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四通目

 冬の朝だった。


 着陸場の石畳が、白く霜を吹いている。扉を開けると、冷えた空気のほうが先に店へ入ってきた。


 クラリスは暖炉へ薪をくべた。薪はすぐには燃えつかず、白い息のほうが火より先に立った。火が移るのを待つあいだ、前日の受付帳を開く。


 書き込みは、少ない。


 冬は風路が荒れる。正規の便が止まれば、困難な手紙ほど動かなくなる。


 届かない手紙が減るわけではない。


 ここまで持ってくる者が、減るのだ。


 二番鐘の後、ノエルが来た。


 鞄より先に、暖炉を見る。火は、もう入っている。


「まーた、暖炉の前で……」


「霜が下りていましたので」


「……本当に寒さに弱いですよね」


 それだけ言って、ノエルは手を擦り合わせ、受付箱を開けた。


 中には、手紙が三通あった。冬の箱は、底に余裕がある。


 ノエルは二通を迷わず、いつもの場所へ置いた。一通は山裾の集落宛。もう一通は、町を出た職人を捜して届けるものだった。どちらも、すでに事情の分かっている手紙だ。


 残る一通だけ、手に持ったまま、宛名を見ていた。


「どうしました」


「これ、ロットさんが置いていきました」


 ロットは、店へは入らない。


 中央局で持て余した手紙を、いつの間にか受付箱へ置いていく。今朝も姿は見ていない。


 名乗らずに、手紙だけを置いていく。


 たいへん、行儀がよろしくない。


 ただ、クラリスは手を出した。ノエルは一拍おいてから、封筒を渡した。


「四通目だそうですよー」


「四通目」


 差出人と宛名を確かめる。


 差出人は、地方の村に住む母親。宛先は、中央局女子寮。エヴァ・リュット。棟と部屋番号まで、正しく書いてある。


 宛名の字は、一字ずつ、線を確かめるように書かれていた。速く書ける手ではない。


「同じ差出人から、ですか」


「はい。お母様から、娘さんへ……ですかね」


 ノエルは、封筒を渡したあとも、その宛名を見ていた。


「前の三通は、全部戻ってきたそうです」


「住所に、間違いでも」


「ありません。娘さんも、その部屋にいるらしいです」


 配達人が訪ねても、返事はない。けれど、娘はその部屋にいる。


 受取人はいる。住所もある。返事だけがない。


 それで、届かない。


 たいへん、よろしくない。


 封筒を裏へ返した。


 この四通目には、まだ受付の判しかない。三通目を送り直したのではなかった。母親は、白い紙と封筒を、また新しく用意している。


「返事がなければ、受け取らないものとして戻すんですよね」


「受領を確認できなければ、そうなります」


「でも、お母様は、拒まれたとも思えないまま、四通目を書いたんですよね」


 クラリスは、否定も同意もしなかった。


 ノエルは、まだ差出人の名を見ていた。


 ロットの添え書きを読む。


 字は、余白いっぱいに詰めてあった。用件だけなら、三行で足りるはずのことだ。


 エヴァ・リュットは、中央局所属の郵便魔女らしい。それも、若い。今は任務を外れ、女子寮の自室から出てこない。配達中に、何かがあったようだ。


 書いてあるのは、そこまでだった。


 中央局所属。郵便魔女。


 その二つを飛ばして、棟と部屋番号をもう一度読んだ。


「同じ郵便魔女なら、話が早いんじゃ」


 ノエルが言いかけて、やめた。クラリスが顔を上げなかったからだ。


「ご本人が扉を開けないのでしたら、手渡しはできません」


「扉の前に、置くのでは」


「無責任でしょう。受け取ったことにはなりません」


 添え書きには、配達に要らないことまで書いてあった。


 母親が、エヴァの使っていた毛布を、まだしまっていること。必要なら送ると、手紙に書いたらしいこと。


「毛布、まだ取ってあるそうです。必要なら送るって」


 ノエルが読み上げる。


 配達に要る事情より、母親の話のほうが長い。


「ロットさんは、ずいぶん詳しく聞いてきたのですね」


「心配だったんだと思います」


「心配だからと言って、手紙の中身を人へ言い歩くことは、褒められたことではありません」


「言い歩いたわけでは、ないと思いますけど」


 擁護としては、たいへん弱い。


「私たちに伝わった時点で、増えています」


 ただ、添え書きは捨てなかった。読まなかったことにも、しない。書かれてしまったものは、書かれたものとして、机の端へ置いた。


「帰ってきてほしいって、直接は書けなかったんでしょうか」


 クラリスは、添え書きを折った。


「伝えたいことがあるなら、手紙に書くべきです」


「うまく、書けなかったのかもしれないじゃないですか」


「うまくなくて、構いません」


 四通目の封筒を見る。


「配達人の口に、言葉の続きを預けるものではありません」


「そうかもしれませんけど。それでも、四通も書いたんですよね」


「はい」


「何を書けば届くのか、分からなくなっても……」


 クラリスは、四通目の角を指で揃えた。


 角は、もう揃っていた。それでも、もう一度揃えた。


「……それでも、書いたのでしょう」


 ノエルが、受付帳を開いた。


「どうします」


 宛先。部屋番号。本人がそこにいること。手紙がまだ受け取られていないこと。


「承ります」


 ノエルが受付帳へ記入する。書き終えても、筆を置かなかった。


「今度も戻ってきたら、お母様は、五通目を書くんでしょうか」


「それを決めるのは、お母様です」


「もう、何を書けばいいのか、困っている気がして」


 クラリスは、添え書きを封筒へ添えた。


「でしたら、なおさら、ロットさんが代わりに話してはいけません」


「……そこですか」


「そこです」


 ノエルは、不服そうな顔をした。


「四通目は、私が伺います」


 ノエルが、封筒をほかの二通と同じ配達箱へ入れようとした。


 クラリスは手を出して、それを自分の鞄へ入れた。


「明日、行くんですか」


「はい」


「開けてもらえそうですかね」


「分かりません」


「開かなかったら」


 クラリスは、鞄の留め具に指をかけた。


「開けてくれない理由を、尋ねます」


「話してくれなかったら」


「その時に考えます」


 翌日の予定を確かめる。ほかの配達は、後ろへ回すしかない。


 明日の予定が、一通で埋まった。


 たいへん不本意である。


 それでも、封筒は配達箱へ戻さなかった。


 窓の外は、晴れている。中央局までの風路は、今日は生きているようだ。


 その空が、明日も同じ場所にある保証はないのだが。


 クラリスは、鞄の留め具を閉じた。


「では、明日もよろしくお願いしますね」


「店を、ですか」


「暖炉を、です」


 長く待つことになれば、冷えたまま帰ることになる。


 それは、よろしくない。

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