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「機嫌なおしてくれよー」
「別に怒ってないし」
もんじゃの匂いを漂わせて、押上方面に向かって歩いている。
消臭剤をかけてもらったけど、あれって焼け石に水だよね。もんじゃあるある。
いや、そんなことを考えている場合じゃないか。
満腹になれば機嫌がなおるって相場が決まっているんだがなぁ。
風花はご機嫌斜めなままだった。もんじゃは美味そうに食っていたのに。
「んで、どこに向かってるんだ?」
太陽は西の空に沈みつつあり、夕焼けを覆い隠すように夜の帳が下りる。
黄昏時。夜と言っても差し支えない時刻になってきた。
「お兄が帰りたいなら解散でいいよ、べつに」
「拗ねんなって。風花はどこ行きたいんだよ?」
脳天にチョップを食らわせる。
「いたっ! 暴力反対!」
「この間、俺に殴られたいとか言ってたじゃん」
「そんなおかしい妹はいないよっ!」
ここにいるよ?
「ほらほら、俺がまだ遊び足りないんだって」
「そんなに妹と遊びたいんだ! お兄のシスコン!」
「うるせーよ、ブラコン」
風花と言い合いするなんていつぶりだろうか。ちょっと懐かしい。
「もう一回聞くけど、どこに行きたいんだ?」
「……水族館」
「あぁ、有名だよな」
プイっと顔を背けながらも目的地を教えてくれた。
「さっき、海鮮もんじゃ食べたよね」
「わざわざ言うな! 事前に聞いてたら頼まなかったよ!」
「どうだろうね、お兄ってサイコパスだし。夏野君がいつも困ってる」
「お前にだけは言われたくねーよ!?」
目的地の水族館まで、やいやい言い合いをしながら向かった。
***
「お兄! 見て見て! クラゲ!」
あんなに不機嫌だったのに館内に入るなり大興奮だった。
かくいう俺も非日常空間にワクワクしている。夜の水族館は静謐で幻想的だ。
館内の青い照明も相まって、一つ一つの展示に没入してしまう。
「いいな、水族館」
「でしょ!」
「ったく、なんで風花が誇らしげなんだよ」
えへんと胸を張る妹を見て、思わず苦笑してしまう。
「――――さっきと同じ顔」
「どうした、急に」
大騒ぎしていたかと思ったら、今度はしょんぼりしている。
「お兄さ。クラスの集まり行きたかった?」
「さっきの話か? 正直どっちでもいいってのが本音だな」
あの話があった後に機嫌が悪くなった。
その理由も分からないままだ。風花と一緒にいることを選んだというのに。
「お兄、フーの顔を見て決めたでしょ」
「まぁな。風花が『二人がいい!』って顔をしていたからな」
「ずるいよ……そうやって。あんな優しい顔を見たら、奏だってそれは――」
「え、奏さんがどうした?」
今の話に関係ないと思うんだが。
「うるさいっ!」
「どうしたどうした。いつも以上に変だぞ」
「お兄が優しすぎるのがいけないの!」
そもそも風花に優しくした覚えはない。仮にそう感じたとしても、文句を言われる意味が分からない。優しい=悪いことの図式が理解不能である。
「いや、その、優しいのはいいんだけど……他の女の子の前では、ああいう顔はしないでほしい……というか……」
「って言われても、意識してることじゃないからな」
「じゃあ、顔の皮を剥ぐしかない?」
「やめとけ?」
これにサイコパス呼ばわりされたのは遺憾である。
「だからそういうこと! 急に不機嫌になってごめん!」
「ったく、ガキだなー」
要約するとただのヤキモチである。理由もなんだか曖昧だった。
「お兄がもっと愛をくれれば、安心できるんだけどね! 朴念仁なお兄には周囲の様子を見てもらいたいかなっっ!」
「周囲の様子って――――っ!?」
ちっとも気が付かなかった。この時間の館内にはカップルの姿しかない。おまけに全員が全員、これでもかっていうほど密着している。
薄暗い非日常空間が、開放性を高めているようだった。
「いいなーいいなー」
「…………」
そんな上目で見つめてくるんじゃない。気持ちが悪いだろう。
しかし、風花を不安定にしてしまった責任は俺にもあるらしい。
その詫びじゃないけども、俺に出来るのは――――考えたら駄目だ! あぁ、もう! とにかく勢いだ!
「これでおあいこだからな!」
「え、えぇ!? お、お、お兄!?」
俺も焼きが回ったみたいだ。
どういう訳か、風花の左手に自分の右手を重ねていた。
「か、家族でも! 手くらい繋ぐだろ!」
釈明になっていない。
子供の頃ならいざ知れず、高校生の妹相手には無理がある。
「……さっそく、叶っちゃった。浅草寺、様様だね」
幸せを噛み締めるような笑みだった。思っていた反応と違う。
普段なら狂喜乱舞というか。そんな可愛く喜ばれたら手持ち無沙汰である。
「ぺ、ペンギンだ!」
「え?」
「いいから! ペンギンを見に行くぞ!」
自分でもよく分からないことを口走っていた。
「ちょ、お兄!?」
風花の腕を強く引いて、歩き出す。
繋いだ手を離すという選択肢はあの笑顔のせいで消失していた。とにかく右手に意識を向けないようにする。
手の大きさ、感触、温度、そういったものを感じてはいけない。
「あのさ、お兄」
「なんだよ?」
「――――――大好きっ!」
「~~っ!」
土曜日が苦手になった。
むず痒くなる記憶を思い出してしまうから。




