表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
PR
19/21

4-3

 母親を憎んでいる。

 幼稚だと自覚しているが、『母』という言葉すら使いたくない。他の家のごく普通の母親たちには申し訳ないが、その単語だけでも嫌な記憶が蘇ってしまう。

 親父も、俺たち兄妹も、母親から捨てられた。

 一発屋の親父がTVに呼ばれなくなり、家計が火の車だった時期のことだ。

 金の切れ目が縁の切れ目。あの女は家族を切った。

 そして、離婚間際に言い放った言葉がある。俺はそれを忘れないし、絶対に許さない。


「双子じゃなければね。雪月だけでよかったのに」


 小学生の子供にそんな最低な事を言えてしまう人間なのだ。

 その日から母ではなく、明確な敵となる。

 母を一人の女と認識したことで女そのものも嫌いになった。

 最近は奏さんや恵さんのおかげもあって、女性全般への嫌悪は薄まっているけど。

 何はともあれ、あの日あの時に俺は一つの誓を立てた。

 だから、あいつを――風花を生半可な気持ちで受け入れることは出来ない。


「ねぇ、雪月。今週ずっと変じゃない?」

「……そうか?」


 体育の授業中だった。種目はバスケ。俺と天のチームは早々に敗退したので、体育館の端っこで決勝戦をただ呆然と眺めていた。

 今日は金曜日。あの箱根旅行から五日ほど経過していた。

 あれから風花とは口を利いてない。以前までのような距離感に戻っていた。

 能天気なリオンも、さすがに「どうしたの?」と心配している。兄妹喧嘩というわけでもないので、仲直りってのも違う。

 普通に会話するくらいなら構わないんだけどな。風花の方が俺を避けていた。

 こうして戻ってきた平穏な生活。もちろん不満はない。心は穏やかだ。

 だけど、なぜか釈然としない。

「そうだよ! だって、ボクに全然セクハラしないじゃん!」

「セクハラされたいのか?」

「の、のーこめんとっ!」

 目を不等号みたいにしていた。え、超カワイイんだけど。

 焦って手をバタつかせるのも萌える。もしかして満更でもなかったのか。

「とりあえず結婚するか?」

「軽いよ!」

「まぁ、冗談だ」

 相変わらず、天との会話は楽しいな。

「……やっぱおかしい」

「へ?」

「いつもの雪月だったら、そんな簡単に引き下がらないよ」

 えー、そんなこともないと思うけどな。

 あまり自覚がなかった。たしかに風花とのことは頭にあるけどさ。私生活に影響が出るほどのことじゃない、と考えている。

「そもそも、男同士で結婚できないだろ?」

「今更、それ言うの!?」。

「――――結局さ、俺みたいな人間は常識の外にはいけないんだよ」

 天に話しているようで自分自身に伝え聞かせる言葉だった。

 たまにおかしいとは言われるけど、最後のラインを超える覚悟も度胸もない。

「雪月がどうしてそんなこと言うのか……正直ボクには分からない。でも、少なくとも、雪月はもっと面白い人間だよ! 今はなんか枯れてるっ!」

「枯れてる、か」

 そうなのかもしれないな。

 ここ最近の日々は騒がしいし、鬱陶しいし、面倒だったけど、だからこそ全力だった。

 その原因が急に取っ払われたのでバランスがおかしくなっている。

「ボクが好きな雪月はね。とにかく面白くて、ボクをいつも楽しませてくれるんだよ!」

「……今の俺はつまらんか?」

「うん、つまんない!」

「ハッキリ言うなぁ。そんなとこも好きだけど」

 一ノ宮雪月がつまらないのは問題だ。腐っても芸人の息子だぞ。

「あぁ、分かった。分かったよ! 今から奇声を上げて体育館を一周してやる!」

「ごめん、それはやめて!?」

「そうだ。さっきの『ボクが好きな雪月』って、もう一度言ってくれないか? しっかりと録音してヒーリングミュージックにする。天で癒されたい」

「だいぶ気持ち悪いよ!?」

 まだ本調子じゃないけど、要望通りもっと天を困らせてやる。覚悟しろよ。

 ――これ以上、心配をかけるわけにもいかないからな。


「雪月くん、話があるんだけど!」

「すごいデジャブだ」

 昼休みになって、お隣の奏さんから語気強めに宣言をされる。

「ちゃ、ちゃんと話は聞くから。だから、な? その日本刀を下してくれ?」

「わかった」

 突き付けられた日本刀は机の中に戻される(もうツッコミません)。

クラスメイトは何もなかったように振舞っていた。このサイコパス共がっ!

「ここだとアレだし、静かなとこに行こっか?」

「了解だ」

 いつも食事を共にする天に断りを入れて、奏さんと一緒に教室を出た。


「えーと、話って言うのは?」


 なんとなく想像はついているけどね。

「最近ね、変な事ばっかり。いつの間にか雪月くんと仲良くなってるし、転校生は一日でまた転校しちゃうし」

 鳳凰院飛鳥こと恵さんは転校したことになっていた。

 転校初日だけ登校し、翌日は俺と学校をサボり、翌日には転校。そんな暴挙が許されるのかは知らないが、事実そういうことになっている。

 もしかしてあれか? この学校、教師陣もサイコパスなのか?

「俺と仲良くなったのも変な事なのかよ」

「そりゃ、そうだよ! 隣の席を見て『あ、この人とは仲良くならないな』って真っ先に思ったもん!」

「奏さんっていちいちヒドイよな。なに、俺のこと嫌いなの?」

「べ、別に! 雪月くんのことなんて嫌いじゃないんだからねっ!」

「それ、ツンデレとして成立してなくない?」

 ただ『嫌いじゃない』という事実を伝えている人だった。

「そのツッコミ力に惹かれたのかな。だって、日本刀持っている女の子ってさ。シンプルに頭おかしいでしょ? でも、それすらも笑いに変える力があるっていうか」

「ここにきて、そこ言及する!?」

 かれこれ一巻も終わるぞ。日本刀の件はあくまでギャグとして処理していた。

あ、もちろん頭おかしいと思っていますよ、はい。

「あとはうん……あの顔かな」

「顔?」

「雪月くん、すっごい優しい顔をする時があるの。いつか分かる?」

「すまん、覚えがない」

 前に奏さんがそんなことを言っていた気がする。あとは風花からも指摘されたっけ?

 だけど、その表情を自分自身は見ることが出来ないわけでさ。

「あれはお兄ちゃんの顔だよ。風花を想って『やれやれ仕方ないな』って。呆れと深い愛と――それが羨ましかった。私は一人っ子だし」

「完全に無意識だな……それ」

 なにその恥ずかしい表情。

 呆れの部分は納得できるけど、もう一方はどうなんだろう。

「じゃあ、根っからのお兄ちゃんだ」

「兄に資格はないからなぁ。分かんないけど」

 気が付いたら兄と妹だった。何か特別なことをしたわけじゃない。

 生まれてからずっとそれが当たり前の事で。

「と、とにかくね! 私は、その雪月くんが好きなのっ!」

「うぇっ!? す、好きって……えぇ!?」

 どういう意味で言っているんだ。いくら何でも勘違いをしてしまう。

「ち、違うから! あくまでその時の表情が!」

「それ、俺は喜んでいいのか……?」

「し、し、知らないっ!」

 そう言って、プイっと顔を背けてしまう。

 よく分からないけど褒めてくれてはいるんだよな。

「まぁ、その、ありがとう。あいつじゃなくて、奏さんが妹だったらな」

 そのほうが俺にとっても――そして、風花にとっても良かったのかもしれない。

「な、なっ!? それはつまり、私が好きってこと!?」

「はぁ!? 何故その結論に!?」

 論理が飛躍しすぎだ。むしろ逆じゃないか。

 妹にしか見えない的なのって、よくある男側の断り文句というか。そういう意図で発言したわけじゃないけど。

「だって、妹しか愛せないんでしょ! 雪月くんは!」

「んなことないわ!」

「雪月くんは『妹』が好きなんじゃないの? だから、風花を……」

 あいつの嘘設定で面倒なことになっている。まぁ、仕方ないよな。その嘘に乗っかると決めたんだから。

 でも、一つ誤解を解いておきたい。

「俺は『属性』で人を好きになったりしない。仮に奏さんが妹だったとして、それで好きになることはないよ。きっと、それは――――」

 風花も一緒だと思う。

 あいつだって『兄』だから、俺を好きになったんじゃない。そんな偽物の想いだったのなら、あの時あんな顔をしなかったはずだ。

 間接的にでもあいつの想いを否定しないでやってほしい。

「だからごめん。さっきのやつは取り消しで」

 元はと言えば俺の発言が原因だ。冗談でも口にするべきじゃなかった。

 妹だから、兄だから、そんなの風花にはハナから関係ない。

 あいつの想いを矮小化することで、正面から受け止めることを避けようとしていた。

 それはただの逃げでしかない。

「風花が羨ましいなぁ」

「え?」

 奏さんは顔を伏せて、ボソッとなにかを呟いた。

「なんでもない! じゃあ本題だけど! そんなお兄ちゃんは、しっかり仕事してる!? 今週になってから風花の様子がずっとおかしいよ!」

 やっぱりその話だよな。天だって俺の変化に気が付いていた。奏さんが親友である風花の違和感を見逃すはずがない。

「どんな感じなんだ?」

「その、無理に表情を作っているというか」

「そうか」

 好意を寄せる相手から拒絶されて平然とはいられないよな。

「たぶん、雪月くんが原因だよね?」

「あぁ、そうだな」

 俺があいつを傷つけた。言い訳なんてしない。

「私に手伝えること、ある?」

「ごめん。これは俺にしか解決できないことだからさ」

 申し出は嬉しいが今回の件では人を頼れない。

 風花を傷つけたのは俺であり、風花が好きな相手も俺なのだから。

「うん、そうじゃないかって思ってた。じゃあ、余計なお世話なのは百も承知だけど……風花をお願いね? 私の親友を泣かしたら許さないからね?」

「善処する」

 詳しい事情は聞かないでくれる。その気遣いも有難かった。

「ま、『お兄ちゃん』なら大丈夫だよね!」

「どうだろうな」

 この場合、兄だからこそ難しいのかもしれない。

「何があっても私がフォローするから! その辺は安心して!」

「――――そのさ、本当にありがとな。奏さんが風花の友達でよかったよ」

 風花はいい友達を持ったな。こんな面倒見がいい人、いないぞ。

 どんな結末になったとしても、彼女がいてくれるのなら大丈夫だと思えた。

「だからっ! その顔、反則! 何も言えなくなっちゃうっ! 文句は沢山あるのに!」

「えーと、ごめん?」

「悪いと思ってないでしょっ!」

「バレたか」

 俺の表情一つで右往左往するのが未だに理解できない。

「もぉ! 雪月くんのくせに生意気! 私、すっごく不満です!」

「どうしろと……」

 そんな子供みたいに拗ねられても困る。

 いや、さ? 風花の癇癪と比べたら可愛いものだけどね?

「な、ならそのっ! お詫びとして! どこかに遊びに行こうよ、今度!」

「別にいいけど?」

「軽っ!」

「それくらいはなぁ? 世話になってるし。他のメンバーは天とか風花でいいよな?」

 それ以外に知り合いがいませんので。

「あ、あのあの、えと、違くてっっ! そ、その、二人でっ!」

「え、二人!? それってつまり……」

 そういうこと、だよな?

 デートというか、ランデヴーというか、逢引きというか。

「変な意味じゃなくてね! ほら、雪月くんプロ野球好きなんだよね!? 私、ちょっと興味があるっていうか――――」

「よし、行こう! チケットは用意する! ユニフォームも余ってるのがある!」

 そういうことなら大歓迎である。

 むしろ、二人きりの方がマンツーマンで解説がしやすい。ライオンズの伝道師としての職務を全うしようじゃないか。

「え、う、うん? 一応これって……結果オーライなのかなぁ……?」

 久しぶりの現地観戦。考えただけでもウズウズする。だめ! 声、出ちゃう!

「アアア、ライオンズ! ライオンズ! ライオンズ!」

「あ、失敗したかも」

 奏さんが頭を抱えていた。

 さてそうと決まれば、観戦スケジュールを立てないと。そのためにも目下の問題を解決する必要がある。

 やることは一つ。今日、風花と話をする。

 奏さんにここまで言わせてしまった。答えを先送りにしてもいられない。五日間、自分なりに悩んで考えたことを正直に話そう。

 何があっても風花を支えてくれる人がいる。その事実が俺に勇気をくれた。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ