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2-4

「雪月くん、話があるんだけど!」

 翌日教室に入るなり、仁王立ちの井上さんから宣言された。

 クラスメイト全員が注目している。針のむしろだ。

 天は心配そうな顔でこちらを見ている。あぁ、そんな表情の天も可愛いな。

「ひとまず教室を出ない?」

 断るという選択肢はなさそうなので、せめてこれが妥協案だった。

 かといって校舎内も避けたい。この提案には井上さんも同意をしてくれた。

 学校から五分くらい離れた公園に移動する。

「それで話って言うのは?」

 昨日、リオンから聞いた話もあるからな。野党天使が人間を操って接触してくる可能性があると。

 風花の親友を疑いたくはないけど、警戒をしておくに越したことがない。

「風花から全部聞いた」

「え、全部?」

 それってどこまでの範囲だ。

 今の俺たちの関係、リオンの事、それら全てを話してしまったのか?

「雪月くん、風花のことが好きなんでしょ? 異性として」

「ん?」

 一瞬、理解できなかった。なんかおかしくないか。

 兄妹同士で恋愛関係になろうとしている。そのこと自体は間違っていないが、主体と客体が俺の認識と異なっていた。

「よくないよ! そういうの! 風花、困ってたよ? 兄妹だから無下にできないって。それが周囲にバレたら大変だから、兄妹であることを隠していたって。家族の問題だし、口出しするか一日悩んだけど……やっぱり、雪月くんの気持ちは封印すべきだよ!」

 あー理解した。風花のやつ、友達の前だから見栄を張ったのか。

 親友に嘘を吐きたくないから、話せる範囲で伝えたって感じだな。んで、肝心な恋愛関係の部分に関する責任を俺に押し付けたと。

 うん、まぁ、ふざけんな? と言いたいが、妹の面子を潰すわけにもいかない。

「周りには言わないでもらえると助かる」

「それはそうだよ! 雪月くんのせいで、風花の評判が下がるなんておかしいよ!」

 何もかも告発してぇ。あいつのヤバさをぶちまけてぇ。

 兄の部屋にカメラを仕掛けるイカれた女だって教えてやりてぇ。

「雪月くん、さ。たぶん友達がいなくて、家族に依存しちゃってるんじゃないかな」

「俺には天がいる!」

 思わず叫んでしまった。俺と天の関係だけは否定させない。

「急に大声出さないでよ……いや、うん。一人も友達がいないとは言わないよ。夏野くんとはすごく仲が良さそうで、そこは素直にいい関係だなって」

「井上さん、ありがとう。君は良い人だな。ぜひ、俺と天の結婚証明人に!」

 勘違いしていた。彼女は素敵な女性だ。俺たち夫婦みたいに幸せな結婚をしてほしい。

「え、いや、あはは、本当に仲が良いんだね……」

 引きつり笑いをしていた。

 ありゃ、どうしたんだろう? 笑われるようなことは言ってないけどな。

 やれやれ、井上さんは面白い人だなぁ☆

「な、なんか話が逸れちゃってるよね……? とにかく、雪月くんは異性と関わる機会が少ないせいで、身近にいる風花によからぬ感情を抱いてるんだと思う!」

「そうなのかね?」

 風花もそういった理由なのだろうか。あいつは別に男嫌いとかではないが。

「きっとそうだよ! その気持ちが間違ってるとまでは言わないけど、二人は兄妹なんでしょ? だったら適度な距離感が必要だよ」

「俺もそう思う」

「だから――って、うえぇ!? やけに素直だね!?」

 俺だって基本的には井上さんサイドだし。

 問題は俺たちの恋路に、全人類の命運がかかっていることなんだよなぁ。

「なんか意外な展開……もっと、揉め事になるかも……って。だから、そのね、日本刀も用意してきたんだけど」

 井上さんは刀を取り出した。どこに隠し持っていたのでしょうか。そのサイズの業物を隠せる空間は物理的になさそうだけど。セーラー服って不思議ぃ!

「はは、さすがは風花の親友だ」

 なるほどぉ。そっかそっかぁ。こいつも頭がおかしいタイプの人間かぁ。

 類は友を呼ぶってことだ。ポリスメーン、早くこの女を捕まえて!

「これ、真剣だよ? その、私だって真剣だし」

「WOW! 上手いね! 座布団一枚!」

 クレイジーな人間の対処法は、そいつよりもクレイジーになることだ。「なんで真剣を持ってるんだよ!」みたいなツッコミは悪手です。

 相手のペースになってしまうからな。これを『既知外・返し』と呼んでいる。

「雪月くんって変だよね」

「うん、井上さんには言われたくないかな」

「親友のためとは言え、家族の問題に割って入るのはおかしいよね……」

 いやちゃうねん。問題はその日本刀だから。

 だけど、それは一旦置いておく。それよりも伝えたいことがあった。

「俺は逆に安心したけどな。井上さんみたいにアイツのことを真面目に考えてくれる人がいるんだってさ。だから頼む。これからも風花と仲良くしてやってくれよ」

 面映ゆいけど、正直な気持ちだった。

 自分の家族を大切にしてくれる人を邪険にできる筈がない。

「ふぇっ!? は、はいっ! ……って、なんで敬語……なのよっ! もぉ、雪月くんが変な顔をするからっ! なんか焦っちゃって! とにかく、その顔は禁止っっ!」

「ん? ふざけた顔をしたつもりはないんだが?」

「とにかく駄目! なんかこっちが変な気持ちになるから!」

「変な気持ち? なんか、井上さん顔赤くない?」

「あ、赤くないっっ!」

 頬が朱色に染まっている。暑いのかな。四月で比較的過ごしやすい気候だけど。

 ひょっとしたら、井上さんは暑がりなのかもしれないな。

「なんなのよ、もぉ! 想定していた話し合いと違うんだけどぉ!? 雪月くん、普通のお兄ちゃんって感じだし!」 

 何を今更。俺はまともな人間だぞ。妹がおかしいだけです。

「ねぇ、本当に風花が好きなの? 異性として」

「…………」

 答えに窮する。もちろん、現状の答えはNOだ。

 しかし、俺と風花は人類のためにも恋愛をしなければいけない。

 風花の嘘に乗っからないと、俺たちがベタベタしている説明がつかなくなる。

「えと、うん、まぁ、その、好きだよ。あの、異性として」

 井上さんには嘘を吐き通さないといけない。

「ほんとに斬るよ?」

 鋭い目つきで睨まれる。彼女とは上手くやっていけるような気がしていた。

 だからこそ、向けられた敵意全開の視線がつらい。

「やめてくれると助かる」

 俺が死んだら、きっとアイツは不幸になる。それに井上さんを悪者にしてしまう。

 そんな誰も幸せにならない選択を受け入れたくはない。

「……はぁ、斬らないよ。この刀はあくまで脅しだからね。雪月くんの気持ちを試すために用意しただけ。一応、雪月くんが本気ってことは分かった」

「すまんな」

 この流れだから黙っておくが、気軽に日本刀を用意するのは頭がおかしいと思う。

「じゃあ、第二プランかな」

「第二プラン?」

「さっきも言ったけど、周囲に異性がいないから風花に依存的になってるんだよ。だから異性との関わり合いを増やしていけば、雪月くんの気持ちも変化すると思うの」

 俺には天がいればそれでいい。そう叫びたかった。

 しかし、表向きはシスコンという設定だ。辻褄を合わせるために首肯するしかない。

「一理あるかもな」

「うん、そうなんだよ。な・の・で! 雪月くんには私を好きになってもらう!」

「……はい?」

 なにかの聞き間違いだろうか。

「私を好きにさせることで、風花への気持ちが薄まれば万々歳だよ」

「ちょい待て! 意味分かんないって!」

 親友のためとは言え、いくら何でもやりすぎだろう。

「仕方ないの。これも風花のためだから。人身御供として、化け物の贄となるよ」

「あのお嬢さーん? 人を化け物扱いするのやめよーねー?」

シンプルに傷つきますよー。しくしく。

「冗談、冗談だって! 雪月くんってやっぱり喋りやすいから、ついね?」

 井上さんはニシシと小悪魔チックな顔で笑う。

 普段の真面目な印象とギャップがあって、ついつい見入ってしまった。

 ――――なんだろうな、この気持ちは。

「自己犠牲とかじゃなくて! 雪月くんと普通に仲良くしたいだけ! 親友のお兄さんと仲良くなるのは、別に変なことじゃないでしょ?」

 惚れた腫れたではなくて、知りたいや理解したいという感覚が近い。

 彼女と関わることで自身の宿痾を克服できるかもしれない。そう思えた。

「……まぁ、そうだな。そういう事ならヨロシク。井上さん」

「奏でいいよ! 私も名前で呼んでるし!」

「…………」

 思春期以降、異性の事を名前で呼んだことがない。すごく違和感がある。

 え、風花? あいつは異性としてカウントされないだろ。

 天は特別な存在なので例外です。恋人を名前で呼ぶのは当然のことだ。

「じゃあ、奏さんで」

「『さん』はなくていいよー?」

「すまん、それは無理だ。俺の魂が拒絶している」

「そんなに嫌なの!?」

 呼び捨ては、ちっとな。急に馴れ馴れしくはできない性分だ。

「頼む、今日はこれで勘弁してくれ」

「しょーがないなぁーもぉー」

 頬を膨らませてはいるが、随分と楽しそうだった。

 ふぅ、なんだか予想外の展開になったな。

 最初はリオンが言っていた刺客かとも思ったが、どうも違う気がする。俺たち兄妹を害そうという意思が感じられない。

 むしろ、風花のことを真剣に考えてくれている。ただの良い人だ。

 これで『真剣』さえ持ってなければ文句なしだった。そこはアイツの友人である。

 おかしい奴は、おかしい奴に、ひかれ合う。


「おにいぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃ、みぃぃぃぃぃぃぃつけたぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ」


 おっと、言っている傍から。本物が登場しました。

 どうしよう、怖い。逃げたい。

 自分の親友とは言え、俺と女子が二人きりの状況だ。この怪物がそれを許すか?

「ふ、風花?」

「――――奏さん、すぐに刀を構えるんだ。食い殺されるぞ」

「いやいや!? 何を言ってるの、雪月くん!?」

 自分の置かれている状況が分かっていないようだ。

 見た目に騙されちゃいけない。目の前のそいつは人間じゃない。怪物だ。

「かぁぁ、なぁぁ、でぇぇ、さん?」

「ふ、深い意味はないぞ……その、さっき、友達になったんだよ……」

 しまった。この場で女子を名前呼びするのは悪手だった。

 風花の束縛癖やメンヘラ体質を考慮すると、俺はともかく奏さんの命が危ない。

「ともだちぃ?」

 焦点の定まらない虚ろな瞳で、俺と奏さんをボーっと眺めている。

 場が凍り付くような沈黙。一秒が永遠にも感じられる。

「そっかそっかーっ! あはっ! お兄と奏が仲良くなるなんてビックリだよーっ!」

 絵文字さながらのニッコリ笑顔を浮かべる。よそ行きの風花だった。

「ちょっとぉー脅かさないでよぉ! 風花、なんか怖い顔してたよー?」

 風花が破顔したのを見て、奏さんは安心したように相好を崩す。

 どうやら気が付いてないみたいだ。風花の目の奥が漆黒であることに。

 警戒を怠ってはいけない。いつでも逃げられる準備をしておく。

「それで、どうしてここが分かったんだ……?」

「ふふ、それは簡単だよ! 私と奏は位置情報を共有してるからねっ!」

 位置共有アプリなるものが存在しているらしい。

 最初に知った時は正気を疑った。プライベートを失うことへの恐怖がないのか。そこまでして人と繋がっていたいとは思えなかった。

 愛して止まない天も例外ではない。会えない時間に相手のことを想う。天は今、何をしているんだろう。放課後や土日はいつも考えている。

 もっと、天のことを知りたい。だけど、知りすぎてしまうのは怖い。

 やれやれ、天はいつだって俺を狂わせるぜ。

「あぁ、そういうことね! だから、この場所が分かったんだ!」

「そうそう! ちょうど、奏を探してたから!」

 果たして、本当にそうなのだろうか。

 奏さんを必死に探していたとは思えない。第一声が「お兄、見つけた」だぞ。風花が探していたのは明らかに俺だ。

 そう仮定した場合、不可解な点がある。

 奏さんの位置情報を把握していても、俺とは結び付かないはずだ。

 俺と彼女が一緒にいるなんて、昨日までの関係からは想定できないはずだ。おそらく風花が参照したのは『奏さんの位置情報』ではない。

 つまり、何が言いたいのか。


 俺 の 位 置 情 報 が 風 花 に 掌 握 さ れ て い る


 女二人がキャッキャしている中で恐怖に打ち震えていた。

 発信機? 盗聴器? 手段は分からないが、俺の現在地は風花に筒抜けなんだ。

「奏、そろそろ教室に戻ろ? 今ならギリギリHRに間に合うよ?」

「うん、そうだね! ほら、雪月くんも教室に戻ろうよ!」

「……俺はいい。遅刻していく」

 動きたくても動けない。足に力が入らないんだ。

「雪月くん、不良だぁー」

「サボりもほどほどに、ね? お兄?」

 風花がニコッと笑っている。その笑顔が怖い。直視できない。

「あぁ、き、気を付けるよ」

「奏、行こっか?」

「うん! 雪月くんまた後でねー」

 その場から動けず、二人の背中を――――踵を返して、風花が戻ってきた。

 そして、耳元まで顔を近づけてくる。

「お兄、ちゃんとライン見てね?」

 風花はそれだけ言って、また奏さんの横に並んだ。

 今度こそ二人の背中を見送る。姿が見えなくなったところで大きくため息をつく。

 生きた心地がしない。昨日の隠しカメラもそうだが俺の妹はヤバすぎる。

「ライン、見るか」

 正直見たくないけど、見ないと何されるか分からない。スマホの電源をONにすると、トークアプリの右上に『316』と赤い通知マークが表示されている。

 念のため言っておくと、俺に連絡できる人間は三人だけだ。

 天、父親――そして、モンスター・シスター。

「おぉ、やった! 天からの連絡だ!」

 嬉しいことに内二件は天からのメッセージだった。

『雪月、だいじょうぶ?』

『HR始まっちゃうよ! 何かトラブル? 助けに行くよ?』

 あぁ好きだ。

『すまん、遅刻する。こっちは大丈夫だ』

『世界一好きだぜ、天』

 返信しておく。愛する人を心配させるわけにはいかない。

 さて、現実逃避が終了してしまった。ここからは簡単な引き算をしてほしい。

 316 ― 2 = 314

 これが怪獣から来ていたメッセージの総数です。わお!


『あれ、お兄どこ行ったの?』『トイレかな?』『お兄がトイレしてるところを観察したい……しまった、願望が』『遅いね』『どこ?』『トイレじゃないよね』『どこにいったの?』『HR始まっちゃうよ?』『なんで既読にならないの?』『無視?』『もしかして、フーのこと嫌いになった?』『不安』寂しい』『誰かと一緒にいる?』『女の子じゃないよね?』『お兄がいけないんだからね』『今、公園にいるんだ』『なんで?』『お兄、学校をサボるタイプじゃないよね?』『そういう真面目なところ好き』『トラブル?』『フーが何とかするよ?』『お兄の邪魔になるものはフーが排除してあげるから』『あれ、奏もいないね』『おかしいなぁ』『変だよねぇぇ』『どうしてお兄と奏の現在地が一緒なの?』『浮気?』『ねぇねぇこれって浮気だよねぇ?』『応答なし』『応答なし』『応答なし』『応答なし』『応答なし』『応答なし』『応答なし』『応答なし』『電話でて?』『返事して?』『ごめん』『フーが重いから怒ってるんでしょ』『意地悪しないでよ、お兄』『ねぇ、何してるの!』『スマホが見れない状況?』『奏と何してるのかな?』『今から、行くね?』『奏は親友、奏は親友、奏は親友』『今、下駄箱』『ハサミしかないなぁ』『学校出た』『浮気きらい』『お兄はそんなことしないよねぇ?』『大丈夫』『だいじょうぶ』『大丈夫……だよね?』『そろそろ公園つく』『あ』『お に い み つ け た』


「うわあああああああああああああああああああああああああああああああ!!」

 

 ホラーすぎる。完全にホラーです。メリーさんかよ。

 抜粋していますが、この手のメッセージが三百件近く残されています。

 この異常すぎる精神性も込みで、何もかもが恐ろしいです。こんな狂気と凶器を隠し持って、俺と奏さんに接していたと思うと寒気がする。

 恐怖に打ち震えていると、ピコンとメッセージの通知音が鳴った。

『特別に、今回は許してあげるね』

『奏は親友だからね。変な事はしてないって信じることにした』

『だよね、お兄? お兄は浮気なんてしないもんね?』

 現在見ている画面にメッセージが追加されていく。通知が止まない。

『フー、すっごく怖かった』

『お兄はフーのもの。誰にも渡さない』

『次のデートでいっぱいフーのことを愛してね?』

『あとそうだ』

『これからはフーのメッセージに一分以内で返信しないとめっだよ?』


 だれか、たすけてください。

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