみんなが、血を流し、胴体を切られ、息絶えている。
「ねぇ、お願い。目を覚まして。」
側では、キュイ………と竜の子どもが既に亡骸となった母のからだを優しく舐める。
「ダメ、こんなの、ダメよ…………。」
シャナは走り出す。何度転げても、膝を擦りむいても、気にせずに、ラウムの元へと駆けた。
騎士たち、そして魔導士たち、さらに、数千、数万の兵士が、島に上陸する。その数による非常なまでの圧倒的な戦力の差を、ひしひしとラウムドラに感じていた。
(倒しても倒しても、キリが無い。)
ラウムドラは空高く飛び立ち、口のなかに炎を溜める。そして、地上に固まる敵に向かって一気に吐き出した。
『炎弾』
兵士たちは悲鳴を上げ、次々と倒れていく。だが、それでも後方から次の魔術師の部隊が上陸し、呪文を唱えていた。
『散雷』
雷はラウムドラの周囲に降り注ぎ、その幾つかが翼を貫き、穴をあけた。ラウムドラは、制御を失い地上に落下する。
(しまった…………。)
その様子を見た、騎士たちはニヤニヤと笑いながら、刻一刻と、動けないラウムドラへと距離を詰める。
(ここまでか…………。)
「ダメぇぇーーーっ!!!!!」
シャナは騎士たちの前に出て、ラウムドラへと覆い被さる。
「お、おい、こんなところに子どもが………。」
「嬢ちゃん、どうしてこんなところに?」
すると、シャナは騎士たちの身体についた仲間たちの血を見て、惨状を思い出し、キッと睨みつけた。そして、1人の騎士に勢いよく噛みついた。
「いてっ!!このッ!!」
戦闘の最中でのことだ。思わず、力の加減を誤ってしまったのだろう。
「ひぐッ………!?」
振り払われた、シャナは吹き飛ばされ、地面へと首を強く打ち付けた。そして、彼女の首は在らぬ方向へと曲がり、息絶え絶えに、その生命の灯火は消えようとしていた。
「お、お前…………!?」
「し、知らねぇぞ!!俺は!!こんなところに、子どもがいるなんて聞いてねぇ!!!」
背後から黒い瘴気が立ち昇る。彼らは、決して越えてはならぬ一線を越えた。
(シャナ……………。)
ラウムドラはシャナを弾き飛ばした、騎士の身体へと自らの前腕を叩きつけ、踏み付ける。
「ぐゔぇっ………!?」
『…………………。』
そして、その頭部を、四肢をムシャムシャと、噛みちぎり、引き離し、その身体はバラバラとなった。
「なっ、なっ…………!?」
「おい!お前ら何やってる!!かかれ!!!」
騎士たちは剣を構え、駆けるが、腕の一振り、爪に掠っただけで身体が分たれ、目に見えぬほどの鋭い噛みつきは騎士の頭部を噛み砕いた。
「ひ、ひぃ………!!?」
騎士たちは足を竦ませる。兵士たちは既に悲鳴を上げて、戦意を喪失し、逃げ出していた。ラウムドラは再び、上空へとその身を羽ばたかせ、口内に、光を溜める。
『月王』
ラウムドラから放たれた光線は、人体を一瞬で蒸発させ、遠方の船は燃え上がり、上陸した部隊の大部分は壊滅。ものの十数秒で、地上の騎士や兵士たちはその数を数百人にまで減らした。
「て、撤退ッー!!!撤退だぁーー!!!!」
物見遊山で来ていた王たちは、慌ててその身を翻す。ラウムドラは追おうとしたが、身体がいうことを聞かず、落下していく。
(シャナ………すまない………。)
落下したラウムドラは、身をシャナの元へと寄せる。
(…………この子が初めて、ここへ来た時、私はどうしたものかと戸惑った。人間の子だ。随分と私の姿は恐ろしいだろう。そう、思ったのだ。)
『えぇ、こわくないわ。』
『えぇ、あなたの姿はとても美しいもの。』
醜く、怖く、恐ろしい。
私の姿は、仲間たちの目にそう映っていたのだろう。だからこそ、仲間たちは私に付き従い、私は島を治めることができた。
だから、今度もまたそうであると、思っていた。
ペタッ………と柔い肌がふれる。
最後の力を振り絞って、シャナは私に触れた。
「大丈、夫…………?」
思えば、運命の出会いであったように感じた。自分に対等に話しかけてくれる相手は、シャナが初めてであった。
(あぁ、そうか。)
私は、シャナのことが好きだったのだ。
愛していた。
『……………………』
グググッ………とその身を起こす。
『私の全てを。』
ラウムドラとシャナは光に包まれる。その、あたたかな、優しい光は、シャナの体を包み込み、彼女の身体はぬくもりを取り戻した。
『これで、よかった。』
ラウムドラの身体は、次第に石化し、鉱物へと姿を変えた。シャナは目を覚まし、目の前のラウムドラへと明るい笑顔を向ける。
「ラウム!!…………ラウ、ム?」
動かなくなった彼を、彼女はひしと、抱きしめる。そして、ずっと、ずっと彼を、涙が枯れるまで、抱きしめ続けた。
「それから、私は、彼を救う方法がないかを模索して続けた。灯火となった、彼の命を何とか、保たせながら。」
そして、彼女はキッと前を見据える。
「でも、そんな瀕死の彼にすら人間は、自分たちが抱えきれない憎悪や、怒りの感情を押し付け、依代にした。今おそらく、その力が暴走して、制御が効かなくなってるんだ。」
彼女は、グッと拳を握りしめる。
「どれだけ苦しめれば、気が済むんだ。」
「……………………。」
私は彼女の口から語られた過去と、現状に、言葉を失っていた。
「…………人間を恨んでも、仕方がないんですの。」
気づけば、私たちは島の中心、高く聳える、山の麓へ来ていた。すると、何処からか声が聞こえる。
『すまない。』
その声に、シャナは顔を上げる。
「ラウムっ!!!」
山の麓、巨大な洞窟。そこからは、異様な瘴気が放たれる。ラウムドラは言った。
『シャナ、逃げなさい。』
瘴気がジワリと躙り寄る。
『どうやら、しくじったようだ。』
空には暗雲が立ち込める。
『私のことは、私で始末をつける。』
「ダメ、いやよっ!!!」
シャナは、走り出すが、石の出っ張りに蹴躓いて、転ぶ。彼女は地面に拳を握りしめ、悔しそうに、悲しそうに、言った。
「どうして、私たちが苦しまなければならないの?ただ、放っておいてほしいだけなのに、ただ、静かに、暮らしたいだけなのに。」
『…………竜とはそう言う種族なのだ。人によって生かされ、また人によって命を終える。私の使命を、矜持を、どうか尊重して、この島から立ち去ってくれ。』
「でも……………」
『私が、私で無くなる前に、早く…………。』
大地が揺れ始める。
シャナは、膝をついて、涙を溢した。
「うぅ…………。」
そんな彼女に、まこは、静かに手を差し出べる。
「…………行きましょう。」
まこは言った。
「私が止める。何かあったら、必ず私が止めるから、救けに行きましょう。」
シャナは、まこの目を見つめる。
(これまで人間のことはこれっぽっちも信じられなかった。でも不思議。この人は、何だか…………。)
シャナは、目を逸らし、まこに告げた。
「私は、あなたを殺そうとしたわ。」
彼女は、唇を噛み締め、言った。
「どうして私にそこまでしてくれるの。」
まこは、応える。
「辛かったんでしょ。大丈夫、私が一緒に背負ってあげる。」
まこは、手を握り、言った。
「行きましょう。大切な人が待ってる。」
シャナは、目尻に涙を浮かべて、言った。
「…………うん!」
彼女は頷き、立ち上がった。
「よし。行くか。」
ミレイユは、鞘に手をかける。
「行きますの。」
覚悟を決めたように、チルノは杖を握る。
前に行く、3人を背後からガンダさんは、少し懐かしむような目で、見つめていた。
「捨てたもんじゃないねぇ。全く。」
洞窟の中へと入る。島の上空では雷鳴が鳴り響き、海では、大きな荒波が立つ。竜たちは、正気を取り戻し、すでに巣へと避難していた。竜たちの、悲しい鳴き声が空に響き渡る。
巨大な結晶にヒビが入る。
背後の、湖の奥には碧色の小さな結晶。それは、黒く染まり、鈍い光を放っている。地響きによって、瓦礫が、ガラガラと、音を立てて、崩れ落ちる。
『………………頼む。』
(どうか、シャナを。)
洞窟の奥へと進む。いくつもの結晶が、洞窟には生えており、その結晶の光で辺りは照らされ、広大な空間が見渡す限りに、広がっている。
「私ね、ずっと後悔してたの。」
彼女は立ち止まる。
「もし、あの時ラウムドラの言う通り、洞窟で大人しく待っていたら、私が余計なことをしなければ、今でも彼は元気にいられたんじゃないかって。」
彼女は、背を向けたまま、涙を拭う。
「取り返しのつかないことをしてしまったわ。………私には、ラウムドラしかいないの。彼しかいない。家族と呼べる人は、もう。」
「シャナ…………。」
肩を落とす、シャナに、私たちはかける言葉が見つからない。そんな時、ガンダさんはこう言った。
「ウチに来るといい。」
その言葉で、シャナの肩の震えは止まり、彼女はゆっくりと少しだけ振り返る。
「ただし、あたしゃ諦めちゃいないよ。肝心のあんたが、そんな様子でどうするんだい。あんたの大切な人は、まだ生きてる。生きてる限り、最後まで諦めないことだねぇ。」
ガンダさんは、シャナの横まで来て、彼女の頭を撫でた。
「これまでよく頑張ってきた。あとは、あたしらに任せんさい。」
シャナは、涙を流し、コクリと頷く。
私たちは、覚悟を決めた。
コツ………コツ………と、足の音が響く。私たちが辿り着いたそこは、これまでよりも、さらに広大な空間。巨大な結晶石の後ろには、泉が存在し、その後ろには碧の小さな結晶石がある。
「ラウムドラ……………。」
巨大な結晶石の中には、彼の姿があった。静かに、ただ前を見据え、その透き通る中に、彼は佇んでいる。シャナが、ゆっくりと歩み寄ろうとした、その時だった。
ピシッ………ピシッ…………ッ!
結晶石が音を立てて、崩れ落ちる。そして、石化した彼のヒビ割れた体の隙間からはドロっとした赤黒い液体が流れ出た。
「な、なに、これ……………?」
シャナは絶句する。
その赤黒い液体は人の姿をかたどり、次々と溢れ出す。下半身のないそれは、多くの怨念の声を撒き散らすそれは、ラウムドラの身体を攀じ登り、やがてその身を覆い尽くした。
赤く眼が光る。
赤黒い液体が固まり、それは棘と化した。全身から薔薇のような棘と、その胸からは赤黒い人のような何かの、上半身が這い出て、手を伸ばした。
「アァァァ……………」
「いやぁ、いや………………。」
シャナは、顔を覆い、ヘタリと座り込んでしまう。まこは、彼女の前に出た。そして、シャナに言った。
「シャナ、お願い。彼に、呼びかけてあげて。苦しんでる、意識は朦朧としているかもしれない、でも、きっと声は届くはずだから。」
ミレイユと、チルノもシャナの前へと出た。
「行くぞ。」
「行きますの。」
怨嗟の声と、竜の咆哮が洞窟全体に響く。
『ミロ・ルーエン』
鐘の音、心の落ち着く…………静かな鐘の音が洞窟に、響き渡る。艶やかなオーロラがラウムドラの周囲を包んだ。ガンダさんは、杖を向けている。
「今だよ、声をかけてやんな。」
シャナは、立ち上がり、彼に呼びかける。
「私ね、あなたが大好きよ。これまで、なかなか素直にいえてなくて、ごめん。私が熱を出したとき、あなたが舌で少しずつ、水を私のおでこに掛けてくれてた。何日も、何日も私がうなされる度に、あなたが心配そうな顔をして、掛けてくれてたの凄く嬉しかった。私が実をとって、あなたにプレゼントしようとしたとき、木の後ろから見守ってくれてたよね。身体が大きいから、バレバレだったよ。私がやっと実を取れて、持っていった時は、泉の方に身体を向けてたけど、あの時、嬉しくて泣いてくれてたんだよね。島のみんなが、大喧嘩した時、私が止めようとして、吹っ飛ばされちゃったとき、あった、よね。その時は島が噴火しそうなくらい、怒ってくれたね。あんまり怒るから、みんながビックリして、あなたを落ち着かせるために、丸何日も、かかったの、大変だったけど、いい思い出だな。」
シャナは、立ち上がり、ラウムドラを見据えて言った。
「私は、あなたがいなくても生きていける。きっと生きていけるから、だからね、もう、お願い。苦しまないで。愛してる。愛してる、から。」
『シャナ……………。』
ラウムドラの赤い眼が、治っていく。
胸の赤黒い人間が、頭を抱え、消失していく。
ラウムドラの棘が、サラサラと光を帯びて、天に昇っていき、身体から暗い液体が剥がれ落ちていった。
剥がれ落ちた、赤黒い液体は大きな人の塊となり、それは私たちに苦しさを伝えるように、呻き声をあげた。
「ウゥゥ……………。」
「苦しかったよね。でも、それももう終わり。私たちが、解放してあげる。」
私たちは、構えを取った。
ゴポポポ…………と、赤黒い上半身だけの人間がたくさん溢れ出し、私たちに襲いかかる。
「まこ、ここは私たちに任せろ!!!」
「任せてですの!!!」
ミレイユは、剣を振るう。
「ハアァァァーーーーーッ!!!!」
チルノは、杖を向けて、唱えた。
『ベリュグナード』
赤黒い上半身だけの人間たちは、次々と液体へと還っていく。私は、ミレイユとチルノが開けてくれた、道をまっすぐに走る。
「いけ!まこ!!」
「いくですの!!!」
私は、飛び上がる。そして、目一杯振りかぶった拳を、その人間に向かって、振り翳した。
『あり、がとう…………。』
最後に、そんな声が聞こえた。
「どういたしまして。」
私は目を閉じる。
眩しい光が、辺りを包み込む。
私たちは、その優しい光のぬくもりの中で、意識を失った。
「う、うぅん……………。」
私は目を覚ます。
「おはようですの。」
「まこ!!大丈夫か!!?」
チルノは、眩しい笑顔でいつも通り、挨拶をしてくれる。ミレイユは心底心配そうな顔で、私の顔を覗き込んでいた。私は、ゆっくりと身体を起こす。
「大丈夫、ミレイユ。ありがとう。チルノ、おはよう。」
2人は、私の返答に柔らかな笑顔を向ける。
洞窟の奥では、シャナとラウムドラがひしと、抱きしめ合っていた。
「とりあえずは、一件落着だね。」
ガンダさんは腰に手を置き、ホッとしたため息をつく。
「それじゃあ、帰ろうかね。」
「あぁ。」「うん。」「はい!ですの!」
海辺、竜たちが集まる。
シャナは私たちに手を振り、ラウムドラは穏やかな表情で、私たちを見ている。
「それじゃあ、帰ったらもうひと仕事でも、お願いしようかね。」
「えぇ!?ですの!!」
「むぅ………時間が。」
「あはは、少しなら………。」
すると、ガンダさんはフッと微笑んでいった。
「冗談だよ。おい!あんたは別だよ!!」
案内所のおじさんに向かって、ガンダさんは大きな声で呼びかける。
「えぇ!?俺も休ませてくれよ!!」
「あんたは、何もしとらんだろが!!!帰ったら、引き続き、薬草の仕入れだよ!!!」
「わぁーかったよ、ガンダさん。」
案内所のおじさんは項垂れる。私たちは、静かに笑い声をあげる。こうして、湖の都レーンでの私たちの、冒険は終わりを告げた。
「まこ、みんな。ありがとう。」




