表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
PR
12/21

2-6

「機嫌なおしてくれよー」

「別に怒ってないし」

 もんじゃの匂いを漂わせて、押上方面に向かって歩いている。

 消臭剤をかけてもらったけど、あれって焼け石に水だよね。もんじゃあるある。

 いや、そんなことを考えている場合じゃないか。

 満腹になれば機嫌がなおるって相場が決まっているんだがなぁ。

 風花はご機嫌斜めなままだった。もんじゃは美味そうに食っていたのに。

「んで、どこに向かってるんだ?」

 太陽は西の空に沈みつつあり、夕焼けを覆い隠すように夜の帳が下りる。

 黄昏時。夜と言っても差し支えない時刻になってきた。

「お兄が帰りたいなら解散でいいよ、べつに」

「拗ねんなって。風花はどこ行きたいんだよ?」

 脳天にチョップを食らわせる。

「いたっ! 暴力反対!」

「この間、俺に殴られたいとか言ってたじゃん」

「そんなおかしい妹はいないよっ!」

 ここにいるよ?

「ほらほら、俺がまだ遊び足りないんだって」

「そんなに妹と遊びたいんだ! お兄のシスコン!」

「うるせーよ、ブラコン」

 風花と言い合いするなんていつぶりだろうか。ちょっと懐かしい。

「もう一回聞くけど、どこに行きたいんだ?」

「……水族館」

「あぁ、有名だよな」

 プイっと顔を背けながらも目的地を教えてくれた。

「さっき、海鮮もんじゃ食べたよね」

「わざわざ言うな! 事前に聞いてたら頼まなかったよ!」

「どうだろうね、お兄ってサイコパスだし。夏野君がいつも困ってる」

「お前にだけは言われたくねーよ!?」

 目的地の水族館まで、やいやい言い合いをしながら向かった。


       ***


「お兄! 見て見て! クラゲ!」

 あんなに不機嫌だったのに館内に入るなり大興奮だった。

 かくいう俺も非日常空間にワクワクしている。夜の水族館は静謐で幻想的だ。

 館内の青い照明も相まって、一つ一つの展示に没入してしまう。

「いいな、水族館」

「でしょ!」

「ったく、なんで風花が誇らしげなんだよ」

 えへんと胸を張る妹を見て、思わず苦笑してしまう。

「――――さっきと同じ顔」

「どうした、急に」

 大騒ぎしていたかと思ったら、今度はしょんぼりしている。

「お兄さ。クラスの集まり行きたかった?」

「さっきの話か? 正直どっちでもいいってのが本音だな」

 あの話があった後に機嫌が悪くなった。

 その理由も分からないままだ。風花と一緒にいることを選んだというのに。

「お兄、フーの顔を見て決めたでしょ」

「まぁな。風花が『二人がいい!』って顔をしていたからな」

「ずるいよ……そうやって。あんな優しい顔を見たら、奏だってそれは――」

「え、奏さんがどうした?」

 今の話に関係ないと思うんだが。

「うるさいっ!」

「どうしたどうした。いつも以上に変だぞ」

「お兄が優しすぎるのがいけないの!」

 そもそも風花に優しくした覚えはない。仮にそう感じたとしても、文句を言われる意味が分からない。優しい=悪いことの図式が理解不能である。

「いや、その、優しいのはいいんだけど……他の女の子の前では、ああいう顔はしないでほしい……というか……」

「って言われても、意識してることじゃないからな」

「じゃあ、顔の皮を剥ぐしかない?」

「やめとけ?」

 これにサイコパス呼ばわりされたのは遺憾である。

「だからそういうこと! 急に不機嫌になってごめん!」

「ったく、ガキだなー」

 要約するとただのヤキモチである。理由もなんだか曖昧だった。

「お兄がもっと愛をくれれば、安心できるんだけどね! 朴念仁なお兄には周囲の様子を見てもらいたいかなっっ!」

「周囲の様子って――――っ!?」

 ちっとも気が付かなかった。この時間の館内にはカップルの姿しかない。おまけに全員が全員、これでもかっていうほど密着している。

 薄暗い非日常空間が、開放性を高めているようだった。

「いいなーいいなー」

「…………」

 そんな上目で見つめてくるんじゃない。気持ちが悪いだろう。

 しかし、風花を不安定にしてしまった責任は俺にもあるらしい。

 その詫びじゃないけども、俺に出来るのは――――考えたら駄目だ! あぁ、もう! とにかく勢いだ!

「これでおあいこだからな!」

「え、えぇ!? お、お、お兄!?」

 俺も焼きが回ったみたいだ。

 どういう訳か、風花の左手に自分の右手を重ねていた。

「か、家族でも! 手くらい繋ぐだろ!」

 釈明になっていない。

 子供の頃ならいざ知れず、高校生の妹相手には無理がある。

「……さっそく、叶っちゃった。浅草寺、様様だね」

 幸せを噛み締めるような笑みだった。思っていた反応と違う。

 普段なら狂喜乱舞というか。そんな可愛く喜ばれたら手持ち無沙汰である。

「ぺ、ペンギンだ!」

「え?」

「いいから! ペンギンを見に行くぞ!」

 自分でもよく分からないことを口走っていた。

「ちょ、お兄!?」

 風花の腕を強く引いて、歩き出す。

 繋いだ手を離すという選択肢はあの笑顔のせいで消失していた。とにかく右手に意識を向けないようにする。

 手の大きさ、感触、温度、そういったものを感じてはいけない。


「あのさ、お兄」

「なんだよ?」

「――――――大好きっ!」

「~~っ!」


 土曜日が苦手になった。

 むず痒くなる記憶を思い出してしまうから。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ