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タターソルさんの言葉通り、間もなくして沢山の松明を掲げながら、彼の部下たち……マカンの人たちがやって来た。
彼らは登場するなりタターソルさんの指示を仰ぎ、手慣れた様子で“蛇紋会”の男たちを拘束していく。
男たち、モウルさんは大人しく連行され、宿を去っていった。
そうして、宿に残ったのはタターソルさんと僅かな部下たち。それからシシロウさんと私だった。
「――君たちは彼女を担いで下山してくれるかい?」
「了解しました」
が、私は部下の人たちによってベッドから担架へ移されそうになる。
私は慌ててベッドから飛び降りる。
「ま、待ってください! 私は無事です、元気です!」
「そうかい? マカンの医療スタッフを呼ぼうかとも思ったけど」
「ホントに、平気です!」
……実を言うと、先ほど思いっきり嘔吐していた。
タターソルさんの目の前という乙女の一生の不覚を味わってしまったが、吐いたらずいぶんとスッキリした。
「……それより、私なんかよりもシシロウさんの方が心配です」
そう言って私はシシロウさんに視線を移す。
名指しされた彼は意外だったのか、目を丸くしていた。
「俺はどう見ても無事だろ」
肩を竦めながら鼻で笑う。
だが、私は彼を睨んで首を左右に振った。
「そんなことありません。疲れてるって顔してます……実は怪我とかしているんじゃないんですか?」
じっと見つめる私に対して、シシロウさんは笑みを浮かべたまま言った。
「あのな……そりゃあ歳のわりに結構動いたせいだ。オッサンにそういう悲しい原因言わせんなよ」
そう言われ、私は不謹慎な発言だったのかと気づき、急いで頭を下げる。
「そ、そうだったんですね。すみません……」
すると、シシロウさんはコキコキと首を回しながら言った。
「けどまあ確かに年甲斐もなく暴れたからか、下山する体力までは想定外だったな。てなわけでタターソル。今夜はもう遅いし、この宿借りて泊まってこうぜ」
「は?」
予想外の提案にタターソルさんの顔がしかめられていく。
「本気かい? ここは“蛇紋会”の息がかかっていた場所なんだよ?」
「だがこの状況で、“マカン”もこんだけうろついてりゃあ、連中ももうここを取り返す気はねえだろ。モウルの部屋なら傾斜もないだろうから、問題はねえって」
と、タターソルさんの視線がシシロウさんから私へと移る。
思わぬ視線を受け、私は目をぱちくりさせる。
それから、彼はシシロウさんを見つめ直すと、深いため息を吐いた。
「……わかったよ」
そう言うとタターソルさんは部下たちへ宿泊の旨を伝え始める。
一方で、シシロウさんはフラフラと、どこかへ歩き始めた。
私は慌てて彼へと駆け寄った。
「シシロウさん、どこに行くんですか?」
「投げ捨てた剣をそのままにしちまってたからな……ちょっと拾いに行ってくる」
シシロウさんはそう言って、自身の手を広げて見せる。
「あの、私……聞きたいことが……」
「悪い。それはまた明日以降……家に帰ってからちゃんと説明する」
「は、はい」
私は、“蛇紋会”とは何なのかを尋ねようとしていた。
本当は今すぐにでも聞きたかった。
シシロウさんたちが“例の連中”と呼ぶ彼ら――ライヒさんたちは、なぜモウルさんを唆したのか。
けど、そんな私の疑問を理解したうえで、シシロウさんは“待て”と言う。
……ならば、私は信じて待つしかない。
だって、シシロウさんは今まで私に嘘をついたことがないから。
隠しごとはしていないって、信じているから。
……たぶん。
――私はその夜。モウルさんの寝室を借りて眠った。
始めは色々とあった興奮からなかなか寝つけないと思っていた。
扉の向こうでは“マカン”の人が見張っているっていうし、緊張もしていた。
だけど、心身はとても疲弊していたらしく、布団に入ってしまえばあっという間に眠りについていた。
+++
――よすがの宿より外れた、森の中。
月光の届かない薄暗い森林を歩く、一つの人影。
だが、その人影は突如、静かに足を止める。
「……やっぱり、マルルちゃんを言い訳にして、本当の目的はこっちだったんだね」
男の声を聞いた人影――シシロウはゆっくりと振り向いた。
視線の先には彼の予想通り、タターソルが立っている。
「“本当の目的”とは、人聞きが悪いじゃねえか。俺はたまたま夜の森を探索してて、コレを見つけただけだ」
そう言ってシシロウは森林の地面に落ちていた、淡く白く発光する石ころを拾って見せる。
まるで蛍のような儚い明かり。
世間では“残滓”と呼ばれる、この世界で僅かに残された、魔法の残り香だ。
「嘘だね」
が、タターソルは直ぐに否定する。
「地震や雷といった自然現象の後は、残滓が発見される可能性は高いからね。温泉が湧き出た、となればなおさら……5年も前の話だとしても、一縷の望みを賭けて残滓を探しに来たんだろ?」
「一縷の望み? 俺がどんな希望を賭けて、んなもん探さにゃならねえんだ――」
と、タターソルはシシロウに近づくと、その胸倉を掴んだ。
予想外の行動に、流石のシシロウも眉をひそめる。
「とぼけるなよ。シシロウがどうして残滓を求めてるか……20年もあれば、僕だって気づくんだからな」
「20年、か……確かにそりゃあ、お互い色々と老けちまうよな」
「微塵も思ってないこと言うなよ」
タターソルは静かにその手をシシロウから放す。
解放されたシシロウは、乱れた胸元を整えた。
「……君がここ最近になってまた、執拗に残滓を――“魔法”を探し回ってるって聞いたんだ」
「ミントゥスからか?」
「ああ」
直後、シシロウは小さく舌打ちを洩らす。
「なるほど。だから久しぶりに俺をマカンの仕事に誘ったってことか」
「シシロウの力を借りたかったのは事実だよ。ここ最近の“蛇紋会”は相当厄介だからさ」
と、タターソルは静かに眼鏡を押し上げ、続けて言う。
「けど――ミントゥスの話が本当なら君は確実に残滓を探すと思ってたよ」
眉をひそめながらシシロウは視線を逸らした。
「それは一体、誰のためなんだい? 自分のためなのか……それとも、彼女のためなのか……?」
「んなもんのためじゃねえよ。俺は“魔法”を否定したい、だから動く。だから残滓なんてもんも片っ端から処分しとくに越したことはねえ……それだけだ」
「……相変わらず、意地っ張りだな」
タターソルは深くため息を吐いた。
「――言っとくが、このこと……俺らの事情について、絶対マルルに言うんじゃねえぞ」
シシロウの鋭い眼光がタターソルを射抜く。
が、彼は動じる様子もなく、肩を竦めて返した。
「それは重々わかってるよ。まさかシシロウの異常な体力――その化け物レベルの強さも、全く疲労を感じないことも、酒に酔いにくいのも……すべては君に宿ったままの“残滓”の影響だなんて……そんなの、言えるわけがないさ」
タターソルの言葉に、再びシシロウの顔色が曇る。
「お前が言える立場かよ」
が、すぐに彼は笑みを零し、自嘲気味に言った。
「笑えるよな……魔法を消し去ったはず世界で、消した張本人である元勇者には未だ魔法が残ってる。なんてな」
シシロウはタターソルに持っていた“残滓”を手渡し、歩き出す。
「せっかく見つけたのに、この残滓はいらないのかい?」
「ああ。残りカス程度の魔法だ……すぐ消えちまうもんに用はねえよ」
そう言って、シシロウはタターソルを残し、さっさと森の奥へ――よすがの宿へと戻っていったのだった。




