2-2
今日も今日とて、ライオンズの試合を生中継で見られない。
現在、図書室に待機している。理由は簡単だ。指示があったからである。
――――お兄、部活が終わるまで待ってて。
放課後、突然連絡がきた。友達登録しているのは親父と天の二人だけ。
天は近くにいるし、親父かと思って開いたらまさかの妹だった。
連絡先を教えた覚えがないのだけど、これはどういうことなんだ。いいや、深く考えるのはやめよう。ある結論にたどり着くのが怖いんで。
何だかんだ平和な一日だったので、何事もなく終わりたい。
あれから井上さんに絡まれるのを覚悟したけど、特に声が掛かることもなかった。
隣でブツブツ呟いていたが、気にしたら負けである。
問題は風花だ。この時間まで待たせて、どういうつもりなんだ。
「一体なんの用なんだか」
同じ屋根の下で暮らしているんだ。家で話せばいいだろ、家で。
さて、ようやく部活動の時間が終わる。荷物を持って自転車置き場へと移動した。
「お兄、やっほー」
「やっほー、じゃねーよ。ライオンズの試合が始まるってのに」
部活終わりの生徒がチラチラとこちらを見ている。
しかし、その視線は『攻撃的なもの』ではなく『好奇的なもの』だった。双子の兄妹であるという話が広がって、一緒にいることへの違和感がなくなったのかもしれない。
まさか、兄妹で付き合っているとは思わないだろうし。
「フーとライオンズ、どっちが大事?」
「もちろん、ライオンズ」
「……すべての選手がFAで出ていく呪いをかけてやる」
「頼む、それだけはやめてくれ!」
ただでさえ、選手の流出が多い球団だというのに。
「ほんと、お兄はツンデレなんだから~!」
もうそういう事にしておこう。風花の怨念からライオンズを守ってみせる。
「それで? わざわざ学校で合流する必要あるのか?」
「逆に聞くけどさ。こーんなに可愛い彼女が出来たんだよ?」
「妹だけどな」
「可愛いの部分は否定しないんだぁ? うれしっ! おにぃ、ちゅきちゅきちゅきぃ!」
「そこまでツッコミが回らないんだよ!」
そもそも妹の外見が可愛いとか気にしたことがない。
「と・に・か・く! 初彼女との放課後だよ!? デートするしかないっしょ!」
「…………」
まじか、俺の初彼女って妹になるのかよ。
「初めての彼女でもあるし、最後の彼女でもあるよ?」
ひゃっほぉうぅ! 俺の人生終わった!
「ちなみに放課後デートってのは何をすればいいんだ?」
「相手の家でイチャイチャするとか?」
「あら不思議。帰る家が一緒だぁ」
そして、家デート(?)は断固拒否します。
「カラオケ、ネットカフェ、公衆トイレ」
「待て待て!? それらの施設でナニをするつもりだ!?」
カラオケとネットカフェまでは言い訳が利くが、最後のは絶対そういうことだろ。
「お兄、さっきから文句ばっかりー。ちょっとは考えてよー」
「うっ」
相手の意見を否定するなら、対案を出すのがマナーだ。
しかし妹とのデート案となると、思考回路がうまく働かないのである。
「とりあえず、移動しながら考えるか……」
「うんっ! それもいいかもね!」
自転車を押しながら、風花と並んで学校の敷地を後にする。
「で、風花はバスに乗るのか?」
「何言ってるの! 今日はお兄と一緒に帰るよっ!」
「まぁ、そうだよな」
となると、自転車を押しながら自宅方面に向かう必要がある。学校から自宅まで四キロ近い距離があるので、歩きだと一時間はかかる計算だ。めっちゃ嫌です。
「よーし、学校からは離れたよね」
「それがどうした――――って、おい!」
風花は後輪の荷台に「よいしょ」と横向きで座った。
「やっぱ憧れるよね~。二人乗り!」
「駄目だろ、法律違反だって」
「双子はセーフ」
「んな、例外はねぇよ!」
「だってさ、フーたちの関係がすでにインモラルじゃん?」
「…………そういう考え方は嫌いだ。一緒に堕落していくみたいな」
風花には自暴自棄になってほしくない。只ならぬ関係を続けていくなら、むしろ自制すべきところは自制すべきだ。
社会から逸脱するんだったら、せめて幸せになれる生き方をしてくれ。
「うぅ、分かった……ごめんなさい」
「意外と素直だな」
「そりゃそうだよ! 大好きなお兄に嫌われたくないし!」
「あ、あぁ、そうか」
頬が熱くなる。その理由はあまり考えたくない。
「二人乗りは諦める! だから、えいっ!」
「って、おい! 抱きついてくるな! 重いし、暑苦しい!」
荷台からぴょんと飛び降りると、勢いよく背中に腕を回してきた。
「普通に抱きつけるなら二人乗りにこだわる必要はないよね! フーって天才!」
「いや、お前はバカだよ?」
おかしいな。風花のことを優秀だと思っていたはずなのに。
勉強もスポーツも出来て、人気も人望もあって、完璧美少女って触れ込みだったよな。
「で、どう? おっぱい当ててるんだけど?」
そのことには気が付いていた。
さっきから背中に柔らかいものが押し付けられている。
「これがすごいんだが、マジで何も感じない」
背中越しに伝わる弾力からするに、わりと発育がいい方なんだと思う。
だけど、不思議である。何とも思わない。
ドキドキもしない。妹の乳が小さくても、大きくても、本当にどうでもいい。
ことわざが作れそう。妹の乳はただの乳房なり。
「えー、ひどーい! せっかくブラ付けてないのにぃ!」
「よし決めた。今からお前を殴る」
錯覚だと思っていたが、柔らかさの前面にある二点の感触はそういうことか。
興奮してきた。主に怒りの本面で。
「はぁ、はぁ……むしろ、お兄に殴られたい……っ」
「…………」
やっぱ止めときます。コレには逆効果っぽい。
俺、この変態と血が繋がってるんだよな? 同じ遺伝子でどうしてこうなった?
「え、殴らないの? やっぱり、お兄って優しいっ!」
「うわー、どうやっても好感度は下がらないのね」
下げたくても下げられない。仮にこの場で放尿しても変化がないだろうし、下手すれば好感度がアップする可能性もある。目をつけられた時点で積みですね。
「お兄の放尿見たい!」
「おっとー、ついに心まで読まれるようになったかー。やべーな」
覚醒する前に処理したほうがいいと思う。たぶん、人類のラスボスだぞ。俺が足止めをしている間に誰か倒してくれ。
そんなデートらしからぬ会話をしながら自宅までの道を進んでいく。
ただでさえ自転車を押しているのに、風花が抱きついてくるので余計に疲れた。
「いえーい! お兄と公園デート♪」
休憩がてら公園に寄ることを提案したら、デートプランの一つと認識してもらえた。
意外とチョロかった。そこは可愛げがあるな。
今はブランコを漕ぐ風花の背中をタイミングよく押している。
「懐かしいな、公園の遊具とか」
「昔、お兄とよく遊んだよね。砂場でお城を作ったりして」
「あの時は普通の兄妹だったなぁ」
遠くの空を眺める。どうしてこんなことに。
「まぁ、そうかもね。小学校の低学年くらいまでは」
「正直聞きたくはないが……いつから、その、今みたいになったんだ?」
風花が俺を異性として好いていることは、昨日今日で嫌というほど理解した。
だけど、そのきっかけは何なんだ。
実の兄を恋愛的に意識する瞬間なんて果たしてあるのだろうか。
少なくとも俺には覚えがない。思春期を迎え、風花から無視されるようになるまで、ありふれた兄と妹の関係だったはずだ。
「――――お兄にとっては、嫌な思い出だよ」
ずずずっ。地面にローファーの底を滑らせて、ブランコの動きを止めた。
背後からでは表情が見えない。しかし、必要以上に落ち着いた声音だった。
その声で何となく察することが出来た。
だって、俺たちは一六年間を共にした家族なのだから。
「離婚の話が絡むのか」
「うん」
小学校高学年の時に親が離婚した。詳細は語りたくない。
思い出すだけで反吐が出る。結果として、俺と風花は親父と暮らすことを選んだ。
そして、俺は女嫌いになった。
「悪い。聞かなかったことにしてくれ」
暗い話になる。俺自身も冷静さを欠きそうだ。
「分かった……お兄、ごめんね」
「なんで風花が謝るんだよ」
「フーを見ていると、思い出しちゃうでしょ……?」
遺伝子を半分持っているんだ。そりゃ似てもくる。風花に罪はない。
もっと言えば、風花だけに限った話ではなくて、俺にも当てはまることだ。
だから、そんな辛そうな声を出すなよ。
「バカ。んなことないっての」
「お、おにい?」
くしゃくしゃと雑に頭を撫でる。こんなことをするのはいつ以来か。
「お前はお前らしくいればいいんだよ」
風花が風花であること、そして俺の妹であること、この事実は揺るがない。
誰に似ているとか、似てないとか、どうだっていいんだ。
「……ぅん」
「なんだよ、その声は。ほら元気出せ」
潤み声だった。らしくない。いつものウザさはどこにいったんだ。
もっと粗雑に、乱暴に、力強く頭をシェイクしてやろう。
「うわぁっ! ちょ、お兄っ!? 激しすぎるよぉ!」
「余計なことは考えるな。いつも通りにしてろ」
うちの親父はふざけたヤツだけど、信念には共感できる部分があった。
『自分と関わった人間を全員笑顔にする』
反面教師にすることが多いけど、その信念は受け継いでやるつもりだ。遺伝情報以外にも、俺たちは大切なものをもらっている。
大丈夫だ。風花が謝る理由なんて一つもない。
「うぅ……お兄にキズモノにされたよぉ……」
「おい、誤解が生じることを言うな」
しょんぼりする暇がないくらい力任せにやってやった。
その甲斐(?)もあって、艶のあるストレートヘアはボサボサになっている。
「責任取って結婚して!」
「残念ながら、実の兄妹は結婚できません」
「じゃあ、政党を作る。妹党。決め台詞は『婚姻制度をぶっ壊す』で」
「うん、やめとけ?」
身内が政見放送で暴れるとか勘弁してほしい。
「じゃあさ――今度は優しくなでなでして?」
「はぁ、今日だけだぞ」
結婚と比べたら、それくらいのワガママは可愛いものだ。
「おにいの手、おっきいね」
「そりゃ、男の手はこんなもんだろ」
毛流れに沿って、優しく丁寧に髪の表面を撫でる。
風花が気持ちよさそうに体を揺らすと、腰掛けたブランコが軋んだ音を鳴らす。
「同じ日に生まれたのに全然違うんだよね」
「二卵性だからな」
「そういうんじゃないしぃ!」
首と背中を仰け反らせ、逆さまの顔でこちらを見る。
「ねぇ、お兄」
「なんだ」
「このままチューして?」
「…………」
真剣に考えこむ。俺と風花が結ばれないと人類が滅ぶ。
この接吻というハードルもいつかは超えないといけないわけだ。果たして、今この場で実妹とキスが出来るのか。マウストゥマウスで。
「お兄?」
「待て、話しかけるな。油断すると吐く」
「ねぇ、ひどくない!? フーも一応は女の子なんだよ!?」
「それはすまん、まじで」
性別的にはその通りなんだけど、やっぱり異性としては見られない。
「ぶーぶー、こんなに可愛いのにー」
「客観的にはそうなんだろうな」
どうしても強い主観が混じってしまう。認知が歪みまくっていた。
仮に妹を可愛いと思ったとしても、別に加点要素にはならないんだよな。
「あ、いいこと思いついた!」
「ん、なんだ。言ってみろ」
「空腹状態だったら、何を食べても美味しいって言うよね?」
「あぁ、よく言うよな」
「だからさ、お兄を監禁すればいいんだよ! 誰とも会話ができない状態にして、精神を極限まで追い込むの! そうしたら熱烈にフーを求めるんじゃない!?」
あ、はいはい。なるほどね。そっかぁ。
俺が思っている以上に命懸けなんだ、この恋愛って。認識が甘かった。
「それは、な? 一応、犯罪だし? 風花が困ったことになるんじゃないか?」
「シミュレーションは完璧だから安心して!」
安心できねーよ。超怖えーよ。
なにシミュレーションしてくれちゃってるんだよ。このサイコパスが。
「そこは、ほら! 俺が寂しいから! 風花と数日会えないとか我慢できないって!」
「お、お、おにいっっっ!!?? しゅきしゅきしゅきしゅきぃぃぃぃぃ!!」
ハートの目になって、ブランコを左右に揺らしていた。
あまりの激しさにブランコが悲鳴を上げている。ウチの妹がごめんな。
こうして餌付けをしていかないと、いつか絶対に食い殺されてしまう。
「うひょおぉぉぉおぉ、テンション上がってきたぁぁぁ! お兄、ホテル行こっっっ!」
「だから、お前の恋愛観はおかしいんだって!」
情緒とかないじゃん。ちょっと餌をあげたらこれだ。制御できないって。
食い殺される日は遠くなさそうだ。
『初彼女』との記念すべき『初放課後デート』はほろ苦いものになった。




