3-1
「お兄、朝だよ」
「……分かってるって」
俺は朝に弱い。一方で双子の妹は朝練があるため早起きである。
それに関しては構わない。好きにしてくれ。だけど、近頃は様相が違う。
そんな自分の生活リズムに、俺を巻き込もうとするのである。
「頼む。五分……いや、一◯分……やっぱ、三◯分寝かせてくれ」
強制力がない早起きなんて夜型人間には拷問だ。家を出る直前まで寝ていたい。
「起きないとキスしちゃうよ?」
「おはよう」
バキバキに目が覚めた。
「はい! じゃあ、おはようのチュー」
「知ってるか? 寝起きの口内って雑菌だらけなんだぜ?」
「やった! お兄の雑菌ゲット!」
「あぱぱぱぱぱぱぱぱぱぱぱぱぱぱぱぱぱぱぱぱぱぱぱぱぱ!!」
おっと、朝から発狂してしまった。
最近はいつもこうだ。脅しに屈して無理矢理起こされている。
「二人とも、おはよー」
居間に天使がいた。この光景にも慣れてきたな。
親父がいない日は実体化して当たり前のように食事を共にしている。何なら親父がいる時も見境なくなっていた。
親父はオープンな人間なので全く気にしてない。少しは気にしてほしいが。
「おはよう。リオンも風花もお茶漬けでいいか?」
朝から料理をする気力はない。
「ステーキがいい!」
「よーし、よその子になれー」
朝からステーキなんて食えないだろ。肉体的にも経済的にも。何だかんだリオンからは食費をもらっているのだが、さすがにステーキ肉を買う気にはならない。
「じゃあ、生姜焼きは?」
ぶりっ子ポーズ&チワワ目で迫ってくる。
「ドア・イン・ザ・フェイスかよ……あぁ、くそ。悔しいが豚肉あるんだよな」
大きな要求の後に小さな要求をすることで、受け入れてもらいやすくなる心理テクだ。
それが分かっているのに承諾してしまう自分が憎い。
「結婚しよ、お兄」
「貴様までドア・イン・ザ・フェイスを使う気か?」
「結婚式はハワイで挙げて、新婚旅行はヨーロッパ一周がいいなぁ」
「フット・イン・ザ・ドア!?」
小さな要求から徐々に大きな要求をしていく心理テクだ。
一番怖いのは、この妹が結婚を『小さな要求』だと思っていることである。
「はぁ、とにかく座ってろ。生姜焼き作るから」
「えーリオンばっかずるーいー」
「風花のはワガママの域を超えてるんだよ!」
軽い要求みたいなノリで実妹と結婚させられて堪るか。そも出来ないし。
「ふふふ、雪月はリオンの魅力にメロメロだねぇ♪」
「――――リオン。今日もフーの部屋、来る?」
「ごめんなさい、ごめんなさい、ごめんなさい、ごめんなさい、ごめんなさい」
青い顔をしてガクガクと震えている。
何をされたらそうなるんだよ。怖いから聞かないけど。
「朝くらい大人しくできないかねー」
数週間前まではこんなことなかったのに。親父は所在不明、風花は陸上部の朝練で、俺はギリギリまで寝ている。
しかし、人間の順応力ってのはすごいな。この生活にも慣れてきた。
ということなので、神様お願いです。これ以上、日々を一変させるイベントは勘弁してください。
なんて壮大なフラグを残しつつ、忙しない朝の時間が過ぎていった。
「まじか」
登校直前になって自転車がパンクしていることが判明する。
つまり、自転車通学を断念する必要が出てきた。
家を出る時間はいつもギリギリなので、今からバスにしても遅刻の可能性が高い。
「最悪すぎる……」
かといって学校をサボったら、風花から何を言われるか分かったものじゃない。
今日も今日とて放課後に待ち合わせをしている。
つまり、帰りは自転車を押すことになるんだ。
最初からバスで通えばその手間が省けるわけで。うん、ポジティブに考えよう。
バスの時間を調べて最寄りのバス停まで移動する。
「あと五分、ギリ間に合うか?」
HRの開始直前。通学路に生徒の姿はない。
ダッシュすれば間に合う。ここまできて遅刻するのもバカらしい。やや駆け足のペースから、ランニングの速度へと切り替える。
「いっけな~い! 遅刻、遅刻――――って、うわぁ!」
「あぶなっ!」
向かいの道から女子生徒が飛び出してきた。
あわや衝突といった場面だったが、身体を仰け反らせて回避する。
「ちょっとぉ! どこ見てんのよ!」
「す、すみません!」
お互い様だと思うのだが、強く出られると反抗もしづらい。
まじまじと女子生徒を観察する。うちのセーラー服姿だ。当然、見覚えはない。
にしても派手な髪型しているな。脱色した長い髪をツインテールにまとめている。
漫画とかラノベではよく見るけど、実際に遭遇するとインパクトがすごい。
「な、なによっ! まじまじと見て!」
「いや、他意はないっす」
既知感が半端ない。この手のヒロインって大体ツンデレだよね。
実際デレるのかは知らないけど。
「って、ほんとに遅刻しちゃう! あたし急ぐから!」
金髪ツインテール女は苛立った声で告げると、学校の方に走っていった。
いやはや、朝からすごいものを見たな。
「ん、これって」
道路の上に四角い物体が落ちている。拾ってみると――生徒手帳だった。
「鳳凰院飛鳥、すげぇ名前だな」
どうやら、あの金髪ツインテールの落とし物らしい。中の証明写真がさっきの女子生徒と一致した。
「ふぅー遅刻確定かぁ」
これを事務室に届ける必要が出てきた。
そうなったら遅刻は確定だ。どうせ遅れるのならゆったり行くか。
通学路へと視線を向けると、あの金髪ツインテールの姿はもう見えなかった。
「鳳凰院飛鳥です! お願いします!」
「ってことで、鳳凰院は今日からクラスの仲間だ。初日から遅刻する大物に拍手を」
「そ、それはすみません! ほんとうに!」
笑い声が教室の外まで聞こえてくる。色々と察してしまった。
事務室に落とし物を届けた結果、遅刻は確定していた。だというのに、ウチのクラスのHRは終わっていないようだ。
あいつ、まさかの転校生かよ。なにこれ漫画なの。それも一昔前のやつ。
めっちゃ教室に入りづらい。でも、そうは言ってられないよなぁ。
「すみません、遅れました」
「一ノ宮もすごいタイミングで入ってくるなぁ。今回は転校生に免じて、遅刻はつけないでおくから早く座れー」
担任は快活に笑う。いい感じに場が温まっているな。
クラスメイトも一様に朗らかな笑顔だ。
「ア、アンタはさっきの!」
「うわー」
しかし、そんな空気が一変する。
金髪ツインテールから思いきり指を差された。ここまで完全にテンプレである。完全に物語の導入です。
クラスメイトがヒソヒソ言っている。あーめんどくさいことになりそー。
「雪月っ! さっきのは何!?」
「天、おはよう。今日も今日とて可愛いな」
一限目が終わって休み時間になる。メインヒロインが俺の席までやって来た。
「かわっ!? あ、朝から揶揄わないでよっ!」
「揶揄ってない。赤くなった顔も可愛いぜ」
「も、もぉ~~~~!!」
両手で顔を覆ってしゃがみ込んでしまう。
何この生き物、かわいい。食べたい。というか食べる。
「ちょっと、雪月くん! ふざけてる場合じゃないよ! あれは何なの!?」
「ふざけてないぞ。俺は天を愛している」
お隣の奏さんも参戦です。
「斬るよ?」
「いやいやいや!? バカなの!?」
机の中から日本刀が出てくる。だから、サイズ感がおかしい。
クラスメイトはなんで無反応なの? あれか、全員イカれてる感じ? この人たちと仲良くできるんでしょうか。不安です。
「駄目だよー、井上さん。校則違反で怒られちゃうよ?」
「そういう問題じゃないよな!?」
ツッコミ役の天まで。毒電波でも飛び交っているのか。
でも、ボケの天もありだ。かわいい。堂々と天にツッコむことができる。何度も何度もツッコミたいです。
へ、変な意味じゃないからな?
やばい、俺も毒電波に侵されているのかも(いつも通り)。
「あらためて聞くけど、雪月くんと鳳凰院さんはどういう関係なの?」
「通学路でぶつかりそうになって、教室に入ったら実は転校生で――――」
「そんな漫画みたいな事あるわけないでしょ!」
「…………」
目の前の日本刀は一旦無視しよう。話が進まない。
「仮に関係があったとして、奏さん的には望ましい展開じゃない?」
「そ、それはっ!」
奏さんは俺たち双子の良からぬ関係を断ち切りたい。
そこに現れたヒロイン候補(?)。むしろ歓迎するべきなのでは。
「なんか面白くないの!」
「へ?」
「よく分かんないけど、むしゃくしゃする!」
俺もよく分かりません。まるで駄々っ子だ。いつもの真面目風味な奏さんは何処へ。
「とにかく、安心(?)してくれ。あの人とは何の関係もないから」
「べ、別に!? 雪月くんが誰とどうなろうと、どうでもいいんだけどねっ!」
「ここに来てキャラ変?」
「違うし!」
奏さんは良い人ではあるけど、イマイチキャラが立っていない感じはある。
しかし、ツンデレ要素は迷走しすぎじゃないだろうか。タイミングも悪い。ちょうどツンデレっぽいキャラが登場したばかりだ。
「しばらくは取って付けたような日本刀キャラでやっていこう?」
「雪月くんのくせに生意気!」
「痛っ! 痛いって!」
ぐりぐりと足を踏まれる。ぷくーっと頬を膨らませて子供みたいだ。
「……なんか二人とも仲良いね」
「ち、違うんだ、天! 怒らないでくれ! 俺はお前一筋だ!」
「いやいや、怒ってないよ! むしろ嬉しいんだよ。雪月がこうやってボク以外の人とも仲良くしてるのがさ!」
エンジェルスマイル。あぁ、なんて尊い笑顔なんだ。
俺が総理大臣になったら国会議事堂に天の銅像を置きたい。もちろん伊藤博文とかにはどいてもらう。
「べ、別に! 雪月くんとは仲良くないんだからねっ!?」
「やっぱりツンデレ枠狙ってる?」
大人しく鳳凰院さんに任せた方がいい気がするぞ。
「ねぇ、そこのアンタ!」
言っている傍から本物が登場しました。
「……どうしたの、鳳凰院さん」
「どうしたのじゃないわよ! あたしの生徒手帳を返しなさいよ!」
「素朴な疑問なんだが、どうして俺が持ってると?」
落とした事実に気が付いたとして、真っ先に俺と結びつけるのは違和感だ。
今もどこかに落ちたまま、もしくは拾取物として届けられている。そう考えるのが自然じゃないだろうか。
なぜ、俺が拾ったと断定できる?
「そ、それは、えと……と、盗聴器よっ! 生徒手帳に盗聴器を付けてたの!」
「鳳凰院さん!? その言い訳はいくら何でも厳しいんじゃ……」
「なるほど。そういうことなら納得だ」
「雪月くん!? どこに納得する要素があったの!?」
奏さんは何に驚いているんだ? 盗聴器くらい全然普通じゃないか。
兄の部屋に監視カメラを仕掛けるやつがいるんだぞ?
「あれ、でもおかしいな。だとしたら、事務室に預けたことも知ってるハズじゃ?」
「あのあのあのっっっ! えとえとえとえとっっっ!!」
だいぶパニック状態だ。どうもきな臭い。少し探りを入れてみるか。
「もしかして、わざと俺に拾わせた?」
「う、うるさいっ! お、お、覚えておきなさいよぉおおおおおおお!」
鳳凰院さんは捨て台詞を残して廊下に飛び出していった。嵐のような人だ。
これはつまり、図星ってことか? だけど、何のために?
「じぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃいぃぃいぃぃ」
考え事をしている背中にクラスメイト達の視線が刺さる。イテテ。
いや、君たちね? そこの日本刀を持ち歩いている人にも反応しようよ?




