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【昭和実話】辞表を出すたび遠くの国へ飛ばされるんですが!?  作者: Ryoichi


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第015話_「美味しかったわ」——あの揚げ物が豚だと告げるまでは

 ナセラを日本に連れて帰るなら回教徒に改宗しなければならず、1日5回のお祈りも、トンカツもカツ丼も断つ暮らしも、私にはどうにも受け入れられそうになかった。


 さすれば逆にナセラを慣らせばいい。取り敢えずナセラと合流して日本料理店にいき、日本料理を味わって貰おうと考えた。


 代表的な日本食として刺身を注文する。それから彼女には内緒でトンカツを頼んだ。どれも美味しそうに食べる。内心ほっとした。


 それからパリの街を散歩し、オープンカフェの椅子に座った。


 歩道すれすれまでいすとテーブルが並ぶオープンカフェ(パリではみながオープンなのでカフェと呼べばそれしかない)。そのカフェに座る彼女は美しかった。


「どうだった日本食は?」

「ええとっても美味しかったわよ」

「正直言うと実はあの揚げ物の肉は豚なんだ。日本ではそれの専門店があってボクも月に1度は食べる。」


 そのあたりからナセラの様子がおかしくなってきた。訊くとお腹が痛み出したということだ。まずい、やっぱり日本には連れて行けない。


 その日の夜は友達の所に行くと言って出かけていきそのままアルジェリアに戻った。私は餞別として5百フラン札を1枚手渡した。邦貨にして3万円くらい。当時のお金にしてみれば自分の路銀の半分くらいをお小遣いで貰ったようなことだろうか。


「これで土産でも買って」


 それがナセラの見納めだった。


家政婦「ゾラ」


 日本人宿舎では、アルジェリア人家政婦を雇っている。フランス語では、ファム・ド・メナージュと呼び、日本人の間でも掃除のおばちゃんというよりその呼び名を使っている。1、2人で1棟を担当し、現場の最盛期は3、40人あるいはそれ以上の人数を雇っていたこともある。


 ベッドメイキング、室内の掃除に始まって、洗濯をし、廊下その他を清掃する。日本人が宿舎に帰る前の3時か4時には彼女らも仕事を終えて帰る。


 家政婦の労務管理も会社の事務局{アドミ}が仕切っている。主婦の労務管理はどこでも難しい面があるが、それに加えて彼女らの、非論理的、感情的な発言や要求に戸惑うことも少なくない。わかりやすくいえば理屈もへったくれもない、もう無茶苦茶なこともある。


 ただし、彼女らと親しくなればこんなすみやすい所もない。ちょっとした気配りやプレゼントで彼女らの働きは俄然よくなるし、40から50代のおばさんたちといっても、全く女っ気のない宿舎では、雰囲気ががらりと変わる。彼女らも女盛りである。


 果物や肉、野菜などの買い物も頼める。通常勤務をしていると彼女らと接する機会はまず無いが、夜勤や、交代勤務では昼間宿舎にいるので接するどころか、彼女らのおしゃべりでうるさくて寝ていられない。


 しかもしゃべり声はとめどなく、音量も半端ではない。むしろ怒鳴り合いである。家政婦達の組合もあるらしく、以前会社の事務局との話し合いの中でいろんな問題が出され、要求事項とともに彼女らの貞操の問題が出されたこともある。日本人労働者から体を求められたらしいが、単身赴任で何カ月もいると、そうした面のひずみも出てくるのは不思議ではない。


 ここで問題になったのは、いやなことをされたからであって、仲良くなって事に及ぶ場合も相当数あったようだ。小遣い稼ぎになった家政婦もいたようで、それに関しては何ともいえない。


 アルズーの日本人宿舎では数人の家政婦を見た。


 その中で目立って愛想が良く、皆から愛されていたゾラという、40代半ば、肌は黒く、銀歯が何本か見え、小太りの、決して美人ではないが好感のもてる働き者がいた。その会社の事務局に昔の仲間がいたおかげで、ゾラとはすぐ知り合いになり、彼女の家に事務局の日本人達と入り浸ったものだ。


 自宅はオランの町中にあり、狭い家ではあったが、行くと必ずミント茶とお菓子を用意してくれ、年頃の娘3人とともに歓迎してくれた。彼女の夫もときどきいたが、無口で、我々男3、4人が来てもいやな顔ひとつせず、嫉妬することもなしにそばに座って、色ずれのしたテレビを見ていた。


 よくよく見ると色ずれのしたカラーテレビではなく、テレビ画面に3色の透明な塗料がついていて、ちょっと見るとカラーに見えるが、実は白黒のテレビである。どうして彼女のようにさばけた女に、この男が旦那だろうと皆不思議がっていたが、そんな夫婦はいくらもいる。


 私はオランの町の入り口に1人住んでおり、彼女の休日に家政婦のアルバイトをしてもらったことがある。掃除が終わった頃いつもの仲間がやってきて、私の家では早速お茶とお菓子、それに酒で盛り上がった。


 ゾラはよく笑う。屈託がない明るい性格で、美人でなくとも場が華やぐ。その日本人担当者は朝に弱く、いつも寝坊をしているが、彼女が出勤してくると、コーヒーを沸かしてもらい、宿舎入り口ゲートそばの事務所に向かうのが常で、それを自慢げに話していた。


 彼はフランス語が達者なわけではないが、片言のフランス語とゾラの片言の日本語で通じ合っている。ゾラと話をしていると40代半ばのおばさんとは思えないほど気持ちが若く、あたかも20歳後半の若い女性である。


 皆の人気者であることが理解できる。一方旦那の風貌は、年相応の40代後半、一般労働者または下層労働者にみえ、無精髭と日に焼けた、肉体労働の年輪が皺として刻まれた顔、無口な態度からはほとんど知性が感じられない。


 ゾラから特に旦那の不満は聞かないが、彼女の利発さにかなうはずもなく、経済的に一家を支える役割のみといえば言い過ぎか。娘が3人いて、母親に似て美人ではないが、それぞれに明るく個性があった。


 皆年頃の娘達で、今日はデートだとか、今晩は友達と踊りに行くとかで、全員を一緒に見ることはまずなかった。訪問すると、毎回何らかの話で盛り上がるのだが、今となっては思い出せない。


 女っ気のないここの現場ではこうして話ができるだけでも貴重な存在だった。彼女らとの挨拶はフランス人同様、頬にキスをする。国や地方により、2回であったり3回であったり、4回というところもある。オランでは4回だったような気がする。


 ちなみにフランスのパリでは3回、右、左、右と交互に行う。


 はじめはかなりどぎまぎ、あるいは有頂天になったりもするが、あくまでも挨拶であり、性的な意味はない。この国では男同士でも頬にキスをする挨拶をときどき見かける。特に親しい間柄であるが、アラファトや中東関係の要人同士で和平会談の前に抱擁を交わすあれと思ってもらえればいい。私も何度か男とそうした挨拶をしたことがあるが、髭が痛いのでいやになった。


 ある時仕事の帰りに宿舎の前を通るとゾラを含む3人のファムドメナージュがいた。私は車を止めるとまずゾラが走り寄って扉を開け、いつものように頬に何回かのキスをした後、唇にチュッとキスをした。私は思わずどきっとし、彼女の目を見ると、お茶目な表情で笑っていた。彼女は私を誘惑している。


 後の2人が近づいてきたときにはもう何事もなかったかのように振る舞う。3人を載せて走り出した。ゾラは1人しゃべり私が受け答えをする。後の2人はほとんど喋らない。そうやってオランへの帰路40分程を過ごすとオランの街にたどり着き中心街で3人とも降ろすと私は自分の宿に帰っていった。


 それから何日か経った金曜日、部屋の掃除に来て貰うこととなった。


 金曜日がやってきた。朝から迎えに行っておはようの挨拶をする。相変わらず頬に4回と唇に1回キスをする。先日のキスが気まぐれではなかった証なのかも知れない。


 宿舎についてまず何からやろうかときくと「やることからやったら」とゾラはあっけらかんと言った。それを聞いて私はむらむらとなった。寝室に連れ込みお互いの服を脱ぐ。彼女はやや小太りで女盛りのむちむちした体躯を持つ。


 ただその頃の私は30代になろうとしているぎりぎりの歳で、その歳からすれば年増のおばさんにしか見えない。娘を3人出産して体の線はいくらか崩れてはいるものの、若い頃の面影は十分に残っている。


 彼女とは関係をもったアルジェリア女性の数少ない1人である。これも定めなのかも知れない。


 彼女は私としっかり満足するとその余韻を吸い取るかのように唇を重ねしっかり私の精気を吸い取った。よろよろと立ち上がり仕事しなくてはといって部屋の掃除を始めた。


 それから2週間ほどしてもう1度来て貰った。同じようにまず2人は交わりそれから掃除をしてくれた。一段落した頃ドアのチャイムを鳴らすものがいた。見ると日本人の宿舎管理をしているあの3人組で、招き入れてコーヒーを振る舞った。むろん私が目当てではなく関心はゾラにあった。ずっと後で知ったことだったがその中の1人とゾラはできていた。彼らが来たのが行為の最中でなかったのが救いであった。


 ともあれそんなこととはつゆ知らず、かれら日本人達との関係も良好で食事に呼んだりもした。


 ゾラはいつもニコニコしてあっけらかんとしており、家に遊びに行くといつも玄関で扉を閉めたとたん頬と唇にキスをした。


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