4-4
「ただいまー」
天と寄り道をしてから自宅に帰ってきた。
放課後に学校で待っている必要がなくなったので、愛しの天と過ごす時間が取れる。
今日は吉祥寺のカフェで一緒にパンケーキを食べてきた。
好きな人と一緒に甘いものを食べる。超幸せ。写真もいっぱい撮った♪
「ゆ、ゆ、雪月っっ!!」
血相を変えて、玄関までリオンが走ってきた。
「落ち着け、何があった?」
一瞬でトラブルが起こったと理解した。まずはリオンに呼吸を整えさせる。
「はぁ、はぁ……その、風花がっ!」
「風花に何をされたんだ?」
やはり、風花絡みか。最近は大人しいと思っていたのに。
おそらくリオンがあいつの逆鱗に触れたのだろう。
「ち、違うんだよ!」
「違うって何が?」
「風花が連れていかれたの!」
「……どういう意味だ」
どうも今回は事情が異なるらしい。
あいつが加害者なのではなく、被害者である可能性が出てきた。
「め、恵が急にっ! スタンガンでビリビリって!」
「っ!?」
立ち眩みがして目の前が真っ白になった。今すぐ飛び出したい気持ちを抑えて、リオンから詳細を聞くことを優先する。
やみくもに外に出たところで何の手掛かりもない。
「今日は風花が早く帰ってきて――」
しかし、リオンから得られた情報も多くはない。
風花が部活を休んで早く帰ってきたこと。その後に恵さんがいつものように家にやってきたこと。
何故かスタンガンを使って風花を気絶させ、そのまま車で拉致をしたこと。
あの恵さんがそんなことをするなんて信じられない。
野党天使側から寝返ったのは、演技だったということなのか。
「とりあえず、警察を呼ぶしかないのか?」
「……バックに天使がいるのなら意味ないと思う」
「じゃあ、どうすればいいんだよ!」
リオンに当たっても意味がないのは分かっている。
だけど、このやるせない気持ちをどこにぶつければいいのか。
「雪月、ごめん」
「いや、リオンが謝ることじゃない。悪い、取り乱した」
風花と話をしようと思っていた矢先だった。どうしてこうも嚙み合わないんだ。
まさかあの風花が。誰もそんなことは予想しない。
あいつは罪を犯す側であって、被害者であることがもっとも似合わない存在だ。
「――いや、待てよ。やっぱり違和感があるな。あの、風花だぞ?」
「ゆ、雪月? さすがに今は心配する場面じゃない……?」
「もちろん心配してるよ、当然だろ。だけどあまりにも出来すぎじゃないか? 恵さんはどうして風花が部活をサボると分かったんだ?」
タイミングが良すぎるのだ。
この時間にあいつが家にいると誰が予想できる? 普段は部活をしている。こんな時間に帰宅することはない。
それこそ恵さんは風花が部活をしていることを知っている。
「な、何が言いたいの?」
「たぶんこれ、狂言だと思うぞ」
「えぇ!? いくら風花の頭がおかしいからってっ!」
そう、その通りである。俺は、風花の頭のおかしさを信頼していた。
「誘拐はあくまで手段だろ? その後の要求が目的だ。なのに、要求らしきものがない。つまり誘拐自体が目的だった」
そこに気が付くのも織り込み済みなんだろうな。あいつもあいつで、こういう時の俺が察し良いことを理解している。
そりゃだって一六年も兄妹をやっているんだからな。
「だとしたら風花はどこにいるの……?」
「俺なら分かると踏んでいるはずだ」
まったく、子供じみたことを。
悩んで、考えて、探してほしい。それによって自分への想いが募る。
そういう魂胆なのかね。だったら分かる場所にいるのだろう。
思い出の地――――候補は限られるが、虱潰しに探すのは芸がないな。風花の行動原理から考える。
やはり、俺たちは双子の兄妹だから思考が被る部分があった。
「なぁリオン。風花のヤバいところって何だと思う?」
俺たちは好きになったものに一途だ。そして、その度合いが常軌を逸してしまう。正直考えたくもないけど、親父の元ファンである母親の影響もゼロじゃない。
ストーカー気質で愛が重いのだ。
「沢山ありすぎて分からないよ! 存在そのものがヤバいじゃん、あの子!」
「それはそうなんだけど強いて言うなら」
「えー、うーん……やっぱり、盗聴・盗撮かなぁ?」
「俺も同意だ」
あれは本気でやめてほしい。あいつの狂気の象徴でもある。
だからずっと考えていた。どうやって、アイツは俺の行動を把握しているのか。
「たぶん、スマホに――――あーあったあった」
見覚えのないアプリが何個もインストールされている。んで、おそらく……これかな。初めて使うアプリだ。
「あいつの居場所が分かったぞ」
「え、早くない!?」
「今の若者の間では『位置共有アプリ』なるものが流行っているらしい」
普通に狂気の沙汰だと思っているけどな。
お互いがどこにいるのか把握し合うためのツールだ。それが何故か、俺のスマホの中に勝手にインストールされ、風花と位置情報が共有されていた。
「風花、どこにいたの?」
「ここは――俺たちが昔住んでいた町の公園だな」
よかった。あらためて誘拐騒動が狂言であることを確信する。
内心めちゃくちゃ心配していたし、狂言ではなかったらどうしようと焦っていた。
「なんなのもぉ! 心配して損したぁ!」
リオンは脱力する。こいつもこいつなりに風花を心配していたみたいだ。
「帰ってきたら、殴っていいぞ」
「無理だよ! リオンが殺されちゃうよ!」
「さすがにそれはあり得ない……とは言えないけどさ」
あの風花だったら、やりかねない。
「まぁいいや。ちょっくら迎えに行ってくるわ」
「はいはい、いってらー。疲れたからポテチとコーラで優勝してるー」
リオンの堕落、堕天使っぷりは今に始まったことじゃない。軽くスルーして家を出た。
――ったく、心配させやがってよ。文句の一つは言わないと気が済まない。
最寄りの上石神井駅まで移動し、そのまま『本川越行き』に乗った。東京西部から埼玉県へと向かっていく下りの電車である。
目的地は小学生の時まで暮らしていた埼玉県所沢市。駅で言うと『航空公園』だ。
俺がライオンズファンなのは所沢市の出身だからです。
ふざけているようで、ちゃんとした伏線だったわけですよ(はい、伏線回収!)。決して、始球式に出たいという下心で名前を出していたわけじゃありません。
なんて無茶苦茶な理屈を脳内でこねくり回し、電車に揺られること三十分。
目的地である航空公園駅に到着した。
やはり、所沢の空気は美味い。素晴らしい街だ。所沢観光大使を目指してます。
「雪月くん……」
改札を出ると見知った顔がある。
「恵さん、本当にお疲れ様です。ウチの妹がご迷惑をおかけしました」
「うええええええええん! こわかったよぉぉぉおぉぉおぉぉ!」
俺の胸に飛び込んで号泣していた。
彼女こそ最大の被害者である。風花に脅されて狂言誘拐の片棒を担がされた。
「よしよし」
「あの子、やっぱおかしいよぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉ!」
「うんうん。俺もそう思います」
恵さんにこれ以上迷惑をかけないでほしい。
鳳凰院飛鳥って役を無理に演じさせられていただけで根は普通の人なんだから。
本当に狂言でよかった。恵さんを敵とは思いたくない。
「でもね、雪月くん」
「どうしました?」
泣き止んだ恵さんはこちらへと向き直る。
「風花ちゃんの想いは、確かに歪だと思うけど、それでも本気ではあるからさ。雪月くんだけは、ちゃんと風花ちゃんに向き合ってあげてほしいな」
「…………恵さん、いい人すぎますって」
自分を脅してきた相手に対して、そんな優しいフォローを入れる必要はないのに。
「あたしも君に迷惑かけちゃったしお互い様だよ。だからさ、風花ちゃんをお願いね?」
「任されました」
「じゃあ、あとはごゆっくり! 帰りはあたしの車で送ってあげるから連絡して!」
「本当にありがとうございます」
去り行く背中に深々と頭を下げる。マジでいい人すぎる。幸せになってほしい。
このまま風花が待っているらしい運動場の方へと向かう。
「何か言うことは?」
「…………」
運動場近くのベンチに風花が腰掛けていた。
ふてぶてしいとまではいかないけど、口を尖らせ拗ねている様子だ。
「お兄はフーのこと嫌いなんでしょ。どうせ」
「あのなぁ」
これでも我慢しているんだけどな。言わなきゃ、駄目なのかね。
とりあえずムカつくので強めのデコピンをさせてもらう。
「いったぁ!?」
「お前、ふざけんなよ? やって良い事と悪い事があるよな?」
俺の判断次第では大事だったんだぞ。
恵さんに迷惑をかけて、リオンを心配させて――――それに、俺だって。
「ご、ごめんなさい……」
「バカやろうが。心配かけさせるなよ」
ベンチに座る風花を抱きしめた。
「お、お兄っ!?」
「嫌いなわけ、ないだろ」
文武両道で容姿端麗なところは兄として鼻が高いし、異常な内面部分はどうかと思うが、そこも含めて風花だと理解している。
今日までただの一度も、風花を嫌いだと言ったことも思ったこともない。
「恋愛的に好きになれるのかは別として。確実に言えることは、家族として、妹として、俺はお前のことを愛しているよ」
たった一人の妹だぞ。そんなの当然だろう。風花は俺の誇りだ。自慢の妹だ。
「お兄、ごめん……っ! ごめん、ごめんなさい……っ」
「泣くなよ、バカ」
お前が悲しそうにしていると俺もつらいんだよ。泣きそうになるんだよ。
ここ数日の風花を見て、何度も胸を痛めた。それが自分のせいだと尚更そうだ。
「お兄、ごめんなさいっ……ごめん、ごめん、うぅ、おにぃ……っ」
それからしばらく抱き合っていた。
これからの話をする前にこれまでの自分たちの関係を、歴史を、想いを、からだ全身で感じていたかったから。
「やっぱり、フーたちは兄妹のままがいいのかな……?」
落ち着いたタイミングで風花が切り出した。
この問題を解決しないことには先に進めない。箱根旅行で起こったようなことは、今のままだと常に発生し得るのだから。
俺が風花を愛しているという事実は死ぬまで揺るがない。
だけど、それがどういう形になっていくのか。
天使との出会いで始まったこの関係に、暫定でも答えを出す必要がある。
そうでないと俺たちの恋人関係は継続できない。
「この五日間、俺なりに考えたよ」
「うん」
「正直まとまってないんだけど、聞いてくれるか?」
「……分かった」
俺の出す答えが、風花にとって喜ばしいものなのかは分からない。
それでも俺は自分の『誓い』に沿って行動する。
「親が離婚した時から、決めてることが一つあってさ」
これ、言わないと駄目だよなぁ。じゃないと、絶対に納得してもらえないもんなぁ。
出来れば言いたくない。だいぶ恥ずかしい。でも、覚悟を決める。
「風花を、その――世界一幸せな妹にするって」
「うへぇ!?」
風花が顔を真っ赤にしている。しかも、照れというよりは羞恥に近いものだ。
「お、俺は! その前提で生きてるんだよっ!」
そりゃ普段はつっけんどんな兄がこんなことを言い出したら、共感性羞恥の一つや二つ覚えるよな。
ちゃんと自覚ありますよ。はい。
「だからあの時、箱根の宿でさ。風花とそういうことになりそうになって、体が強い拒絶反応を示した瞬間にマズイと思って……」
それまで風花との男女交際は可能だと思っていた。
しかし、その認識が甘かったのだ。動物的な本能を舐めていた。理性が受け入れようと努めていても、肉体がそれを許さなかったのである。
つまり、風花と男女交際するは想像以上に困難であるということで。
結ばれるかも分からない恋に、風花の貴重な人生の時間を拘束したくなかった。
「風花の幸せを考えた時、短期的には俺と付き合っていれば良かった。でも、長期的にはどうだ? 恋愛的に満足させられない相手に一生縛られるのは不幸だろ?」
風花は『俺と一緒なら、他は全部失っていい』と言っていたが、それは俺の誓いと相反する。短期的に痛みが伴っても、最終的に風花が幸せになれるなら俺は鬼になる。
これがあの時に風花を拒絶したことの全貌だ。
「フーが幸福か不幸かは、フーが自分で決めることだよ!」
「それは間違いない。だけどその理屈で言ったらさ。俺が風花を幸せにするために、どう動いても自由ってことになるよな?」
「……うぅっ」
平行線である。この世界の全ての人間が各々の幸せを追求したり、他者の幸福を勝手に定義するから争いの種はなくならないんだろうな。
「まぁ、待て待て。結論を急ぐな。俺はお前の気持ちも尊重したい」
今回に限って言えば、争うほど我を通したいわけでない。
「そ、それって……?」
「たぶん、俺の覚悟が足りてなかったことも問題なんだ」
風花の想いをどこかで軽く考えていたのだ。
真剣に兄と交際したいという気持ちを、本当の意味で理解していなかった。
「一年、猶予がほしい。その期間で風花を本気で好きになる努力をする」
体を重ねてもいいと思えるくらい強い愛を育む。
風花に迫られているから、そういう言い訳はしない。自らの意志で真剣に臨む。
「でも一年経っても無理だった場合は、風花も他の人を好きになる努力をしてほしい」
そこはトレードオフだ。俺たち兄妹のゴタゴタに全世界を巻き込めない。
兄と付き合えないなら人類は滅んでもいい。
その考えは捨ててほしい。
風花が俺を想ってくれているように、この世界には誰かを想っている人間が沢山いる。
そういう人たちの想いも尊重してほしいのだ。
「――――それが、お兄の結論なんだ」
「そうだな。だけど安心してくれ。例えどんな未来になっても、俺がお前を世界一幸せにしてやるからさ」
風花が双子の妹である事実は死ぬまで変わることがないのだから。
「もぉっ! 今日のお兄はキザすぎ! はいはい、分かりました! その条件でいいよ! 可能性が残っただけ、フー的には儲けもんだと思うことにするっ!」
「じゃあそういうことで。これからもヨロシク」
要するに結論は『保留』された。
だけど、こればかりは急ぐことではない。時間を掛けて、触れ合って中で、見えていくこともきっとあると思うから。
「はぁ、なんかお腹すいたー。今日はお兄のカレーがいい!」
「あいよ。じゃあ、恵さんに連絡してくれないか。車で送ってくれるってさ」
「え、フーも斉藤さんの連絡先知らないよ?」
「いや、まじで? 俺だって知らないけど……?」
「――よかった。もし連絡先を交換していたら、斉藤さんを『暗いところ』に連れていく必要があったから」
「だから、こえーよ!」
またハイライトのない瞳でぼそぼそ言っている。
「いや、そんなこと言ってる場合じゃなくて! 恵さん、どうするよ!?」
現在地が分からないことには合流することも出来ない。
かといって勝手に帰るのも憚られる。
「一応、探す……?」
「それしかないだろ……」
周辺の駐車場を捜索したが、終ぞ見つかりませんでした。
すみません、恵さん。先に帰ります。今度、菓子折りを持っていきますので。
こうして、俺と風花のすれ違いは答えを先送りする形で終結した。
先のことは何一つ分からない。
でも、大丈夫だ。妹である風花を世界一の幸せ者にする。この誓いがある限り、訪れる未来はハッピーエンド以外、あり得ない。
双子の兄がどんな手を使ってでも実現してみせよう。




