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「ねぇ、えっと、一ノ瀬くん」
風花がクラスに、天が席に戻ったタイミングで、お隣さんから声が掛かった。
記念すべき初会話だ。しかし、残念なことに名前が違います。
まぁ、風花のこともあるし好都合なのか。ただ意趣返しはしておこう。
「なにかな、井荻さん」
「違う、井上だよ。クラスメイトの名前くらい憶えてよ」
こいつ殴りたい。
「ごめん、それでなにかな?」
「もしかしてだけど、風花と知り合いだったりする?」
「…………」
どう答えたものか。このパターンは想定していなかった。
嘘を吐くのも違う気がする。後にトラブルになりそうで怖い。しかし、あいつの面子もあるからな。正直に言うのも憚られる。
なんで俺がそこまで気遣う必要があるのか分からんが。
「えーと、小中学校が同じなんだよ」
苗字も、住所も、本籍地も、親も同じだけどね。
「あぁ、そういうね! 仲良かったの?」
「仲が良かったわけじゃないけど」
「だよね。そんな気がする」
こういう無邪気なディスって地味に刺さるよな。
「あはは……でも、突然なんで?」
何が要因で関係性を見出されたのか。今後のために確認しておこう。
「その、あり得ないんだけどね? 風花が一ノ瀬くんに一瞬向けた視線がさ」
「視線?」
「うん、なんか愛おしいものを見つめる目っていうか」
「はぁ!?」
そんな視線を向けられて堪るか。想像しただけでも気持ち悪い。
「その反応は私にも分かるよ。月とすっぽん、雲泥万里、天地懸隔だよね」
後半のは知らないけど、ニュアンスは大体伝わる。
やっぱり、一発ぶん殴っても許される気がするぞ。
「絶対、勘違いだろ」
「ちょっと! 私の親友に対する観察眼を疑うって言うの!?」
「めんどくさっ!」
信じればいいのか、疑えばいいのか。
「頭では違うって分かってるけど! でも、直観的にそう感じたの!」
理性と感情の間で揺れないでほしい。
間違いなく理性の方が正解だし。俺と風花が兄妹である。その前情報がないから、井上さんは勘違いをしてしまっているのだろう。
「本人に聞いてみればいいだろ。あっちは俺を認識すらしていないと思うぞ」
あいつのことだ。そこは上手い感じに誤魔化してくれるだろう。
「象はアリのことなど気にしない、か」
「ちょくちょく失礼だな、おい」
地の文(脳内)で文句を言っても伝わらない。抗議しておく。
「あっごめん! でも、一ノ瀬くんってあれだね。意外と喋りやすいね」
「なんだよ、急に。おだてても何も出ないぞ」
あと、一ノ瀬ちゃうし。
「ほんとに褒めてるんだって! もしかしてお姉ちゃんとか妹いる? 思ったより女の子慣れしているというか」
「……妹はいるけど関係ないと思うぞ。家で喋らないし」
たぶん、女嫌いの影響だろうな。良くも悪くも女性を特別視していない。その雑な感じがフランクに見えたのではないだろうか。
「とにかく! 今みたいな感じでいればいいと思う!」
「参考にはするよ」
実践するかはさておき。
愛想をよくして有象無象との関係を増やすより、愛する人が一人いればいい。
天とか天とか天とか天とか天とか天とか天とか天とか天とか天とか。
「うんじゃあ、そんな感じ!」
「あいよ」
短い会話だった。これが彼女との最初で最後の会話になるかもしれない。
まったく、あいつが他クラスに来るだけで一波乱が起こる。勘弁してくれ。俺が目指すのは波風のない平穏な生活だ。
――――始業のチャイムが鳴った。
開始早々イレギュラーがあったが、それ以降の学校生活は平常運転だった。
放課後にとんでもない爆弾が放り込まれるまでは。
「天、帰ろうぜ」
帰りのHRが終わり、アフタースクールに突入する。
当然のように帰宅部なので、学校に居座る理由がない。一八時からライオンズの試合だ。開幕してから順調に勝ち星をつけている。今年はなんとしても優勝したい。
天と西武ライオンズの試合だけが、俺の生き甲斐である。
「ごめん、今日はちょっと……」
「死にます」
生き甲斐を失いました。
「え、ちょ!? 雪月が死んだら嫌だよ!?」
「俺も天が死んだら嫌だ。人類を滅ぼしてから後を追う」
「人類を滅ぼす必要はないんじゃない!?」
「天がいない世界なんていらない」
「愛が重いよ!」
こうやって天と話しているだけで幸せだ。だた、それだけでいいのに。
「でも、予定があるんだもんな。じゃあ、仕方ないか……ぐすん」
「しょんぼりしないでよー。保健委員の集まりがあってさー」
「保健委員? つまり、あれか? 天がナース服を着るってことか?」
「違うよ?」
冷静に否定された。天のナース服姿が見たい。座薬を入れてほしい。
「ってことだから、ごめんね?」
「気にしないでくれ。んじゃ、また明日だな」
潔く引き下がる。これ以上は余計な罪悪感を与えてしまう。
「雪月、また明日!」
「天、好きだぜ」
「恥ずかしいから止めてよぉ!」
真っ赤になって可愛い。この表情を脳内リピートしながら帰宅しよう。
教室を出て、下駄箱へと向かう。
放課後の校舎は喧騒に包まれていた。大宮前高校は進学校であるが部活動も活発だ。
授業が終わった後には、多くの生徒が部活動に精を出している。
双子の妹をはじめ、勉強も運動もできる生徒が多いのだ。
俺は例外だけどな。入学前は勉強ができる方だったが、今は下から数えたほうが早い。運動は元から出来ません。この学校では没個性である。
「へ?」
だからこそ、異常事態なのだった。
話には聞いたことがある。下駄箱を開けたらラブレターが、ってやつ。
「どうして、俺に?」
自分には縁がない話だと思っていた。
学業でも、スポーツでも、そしてクラスでも目立たない。認識されていないのだから、好きとか嫌いとかの土俵にも上がらないのだ。
「入れ間違えか?」
とりあえず人目に付かない柱の陰に移動する。
違った場合はごめんなさいね。手紙の封を開けて、内容を確認する。
一ノ宮雪月さんへ
大事なお話があります。
一七時半頃、屋上に来ていただけませんか。
T・S
「なるほど」
入れ間違え説は消えた。宛名は俺だ。
イタズラの可能性もあるが、俺に仕掛けるメリットがない。字も丸っぽくて女性らしく、少なくとも男が書いたものではないと思う。
T・Sはおそらく名前のイニシャルだと思うが、全然身に覚えがない。
うーん、T・Sねぇ。『NATSUNO SORA』だとN・Sだからなぁ。
天からの呼び出しだったら、どこにだって駆けつけるのに。
うむ、正直な感想を言おう。
「はぁ……面倒なことになったな」
直接的な表現はないが、ラブレターに近しいものだと考える。呼び出された屋上にて、高い確率で告白をされるのだろう。
手紙の主には申し訳ないが、俺の女嫌いはポーズではない。
付き合うとか、彼氏彼女とか、そういうのは勘弁してくれ。恋愛なんてロクでもない。
「けど、無視もなぁ」
それはあくまで俺の事情だ。手紙の主に恨みはない。江戸の敵を長崎で討つようなことはしたくなかった。
断るにしろ、会って直接言うのが筋だろう。
「一七時半……」
それまで学校で待機する必要がある。送り主が部活をやっているのか、人目を避けたいのか分からんが、早い時間だと有難かったな。
ライオンズの試合が始まっちゃうぜ。
「図書室でも行くか」
指定の時間まで時間を潰すことにする。
――――この時点で告白相手を知っていたら、一◯◯%帰宅していた。




