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――私が吐き気を催している中。
外へ出たシシロウさんは襲いくる男たちを相手に、剣で立ち向かっていた。
相手は十人近く――いや、森林からも増援はやって来た。
どうやら男たちは襲撃の機会を窺い隠れて待機していたらしい。
シシロウさん一人に対し、圧倒的な数的不利だ。
だが――劣勢となっているのは、なぜか男たちの方だった。
「――こんな力量で強がってたとは、呆れて眠くなってくるぜ」
シシロウさんは肩口を剣でトントンと叩きながら、這いつくばっている男たちを見下ろす。
「う、うそだろ……」
「化け物……かよ」
倒れる男たちは口々にそんなことをぼやきながら、シシロウさんを睨む。
彼らはシシロウさんを目で追う暇もなく、抗いようのない膂力で叩き伏せられたのだ。
――しかし、次の瞬間。
シシロウさんの背後へと剣先が迫る。
――ガキィィンッ!
金属の重なる音が森中に響き渡る。
「――ちぇ、この不意打ちもダメか」
斬りかかった一撃は、シシロウさんの剣であえなく弾き返された。
再度間合いを取り、ライヒさんが舌打ちを洩らした。
が、その顔は“悔しさ”というよりも“快感”が勝っているようだった。
「さっきも言ったが、わかりやすい気配撒き散らしてりゃ不意打ちの意味なんかねえんだよ」
「これでも必死に押し殺してたんだけどなあ……20年も経ってるのに勇者の化け物っぷりは健在なんだね」
“勇者”という言葉を耳にし、シシロウさんは眉を顰める。
片や、彼の表情の変化を見つけたライヒさんはニヤリと口角を吊り上げた。
「“勇者”――やっぱその名前を嫌ってるんだね。だったらさっさと魔法否定なんかやめて山奥にでも隠居しちゃいなよ。もうかなりのオッサンなんだしさ」
あからさまな挑発的言葉。
だが、今度はシシロウさんの方が口角を吊り上げる。
「……隠居なんかするかよ。10年とちょっと生きただけのガキにはわからねえと思うがな――40代はまだまだ現役なんだぜ」
次の瞬間。
シシロウさんは地を蹴り、ライヒさんの間合いへ飛び込む。
即座にライヒさんは攻撃を受け止めるべく、身構える。
――ガキィン!!
金属同士の激しくぶつかる音が漆黒の空に響く。
2人は再度剣を鍔迫り合いさせた――かと思ったが、違った。
「……うそっ……!!?」
ライヒさんの剣が、真っ二つに折れてしまった。
折れた剣先はクルクルと回転し、近くの地面へ突き刺さる。
「一応、いい剣使ってたんだけど……マジで化け物じゃん」
流石のライヒさんも口角が引きつっていた。
彼の流れ落ちる汗とは対照的に、シシロウさんの額には汗一つ滲んでいない。
「武器はもうないぜ。さっさと降参しとけ」
するとライヒさんは折れた剣を投げ捨て、両手を挙げた。
「ほいほい。すみませんでした――っと!!」
直後。
ライヒさんは隠し持っていたナイフを取り出し、シシロウさん目掛けて突撃する。
身を屈めながら、ライヒさんは一直線に心臓を狙った。
「もらった!!」
――だが。
シシロウさんは自分の剣を手放すと同時に、ライヒさんの攻撃をさらりと避ける。
そして次の瞬間。
無防備となっている彼の背中目掛け、拳を打ち込んだ。
「――が、は……!!」
シシロウさんの強力な一撃は、ライヒさんを地面に打ち付ける。
呻き声と共に、ライヒさんはその場に倒れた。
続けて彼の手を勢いよく踏みつけ、握っていたナイフを捨てさせた。
「これでも骨が折れない程度に手加減はしてやったんだぜ? ま、オッサンをなめてると痛い目に遭うってこったな」
先ほどまでとは一変し、無表情でライヒさんを見下ろすシシロウさん。
片や、激痛に表情を崩すライヒさんは、辛うじてシシロウさんを見上げる。
勝敗は見て明らかだが、それでもなぜかライヒさんは強気に口角を上げた。
「グーパンで、できる芸当じゃないでしょ、これ……」
と、どこか内部を傷つけたのか、彼は口から吐血した。
「じゃ、さ……降参するから、ちょっとだけ教えてよ」
「……なんだよ」
怪訝な顔をしながらも、シシロウさんは答える。
すると、ライヒさんは笑みを浮かべながら言った。
「――“魔の神殺しの勇者”が、魔の神を復活させようとしてるって噂……ホント、なの?」
――その直後。
それまで冷静だったシシロウさんが、一瞬だけ瞳の奥に、昏い火が灯ったのを私は見逃さなかった。
ごく僅かな反応だったが、それを察したライヒさんはより強く、笑った。
「なるほど。それが見られただけで、満足……」
そう言うとライヒさんは突如、激痛に耐えつつも思いっきり息を吸い込み始める。
「コレ、使うのはイヤだったけど……しょうがないか」
と、次の瞬間だった。
――ブシュウウウウゥゥ
突然、ライヒさんの周囲から白煙が巻き上がる。
視界を奪われるほどの煙だが、更に厄介だったのは臭いだ。
「うわっ! クセッ!! なんだこれ……!!」
鼻を覆いたくなるような、悪臭。
流石のシシロウさんも思わず怯み、ライヒさんの拘束を解いてしまった。
「とっておきの残滓だったんだけどしょうがない――それじゃあ、また。どこかで」
白煙が消えると共にライヒさんの姿はなく。
残念なことに彼を逃がしてしまったのだった。
+++
シシロウさんが私たちのもとへ戻ってきたのは、部屋が崩壊してしばらくのことだ。
「シシロウさん! 大丈夫だったんですか?」
「俺は平気だ。が……わりぃ。あの生意気なガキだけは逃がしちまった」
その素振りはいつもの様子だった。
だが、いつになく顰めたシシロウさんの表情から見て、相当な悔しさが伝わってくる。
するとタターソルさんは肩を竦めながら、気を失ったままの男たちを一瞥して言う。
「……逃げられたものは仕方ない。末端だろうけど他にも会のメンバーはいるし、それに――」
と、タターソルさんの視線が、男たちよりも更に遠く――モウルさんに向けられた。
瓦礫の下敷きになっていた彼だが、大きな怪我もなく引っ張り出されていた。
「彼から聞き出せる情報もあると思うからね」
そう言うとタターソルさんはおもむろにモウルさんへと歩み寄る。
彼の影に気づいたモウルさんは驚きながら顔を上げた。
「あ……あ……」
モウルさんは放心状態で、タターソルさんを見上げていた。
が、徐々にその双眸に輝きを取り戻すと、大粒の涙を流しながら蹲った。
「あ、あああ……歴史ある、私の、一族の……宿が、ああああ……!」
呪いのあった部屋――傾斜のあった部屋は見事に崩壊した。
そして同時に歴史も、誇りも、思い出も。
宿が築き上げてきた全てが、一瞬にして瓦礫と化してしまった。
泣き叫ぶモウルさんに、シシロウさんは無情に言い放つ。
「だがな、宿を文字通り崩壊させたのはアンタのせいなんだぜ」
正論ではあるが、その言葉を聞いてモウルさんは感情的に反論する。
「違う!! 経営が傾いたのも――“呪い”に頼ったのも全部!! 魔法がなくなったせいだ!! この世界から魔法がなくなったせいなんだ!!」
それは単なる八つ当たりだった。
“何か”を原因とするなら、そんなもの、いくらだって思い浮かぶものだ。
なのに、その原因を利用してシシロウさんを責め苦しめようとするのは、完全な筋違いだ。
……それなのに。
こういうときのシシロウさんは決して正論で相手を叩き伏せたりはしない。
「……そうだな。“魔法”を消したのは、他でもない俺だ。それで満足か?」
嫌味っぽく吐き捨てられた言葉に、モウルさんは逆上して飛びかかろうとした。
だが、その体はタターソルさんによって、静かに、けれど厳しく制止された。
「モウルさん。もう間もなく連絡を受けた部下たちが到着します。貴方には支部の方で洗いざらい吐いて貰いますので、その抱えた憤りは、どうぞそちらでじっくりと、気の済むまで語ってください」
モウルさんは即座にタターソルさんを鋭く睨む。
けれど、冷静になるにつれて自分の現状を悟ったのか、彼は小さく頷いて大人しくなった。
「……はい」
――奇跡から始まった、災難。
シシロウさんたちの推理では、地震によって温泉が湧き、宿が傾いた5年前をきっかけにモウルさんの災難は始まったと言っていた。
だけど、モウルさんはそれよりも前――魔法がなくなったことをきっかけに経営が傾いたのだと言っていた。
その一方で、シシロウさんたちの言う“蛇紋会”に彼が唆され、“呪いの館”を完成させたのが半年前。
――彼にとっての本当の災難はいつからだったのだろうか。
その答えはきっと、ただの一般民である私では、わからないことなんだろう。




