【最終話】第016話_教えた諺が敵の武器に。そして五キロ先の川まで歩かなくていい
アルジェリアの体験から1年以上経って、国際協力事業団のフランス語通訳となっていた私はモロッコの首都ラバットに来ていた。
国際協力を行うに当たって現地と本部での担当者と打合せをおこなう、プロジェクトの大枠から細部までを詰めていくかなり忍耐の要る作業である。打合せは延々8時間に及ぶこともざらでその間当然通訳はお互いの言い分を正確に通訳し、お互いのフランス語、日本語と同じ分話すから倍話すことになる。2時間もやっていると頭がぼーっとしてくるので休みをもらうが交代要員は居ない。
時々話は緊張が張り詰めた状態となり、そんなときに双方が笑えるような冗談を飛ばす。
日本の担当者はいう。
「これは国際協力であり、また地下水を利用した農業の振興でもあるから窓口は外務省と農水省にしたい。」
モロッコ側は嫌だという。そんなことしたら農水省の独立性が保てなくなる。
私は助け船を出した。
「日本の諺にありますよ。船頭多くして船山に登る」とね。
良いことを聞いたとして午後からの打合せではモロッコ側担当者は早速それを使い応酬してきた。
私は淡々と訳す。
「え〜。日本の諺では『船頭多くして船山に上る』とか言いまして……」
日本人担当課長はプッと苦笑する。
「だれだこんなことを教えた奴は。」
私です、とは言えなかった。
モロッコ農水局のある局長の事務所を何度か訪れたがそこには受付の秘書がいた。
当然挨拶はするがお目当ての人がいないときは行き先やスケジュールを聞きついでに今度の休みは空いてるか聞く。
「いいわよ。」
サラーというその女性は愛くるしく微笑んだ。
「今晩食事は?」
とさらにだめ押しする。
「それもいいわよ。」
やった!
その日の夕方待ち合わせをしてレストランに向かう。
サラーは黒髪の典型的なアラブ人で肌の色は日本人にほぼ近い。良い職場に勤めているだけあってちゃんとしたフランス語を喋り、私のフランス語も直してくれる。手を優しく握ると握り返してきた。
これはいける……私が泊まるホテルまで連れて行き部屋に入った。と、5分もしないうちにけたたましい電話の音が鳴り響いた。受話器は取らない。さらにボーイがやってきて戸をどんどんと激しく叩く。
やはり無理か。諦めてよそのホテルを探すことにした。
1件目は結婚証明書を見せろという、そこはやめて2件目で今度はサラーが交渉することになった。話はやはりモロッコ人同士が良いのかはたまた女が交渉するのがスムースに行くのか、よく分からないがとにかく部屋の鍵をもらって室内に入る。
詳しいことは書かないでおく。ただ、ひとつだけ書いておく。モロッコでは結婚前の純潔がとても重んじられる。サラーもそうだった。だから私たちは、最後の一線を越えることはなかった。
それから未練たっぷりに抱きしめてホテルをあとにした。
3日後は休日であった。もちろんサラーを誘い昼食を済ませ時間を惜しむようにホテルに行った。彼女も待ち遠しかったらしくホテルの部屋に入ると抱きついてきた。
あとは書くまい。ホテルを出たときには、もう日がすっかり傾いていた。この日も、最後の一線は越えないままだった。
あれはアルジェリア人の技術指導が終わり、パリに引き揚げ半年も経ったろうか。仕事を探すが一向にない。8ヶ月も経ったある日通訳派遣会社を訪ねてみた。面接はシックフランス社、社長自ら行った。それから数日後連絡があり、西アフリカに1ヶ月の仕事があるという。コートジボワールの首都アビジャンに飛んで、隣のトーゴ、マリ、ブルキナファッソと飛んでいく。
西アフリカは初めてである。ただ西アフリカの人々はパリで頻繁に見かけるのでさほど驚きはしない。
日本人側は宇部興産をはじめとしたエンジニアと、経済評価分析員である。私にとってプラント建設はお手のものである。
とは言えセメントプラントは知らない。
早速高校生の為の『セメント工業』というフランス語の本を探し買い求める。シリーズの中にセメントのことが書かれた本があった。確か20フラン程度、円にして千円くらいだったと思う。
あとで分かったのだが、そこで得た知識のほうが彼らエンジニアの知識に勝っていた。
「セメントプラントのことをよくご存じですね。」
「はい、本で学びましたから。よろしければ差し上げますよ。」
彼らは大事そうにその本を受け取った。
良かったのは食事は何を食べても良いし、しょっちゅうでなければ国際電話を掛けても良いという条件である。おまけに滞在するホテルは5つ星クラスばかりである。
はじめは美味しいものをたくさん食べた。
しかし、やがて飽きてくる、しまいにはカップラーメンがほしくなりこのためわざわざ持ち込んだインスタントラーメンを15cm角程度の電気ヒーターで煮て作るのである。
ミッションは1月ほどで終わった。いろいろあって、特に引率の若い担当者は横柄であった。私も腹に据えかねた。商社マンの若造は言う。
「あなたねぇ〜、そんな態度だったらフランスに送り返しますよ! 明日の朝1番の飛行機で!」
とまで言ったので、私もかちんときた。自分としては気を利かせ、せいいっぱいのサービスはするが客におもねることはしない。
対等である。それがどうやら彼の癇に障ったようだ。
「ああ、いいですよ。私も私の努力が報われないのならいる価値はありませんね。フライトの予約は私が取りましょうか。」
このあたりで彼の態度が急変した。微かな狼狽を見て取った私は何も言わなかった。困るのは向こうである。それも大変困る。若造にしろ大手商社マンだからただでは済まされないだろう。いい気味と思いながらも相手の出方を待った。
「いや、実は、さっきは失礼しました。通訳さんにはいてもらわないとそれこそ『話しにならない』のですよ。謝りますから今回のミッションのことお願いします。」
「そう言って頂ければこちらも嬉しいです。精一杯頑張ります。」
それからというものその若造は私の子分のようになった。
おかげでミッションは無事終わった。多分私の評価が良かったのであろう、それから数日が経ってシックフランス社(派遣元)から連絡があった。今度はカメルーンである。
国際協力事業団が無償協力で行った深井戸(深さ7百~8百メートル)の完成を祝って、引き渡し式が行われる。その通訳であった。
パリからカメルーンの港町ドゥアラにいく。この便はいつもそうだが夜の11時59分発であり、その1分のおかげで1日分の手当がもらえる。
チェックインはごった返す。
荷物はあと。まずはチケットをカウンターに出す。すると係官が荷物は?と訊ねるので遙か20m先の荷物を優先的に取りに行くのである。なるほど、アフリカ人もなかなかやる。
多くの場合、席は自由である。だから早く行って良い席を確保したいのである。
深夜の時間帯なのにチェックインの前は熱気でむんむんしている。三井物産の営業マンとともに手分けして荷物の管理とチェックインを行う。
無事手続きが済み飛行機に乗るとたまに頭の上に荷物を載せて席までの狭い通路を歩く女性が見られる。狭いエコノミークラスの席に着くと片側には連れの営業マンが、もう片側にはアフリカ人が座っている。軽く挨拶をし離陸してからはひたすら眠る、フライトは北から南に飛ぶので時差はないし、時差ぼけもない。到着すると朝の7時ごろか。
ちょっと眠いが飛行機を降りて通関手続きを済ませる。
チェックインの時預けたスーツケースを持って出国カウンターに向かった。実は預けた荷物を取りに行くのが一仕事なので荷物は預けない。そのために手荷物を最小限にして、着替えも下着2セット程度にしている。スーツ、ズボンの替えはない。
毎日違う相手に昨日と同じスーツですねと言われる心配はないからである。
その出張はドウアラから首都のヤウンデ、そこからさらに北へ行く。そこでは深さ700mからの深井戸引き渡しの記念式典が行われる。
感謝の言葉が水利大臣と水利局長から伝えられ、ちょっとしたセレモニーが行われ、女たちが太鼓に合わせて踊り出す。
その水利局長というのが面白い人で盛んにジョークや小話を放つ。分かるのは通訳の私一人である。
☆牛を飼っている牧場でなんとか繁殖させたいと思い種牛を3頭連れてきた。しかし何日経っても何も起こらない、不思議に思い売主に聞いたら「あいつらは昔はエキスパートだったよ、しかし今ではコンサルタントなんだ。」
(それはあたかもJICAのコンサルタントを皮肉ったものではなかろうかと後で思った)
☆局長は続ける。『俺がな、次長とパリに行ったときな、俺に聞くんだよ、局長! あれはナンだすか?』おれはいった、ただの道路工事じゃあないか。
『えー、花の都、数百年の歴史を持つ街で未だに工事をしてるのかあー』
だからフランスの供与するものはいつも問題が起きる。(笑)
☆ある女の子がな、彼氏を振って他の男と付き合うようになった。しかし事に及ぶと小さく縮こまる。
『おいおい、ここはベンツの車内だぞ、そうしてそんなかっこうになる?』
『だって前の彼はオースチンミニだったの』
私が笑うとさらに続ける。
それはよしとして、こちらも一矢むくいることにした。
皆さん聞いて下さい。あるバーで恰幅の良い紳士が盛んに演説している。
『いいか、みんな良く聞け、人生成功するには与えなければならない、貰っちゃ駄目だ、とにかくやるんだ!』
側の男がバーテンに訊く。『ありゃ一体何者だ、銀行家か、牧師か?』
『いいや、昔のボクシング世界チャンピョンさ』
そうしたエピソードに事欠かない、書けないことは山ほどある。
これで毎朝子供たちが5Km先の川まで汲みに行く必要がなくなる。しかも衛生的だし何時だって手押しのバーを上げ下げするとあっという間にバケツいっぱいになる。
学校にも行ける。その恩恵は計り知れない。
もう五キロ先の川まで歩かなくていい。
試練に、ユーモアと英知と誠実で乗り越えた自分自身を讃えたい
ここまで御覧いただきありがとうございました。




