3-3
「お兄、正座して?」
「……はい」
風花とバスで一緒に帰宅した。道すがら一言も会話はなかったです。
そして、家に到着するなり正座を強要されました。
「ぷぷぷー、雪月なんかやらかしたー?」
「見てないで助けてくれ!」
「ねぇ、雪月? リオンに出来ると、思う?」
「す、すまん」
暗い目をしていた。完全に調教済みである。
「あのね、お兄。フーね、迷ってるの」
「な、何をですか?」
「――――お兄の自由意思をどこまで尊重すればいいか」
光のない瞳でぼそりと呟く。
「お願いします! 監禁だけはやめてください!」
まだ天とやり残したことが沢山ある。シャバの空気を吸っていたい。
「じゃあ、どうしよっか?」
「飛鳥とは距離をちゃんと保つから!」
「あはっ! 『飛鳥』ねぇ……?」
「ひぃ!」
怖い。悪魔の笑顔です。今にも口が引き裂けそうだ。
「お兄がポっと出の雌犬とイチャイチャするのは耐えられないなぁ」
「い、イチャイチャはしてないぞ!」
「時間の問題じゃない? 向こうの好き好きアピールがやばいもん。何なのあれ?」
「俺が知りたいよ! 知り合ってまだ一日も経ってないんだぞ!」
好きになられる理由も謂われもないはずなんだ。
言うなれば運命のいたずらか。自転車がパンクし、そのせいで遅刻ギリギリになって、通学路でひと悶着が起きた。
そして、生徒手帳を拾ったことで関係が生まれる。
何もかもが出来過ぎだ。それこそ物語のような展開ばかりだった。
「ちょ、ちょっといいかな! 二人とも!」
静観していたリオンが口を挟んできた。今は藁にも縋りたい。
頼むぞ、リオン! この修羅場をなんとかしてくれ!
「なにリオン? 発言には気を付けて? 余計なことを言うと――わかる、よね?」
「あぴゃぴゃぴゃ、ぴりぴりぴーまん、おっぽりおっぽり、グンマッ!」
「あんま脅かすなよ! 恐怖でおかしくなってるぞ!」
目の焦点があってない。ただずっと奇怪な動きを繰り返している。
「リオン、怒らないから言ってみて?」
「マリトッツォーーーーーーーーーーーーーーー」
「あーあー、壊れちゃったな」
恐怖で人……じゃなくて、天使がここまでおかしくなってしまうとは。
「よーし、リオン。今から手を叩くね。はい、パンパン」
「リオンでございます! リオンでございます! いかがいたしましたか、風花様!」
「……お前はリオンに何をした?」
風花が手を叩いた瞬間、壊れていたリオンが元に戻った(元に戻ったのか?)。
「それでリオン? 何を言おうとしてたの?」
「あ、そうだ! その鳳凰院飛鳥って子が怪しいって話!」
「怪しいってどういうことだ?」
「雪月には前も言ったじゃん! 野党天使の刺客が来るかもってさ!」
そんな話をしたこともあったな。傀儡の人間を使って、干渉してくる可能性があるとかなんとか。
あれから特に何もなかったので失念していた。
「つまり、飛鳥が刺客だと?」
「可能性は高いね。雪月も違和感はなかった?」
「まぁ、作為的というか。生徒手帳を落とす件とか、仕組まれている感じはあったな」
俺を好きになる理由を無理に作り出しているようだった。
「なるほど、やっぱり敵なんだね。じゃあさ――――殺っちゃおっか?」
「まだ決まったわけじゃないぞ!?」
「へぇ、お兄。かばうんだ?」
すごいな。一人や二人は屠っている人間の目だ。
「ち、違くてだな! そんなことをしたら風花が犯罪者になっちゃうだろ? 俺、風花と会えなくなるのは嫌だなぁ!?」
「大丈夫。安心して、お兄。フーは絶対に捕まらないよ?」
二ヤリと妖しく笑う。完全犯罪の匂いがする。
お願いです、おまわりさん! 今のうちにコイツを捕まえてください!
「と、とにかくさ。飛鳥の動向にはちゃんと注意するから」
「お兄一人だと不安だなぁ――ねぇ、リオン?」
「はいぃぃぃ、おっしゃる通りかとぉ!」
だから、そこの主従関係こわいって。
「うん、そうだよね。じゃあさ、明日からリオンも学校に来てよ」
「は、はぁ? 何もそこまでしなくても」
リオンが学校に来るのはご遠慮願いたい。ここ最近は風花の支配下にあるが、本質的にお調子者なので何かやらかしそうだ。
「お兄が単独で動いて何かあれば、すべてお兄の責任になっちゃうよ? 責任、重いよ? お兄も太陽の光浴びたいよね? リオンも参加させて責任を分散した方がいいよ?」
「お、おっしゃる通りかと!」
こうして風花に逆らえなくなっていくのか。身を持って実感した。
「え、リオンも責任負うの!?」
「よろしくね、リオン♪ 期待してるね♪ 何かあったら分かるよね♪」
「雪月! 絶対、絶対に! 変な気を起こさないでよ!? 本当にお願いね? リオンを助けると思って!」
懇願される。しみじみと連帯責任って有効な制度だなと思いました。
「じゃあ、お兄もリオンも頼んだよ?」
『御意!』
こうして鳳凰院飛鳥・対策本部が設立された。
俺の健やかな生活を守るためにも、飛鳥の本性を暴いてみせる。
「リオン、余計な事はするなよ」
「ふふーん。任せてよ!」
自転車はパンクしたままなので今日もバス通学だ。それに加えて、リオンと一緒に学校へ向かう必要がある。
なので、家を出る前に何度も釘を刺しておく。
リオンの姿は周囲には見えない。会話をしていると、ブツブツひとりごとを言っているヤバい人間になるのだ
人がいる場所では話しかけない。これを徹底してもらう必要があった。
「いやー、風花がいないだけで平和だよねー」
「一応言っておくが、俺たちの会話は『F』に盗聴されてるぞ」
「さすがにリオンの声は入らないよね!?」
「どうなんだろうな」
実験したことがないので確証はない。
「た、たぶん入ってないよ、うん! 雪月は内容がバレない程度に返事して!」
「……今日はいい天気だな」
さながらスパイごっこだった。
てかさ、俺はなんで盗聴される日常を受け入れているの?
「あのサイコパス女さ、二人でボコボコにしない?」
かなり鬱憤が溜まっているようだ。
だとしても、天使のセリフじゃないだろ。ボコボコって。
「でも、雨が降るらしいな(無理だろ、死ぬぞ)」
「雪月はこのままでもいいの!?」
「止まない雨はない(止まない雨はない)」
「そんな悠長なこと言ってられないよ! リオンと雪月の心が先に壊れる!」
「かもしれないな(諦念)」
すでに心が折れかかっていた。風花をどうにかできるビジョンがない。
あいつを倒すには、あいつと同等の狂気と異常性が必要だ。でも、この世にいるのか? 風花くらい頭がおかしい奴って。
「ううぅ、なんで風花の中に不正の証拠を隠しちゃったんだろ……」
「それなー」
リオンが項垂れている。うんうん、それが全ての始まりだよね。
そのせいで妹の奇行を目にすることになったわけだ。
「話はこれくらいにしようぜ。そろそろ出ないと遅刻する」
「わ、分かった!」
「くれぐれも頼むからな?」
最後に駄目押しをして、リオンと一緒に家を出た。
「雪月、コンビニでアイス買ってよー」
まぁ、こうなりますよね。知っていましたよ。
最寄りのバス停へと向かう途中、当然のようにリオンが話しかけてきた。
この鳥頭に何を言っても無駄でしたね。
「…………」
もちろん無視をする。ヤバい人扱いはされたくない。
「ねぇーねぇー、雪月ー」
周囲をぐるぐると飛び回っている。鬱陶しい。
何度も首を振ったり、鼻先に人差し指を立てても理解してくれない。
「あ、あんなところに夏野天!」
「まじで!? うっひょぉう! どこどこ! 天! 天! 天どこだぁぁぁぁぁぁぁ!!」
「嘘だよー☆」
舌をペロッと出し、片目を閉じてニヤついている。
いきなり大声を出したせいで周囲の人々から奇異の視線が向けられた。
でも、そんなことはどうでもいい。
「うわあああああああああああああああああああああああああああ」
「ガチ泣き!?」
慟哭。この痛みが、辛さが、天を愛している事実に他ならない。ひどい。ひどすぎる。朝から天と会えると心躍ったのに。しくしく。
「ご、ごめんね?」
「うぐぅ……ひぐぅ……風花に言いつけてやるぅ」
「それはやめてっ! ほんとに!」
風花は敵にすると災厄オブ災厄だが、味方にした時は心強い存在である。
「天に会いたいよぉ……」
「教室に行けば会えるから! ほら、いこ?」
「天にチャイナドレスを着せて、スリットの部分に住みたいよぉ……」
「何を言ってるの!?」
いかん。心が弱ったせいで奥底の本音が漏れてしまった。
「風花ほどじゃなくても、雪月もヤバいよね……」
「生まれ変わったら天の太ももになりたい――ん、ちょっと待てよ? 俺が天の太ももになってしまうと、俺が天の太ももに挟まれる可能性はなくなってしまうわけだよな?
じゃあ、やっぱなしで。俺は人間でいいや」
「もう嫌だ、この双子…………」
それから信じられないほどリオンが大人しくなった。
「引き続き、その調子で頼むぞ」
「大丈夫、分かってるよ!」
学校最寄りのバス停で降車する。車内にも大宮前高校の生徒の姿がちらほらあった。
ここからは学校での立場が関わってくる。下手なことは出来ない。
他の生徒に聞こえない声量でリオンとコミュニケーションを取っておく。
「あー、雪月! おはよう!」
早速、ヤツがきたぞ。やはりタイミングが良すぎる。
待ち伏せされていたのだろうか。鳳凰院飛鳥が駆け足で寄ってくる。
「雪月、頼むからね!?」
「心配するな。俺たちは一蓮托生だろ」
風花のご機嫌を損ねたら俺とリオンに未来はない。
心苦しくはあるけど、聞こえないフリで無視をさせてもらう。
「雪月、お願い待って! その天使に騙されないで!」
『っ!?』
俺と、そしてリオンも、驚いて振り返ってしまう。
まさかリオンが見えている……?
「な、何言ってるんだよぉ! 雪月、無視だよ無視!」
「その天使は雪月の敵だよ!」
リオンの声は周囲に聞こえないが飛鳥の声はその限りではない。
学校へ向かう生徒たちが一斉にこちらを見た。なんだなんだと注目されている。
「――雪月、捕まえた!」
近づいてきた飛鳥に腕を掴まれる。
「飛鳥……」
「いこっ! 雪月!」
「ちょ、おい!」
そのまま学校とは逆方向に飛鳥が走り出す。
振り払うことも出来たがあえてしなかった。今は飛鳥の真意が知りたい。
「ちょっと雪月!? あとで風花に何されるか分かんないよ!?」
リオンすまない。
さすがに敵だとは思ってないが、こういう時は双方から主張を聞いた方がいい。
飛鳥が天使の関係者だと分かったんだ。この機会を逃したくない。
風花のことは――――うん、まぁ、考えないようにする。あいつのためでもあるんだ。今回ばかりは許してくれ。
え、許してもらえるよね? まだ、お日様の光見たいよ?
「ふぅ、ここまでくれば安心かな」
飛鳥に連れられるまま無我夢中に走り続けた。
電柱のプレートに『吉祥寺南』とあるので、もう少し歩けば吉祥寺駅が見えてくる。
「じゃあ、天使の話を――」
「ねぇねぇ、雪月! デートしようよ!」
「はぁ!?」
そんなことをするために学校をサボったわけでも、風花から監禁されるリスクを天秤に掛けたわけでもないのだ。
「いやいや、飛鳥と天使との関係を教えてくれよ!」
「デートしてくれなきゃ教えませーん。ぷいっ」
そっぽを向いて、拗ねた態度を見せてくる。
「なんでだよ!」
「だって、雪月が好きだから」
「っっっ!?」
好意には気が付いていた。それでもハッキリ言われると無反応ではいられない。
頬が熱を持っていくのが分かる。その一方で悪癖の『女性嫌い』によって、心の温度がどんどん下がっていく。
「……そういうのはいいからさ」
「雪月、付き合ってる人いないんでしょ!? いいじゃん経験として!」
やめろ、聞きたくない。
恋愛なんてロクなものじゃない。一度付き合ったとしても、死ぬまでお互いを想い合うことがどれだけ難しいか。
愛を誓い、契りを交わした夫婦も、当たり前のように離婚する。
ましてや高校生同士の恋愛が続くわけがない。環境が変われば目移りする。
言ってしまえば、ただの性欲であり、依存先を求める弱さだ。
したければ勝手にすればいい。それを否定しない。ただ、俺には無意義というだけだ。
それに不本意ながら、風花の彼氏という設定もある。
だから、答えは決まっていた。
「飛鳥。すまんが、俺は――――」
「お願い、雪月! チャンスを頂戴!」
懸命に食い下がってくる。どうして一時の感情でそこまで本気になれるのか。
所詮は血の繋がりがない他人だ。代わりなんていくらでもいる。
でも、『代わりがない』関係を作れたら?
そんなものは存在しないと思う反面、あってほしいという相反する気持ちもある。
「……分かった、今日だけだぞ」
だから、飛鳥の提案に乗ってみることにした。
いずれにしろ、天使のことを聞かないといけないからな。
「やったぁ! じゃあ行こ! 雪月!」
「って、おい!?」
当たり前のように手を繋いでくる。
ひんやりとした異性の手だった。風花の掌より小さい。そのせいか庇護欲のようなものを掻き立てられる。
いかんぞ、これ。もしも風花に知られたら、今後の地下生活が確定してしまう。
「あー、雪月! 照れてるー?」
「いや……まぁ、そうだな」
照れているんじゃなくて、恐れている。風花の闇を、狂気を、異常性を。
飛鳥に言っても仕方がないので適当に合わせるが。
「ちょっと待ってくれ。スマホが鳴ってる」
電話の応答画面に表示されていたのは――――わお、やっぱり耳が早いな。
あ、もちろん風花さんですよ。ちびりそう。
この状況で応答できるわけがないよね。呼び出し時間が終了する。
再度、電話が掛かってくる。鬼電ですねぇ。
「一ノ宮風花……って、妹ちゃん? 出なくていいの?」
「いや、いい。行こうか」
電源を切った。
「ふふっ! 妹ちゃんには知られたくないんだぁー?」
「その通りだ」
たぶん、飛鳥が思っているような意味合いじゃないけどな。
ふぅ、最後のシャバを楽しむか。




