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「好きだ。毎日みそ汁を作ってほしい」
溢れる想いが止まらない。夏野天はいつも俺を惑わせる。
白い肌、大きな瞳、肩にかかる長さの黒髪、華奢な体つき、澄んだ声、全部が愛おしい。
「もぉ、雪月は冗談ばっかり言うんだからー」
「冗談なんかじゃない。お前が好きだ。結婚してくれ」
真っすぐ目を見つめる。伝われ、俺の想い。
「ね、ねぇ? 雪月さ、ボクが男ってこと忘れてない?」
顔を赤くしている。可愛い。
夏野天。こんなキュートなのに日本男児だ。ち◯ちん付いてる。それも愛おしい。
制服の学ランも似合っている。同じ制服を着ている筈なのに、どうして俺が着るのと、天が着るのでこんなにも印象が違うんだろうか。ベリーキュート。
「性別なんて関係ない。俺は夏野天その人が大好きなんだ」
「うぐぐ、ちょっとドキッとした自分が憎い」
モジモジしている。あぁ、尊い。
天とは一年、二年と同じクラス。天がいなければ、学校に通えていなかった。
高校に入ってからの唯一の友達。高校デビューに失敗し、ぼっち飯をしていたところ、「良かったら一緒に食べない?」と天が声を掛けてくれた。大好き。
二人でネズミーランドに行ったこともあるんだぜ。お揃いの被り物。写真みます?
「雪月って普通にイケメンだから、そんなこと言われたら同性でも照れちゃうよ」
「いや、それはないだろ。年齢=彼女いない歴だし」
「それは雪月が女の子を避けてきたからでしょ?」
さすがはマイハニー。俺の女性嫌いをきちんと把握している。
「避けてきたというか、避けられてきたというか」
「雪月が話しかけるなオーラを出してるからでしょー? ボクも一番最初に声掛けた時、すっごく緊張したんだからね?」
「あの時はすまん。あまりに可愛いから女子だと思って。今は大好き。結婚しよ?」
「どさくさに紛れてプロポーズしない!」
「やっぱり、まだ学生だからダメか?」
「違うよ! もっと大きな壁があると思う!」
「お前と一緒にいられるなら、そんな壁は飛び越えてやるぜ」
「無駄に主人公っぽい!?」
天との会話は心地いいし、何よりも楽しい。
二年生になってからも同じクラスで本当に良かった。
春休み中は何度も神社に通ったなぁ。天と同じクラスになれますように。願いを込めた柏手を幾度繰り返したことか。
おかげで叶いました。神様、ありがとうございます。次は結婚の報告をしますね。
「雪月ってさ。話すと面白いのに、それが皆に伝わらないのがボク悲しいよ」
「不特定多数に好かれても仕方ない。天がいてくれればそれでいい。他はいらない」
「また、そういう事ばっかり言ってー」
頬を膨らませている。怒った顔も可愛いなぁ。
「けどまぁ? 雪月を独り占めできるっていうのは、少し優越感あるんだけどね?」
照れ笑いをしながらウインクする。ズキューン。
天はとんでもないものを盗んでいきました。俺の心です。
「一生かけて、君を幸せにする」
「そういう言葉は好きな女の子のためにとっておきなさい!」
「好きな女の子、ね」
俺には無理じゃないかな。見つかる気がしない。
一人どうしても許せない女性がいて。だからって女性全体を恨むのはお門違いだけど。
分かっている。それでも、簡単には割り切れない。
「雪月……」
その辺の事情を話しているので、天は複雑そうな顔をしていた。
いかんいかん。こういう空気は御免である。もっとイチャイチャしたい。
「そんなことよりも、俺と天の子供の名前を考えようぜ」
「生物学的に無理だよ!?」
「大丈夫。俺が絶対に妊娠させてやる」
「どうやって!? すごく怖いんだけど!?」
「愛する人のためなら、どんな不可能だって可能にして見せるぜ」
「だから、その無駄に主人公っぽいの何なの!?」
今日も平和だなぁ。
一ノ宮雪月。一六歳。春。周囲から見たら閉じた世界なんだろうけど、俺はこの小さくても居心地のいい世界が嫌いじゃない。むしろ好きだった。
将来は市役所で働きたい。平凡で、地味で、安定した生活をしていたい。
非凡で、派手で、劇的な人生は別のやつが担ってくれる。
「奏、おはよう。ちょっといいかな?」
そう、例えばこいつとかね。
「あ、風花! 朝からどうしたの。わざわざクラスまで」
お隣さんが騒がしい。
今年から同じクラスになった井上奏さん。
三つ編みおさげがトレンドマークで真面目な印象がある。それでも野暮ったく見えないのは、彼女の整った容姿に依るものだろう。
席が隣になってから一度も会話をしていない。そろそろ一週間が経つなぁ。
「うん、ちょっとね。奏に借りてた本を返そうと思って」
「え、いつでもいいのに! 風花って変に律儀なとこあるよねー」
そんな井上さんが会話している相手、学校の有名人で知らない生徒はいない。俺だって知っている。いや、俺の場合は知らずにはいられない。
一ノ宮風花。双子の妹である。
これといって特殊な事情もないので、同じ屋根の下で暮らしている。
わりかし普通の兄妹だと思う。事務的な会話が基本で、お互いがどこで何をしているのかも把握してないし、必要以上に関わることもない。
年の近い兄妹ってこんなものじゃない?
仲が悪いとかではなく『無』って感じだ。唯一、我が家の変わっているところは、兄妹で全く違う人生を歩んでいる点だろうか。
パッとしない兄とは対照的に、妹はその名を学校中に轟かせている。
「ねーねー雪月。ほんとに、風花ちゃんとは兄妹なんだよね?」
天が耳元で囁いてくる。なにこのASMR。販売したら売れるだろ、これ。いや、でもやっぱなしだ。天の可愛い声は俺だけが独占する。
「家に呼んだ時、いただろ?」
「うん、それまで半信半疑だったけど」
ウチにはもう一つ特殊な設定があった。双子であることが周囲に知られていない。
「一ノ宮なんて多くない苗字だけどな。誰も俺たちを関連付けない」
「それは二人が何の反応もしないからだよ。今もこんな近くにいるっていうのに、一言も会話しないよね。好意でも敵意でも多少はありそうなものじゃない?」
「家でもこんな感じだからなぁ。学校でも変わらんよ」
仮に反応らしきものがあっても、関係ないんじゃないかな。
向こうは学校一の美少女と名高い。
成績も学年で一◯番以内で、部活の陸上ではインターハイも目指せる位置にいるとか。何もかもが違い過ぎる。ダブルスコアで完敗だ。
「…………」
「風花、どうしたの? いきなり黙って」
「あ、いや、何でもない!」
珍しいこともあるものだ。どういう訳か、風花がこちらを凝視していた。
ナチュラル無視をするのが、基本スタンスじゃなかったのか。
「どしたどした? なんか悩みがあったら聞くよー?」
「って、ちょ! あはは……っ、く、くすぐったいって! やめ、くる、苦しいって!」
井上さんが風花のことをくすぐり出した。泣き笑いする風花の声が妙に色っぽい。
そんな妹の嬌声を聞いて、俺が思ったことはただ一つ。
――――うえぇ、気持ち悪い。
異性の兄弟姉妹がいる人なら分かってくれるはずだ。そういう『性的』なものを感じたくないし、感じそうになると拒絶反応が生じるよな。
兄弟姉妹がいないなら、異性親の裸を想像してみてくれ……なぁ、分かるだろ?
「風花は色々と溜め込みすぎっ! 親友の私には話してほしいなぁ!」
「あはっ、ごめ、ごめんって! 本当に何でもないから!」
実に百合百合しい光景だ。周囲の男子生徒達がよだれを垂らしている。
ただ、あれっすね。身内的には超キツイっすね。
「なんかあったら言うんだよー?」
「はぁはぁ……うん、分かったからっ! 奏って強情だよね、意外と」
この二人は本当に仲が良いな。
何度か、我が家に招いたこともあるみたいだし。
伝聞系なのは、俺が外出しているタイミングを見計らって自宅に呼んだ――という事実を父親経由で聞かされたからである。相談してくれれば良かったのに。
「とにかく、本返すね? 面白かった。似たようなので面白いのある?」
「ほんと!? この系統が好きなら……うん、明日までに見繕っておくね!」
いつまで妹の会話に聞き耳を立てているんだ。
目の前に愛しい人がいるというのに。天、愛してるぜ。
「天、愛してるぜ」
「唐突過ぎない!?」
いかん、口に出してしまった。けど、いいや。事実だし。
それからHRが始まる直前まで、俺たち兄妹は互いに無関心を貫き、互いの友人と談笑をしていたのだった。




