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「あ、雪月。おはよう!」
「…………」
教室に入ると、俺の太陽がいた。
「どうしたの、雪月? 疲れた顔して――って、うぇ!?」
「天、お前だけだ。お前だけが、俺の唯一の救いだ」
ぎゅっと抱きしめた。柔軟剤の香りと天の匂いが混ざって、俺を優しく包み込む。
この匂いでルームフレグランスを作ってほしい。常に天を感じていたい。
「い、いきなり何!?」
「人類……いや、天を守るために戦うから」
「ふぇ、どういうこと!?」
今だけは弱さを許してほしい。ここで弱音を吐き終えたら、強い俺に戻るから。
モンスターと戦う勇者に戻るから。だから、今だけは。
華奢で仄かに柔らかい身体が愛おしい。確かな温もりを感じる。天の体温が心地よい。
くんくん。髪からもイイ匂いがする。このシャンプーを俺も使うことにしよう。
「なにかあったの、雪月……? ボクでよければ力になるよ……?」
「駄目だ。巻き込めない。アイツは気が狂っている。天にも危険が及ぶ」
「雪月も大概だけどね!? いい加減に離してくれない!?」
「ちょっとだけ、あとちょっとだけ、天の成分を補給させてくれ……」
この温度だけが俺の救いなんだ。これがないと耐えられない。天依存症です。
「じぃぃぃぃぃぃいぃぃぃいぃぃいいい」
突然、背中に視線が突き刺さる。比喩とかじゃなく超痛い。
振り返ったらやばい。怪異の類だ。見ることで存在が確定してしまう。
「あれ、風花ちゃん――――」
「見るなっ!」
「雪月!?」
より強く抱きしめた。天にだけは見せちゃいけない。
地獄に堕ちるのは俺一人だけでいい。
「どうしたんだよ、風花」
「お兄が楽しそうなことしてるなぁって☆」
「何か問題があるか? 男同士で抱擁しているだけだぞ?」
「ボクは問題があると思うよ!?」
あぁ、天の声は何回聞いても癒されるなぁ。
「夏野天はあくまで第二プラン。第一プランが始動したんだから、フーよりスキンシップとるのはめっだよ?」
また目からハイライトが消えている。だから、こえーって。
正直逃げたいところだけど、今回ばかりは逃げるわけにはいかない。
「天は愛人だ。俺らの関係を円満にするためにも必要な存在だ」
「ボクの意志は!? 勝手に愛人にしないで!?」
これだけは譲れない。風花の束縛癖は分かっているが、俺にも守りたい場所がある。
天と一緒にいられなくなるのであれば、それこそ人類なんて滅んでもいい。
「お兄がそこまで言うなら……ミーハー女の風除けになってもらった恩もあるし。うん、分かった。夏野君を愛人として認める」
「認めないで!? 兄妹揃っておかしいよ、誰か助けて!」
やったぁ、天との関係は許してもらえたぞ。ふふ、これでずーっと一緒だよ、天?
「ちょ、風花!? 一ノ瀬くんと……兄妹? え、え、どういうこと?」
男同士の熱い抱擁、学校一の有名人の登場、教室が注目しないわけがない。
俺たちの会話を全員が聞いていた。
そして、最初に声を上げたのはお隣さんだ。文字通り、目を丸くしている。
「井上さん、おはよう」
「奏、おはよう」
「二人ともおはよう――――じゃなくて!? ちゃんと説明して!?」
情報過多で混乱しているらしい。それもそうだよな。親友に兄がいる事実を共有されていなかったわけで。しっかり説明しないと。
名残惜しいが天との抱擁を止めて、井上さんに向き合う。
「実は俺、一ノ瀬じゃないんだよ。本当は一ノ宮雪月って言うんだ」
「え、一ノ宮……一ノ宮!? 風花と同じ苗字!?」
一応クラスメイトなんですけどね? 本気で記憶していなかったようだ。切ない。
「こう見えても、双子の兄妹なんだ」
「ふ、双子? そんな重要な話、風花から一度も聞いてない!」
「ごめん、奏っ! 隠すような真似をしてっ!」
風花は何度も頭を下げる。
近しい人になら話してもいい内容だ。しかも、相手が親友と呼べる存在なら尚更。
井上さんも「自分には打ち明けてほしかった」とショックを受けていた。
「っっ!」
「え、ちょっと奏!?」
暫しの沈黙の後、井上さんは風花の腕を掴んだ。
「ちゃんと全部聞かせて! 親友でしょ!」
「か、奏……」
その表情は真剣そのものだった。親友の肩書きは伊達じゃない。怒るのでも、拗ねるのでもなく、ただ懸命に風花を理解しようとしている。
苗字の件は大変遺憾だけども、それでも井上さんが良い人なのはよく分かった。
「ってことで、一ノ瀬じゃなくて、一ノ宮……いや、雪月くん!」
「は、はい!?」
こちらにもお鉢が回ってくる。いきなり名前で呼ばれたことに驚きを隠せない。
風花と区別をつけるためだろうけど、少し面食らってしまった。
「私、風花を連れていきます!」
「別に構わんけどHR始まるぞ……?」
「サボる!」
「じゃあ、まぁ、いってらっしゃい?」
「ちょ、お兄!?」
助けを求めてくる妹を見なかったことにする。巻き込まれたくない。
それに、風花はきちんと話をするべきだ。こんなにも真剣になってくれる友達を無下にするべきじゃない。
家族として、兄として、井上さんを応援させてもらう。
「よし、行くよ!」
「あ、ちょ、ま――――おにいぃぃぃぃぃいぃぃぃぃいぃぃ!」
風花は連行されていった。ドナドナ。
「さてと、イチャイチャを再開しようぜ。天」
「しないよ!? 教室の空気がすごいことになってるし!?」
周りがヒソヒソしている。ついに風花と兄妹であることがバレてしまった。
「大丈夫だ。何も変わらないって」
「変わらない?」
「俺が天を愛する気持ちは何一つ」
「そういう冗談はいいから!」
「冗談ではないんだが……まぁ、問題ないだろ。天以外に友達いないし、俺」
学園一の有名人に双子の兄がいた。ただそれだけだ。
兄の方はうだつが上がらない。そんなことを言われるんだろうけど、友達が少ない俺の耳には届かない。
無駄に友達を作らないのは最大の防御だ。天さえいればいい。
「だとすると、ボクが皆から質問攻めにされるよね……?」
「その、なんだ。しばらくは迷惑かけるな」
俺に影響がなくても、天の負担になってしまうのは事実だ。申し訳ない。
「貸イチだよ。今度、ラーメン奢ってね?」
「いいや、それじゃ軽すぎる。高層階の瀟洒なレストランで食事をしよう。二人きりで。指輪はカ◯ティエでいいか?」
「重すぎる! そんなお金もないでしょ!?」
「臓器売る」
「頭おかしい!?」
この肉体すべてを余すことなく、天のために捧げたい。
「――――そういえば気になったんだけどさ」
「ん、なんだ?」
どうしたんだろう、改まって。
「なんで急に、風花ちゃんと仲良くなったの?」
「……………」
さすがに妹と付き合うことになった、とは言えないよな。
大好きな天にも隠し事をしないといけない。それがあまりにも辛すぎた。




