3-4
「うぅ、こんな早い時間だとお店も空いてないかぁ」
飛鳥の行きたい喫茶店は一◯時オープンだった。早速、手持ち無沙汰になる。
行き場を失った俺たちは井の頭公園のベンチに腰掛けていた。
「東京はちっとも分がんね……」
「それ、東北弁か?」
飛鳥はこれからどうしようと、うーうー頭を悩ませていた。
そこでふと漏れた言葉に聞き馴染みがある。
「え、いや!? その、これは違うの! ぎゃ、ギャグだから!」
「だとしたら面白くないな」
すみません。笑いに厳しい一家でして。
しかし、どうなんだろうな。
この金髪ツインテールが東北弁で喋る。一周回って、面白いのか?
「ひど!? でも、なんで分かったの? 東北の言葉だって」
「父親が青森出身でな。親戚がそっちに住んでるんだよ」
「え、そうなの!? ちなみに青森のどこ?」
言ってもピンとこない気がする。まぁ、聞かれたなら答えるか。
「八戸だな。分かるか?」
「えぇ、八戸!? ほんとに!? すっごい偶然!」
「そんなに驚くことか? あと偶然ってのは?」
謎にテンションが高い。地元が同じ人間と会ったかのような熱量だ。
けど、それもおかしいよな。八戸出身って訳もないだろうし。特殊な事情がなければ、高校までは生まれ育った地域で進学するイメージだ。
「あ、いや、その! あたしの親戚も八戸に住んでるんだよねぇ!」
「なるほど、そういうことか」
「そ、そう!」
だとすれば、そんなに焦る意味も分からないけど。まぁいいや。
「話してたら久しぶりに行きたくなったな。八食センターだっけ? あそこで食った海鮮の味が未だに忘れられない」
「わがるぅぅぅぅうぅぅぅうぅぅ!!」
魂からの叫びだった。なんかちょっと涙ぐんでいる。郷愁ってやつか?
「途中まで住んでいたとか?」
「い、いや!? そんなことはないよ!? 港区生まれ、港区育ち! お嬢様!」
ほんとかよ。お嬢様は自分で『お嬢様』とは言わないと思うぞ。
なんか無理してキャラでも作っているのかね。
「飛鳥って趣味とかあるの?」
すまんが意地悪をさせてもらう。たぶん、この質問で結構ボロが出ると思う。
「び、貧乏人を札束で殴ること?」
「金持ちのイメージどうなってんの!?」
福◯漫画の世界じゃないんだからさ。金持ちへの偏見が凄すぎる。
「その、上手く言えないけどさ。デートってのは互いを知ろうって場だろ? だったら、着飾んないでさ。本当の趣味とか好きなものを教えてくれよ?」
「ゆ、雪月……」
希望を見せてほしい。ただ性愛に捕らわれない男女関係ってやつを。
そこには虚構の自分を演じている限り、たどり着くことが出来ないはずなんだ。
「雪月は笑ったり、否定したりしない……?」
「当たり前だろ。人の趣味を笑ったり、ましてや否定なんかするもんか」
人間の数だけ趣味趣向があるといっても過言じゃない。反社会的なものでない限りは、否定されるべきではないと思う。
もちろん自分に合わないのであれば、無理に肯定する必要もないけどな。
「じゃあ、言うね……? その、お笑い芸人が好きなの! 一昔前に『あぱダンス』ってギャグで有名だった『イッチー』が特に好きで!」
ほうほう、なるほどなぁ。
「その芸人だけはないな」
「噓つき!?」
事情が変わりました。すみません。
イッチー、知っていますとも。それ、ウチの親父の芸名です。
令和の時代に親父のファンがいるとは思いたくないし、申し訳ないけど受け入れることが出来ません。
あいつ全然面白くないよ。
なんだよ、あぱダンスって。まじで意味わからんよ。
「えと、その、すまない。お笑い好きって趣味はいいよな。俺も好きだよ。イッチ―以外の芸人はみんな面白いと思っている」
「イッチーに何の恨みが!?」
「とにかく、イッチーは止めておきなさい」
君のためを思って言ってるんだ。
「な、何なのよ! 誰が何と言おうが、イッチーは面白いから! そこまで言うならさ、このイッチー単独ライブのDVDを一緒に見ようよ!」
「なんてものをっっ!?」
そんな特級呪物を見ることになるとは思わなんだ。
親父の全盛期に興行された単独公演。頭のおかしいプロモーターによって生み出された。
ネタは『あぱダンス』一本。それだけで一時間近い公演を実施するという狂行。
親父曰く、DVDも死ぬほど在庫になったとか。そんなDVDを購入して、あまつさえ持ち歩いている。
ふむ、間違いない。この女は狂人だ。
「見てもないのに否定するのはおかしいと思う!」
「それはそうだけど……」
共感性羞恥がヤバくて、俺は親父のネタを一回しか見たことがない。
今見たら違うのだろうか。いや、そんなことはないと思う。面白くないだろ。
「そうと決まれば、雪月の家に行こうよ!」
「はぁ!? なんでウチ!?」
「消去法! そりゃ……あたしの部屋に呼べるわけないし、制服じゃホテルも無理だし」
「いや、消去法って」
後半なにか呟いていたけどよく聞こえなかった。
「この時間なら誰もいないんじゃないの? あ、もしかして、おか――」
「家には誰もいない」
飛鳥のセリフを遮って事実を告げる。
風花とリオンは学校(怒り狂って俺を探してる可能性はあるけど)。親父ことイッチーは夕方まで家にいないと言っていた。
「なら、問題なーし!」
「う、うん?」
いや、誰もいないのはむしろ問題なのでは……?
時すでに遅し。そう思った時には上石神井駅方面のバスに乗り込んでいた。
***
「お邪魔しまーす!」
案の定、我が家は無人でした。
既に後悔しているけど、かといって今になって引き下がることもできない。
年頃の異性と家で二人きり。否応なく意識してしまう。
「じゃあ、DVD貸してくれ。テレビはリビングにしかなくてな」
「雪月」
「なんだ……って、おい!?」
いきなり後ろから抱きつかれる。甘い匂いと柔らかさが一気に押し寄せてきた。
胸が小さいおかげでギリギリ理性を保っている(失礼)。
「DVDは後でいいよ。雪月の部屋、いこ?」
「へ、部屋で何をするんだ?」
「言わせないでよ」
飛鳥の顔は見えないが、その声は色っぽい。きっと、そういう意味なんだろう。
「もっと、時間をかけるものだろ」
「そんなことないよ。そこから始まる恋もあるよ」
「……ただの性愛だ。一時の盛り上がりだ。何の意味もない」
そんな仮初ならいらない。たとえ仮初であっても、失ったら傷つくのだから。
「どうしても駄目? あたし、そんな魅力ない……?」
「いや、魅力的だとは思うよ。だからこそ、そういうことはしたくない」
相手が魅力的だから結ばれる。ごく普通のことだ。
だけど、『魅力』に依存した関係が長続きしないことを体験として知っている。もっと魂まるごとを愛するような関係がいい。
それが絵空事だとは分かっているつもりだけど。
「飛鳥とは友達でいたい」
友達はいい。性的衝動がない繋がり。純粋な関係だ。
俺には友達と――血の繋がった家族である父と妹がいればいい。
「あー、もう! 君、本当にめんどくさい! 終わり終わり!」
「へ?」
背中越しに感じていた飛鳥の体温や柔らかさが失われる。一気に声が変わった。
もちろんベースは同じだが、出し方とかキーの高さが全然違う。
悪く言うと老けた印象を覚える。
「こんなバカげた事やってられないっての!」
「えーと、って、うぇええええええええええええええ!?」
何があったのか。確認のため振り返ると、そこには黒髪ボブの女がいた。
その手には金色の毛束が握られている。
「ウィッグだったの!?」
「当たり前でしょ! こんなヤバい髪型の女、現実にいるわけがないでしょ!」
「いるかもしれないからやめてくれる!?」
僕は良いと思いますよ、はい。
「君ねぇ、女の子から積極的に迫ってるんだよ!? 有難いと思わないと! ちょっと顔がいいからって調子に乗ってるんじゃない!?」
「あれ、説教タイム始まった?」
まさかのダメ出し。全然キャラが違う。
「な、なんでこんなことを?」
「仕事よ、仕事」
「そんなイカれた仕事ある!?」
どういう名目で求人しているんだよ。
「とにかく、もうおしまい! あーあー、君のせいでまた無職だよ」
「えと、ごめんなさい……?」
「そうと決まればヤケ酒よ! コンビニ行くわよ! 服貸して」
「あ、飛鳥っ!?」
色々とツッコミ所があるんだが、制服を脱ぎ始めたので慌てて目を逸らす。
「あー、そこも説明しないとかー。あたし、本名は『斉藤恵』って言うの。歳は二十一ね。ちゃんと敬語使いなさいよ」
「まったく意味が分からないのですが!」
理解が追いつかない。金髪ツインテールでもなければ、鳳凰院飛鳥でもない。そして、高校二年生でもなさそうだ。
これまで見聞きしたすべての前提が覆る。
「なにが鳳凰院飛鳥よ。そんなバカみたいな名前の娘、いるわけないでしょ」
「だから、いるかもしれないからやめてくれます!?」
全国の鳳凰院飛鳥さん、すみません。
苦情があればDMしてください(だから、どこに?)。
「あ、このパーカー借りるね。君には散々、虚仮にされたからね。きっちりと話し相手になってもらうつもりだから。よろしく」
「えぇ……」
飛鳥あらためて恵さんの付き添いでコンビニへ。
「君の奢りね?」
「高校生相手に集るんですか!?」
「あたし無職」
「誇らしげに言われても!」
酒やつまみ代を全額負担しました。
結構な値段です。どんだけ飲むつもりなんだ……。
「おら、雪月! ポン酒注げぇ!」
「飲みすぎですって!」
親父のライブDVDを大音量で流しながら、止めどなく飲酒を繰り返す。既にかなりの量を飲んでいる。
親父も酒癖が悪いけど、この人はそれ以上だった。
「これが東北魂! あぁ、うぅぅ、八戸に帰りたいよぉ……」
しくしくと泣き出した。泣き上戸ってやつだ。
予想していた通り、恵さんは八戸生まれ八戸育ち。高校を卒業してからは地元の企業で事務をやっていたが、人生を一変させたいと昨年上京してきたらしい。
「素直に帰ればいいのでは?」
「無理無理ぃ! 友達に『東京を支配してくる』って言っちゃったもん!」
「どうやって!?」
仮に都知事になったとしても、東京を支配しているとは言えないと思う。
「……そろそろ聞いてもいいですか。どうしてこんなことに?」
「あれは新宿でお笑いライブを見た帰りのことだった」
「すごい語り口調だ」
意外とノリノリみたいだぞ、この人。
「突然、知らない男女の二人組に道を聞かれたの。この居酒屋知ってますかってさ。誰に聞いてんのよ、あたしも東京知らんわーと思いつつ。必死に地図アプリを使って、居酒屋まで二人を案内したわけよ。したら一緒に飲みませんかって!」
「それって」
なんか聞いたことがあるぞ。
「二人も地方出身って言うから盛り上がってね。そんで話の流れでさ。『今度、知り合いを集めてBBQするんだけど来ない?』って。東京に友達がいなかったこともあって、その誘いに二つ返事でOKしたの」
「あれだ、典型的なマルチとか悪徳宗教の勧誘手口っすね」
ネット記事かなんかで見たことがある。特に地方出身の人間が狙われやすいとか。
「そういうこと。というかね、大勢でBBQする人間なんてロクでもないのよ」
「BBQする人に罪はないのでは!?」
当日、嫌な事でもあったのだろうか。仄暗い目をしている。
「って感じで、あれよあれよという間に外堀を埋められたの。そうしてあたしが所属することになったのが『天使の会』って団体。宗教団体? 政治団体? 企業集団? 実態は組織の人間も把握してなかったと思う」
「怪しさ満点じゃないっすか」
それに『天使の会』って。まさか、そういうことなのか?
「新しくできた知り合いもいて、働き口も斡旋してもらえたから、渡りに船だったのよ。それで今回が初仕事。『一ノ宮雪月と恋人関係になる』って意味不明な、ね」
「いや、俺も意味不明なんですけど!?」
「その辺、あの天使ちゃんから聞いてるんじゃないの? 天使同士の権力闘争だっけ? あたしがいた団体は『Earth党(?)』の支援団体だったんだけど」
「そこで繋がってくるわけね……」
なるほど、『天使の会』はまんま天使に関係する団体らしい。安直すぎる。
これはつまり、リオンの言っていた「野党天使の介入」なのだろう。飛鳥(恵さん)は野党天使の関係者である。リオンの読みは当たっていたのだ。
「どうして俺と恋愛する必要があったんですか?」
「末端のあたしは何も知らないわよ。ただ鳳凰院飛鳥って偽の身分を与えられて、あとは君の知っている通り。自転車をパンクさせる所から全部が仕込みよ」
「あんたがパンクさせたのかよ!」
昨日覚えた違和感は間違っていなかったようである。
通学路でぶつかりそうになったのも計画通りだったわけだ。
「うん、だからさ。今後も君のとこには刺客が来ると思うよ。ふぁいとー」
「そんな他人事みたいに!?」
「だって、他人事だもーん。所詮、あたしはフラれた女ですよー」
言葉とは裏腹に清々しそうな面持ちだった。重圧から解放された雰囲気だ。
まぁ、こんなアホみたいな仕事やりたくないわな。
「けど裏切ったりしたら、組織から何かされるんじゃないですか?」
「……あ、やば」
何も考えていないようだった。
「お願い助けて、雪月! 困っている人を助けるのは当然のことよね!」
「どの口が言ってるんですか!?」
さっき俺を見捨てようとしていたくせに。
「お願い! 特別にあたしのおっぱい揉んでもいいから!」
「結構です! てか、揉めるほどのサイズが――――」
「言葉を選んでね? 脳みそブチまけたい?」
空いた酒瓶を頭に押し付けられる。目がガンギマリだった。
「すみませんでした!」
すぐさま土下座する。死にたくない。天ともっとイチャイチャしたいんです。
「で? あたしの胸、どう思う?」
「お、大きいです!」
「嫌味?」
再度、酒瓶を押し付けられる。
「どうしろと!?」
この場合の正解はなんなのですか。
貧乳処理のエキスパートの人、答えを教えてください。
「ゆ、雪月を発見しました!」
「――――リオン、汚名返上しないとね? お兄を拘束して?」
「ごめん、雪月! リオンは死にたくない!」
涙目のリオンと怒り狂った怪物が、物々しく家に上がりこんできた。
「ちょっと待って! 説明! ちゃんと説明するから!」
「雪月、これってどういう状況……?」
リオンは混乱している。見知らぬ女性が酒盛りしているのだから無理ない。
「かくかくしかじかで」
「なるほど、そういうことかぁ!」
「お、いけた」
正直ダメ元でしたが何とかなりました。世界観が基本ギャグだし。
「ちょ、お兄! お願いだからその映像止めて! パパのつまんないギャグ見るだけで、蕁麻疹が止まらなくなるからぁ!」
そして新情報。これは朗報だ。なんと風花の弱点を発見した。
親父のギャグ映像で動きを止めることが出来る。
なお、俺にも当然ダメージがあります。
さっきから首を搔きむしり過ぎて血だらけです。雛◯沢症候群かな?
「え、パパってどういう――」
「只今帰りました。いや『ただいま』の正式なやつ! って、今日はやけに大所帯だな」
「うへぇ!? い、イッチー!?」
親父が帰ってきた。まだ昼間だぞ。夕方に帰ってくるんじゃなかったのか。
「その映像はまさか単独公演の!? え、あなたは!?」
「あ、あの! あたし、斉藤恵って言います! あたしもその八戸出身で! 地元が同じイッチーさんのずっとファンで……ああもうっ! なんであたしはイッチーの家で酒盛りなんてしてるのよっ! 雪月くんのお父様がイッチーだとは知らなくて……」
推しに偶然遭遇したファンのガチ反応だ。こんな親父に熱狂的なファンがいる事実に、あらためて驚きを隠せない。
風花も目を丸くして「え、これって夢?」とか言っている。
「ボクと結婚してください」
「え!?」
『おい、ふざけんな(ねぇ、ふざけないで)!』
兄妹揃ってガチトーンのツッコミをしてしまった。
この男はちっとも懲りてないな。ファンと結婚してどうなったと思っているんだ。
「冗談だって、そう怒るな二人ともー。えーと、恵さん! せっかくの縁ですし、今日は飲みましょうよ! そうと決まれば雪月! 適当に出前でも取ってくれ!」
「あぁ、もう好きにしろ!」
こうして平日の昼間から酒宴が催されることになった。
学校をサボって何をしているのか。
「え、働き口がない!? それはいけない! 知り合いにちょっと聞いてみるよ!」
この飲み会を通して、恵さんと親父が完全に意気投合する。
同郷かつ自分の熱烈なファン。そのサポートには親父もかなり前のめりだった。
「あー天使の会かぁ。うん、分かった。手を回しておくよー」
そして、リオンの伝手で『天使の会』からも無事に退会できる運びとなる。
「……しめしめ、奴隷一人ゲット」
この天使に依頼してよかったのかは知らんけど――恵さん、強く生きてくれ。
とんとん拍子で『鳳凰院飛鳥』に関する一連の騒動は解決をみせた。
「お兄。斉藤さんと何をしたのか後で詳しく教えてね? 嘘は駄目だよ? 盗聴した音声を確認すれば分かるからね?」
「ひゃい……」
あ、ちなみに俺の方の問題は解決していません。風花、激おこです。
地下生活にリーチが掛かる。たすけて。




