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2-1

「あ、雪月。おはよう!」

「…………」

 教室に入ると、俺の太陽がいた。

「どうしたの、雪月? 疲れた顔して――って、うぇ!?」

「天、お前だけだ。お前だけが、俺の唯一の救いだ」

 ぎゅっと抱きしめた。柔軟剤の香りと天の匂いが混ざって、俺を優しく包み込む。

 この匂いでルームフレグランスを作ってほしい。常に天を感じていたい。

「い、いきなり何!?」

「人類……いや、天を守るために戦うから」

「ふぇ、どういうこと!?」

 今だけは弱さを許してほしい。ここで弱音を吐き終えたら、強い俺に戻るから。

 モンスターと戦う勇者に戻るから。だから、今だけは。

 華奢で仄かに柔らかい身体が愛おしい。確かな温もりを感じる。天の体温が心地よい。

 くんくん。髪からもイイ匂いがする。このシャンプーを俺も使うことにしよう。

「なにかあったの、雪月……? ボクでよければ力になるよ……?」

「駄目だ。巻き込めない。アイツは気が狂っている。天にも危険が及ぶ」

「雪月も大概だけどね!? いい加減に離してくれない!?」

「ちょっとだけ、あとちょっとだけ、天の成分を補給させてくれ……」

 この温度だけが俺の救いなんだ。これがないと耐えられない。天依存症です。

「じぃぃぃぃぃぃいぃぃぃいぃぃいいい」

 突然、背中に視線が突き刺さる。比喩とかじゃなく超痛い。

 振り返ったらやばい。怪異の類だ。見ることで存在が確定してしまう。

「あれ、風花ちゃん――――」

「見るなっ!」

「雪月!?」

 より強く抱きしめた。天にだけは見せちゃいけない。

 地獄に堕ちるのは俺一人だけでいい。

「どうしたんだよ、風花」

「お兄が楽しそうなことしてるなぁって☆」

「何か問題があるか? 男同士で抱擁しているだけだぞ?」

「ボクは問題があると思うよ!?」

 あぁ、天の声は何回聞いても癒されるなぁ。

「夏野天はあくまで第二プラン。第一プランが始動したんだから、フーよりスキンシップとるのはめっだよ?」

 また目からハイライトが消えている。だから、こえーって。

 正直逃げたいところだけど、今回ばかりは逃げるわけにはいかない。

「天は愛人だ。俺らの関係を円満にするためにも必要な存在だ」

「ボクの意志は!? 勝手に愛人にしないで!?」

 これだけは譲れない。風花の束縛癖は分かっているが、俺にも守りたい場所がある。

 天と一緒にいられなくなるのであれば、それこそ人類なんて滅んでもいい。

「お兄がそこまで言うなら……ミーハー女の風除けになってもらった恩もあるし。うん、分かった。夏野君を愛人として認める」

「認めないで!? 兄妹揃っておかしいよ、誰か助けて!」

 やったぁ、天との関係は許してもらえたぞ。ふふ、これでずーっと一緒だよ、天?


「ちょ、風花!? 一ノ瀬くんと……兄妹? え、え、どういうこと?」


 男同士の熱い抱擁、学校一の有名人の登場、教室が注目しないわけがない。

 俺たちの会話を全員が聞いていた。

 そして、最初に声を上げたのはお隣さんだ。文字通り、目を丸くしている。

「井上さん、おはよう」

「奏、おはよう」

「二人ともおはよう――――じゃなくて!? ちゃんと説明して!?」

 情報過多で混乱しているらしい。それもそうだよな。親友に兄がいる事実を共有されていなかったわけで。しっかり説明しないと。

 名残惜しいが天との抱擁を止めて、井上さんに向き合う。

「実は俺、一ノ瀬じゃないんだよ。本当は一ノ宮雪月って言うんだ」

「え、一ノ宮……一ノ宮!? 風花と同じ苗字!?」

 一応クラスメイトなんですけどね? 本気で記憶していなかったようだ。切ない。

「こう見えても、双子の兄妹なんだ」

「ふ、双子? そんな重要な話、風花から一度も聞いてない!」

「ごめん、奏っ! 隠すような真似をしてっ!」

 風花は何度も頭を下げる。

 近しい人になら話してもいい内容だ。しかも、相手が親友と呼べる存在なら尚更。

 井上さんも「自分には打ち明けてほしかった」とショックを受けていた。

「っっ!」

「え、ちょっと奏!?」

 暫しの沈黙の後、井上さんは風花の腕を掴んだ。

「ちゃんと全部聞かせて! 親友でしょ!」

「か、奏……」

 その表情は真剣そのものだった。親友の肩書きは伊達じゃない。怒るのでも、拗ねるのでもなく、ただ懸命に風花を理解しようとしている。

 苗字の件は大変遺憾だけども、それでも井上さんが良い人なのはよく分かった。

「ってことで、一ノ瀬じゃなくて、一ノ宮……いや、雪月くん!」

「は、はい!?」

 こちらにもお鉢が回ってくる。いきなり名前で呼ばれたことに驚きを隠せない。

 風花と区別をつけるためだろうけど、少し面食らってしまった。

「私、風花を連れていきます!」

「別に構わんけどHR始まるぞ……?」

「サボる!」

「じゃあ、まぁ、いってらっしゃい?」

「ちょ、お兄!?」

 助けを求めてくる妹を見なかったことにする。巻き込まれたくない。

 それに、風花はきちんと話をするべきだ。こんなにも真剣になってくれる友達を無下にするべきじゃない。

 家族として、兄として、井上さんを応援させてもらう。

「よし、行くよ!」

「あ、ちょ、ま――――おにいぃぃぃぃぃいぃぃぃぃいぃぃ!」

 風花は連行されていった。ドナドナ。

「さてと、イチャイチャを再開しようぜ。天」

「しないよ!? 教室の空気がすごいことになってるし!?」

 周りがヒソヒソしている。ついに風花と兄妹であることがバレてしまった。

「大丈夫だ。何も変わらないって」

「変わらない?」

「俺が天を愛する気持ちは何一つ」

「そういう冗談はいいから!」

「冗談ではないんだが……まぁ、問題ないだろ。天以外に友達いないし、俺」

 学園一の有名人に双子の兄がいた。ただそれだけだ。

 兄の方はうだつが上がらない。そんなことを言われるんだろうけど、友達が少ない俺の耳には届かない。

 無駄に友達を作らないのは最大の防御だ。天さえいればいい。

「だとすると、ボクが皆から質問攻めにされるよね……?」

「その、なんだ。しばらくは迷惑かけるな」

 俺に影響がなくても、天の負担になってしまうのは事実だ。申し訳ない。

「貸イチだよ。今度、ラーメン奢ってね?」

「いいや、それじゃ軽すぎる。高層階の瀟洒なレストランで食事をしよう。二人きりで。指輪はカ◯ティエでいいか?」

「重すぎる! そんなお金もないでしょ!?」

「臓器売る」

「頭おかしい!?」

 この肉体すべてを余すことなく、天のために捧げたい。

「――――そういえば気になったんだけどさ」

「ん、なんだ?」

 どうしたんだろう、改まって。

「なんで急に、風花ちゃんと仲良くなったの?」

「……………」

 さすがに妹と付き合うことになった、とは言えないよな。

 大好きな天にも隠し事をしないといけない。それがあまりにも辛すぎた。

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